第22話:失われた光の聖剣2


 黒き鎧の騎士の声とは思えない雄叫びを上げた後黒い剣を持ち上げてこちらに猛スピードで駆け出してきた。攻撃の目標は……華琳だ。しかしながら彼女は突然の己の身の異変のせいですぐには動けない。このまま何も出来ず黒い聖剣が振り下ろされるときに唯吹が二龍剣で受け止めた。


「……唯吹さん!?」

「華琳さんを傷つけるわけには……いかない!」


 火花を散りながら受け止めた黒い剣を弾き返し、攻撃の構えを見せようとしたところで背後から瘴気に包まれた影が迫ってくる。唐突な出現に唯吹も気づいていない。


「そうは、させません!」


 瘴気から出現した影の騎士に離れた場所から一本の剣によって回避させて距離を作る。足音と飛んできた剣の音により唯吹もようやく気づき、振り下ろしてくる影の騎士の剣を受け止めて弾き返した。


「ありがとうございます! フォンさん!」

「どういたしまして。おっと、頭を下げてください!」


 言われるがままに頭を下げると地面に突き刺さっていた剣が浮き上がらせて飛び、唯吹の頭上を通ってフォンヒルドの左手に戻った。この勢いのまま前に迫ってきたもう一体の影の騎士を胴体に突き刺して消滅させる。ここまで瞬間的なだけによく見えていなかったが、フォンヒルドが持つ剣は日本刀よりも大きくて細く、そして刀身にはルーン文字が刻まていることに気づく。


「フォンさん、その剣は?」

「フレイの魔剣。立派な使い手であれば手を離せばひとりでに戦ってくれると言われていますね。一体の影の騎士が襲い掛かってきた時もこれで対応しました」

「すごーい! 二龍剣と同じタイプだね!」

「そんなところでしょうか。さて、油断してはいけませんよ」


 二体配備した影の騎士の消滅を確認した黒き鎧の騎士は剣を地面に突き刺し、足元に魔法陣が展開される。そんな騎士の前に現れ、両手に炎を纏った天流が右拳の一撃を与えようとしていた。


「おっと! 何もせずに強化してくれると思ったか? オレはさせないぜ!」


 右拳の一撃は黒い剣に受け止められたが、一撃だけでなく左拳の二撃目も、さらに右拳による三撃と連続で繰り出していく。挙句の果てには剣では防ぎきれず、胴体ががら空きになったところで。


「拳に宿るホルスの火を喰らいやがれ!」


 一回力をこみ上げ、最大出力を上げた右拳の一撃が黒き鎧の騎士の腹部に直撃し瘴気が吹き出して動きが止まった。その同時タイミング華琳も苦い表情を浮かべる。


「ど、どうしたの華琳さん」

「な、なんでもない。大丈夫」


 今の状態からしたら大丈夫かと言われたら怪しい。華琳に感じたあの感覚、確かな『痛み』だ。黒き鎧の騎士を見てからというもの、全身から来る熱と束縛感。そして天流が与えた一撃によるさらなる熱さと痛みが一瞬ではあるが感じられた。原理がよく分からず、束縛がようやく解かれていることを気づいて立ち上がり、彼らの様子を見る。


「これは致命的な一撃をくらっちまったか? なら結構だ。次は頼んだぜ!」

「それはこっちのセリフだ!」


 会心の一撃を与え、天流が後ろに引いたかと思いきや今度はシュウが日本刀を構えて振り下ろしてきた。動きが止まっていた黒き鎧の騎士は再び動き出して黒い聖剣で対抗。


「見る限り、どうやらお前は黒幕と縁があるようだな。喋れるのであれば教えて欲しいものだな」


 刃同士の火花を散りながらシュウは目の前にある騎士の兜の中身を見つめる。しばらくし、その兜の中から赤い光が灯ったと思えばシュウの脳裏にある声が聞こえてきた。


「……――……――」

「……なるほど。お前だったのか!」


 核心を得たような表情を浮かべ、刃を突き放して距離を作ったところで改めて構える。


「ヤマト神群の嵐の神、スサノオ。剣の権能を持って漆黒の騎士に纏うものを切り払え!」


 右手に持つ日本刀から形状が変化し、長い刀身をもつ剣に変化。


「八岐大蛇から生まれし剣、草薙剣を持って薙ぎ払う!」


 再び力強く前に足を踏み入れ、その剣を力強く振り下ろす。一度は黒い聖剣に受け止められるが、すぐに引き上げて横から斬りつける。鎧に傷をつくことはないが中にある瘴気が漏れ出し、華琳にまた異変が起きる。


「ま、まだ痛みが。でも、これで束縛は解かれた!」


 シュウが切りつけてくれたおかげなのか、切りつけた後に吹いてくる風のおかげだろうか。現れる痛みに耐えて剣を引き抜く。


「もう動いてもいいの?」

「うん。このままじっとしていても仕方ない。覚悟しろ!」


 常備している直剣から『謳う魔剣オルナ』に姿を変え、黒き鎧の騎士に向けて走り出す。


「我が剣よ。黒き鎧の騎士を切り倒せっ…………」


 しかし、至近距離になったところで急に足が止まる。前へ、前へ動いてくれ。剣で、この剣で目の前の騎士を……。頭では強い行動信号を送るも身体が目の前の騎士を拒絶している。一体どうして……。自問自答をしているうちに先に黒き鎧の騎士が動き、黒い剣の波動によって薙ぎ払われる。華琳の態勢崩したところで黒い聖剣を振り下ろそうとしたところを唯吹が「危ない!」と咄嗟の言葉とともに二龍剣を投げて水の龍を形成して行動を妨害させる。しかし、鎧の装甲が大きいのか、はたまた唯吹の力不足なのか不明だが二龍剣は弾かれてしまった。


「そんなっ。こ、このままでは」

「行け、魔剣!」


 手遅れになる前にフォンヒルドがフレイの魔剣を黒き鎧の騎士に投げつけて左肩に突き刺す。華琳にも傷を受けたような表情をしながらも、ついに動きがとまった様子をみてため息がつく。


「か、完全に止まった……?」

「や、やったのか?」

「天流、それはフラグだ」

「あ、わりぃなぁ。シュウ」


 天流がうっかり言ってしまった一言により止まっていたはずの黒き鎧の騎士は動き出し、突き刺さっていたフレイの魔剣が地面に落とされる。


「――――……!」


 声にならない唸り声を出した後瘴気の噴出とともに姿が消えてしまった。華琳は冷静になって地に落ちているフレイの魔剣を見ると、刀身に赤い液体が付着していることに気づて胸のそこから恐怖心が湧き上がる。


「ありがとうございます。フォンさん。私が不甲斐ないばかりに……」

「大きな怪我を負わないだけでも戦果だと思います」

「それにしても……もしかして、あの騎士の中に」

「あぁ、人間で間違いない。俺が接近してみて、あの時夢で見たのと同じ苦しみと助けを求める声が聞こえたものでな。俺にはあの騎士の中にいる人の呪縛を解放する使命を渡されている。その人物は、話すときが来たらいいのだがな……」


 とシュウが語りながら華琳に目線を向けるものの、彼女は目線をそむけている様子を唯吹は心配するような表情で見つめるしかなかった。


「おや、絶望の闇がこちらに流れてきます」

「な、なんだって!?」


 今まで形状を変化することはなかった絶望の闇が唯吹たちに襲いかかり、飲み込まれていく。真っ暗になった視界が通り過ぎた先には薄暗い中央道が広がっていた。すぐに顔を顔を上げた唯吹は周りを見渡す。


「無事、だったのか……。みんなは?」

「わたくしは無事です」

「わ、私もどうにか」

「俺も大丈夫だが、あれ、あの空手家はどうした?」


 あっ……。と声を揃えて探し回ると、真っ白になった天流の姿を見つける。


「はっはっは……妖精の悪戯に遭っちまったぜ」

「悪戯って、何をされたのだ?」

「回復アイテム関連は無事だったのはいいが……親父愛用の槍を無くしちまってな」


 これは面倒なやつだと周辺が沈黙に包まれる。


「いや、オレにとっては必要無いと思ったんだよ? でも親父が絶対に必要だからって押し付けてくるんだ。確か妖精たちが向かったのは……あそこだ!」


 このまま立ち止まれば槍を奪っていった妖精の行方が分からなくなっちまう。真っ白になっていた天流は再び立ち上がって妖精を追いかけるように駆け出す。


「おい、待て。この空間で単独行動は危険だ!」

「天流さん待ってよ!」

「追いかけるよ!」

「はい、分かりました」


 手遅れになる前にと唯吹たちも天流を必死に追いかける。そしてその先にて見えたのは、先程よりも暗い空間。周りが草木に覆われており、中心には大きな湖が広がっている。上空は青空が見えるはずだがその様子も無い。

 華琳が語るのは、ここは湖の妖精が住まう場所であり、様々な神聖武器を生み出した逸話を持っている。だが現在は絶望の闇による瘴気によって包まれており、妖精の姿が見当たらない。必死に探ろうとしている天流を他所に唯吹がこの瘴気を振り払うため御札一枚取り出して不慣れながら術を唱える。結果的に危なげなく瘴気を取り払うことができ、たまたま1匹の妖精が飛んできたところを天流が捕まえる。


「見つけた! オレの槍はどこに行った!」


 その妖精はどこかで見たことあったのだろう。少し考え込んだ後に『あっち』と指を指す。


「あっちか。早速あそこへ」

「ちょっと待って下さい。天流さん」

「どうしたんだよ、フォン。急に呼び止めて」

「湖の妖精がここに住んでいることは、あの黒い聖剣のことを知っているはずです。妖精さん。わたくしたちで良ければ、異変が起きたことと、黒い聖剣のことについて教えてくれませんか? もしも難しいのであれば、妖精の繋がりを持つわたくしだけでも」


 頼み事をするフォンヒルドの姿を見て妖精は考え込む。少し考えた後、フォンヒルドに手を出してと指示される。


「は、はい。どうぞ」


 右手出してみると、妖精も右手を出して彼女の右手に触れる。たった一瞬ではあるがフォンヒルドの知りたい情報をすべて念話を通じて手渡した。


「ありがとうございます。あの聖剣は必ずや、あの美しい湖に返しましょう」


 軽くお辞儀をし、妖精も満面の笑顔を向けた後に飛んでいった。


「フォンってさ。女性だけど紳士に見えちゃうよなぁ」

「そうですか? まぁ、これでも巫女ヴォルヴァとしてやっている身でしてね」

「なるほどな。よし、次はあっちだ!」

「次行くのはいいが、俺たちを置いていこうとするなよ……」


 時間が無いのはシュウでも分かっているとはいえ、早とちりは大混乱の元であることを思いつつ駆け出す天流を追いかける。その最中唯吹は時折華琳の表情を見つめているが、時間が経つ毎に疲れの色が強くなっているようにも見えた。


「華琳さん、辛かったら休んでもいいんだよ?」

「これぐらいならまだ休むわけにはいかないよ。置いていかれるのは嫌だからね」


 それでも無理をしている様子を見て、大丈夫と思えないまま次の空間へと足を踏み入れる。

 今度は全面瘴気だらけの空間とは一転し、上空は薄暗いが明るさのある土地に辿り着く。所々に廃墟やお墓が見えており、地面も雑草で生い茂っている。


「ここは確か……修道院遺跡。英国諸島では最古と言われているね。……おや?」


 現地の情報を伝えている華琳だったが、奥地に大きな気配を感じ取って忍び足で向かってみる。物陰に隠れて見てみると、その気配の正体は人と同じぐらいの大きさを持ち、獰猛な猫の姿をした猛獣が槍を咥えていた。


「ああぁぁぁぁ! オレの槍が!」

「しっ、静かに。あれはアーサー王伝説でアーサー王が重傷を負うぐらいに追い込んだ屈指の怪物『キャスパリーグ』だよ。私たちの力では倒せるかどうか」

「でも、親父が大切にしていた槍が……」


 静かに手放すのを待つしか無いのか。淡い希望を持ちながら静観をしていたが、かなり暇しているのか口に咥えている槍を強く振り回し、思い切って地面にたたきつけて完全破壊してしまった。


「うおおおおおおおお!!!」


 打ち砕かれた真実を目の当たりした天流は声を荒げ、頭よりも先に足が動いてキャスパリーグの前に出てしまった。無理にでも止めようとしていたシュウでもさすがにこの状況では呆れるしかなかった。


「はぁ……。全く」


「こらぁ! そこの猫! よくも、よくも親父が大切にしていた槍を!」

「きしゃー!!!」

「すべてを燃やしつくせ!」


 両手から炎をまといつき、さらには鉤爪らしきオーラも形成した状態でキャスパリーグと対峙する。最初引っかかれて噛みつかれるなど苦戦強いられるが、キャスパリーグの攻撃パターンを読めてきた段階で形勢逆転。鉤爪の一撃により切り倒すことに成功した。倒れたキャスパリーグはそのまま消滅していく中……。


「いよっしゃー!! あっ……結局戻ってこれないのか……」


 勝利は手にしたが破壊された武器は戻ってくることはなく、少し落ち込んでしまう。大きなため息を吐きながらゆっくりと前へ歩いて行く。


「おや、天流さんの様子がおかしいよ?」


「怒られるのは後だ。それよりも……重大なものを見つけてしまった」


 歩み寄った先に天流の前に見えたのは――先ほど戦っていた黒き鎧の騎士の鎧。しかも中身が空で散らばった状態で落ちていた。


「これを見つけたが最後だ。この親父譲りのウジャトの目ですべてを見通してやる」


 鎧とその所有者の正体を見破るべく、左目を光らせて意識を集中させる。戦闘中は鎧に傷一つつけていないと思っていたが、近づいて見てみると腹部と胸部と左肩部分に傷が出来ていたことに気づく。これらのことを踏まえ、見破れるところまで見破った。


「わかったぜ! いい加減全員顔を出しなよ」


 警戒する必要がないことに今更気づき、物陰から顔を出して天流に近づく。


「どうやらこの鎧。姿形はアーサー王がかつて着用していたものと類似しているが別物。しかも中まで『絶望の闇』で詰まってやがる」

「人がその絶望の闇に浸かりながら戦っていたっていうの?」

「当たりだ唯吹。本題だが、この鎧の着装者。性質が華琳と一緒だ」

「私と一緒? ということは……」

「あぁ、影の双子がこの鎧を身に纏って戦っていたわけだ」

「それだけではありません。湖に住んでいた妖精が教えてくれた情報によれば、あの騎士が所有していた剣は膨大な絶望の闇によって変異したエクスカリバーです。おそらく、絶界が出来たのも引き抜いたのが原因でしょう……」


 天流とフォンヒルドが明かされた真実により場が暗雲立ち込める。そして華琳にとっては先程の戦闘で自分の身に起きた異変の原因が分かり、悔しそうな表情を浮かべてうつむく様子を見て、シュウが動き出した。


「やっぱり……そういうことだったか」

「華琳。お前何か抱え込んでいるだろ」

「……え?」


 顔を上げると近くに居たはずの唯吹がシュウに入れ替わっていたのだ。いつも無表情で時折ため息を吐く彼ではあったが、今回ばかりは真剣にこちらを見つめている。


「先程から様子がおかしいぞ。俺たちに協力を求めようともしない。一人ですべて解決しようとするなら尚更それが顔に出る」

「え、そ、そんな…………」


 図星だったようで目線を逸らす姿をみて大きくため息。


「やっぱり団長でもそこまで団員の気持ちは見抜けなかったようだ……。華琳、俺にできることがあれば言ってくれ。これでもお前と影の双子を助けるためなんだ」

「影の双子を……。私がこれから言うこと、聞いておどろかないでよ?」

「華琳さん、本当にいいの?」

「うん。そこまで求められると、言わないわけにはいかない」


 唯吹が傍から心配になりつつも、華琳は深呼吸をして今度は天流やフォンヒルドに聞けるように自分の持つ真実、任務の前に夢で見た自分と影の双子の結末を告げた。そしてその任務は影の双子を殺すことでもあったということを。


「……ということだ。話したところで何になる。予言から回避できないというのに」

「なるほど。……本当に回避できないというのか?」

「不透明だけども影響力の強い最初の予言だよ」

「最初の予言なぁ。俺からしたら覆すことが可能だと思う。その策が、どこか近くにある以上な」

「団長……」


 シュウの優しげなフォローによりきょとんとした様子の華琳ではあるが、唯吹のポケットの中に仕舞い込んでいたものが強く輝き出した。


「それに、この運命を受け入れたくないのは俺だけではない」

「え、こ、これは……」

『予言は満ちましたね。さぁ、唯吹は何を望みます?』

「龍吉様……。ボクが望むのは」


 次にやるべきことは既に決まっている。右手でポケットの中から『茶色の万年筆』を取り出し、さらに左手で無地の御札一枚を取り出して華琳の頭にかざす。浮き上がらせた文字には『任務:影の双子を殺すこと』と書かれていることを確認。ここまでは手順に問題なし。


「オグマ様だって、華琳さんの運命をそのまま受け入れていない。この偽りの任務、オグマ様に代わりにボクが変える!」


 その御札を万年筆で書き換え、再び華琳の頭にかざして消えた。


「……私の任務は『影の双子を救出して生還すること』……?」

「うん。これがボクが見つけた最善の策。これで影の双子に死なせずに済むかもしれない」

「唯吹さん……」

「黒幕を倒してアヴァロンを救い、聖剣を返すのも大事ですが影の双子も大事な存在です」

「大切な人も救えなくてどうする! 諦めない気持ちも大事だぜ!」

「フォンさん……天流さん……。ありがとうございます。おかげで、身の重りが一つ外されたような気がする」

「ふっ。ずっとウジウジしていては、どんどん華琳らしく無くなるからな」

「流石は団長。まだ手間がかかるけど、先程より身が軽くなった」


 華琳の表情にもやっと微笑みを浮かべ、その顔を見て回りも笑顔を見せて場を和み、今まで枷となっていたものが一つ解かれた瞬間である。


「あ、一ついいお知らせがある。オレが見たウジャトの目によると、黒き鎧を脱ぎ捨てたことにより、間接的だが以前より彼女を探知して意識をつなげることができるかもしれない。だから、早速……」


 そう言いながら天流は華琳に近づき、視線を合わせる。


「今影の双子がどういう状況か、そして何者なのか。見抜こうではないか! お前にはできるだろう。半妖精でセイズ呪術を使ってくれ」

「い、言われなくても、……使わずに共有を試みるよ」


 影の双子を特定させるために意識を集中させ、天流もウジャトの目を光らせる。短い間ではあるが、天流はある光景を幻視する。

 夜の路地、トートバックを持って帰る途中の影の双子の前に現れたのは一人の女性。その女性は『汝は人ならざる者。我が子の元へ戻れ。改革の時は近い』と告げて彼女を包み込む。恐怖を怯えていた影の双子であったが、抵抗する術もなく飲み込まれてしまった。その後の光景も見ることができるはずだが、何者かによって妨害されているようだ。


「なるほど。こういう経緯か。なるほど、女性かぁ……」

「何か分かったの?」

「大体情報が揃ってきたぞ~。実はオレ、聖剣エクスカリバーを奪った相手を探していたのだ。その犯人、ぴーんと来ちゃったぜ」

「おぉ、その犯人は誰だ」

「ズバリ! ……アーサー王伝説に出てくる登場人物の一人、戦女神モリガンだ。近くに居るんだろ? 出てきなよ!」


 空に向かい声を上げた瞬間、上空から


「面白くない……実につまらない」


 と遠くからの声が返ってきてから空の鎧の後ろで瘴気とともに現れたのは天流の言った通りの人物戦女神のモリガンと華琳の影の双子。


「か、影の双子だって!? 私だ! 聞こえているのか!?」

「無駄だ。もう彼女の身も心も私のもの。声をかけたところで届くはずないもの」

「くそっ……」


 服装の時点で日常の普段着とは全く違った戦士服に、左肩には傷が残っているようで血が滲んでいる。右手には黒い聖剣を持った今の影の双子の様子を見ても届くとは思えない。声をかけても虚しい結果に華琳は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。


「こんなところに黒幕登場とはな」

「華琳さんの影の双子を使って何をするつもりなの?」


 華琳を身を守るように囲み、剣や空手の構えをして警戒をする。緊迫した状況の中、モリガンは余裕の表情を見せながら唯吹の問いを返す。


「それは勿論、我らの力を持って聖杯を手にして世界を手にするため。それを邪魔されては困る。影の双子を使っているのはそこの本物では使い物にはならないからよ」


 その言葉を聞いて華琳の目が見開く。


「人をモノ扱いとはな。狂っているな」

「当然でしょ。私の近くにいる彼女は元々人ですら無いのだから」


 さらに追い打ちをかけられる一言により華琳だけでなく周辺も驚きに包まれる。


「ここでゆっくり話ししに来たわけじゃない。まもなくこの絶界は魔界となる。それでも止めたいというのであればアヴァロンにある『円卓の墓標』へ来るがいい。そこが貴様らの墓場だ」


 これだけを言い残して瘴気とともに消えて行った。警戒状態を解き、静まり返った空気の中で天流の脳裏に声が響きわたる。


『天流! 聞こえてるー?』

「親父、どうしたんだ」

『えっとね、今万神殿から行方不明者の華琳の影の双子に関する情報を入手したよ。今スマホに情報転送したから後で確認してね』

「たしかに来ている。ありがとうな!」

『あ、後。ボクが愛用していた槍が破壊された件、終わった後にじっくりと話してもらうよ』

「え、うそだー……」


 このままのノリであれば聞かされずに終わっていたのに……。と任務完了した後のことを恐れながら考えるのは後回しにしてスマホに届いた情報を開く。すべて見通した天流は思わず声を上げてしまう。


「な、なんだこりゃあああああ!!」

「どうしたの天流さん!?」

「何か信じがたい情報を手にしたようだが」

「あぁ、唯吹にシュウ。フォンと華琳もだがとりあえず途中で声を上げずによく聞いておくれ。今万神殿から送られた、華琳の影の双子に関する情報だ」


 多少ながら声を震わせながら、天流はスマホの画面を見ながら読み上げた。


 影の双子である彼女の正体は、今回の元凶であるモリガンが作り出したホムンクルスである。絶大な神の力を発揮できる代償に寿命も通常よりも短く、神の力を使用するごとにその寿命を縮めてしまうと言われている。

 14年前、赤子の華琳を連れ去ろうとしたところをオグマの妨害によって失敗に終わった後、モリガンは同時期に生み出した影の双子にすべてを託したのだ。華琳の遺伝子と魂の一部を組み込んだ彼女なら、あの聖剣を奪い取れると踏んだのだろう。これもすべて、本物の華琳を排除し、新たな円卓の騎士として聖杯を見つけ、世界を自分のものにするために。


 すべての内容を読み上げた後の唯吹は完全に絶句し、シュウは俯き、フォンヒルドは悔しそうな表情を浮かべ、華琳はただ自分の右手を胸に当てていた。確かに必要な情報を聞くことが出来たが、心当たりを感じたのだろう。


「ありがとう、天流さん。でも私自身のことがますます分からない。私とエクスカリバーの関係が特に……」

「エクスカリバーが使えるのはアーサー王の子孫か血縁者かその血脈者と言われています。ですが、それでも情報は足りないと思います」

「もしかしたら、アヴァロンに行けば知るべき真実があるかもしれないぜ。あそこだけはまだ調べきっていないからな」

「アヴァロン……かぁ……。分かった。行こう」


 フォンヒルドと天流に背中押されながらも、円卓の墓標の通り道であるアヴァロンへ向かう。少し明るめの風景から暗い空間へ。そして再び明るい光が見えた先には今までとは段違いな幻想的な風景が広がっていた。

 地上には花畑が広がり、太陽によって照らされたその光景は絶界の影響を受けていないと思ってしまうぐらい。


「ここがアヴァロン……?」

「円卓の騎士が眠る場所と言われているところですね」

「ん? みんな見てくれ! 何やら塔が見えるぜ」


 距離から見て20分歩かなければ届かない距離ではあるが、天流の一言で一際そびえ立つ塔の存在に気づくことができた。もしやと思いつつ塔のある方へ走っていく。そしてたどり着いてみんなが呼吸を整えようとしているとき、上空から青年の声が聞こえてくる。その声を聞いたシュウはその人の存在を思い出す。


「やぁ、もしかして君たちが今回の絶界を解決しにきた神子かい?」

「あぁ。噂話で聞いたことある。アヴァロンで一際目立つ塔に一人の魔術師が居るって」

「おぉ。ボクの事を知っているんだね。ボクの名前はマーリン。ここを歩いてきたのは単に目立っていただけじゃないだろう」


 流石は人間と無魔のハーフを持つ魔術師といったところだろうか。彼らが訪れることを予め知っていたようである。華琳は意を決して前に出て聞きたいことを述べる。


「マーリンさん! あなたがすべての世界を見通す能力を持っているなら聞きたい。私は一体何者で、どうしてモリガンは私を連れ去ろうとしたのか。後は影の双子のことについても」

「すべての世界を見通すって……随分ボクも過剰な期待されているね。でも気に入った。まずは君のことからだ。すべてを知る覚悟はあるかね」


 今まで自分でも全く知らない極秘そのものだったものだ。ここで聞かずにいつ聞けるか全く分からない。華琳はただ頷いてこう返した。


「覚悟はすべて出来ている。だから教えてください。私のことすべてを」

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