第XX話 できる事を
「負傷している方はもういませんか!?亜種にやられてしまった毒も私なら解毒できます!少しでも違和感がある方は私の元へ!」
私は慌ただしく逃げる準備を進める中、自分にできる事を精一杯に行なっていました。
亜種の毒にやられてしまった方には
「急げ!冒険者が亜種の相手をしてくれているが、いつまで相手をしていられるか分からん!必要のない荷物は捨て置け!一刻も早くここから逃げるんだ!」
親衛隊の方がそう激励を飛ばしていますが、その激励に私は少し不満を抱きました。
まるで兄さんたちが、すぐにやられて今うような物言い。
兄さんとリアの事を信用していないという事が分かる発言に、私は声を上げそうになります。
しかし、ここで言い争っても何もいいことはありません。
私は心の中で否定しながら、私にできる事を続けます。
「貴方、西条渉の妹さんだったわね」
「なんですか?怪我ですか?どこが悪いのか教えてください。すぐに治療します」
私は声の方を見ることなく、目の前の親衛隊の治療をしながら、どこが悪いのか問いかけます。
「いえ、気分は少し悪いですが、怪我をしたという訳ではありませんわ。一つ、貴方に聞きたいことがありますの」
この忙しいときに何を、と声のする方を向いてみると、そこには顔色の悪い王女様が立っていました。
気分が悪いのは、亜種と遭遇した心理的恐怖からでしょう。
気分を直す方法を聞きに来たのでしょうか。
「なんですか?」
私は運ばれてくる親衛隊の方たちを治療しながら問いかけます。
「今亜種を相手しているのは、貴方の兄と獣人の二人だけなのですわよね?」
「そうです。親衛隊の方たちより、私の兄とリアの二人だけのほうが亜種の足止めはしやすいとの判断です。私の兄は逃げるのに特化した魔法を使うことが出来ます。二人なら、私たちが逃げる時間を十分に作ってくれるでしょう」
「それは、周りに言われたからではなく、自ら進んで囮を買って出たという事ですの?」
「その通りです」
私が問いに答えると、王女様は複雑そうな表情を浮かべました。
その表情が何を思っているのかは私には分かりません。
あんなのを相手にする兄さんとリアを嫌っているのか、はたまた別の理由か。
その表情の訳を話すかのように、王女様は言葉を紡ぎます。
「
「怖いに決まっています。リアは亜種を前にして体が震えていましたし、兄も内心で恐怖していた事でしょう。それでも、フェルティナ様を逃がさなければと、今は二人とも戦っています」
「……私はあのお二人に酷いことを言ってきました。渉様に対しては手まで上げて……」
「知っています。獣人の事は以前から、この巡行で兄の事を責め立て暴力を振るっていた事も。兄さんはそれを話してくれませんでしたが、夜な夜な出かける兄の後をつけ、それを知ってしまいました」
「……貴方はそれを責めないのですか?」
「できる事なら責め立てたいです。リアと兄さんにした事と同じものを
兄さんはそれがどれだけ虚しいものかを知っています。
それがどれだけ人を傷つけるのかを知っています。
誰にでも優しくあろうと思う兄さんが、やられたからといって責め立てるような真似はしないでしょう。
「責めないどころか、二人は私を救うように行動してくれているのですわよね」
「兄もリアも、根はとても優しい人ですから」
「……あの方たちは狭量な私と違い、広い心を持っておられるのですわね」
乾いた笑いと共に王女様は呟きます。
高慢だった王女様とは思えない自分を小さく見る言葉に、私は肯定も否定もしませんでした。
私が親衛隊の方の治療を終えると、先ほど激励を飛ばしていた親衛隊の方がこちらに駆け寄ってきます。
「フェルティナ様。出立の準備が整いましたので馬車にお乗りください。一刻も早くこの場から退却を」
王女様の傍には馬車が横付けされ、王女様が馬車に乗ればすぐに出発できるようです。
「……分かりましたわ」
王女様は親衛隊の方の言葉に肯定の意を返し、馬車へと乗り込みます。
「貴方はどうするのですか?」
馬車に乗る直前、王女様が私に問いかけました。
私は王女様を真っ直ぐに見つめ、答えます。
「私も亜種の足止めに向かいます。兄さんとリアだけでは怪我をした時に心配ですから」
「そうですか……貴方に……そして、お二人にお伝えください。生きて帰ってきてくださいと」
「承りました」
私は頭を下げ、王女様を見送ります。
王女様が馬車に乗ると、数秒と立たずに馬車はこの場から姿を消していきました。
これで、兄さんに任されたお仕事はおしまいです。
ここからは、兄さんとリアと共に亜種の足止めに向かわなければなりません。
「奏、本当に任せていいのか?」
「私達も行った方がいいと思うのだけれど~」
オスマンとターニャが不安そうに私へ問いかけてきます。
お二人には事前に王女様の護衛だけをお願いしてあり、私たちのパーティーが亜種の足止めをすることを伝えてありました。
「いいえ。兄さんの魔法は足止めに向いていますが、大勢いると全員を逃げ返すことが出来ません。亜種の足止めは私たちに任せて、お二人はパーティーを率いて王女様の護衛を最優先に動いてください」
「そうか……足手まといになるというならそうさせてもらう。必ず生き延びるんだぞ」
「帰ってきたらいっぱい抱きしめてあげるから~」
「兄さんだけにはやらないでください!」
ターニャさんの抱き着きには人を駄目にする不思議な力が存在します。
これで兄さんが駄目になったら目も当てられません。
私は威嚇しながらそれを事前に防ぎます。
「その時は俺が止めよう……では奏、後は任せた」
「帰ってきてくれることを信じているから~」
そう言って二人はパーティーを引き連れ、王女様の後を追っていきました。
これでここに残ったのは私一人。
逃げ遅れている人は誰一人としていません。
「兄さん、今行きます」
私は兄さんたちと共に戦うため、王女様たちと逆方向、亜種のいる方へと向かうのでした。
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