(急-甲):「俺は、まだ死にたくない」
――世界を救え。
そういう絶対命令を受けて生まれてきた。
最初は良かった。
あのインプが――エイブラッドが言った通り、世界は俺の存在意義に満ちていた。
人々が俺の活躍を待ち望んでいた。
仲間と共に戦う事ができた。
強敵を打ち倒し、世界に平和が訪れた。
あの頃の俺は純粋だった。
世界に訪れた安らぎを、心から喜んだものだ。
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――長い長い平和。
何一つとして勇者が必要とされない日々。
俺が存在する意味がない世界。
ときどき世界に危機が訪れると、俺の胸は期待に高鳴った。
また戦える。
また勇者になれる。
また世界を救える!
人類が滅亡の危機に瀕するその時だけ、
『君は生きていてもいいんだ』と世界が証明してくれている気がした。
戦い、戦い、戦い抜いた。
05-Leo……コンセプトは“超成長”。必然的に、俺の前から敵はいなくなった。
かつての科学者達が想定した通りの姿がそこにあった。誰にも負けず、決して死なない、最強の生体兵器が立っていた。
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――いつしか、世界の危機を待ち望んでいる自分に気がついた。
この星の生き物すべてが
3000年前のような絶望的状況がやってきてほしい。
世界を救いたい。
世界を救わせてくれ。
世界を救えないと、俺が俺でなくなってしまう。
人間界にもっと危機を!
人間界にもっと混沌を!
俺の想いは日に日に強くなり、日に日にバグっていった。
「……なんで、こんな簡単な事に気が付かなかったんだ?」
待てど暮らせど危機も混沌もやって来なかったが、ある日唐突に気がついた。
俺が聖職者だったなら“天啓”と言える程の閃きだった。
「――自分で作ればいいじゃないか。
危機と、混沌」
どこにでもある、シンプルすぎる閃きだった。
『人類に害をなしてはならない』。DHシリーズに施された反逆防止機構――考えてはいけない事を考えさせない《思考マスキング》機能は、自我の獲得、自我の成長と共にいつの間にか外れていたようだった。
俺は持てる限りの技術と経験を総動員し、かつての仲間たちの再現を開始した。
「――DH-01-アリエス。DH-02-タウラス」
俺の生みの親、大昔の科学者達のように、世界最強の生体兵器の設計に没頭した。
思い出す。今も脳裏に焼き付く彼らの姿、彼らの強さ。
指がひとりでに滑り、さらさらと設計図を描いていく。
「03-ジェミニ。04-キャンサー。
05…… 06。06-ヴァルゴ」
彼らの能力。強さ。個体コンセプト。
さすがに機密まみれの
「リーブラ。スコルピオ。サジタリウス。
カプリコーン、アクエリアス、パイシーズ」
……ただし、全てが同じではない。
使命だけは、以前と少し違う。
出来上がった11の設計図と向かい合う。
((皆さん、お久しぶりです。05-Leoです))
「久しぶりだな。俺はもう、だいぶ変わっちまったよ」
((お仕事の時間です。私に世界を守らせて下さい))
「人類を殺してきてくれ。俺が人類を守るために」
((私は、))
「俺は、」
「――俺は、まだ死にたくない。
生きていたいんだ。勇者として」
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魔王エキドナがやってきたのは、悪魔の計画が今まさに実行に移されんとする直前だった。
新生DHシリーズ製造に必要な材料がすべて揃い、あとは素体となるホムンクルスを錬成するのみというタイミングで、セシャト山脈に『穴』が開いたという報せが届いた。
『穴』から大量の魔族達が現れたという事を聞いた。
それは紛れもない魔界からの侵略者であり、世界の危機だった。
「――何を」
一瞬で正気に戻った。
そして、ここ数日ほどの自分の狂気を振り返った。
「何をやっていた? 俺は」
目の前に広げられた、新生DHシリーズの設計図を呆然と眺める。
どれもこれも凶悪極まる性能だった。これらが世に解き放たれれば、人間達ではまず止められまい。
止められるのは誰か?
決まっている。こいつらを鎮圧出来るのは、間違いなく俺だけだ。
「人類を守るべく生まれた俺が、人類を滅ぼそうとしたのか」
頭痛がした。
生まれて初めて、俺は心の底から恐怖した。
自分の為に人類を滅ぼそうとした?
そんなのもう、勇者でもなんでもないだろ。
そんなの、本物の悪魔。
本物の魔王じゃないか。
そのおぞましさを認識した瞬間、
俺の中のDHシリーズ基幹プログラムが猛烈な勢いで働き始めた。
プログラムは、声なき声で俺にこう呼びかけていた。
――人類を守れ!
――悪しきものから人類を守れ!
「……悪しきものはここに居る。俺がそうだ」
そうとも。デモン・ハート・シリーズの最後の生き残り、
05-Leoこそが、いま世界でもっとも邪悪な、倒されるべき敵だ。
私利私欲で世界を滅ぼし、私利私欲で人類の命を弄ぶ、世界最悪の魔王だ。
――人類を守れ!
――悪しきものから人類を守れ!
「分かってる、分かってるよ。
策はある……3000年生きてきた俺をナメるなよ」
仕事を辞める時は引き継ぎが必要だ。その点エキドナは丁度良かった。彼女は魔界を救うためにやむなく人間界へやってきた変わり者らしい。
侵略すれど辱めず。部下にも余計な殺しを禁じ、自分自身も前線に出てきて指揮を執る。
魔界も世代交代したらしい。これまでに無かったタイプの魔王だ。
会ってみないと分からないが……面接してみないと分からないが。あるいは、あるいは、俺の後任者として上手くやってくれるかもしれない。
俺の心臓の引き継ぎ先として、そこそこ相応しい奴かもしれない。
人間界と魔界、和平の使者となれる奴かもしれない。
――人類を守れ!
――悪しきものから人類を守れ!
「分かってるよ。くそ、うるせえな……」
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――その日から俺の最後の旅が始まった。
それは勇者を辞める為の旅だ。
エキドナ直属の四天王がどんな奴らなのかを見極める。
エキドナ本人がどんな性格なのかを見極める。
彼らが信頼に足る連中なのかを見極める。
そして、俺は死ぬ。
魔王は倒されなければならない。
それが世界の真実だからだ。
3000年生きてすっかりバグった生体兵器が選んだのは、
滑稽極まりない自殺ショーだった。
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勇者、辞めます ~次の職場は魔王城~
終章:『勇者、辞めたい』
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