第2話 旅館コンフォタブル
「ギルドのお兄さん。名前を聞いてもいいか?」
「知ったところで意味もないだろう。が、お兄さん呼びは不快だ。俺の名前はアルス。アルスと呼べ。お前らの紹介はいらん。すでに名簿で確認済みだからな」
多くの人が賑わう中、俺達は宿へと歩みを進めていた。
アルスは相変わらずぶっきらぼうだが、ちゃんと返事はしてくれる。
「名簿って、この国のギルドとアトランティスのギルドは繋がっているんですか?」
「繋がってる。この国もそうだし、もう一つの国のアトラスの冒険者ギルドも繋がってる。だから、一度冒険者として登録すれば、どこの国でも活動できる」
「そんな事も知らないのか。冒険者として常識だぞ」
リアのフォローにアルスが呆れたように声を上げる。
棘のある言い方だが、アルスはこれで平常運転なのだろう。
常識がないのも自覚しているので、別段腹を立てる事でもない。
「それにしてもこの国は賑やかだな。東京に行った時の事を思い出す」
「あそこも凄い人だかりですからね。ですがここの方が混沌としています」
「トウキョウ?聞いたこともない地名だ。いったいどこにそんな街がある。ここより人の多い土地などなかったと記憶しているが」
ぽろっと出てしまった言葉に、俺はしまったと頭を悩ませる。
新しい街に気が緩んで、つい日本の事を引き合いに出してしまった。
日本の事は知られてはいけない為、何とかして誤魔化さなければいけない。
「に、兄さん!あそこの屋台がとってもおいしそうです!」
奏が屋台を指さして話を逸らそうとしてくれる。
これに乗るしか逃げる道はない。
「おい、トウキョウってのはいったいどこ」
「よし!ちょっと買い食いでもするか!」
「お前達、話を」
「私も食べる」
「……」
屋台へ逃げるように三人で押しかけ、芋の素揚げのようなものを買って戻ると、アルスはそれ以上言及してくることはなかった。
遅れたら置いていくと言われたが、買い終わるまでちゃんと待っていてくれる辺り、アルスは思っているより優しいのかもしれない。
「塩胡椒がきいていておいしいですね」
「アクロポリスに比べてしっかりと味がついているな」
「おいしい」
細いフライドポテトのような食感はないものの、芋本来の歯ごたえとピリッと来る塩胡椒のアクセントがたまらなく美味い。
「アクロポリスと違ってこっちは塩胡椒の原産地だ。岩塩も豊富に取れるからそういった調味料も安く仕入れられる。だから小さな屋台でも塩胡椒が使えるんだ」
「そういう事か。向こうは輸送で高くなりがちだが、こっちでは安いからいいだけ使えるんだな」
そう言いながら芋揚げを渡すと、アルスは何も言わずに受け取ってもそもそと食べ始める。
アルスは意外とかわいい奴かもしれない。
「ここがお前達の宿になる」
アルスの案内の元、俺達は二週間泊まる事になる宿へと辿り着いた。
外装は他の建物に比べるとかなり豪華で、普通に泊まるとかなり高そうだ。
硬貨に描かれていた鷹の紋章が看板に描かれているが、この国は鷹を重要視しているのだろう。
「この宿には王族であるフェルティナ様が泊まっている。無礼のないよう過ごすことだな」
「え?そんなところに俺達が泊まっていいのか?」
王族と冒険者が同じところに泊まるなんて普通は考えられないと思うのだが。
「つい先日、以前の宿はキャンセルし、この宿を取れと使いの者がやってきた。ごみだめのような宿からの最高級国営旅館への変更だ。俺も初めは疑ったが、この宿で間違いない。いったい何をすればそうなるのか教えてくれ」
俺達が泊まるはずだった宿は滅茶苦茶貧相な物だったらしい。
以前のフェルの心象からそれは当然だったのかもしれないが、おそらく例の一件で変更をされたのだろう。
どんなところに泊めさせようとしていたのか気になるところではあるが、アップグレードされたなら喜ばしいところだ。
「最高級旅館……どんな宿なんでしょうか」
「こんなとこ初めて」
二人は最高級旅館を前に目を輝かせている。
王族も泊まるほどの宿なのだから、そこらの宿とは比較にならない程豪華な所なのだろう。
「宿の者にはノーネームからと言ってこの証書を渡せ。そうすればここにいる間は泊まることが出来る」
アルスは証書を俺に渡す。
その証書には宿泊許可とアトランティスの王族印が押されており、これがあればここに泊まることが出来るらしい。
「これで案内は終わりだ。二週間後の護衛依頼までゆっくりと休むがいい」
「ああ、ありがとう。何かあったらまたまた頼む」
「面倒ごとは持ち込むな。だが、俺は大体ギルドにいる。俺に用があるならギルドまでこい。じゃあな」
アルスはそう言い残して足早に去っていった。
態度こそよろしくないものの、なんだかんだ言っていい奴だったな。
こっちのギルドではアルスを頼りにさせてもらおうと思うのだった。
「兄さん、早く入りましょう。どんな旅館か楽しみです」
「そうだな」
俺達は期待を膨らませながらその旅館に足を踏み入れる。
エントランスはとても広く、解放感に満ち溢れていた。
こちらでは非常に珍しい木張りの床と壁は、どこか懐かしい温かみのある空間に仕上がっている。
ちょっとした休憩スペースで商談する商人や、土産物で物色する貴族らしき者。
宿泊客だろうという者達は高級な衣装を身に纏い、俺達が異質であるかのような錯覚に陥る。
いや、錯覚というよりそれは事実なのだろう。
現に、入ってきた俺達に冷たい視線が送られている。
差別やらなんやらがないとは言っても、場違いすぎるのは問題という事か。
「いらっしゃいませ。コンフォタブルへようこそお越しくださいました。本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付から一人の女性が俺達の元へ来て問いかける。
場違いにも関わらずしっかりと頭を下げて対応する辺り、接客も行き届いているのだろう。
「ここに二週間世話になるノーネームだ。これを渡せばいいと聞いたんだが」
「拝借させていただきます」
アルスから受け取った証書を渡し、受付が確認する。
その証書が間違いでないことを確認すると、その女性は一つ頷いて証書を返してきた。
「確認いたしました。渉様、奏様、リア様の三名でよろしいでしょうか?」
「間違いない」
「ありがとうございます。では担当の方を連れて参りますので、少々お待ちください」
女性の言う通り待っていると、一分もしないうちに別の女性が現れた。
「ご足労いただきありがとうございます。本日よりお世話させていただくクレアと申します。ご入用の際は私にお申し付けください。誠心誠意、対応させていただきます」
「よろしく頼む」
この旅館では一組につき一人、専属で対応してくれる担当がついてくれるらしい。
専属で対応してくれるなんて日本でも聞いたことがない。
さすがは高級旅館といったところか。
「では早速旅館をご案内させていただきます。お荷物があればお預かりいたしますが、お荷物のほうは……?」
「ああ、荷物は気にしなくていい。旅館の中を案内してくれ」
「かしこまりました」
荷物を持ってない事を気にしたようだが特に追及されることもなく、クレアは旅館を案内してくれた。
「懐かしいですね、この感覚」
「こっちでは石造りとかコンクリートばかりだったからな。木組みもあるにはあるが、内装まで完全に木でできているのは久々だ」
「温かい感じがする」
俺達は木の階段を踏みしめ、この旅館の感想を述べていた。
石造りとは違い、木でできている物はリアの言うようにどこか温かみを感じるものだ。
窓から差し込む光はその温もりを増長させ、石造りとは違った魅力を感じさせる。
石造りもまたいいものだが、木でできた建物の方が落ち着くのはやはり日本人という事なのだろう。
「こちらが渉様方のご宿泊する部屋となります。お風呂、トイレ、キッチンも併設されておりますので、こちらはご自由にお使いください。また、この廊下の先には旅館自慢の大浴場もありますので、ぜひご利用くださいませ」
クレアに案内されたのは、屋敷のリビングほどもあろうかという広い部屋だった。
ベッドが四つ設置され、大きなソファが二つ、一人がけの椅子もいくつかあり、テーブルが置かれてもなお空間が余っている。
「兄さん!ベッドがふかふかで気持ちがいいです!最高です!」
「ソファも気持ちいい。これだけで寝られる」
初めてのスイートルームに興奮した奏がベッドに飛び込み、リアはソファに寝転んでくつろぎ始める。
「お気に召されたようで何よりにございます。軽食をご用意することも可能ですが、ご利用になりますか?」
微笑ましく二人を眺めていると、クレアからそんな提案が飛んでくる。
タイでの疲れを癒すためティータイムと洒落込むのもいいかもしれないが、街の中を巡ってみたいという気持ちもある。
「奏とリアはどうしたい?」
「私は街を見て回りたいです!」
「私も」
奏もリアも疲れているはずだが、街を見て回りたいという気持ちの方が強いらしい。
二人がそういうのなら、俺に否はない。
「今から街を散策するから軽食は遠慮しておく。それと今夜は少し遅くなるかもしれないんだが、ここはいつまでにチェックインすればいいんだ?」
「制限はございません。お帰りの際は表の呼び鈴を鳴らしてください。そうすれば夜勤の者が対応いたします。お帰りが遅くなるとのことですが、夕食はいかがいたしますか?」
「用意してくれなくていい。外で食べてくる」
「かしこまりました。何かあれば部屋の呼び鈴を鳴らしお呼びたてください。すぐに対応させていただきます」
そういってクレアは俺に鍵を渡してくる。
案内もしてもらったし、これで宿に泊まる事が出来ると分かった。
「では早速ですが行きましょうか」
「散策楽しみ」
「だな」
俺達はそれを確認すると、すぐに部屋を出てエントランスに戻る。
「いってらっしゃいませ」
クレアの見送りを背に、俺達は街の散策を開始するのだった。
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