第50話 いきます

『マスター、敵反応確認。場所はフェルティナ様のテント付近です』

『は?まさかフォルテスの包囲網をくぐり抜けてきたのか!?』


 俺はヴェーラの報告を受け、慌てて特定探索サーチのマップを確認する。

 そのマップにはフェルティナのいる辺りに赤い点が現れているが、陣が崩れている様子はなく、どう見ても突然現れたようにしか思ない。


『敵は上空、特定探索の範囲外から現れたものと思われます。つまり空飛ぶ魔物、ワイバーンの可能性が非常に高いです』

『そうか、空を飛ぶのが可能ならそういう事もあり得るのか!』


 特定探索は平面上のマップを表示しているため、高度までは加味されていない。


 そんな抜け道があったなんてと考えていると、外から何かが落ちたような衝撃音が聞こえてくる。


 こちらが動き出すより早く、王女様のいるところに魔物が辿り着いてしまったらしい。


「っ緊急事態」


 寝ていたはずのリアが目を覚まし、飛び起きて装備を整え始める。


「え?何が起きているんですか!?」

「魔物が現れた。ワイバーンの可能性が非常に高い。急いで向かうぞ!」

「は、はい!」


 俺と奏も慌てて装備を揃え、リアと共に音のした方へ急いで向かう。


 向かう途中でタルナーダパーティーが戦闘の用意をしていたが、それを悠長に待っている暇はない。


 ターニャに先に向かうと一声だけかけ、俺達は魔物のいる場所へ向かう。


「なんだあれは」

「普通のワイバーンじゃありません……よね?」

「……ワイバーンの亜種」


 魔物がいる現場へと辿り着いた俺達は、初めて見る魔物に冷や汗が滲むのを感じた。


 赤と紫のまだら模様をしたワイバーンは、辺りに瘴気をまき散らしながら一心不乱に何かを喰らっていた。

 肉のように見えるが、その原型はもうないために窺い知ることはできない。

 その肉を喰らい終えると、亜種は周囲の親衛隊を軽く蹴散らしている。


 また、漏れ出る瘴気は周りの人間に明らかな影響を与えていた。

 毒だと叫んでいる親衛隊がいる事から、あの亜種は猛毒を孕んでいるという事も分かる。


「ワイバーンの亜種って、ワイバーンの上位互換って事か?」

「そう。でも、ワイバーンの亜種はものすごく強い。ワイバーンが出たときは討伐隊を組むけど、亜種が出たときは軍が動く。それぐらいしないと討伐できないぐらい強い」

「軍って、何万単位であのワイバーンを討伐しに行くって事ですか……?」

「そう」


 いくら巨体とはいえ、あれに万で挑むのは過剰戦力では?と思うが、裏を返せば、あの亜種を討伐するにはそれだけの被害が出るという事なのだろう。


 亜種とは言っているが、そのレベルはワイバーンの比ではない。

 あの一匹がどれだけ脅威なのか、リアの言葉からはそれが容易に想像できてしまう。


 一言でいえば、生き延びるのは絶望的だという事なのだろう。


「渉、すぐに逃げる。今の私達じゃまともに相手もできない。もう依頼とか関係ない。今すぐに安全なところに避難する。早く瞬間跳躍ワープを」


 リアは体を震わせながらそう急いてくる。

 ワイバーンの亜種は、リアが体を震わせながら戦闘放棄を提案するほどの相手という事だ。


 万の軍全でないとかなわない相手なんて、確かに逃げる以外に選択肢はないだろう。

 亜種から王女を守ろうと親衛隊が必死に食い止めてはいるが、続々と倒れる親衛隊に亜種の動きは止められない。


「リア。俺達が逃げたとして、フェルティナは守れるのか?」

「守れるわけがない。あれに出会った以上、もうそんな事言ってる場合じゃない。生き残る為なら逃げるしかない。周りの事なんて気にしてたら、絶対に生き残る事なんてできない。だから早く逃げる」


 焦るように逃げる事を勧めるリア。

 リアの言う通り、逃げ延びるにはその方法しかないのだろう。


 今の俺なら、瞬間跳躍で逃げ切ることは可能だ。


 他人を見捨て、自分のためだけに行動する。


 それをすれば、俺達だけは生き延びることが出来る。


 母さんを失った時のように。


「……リアと奏は逃げろ。俺はあれの足止めをする」

「渉!?」


 リアが俺の発言に悲鳴にも近い声を上げる。


 あれを見てまともに戦う事を考えるなんて、正気の沙汰ではないだろう。

 近づくだけで毒に陥り、あの外殻はあらゆる攻撃をはじき返している。

 まともに戦えば敗北は必死、生き延びることが出来る可能性は限りなくゼロに近い。


 だが、俺は他人を見捨ててまで生き延びたいなんて思わない。


 他人の死によって成り立つ生より、他人の生に埋もれる死を選ぶ。


「亜種の相手なんかしたら確実に死ぬ。それでも渉はあれと戦うの?」

「俺の瞬間跳躍ならあいつの攪乱に向いている。それに、こういう時のために敵対心を煽る魔法も用意した。俺があいつを引き付ければ、ここにいる奴らは逃げることが出来る」

「でもそれじゃ渉が」

「何とかなるさ。いざとなったら瞬間跳躍がある。逃げる方法なんていくらでもあるさ」


 俺は次元収納ディメンション・ボックスから弾倉マガジンを取り出し、弾倉収納マガジンホルダーに弾倉を収納する。

 軍用戦闘服(ACU)は忘れずに着ているし、戦闘の用意は完璧だ。


「……なんでそこまでするの。王女様は渉に酷い事してたのに」

「……知っていたのか」


 ここ最近やけに二人が優しかったのはそれが原因か。


 それでも知っていて何も言わなかったのは、俺に負担をかけさせないため。


 何も言わずに支えてくれていたのは、とても嬉しい事だ。


「全部知ってる。渉が王女様に虐められていることも、獣人の事を推してくれていることも。だから、なんで渉がそこまでするのかが分からない」


 酷い扱いを受けているのなら、それ相応の対応を取るのが人間の性というものだ。

 それは理解できるし、リアが言いたいことも理解できる。


「奏やリアが何かされたのなら俺もどうか分からないけどな。でも、俺は他人の事を見捨ててはおけない。俺の代わりにうまくできる人間がいるならまだしも、今ここで一番人を救えるのは俺だけだ。なら、俺がやるしかない」

「なんで……」

「人に優しくあるためだ」


 俺がそういうと、沈黙を保っていた奏がはぁ、と息を吐いた。


「兄さんならそういうと思っていました。兄さんがやるというのなら、私もやります」

「危険だぞ」

「死ならばもろとも、一蓮托生です♪」


 奏ならそ言うと思っていた。

 俺が逃げる事を勧めても勝手についてくるだろうから、いくら言っても無駄だろう。


「……渉達がやるなら私もやる。私一人だけ逃げるなんて出来ない」


 逃げる事を提案していたリアだが、俺達に付き合ってくれるようだ。

 リアも奏と同じく、逃げろと言っても参戦するだろう。

 正直な話、俺一人では辛いと思っていたから非常にありがたい。


「ありがとう二人共。俺達がするのはあくまで足止めだ。全員が逃げたら、俺達も逃げるぞ」

「分かりました」

「了解」

『マスター。魔法もかけ終わりました。いつでも行けます』


 強化魔法と精神伝達テレパシーもかけ終わり、戦闘態勢が整った。


「よし、行くぞ!」


 こうして、俺達と亜種との戦いが始まった。

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