第49話 試練の幕開け

 クーニャンに言われた通り、エレフセリアに入ってからというもの、魔物の数がアトランティスに比べて増えていた。


 事前にそのことをオスマン達に伝えたことで何とか対応が出来たものの、知らなかったらエレフセリアに入った辺りで陣形が大幅に崩されていたかもしれない。

 ありがたい情報をもらえたおかげで、首都への巡行は問題なく進んでいた。


 フェルティナの説得はうまくいっていないものの、根本に根付いた問題というのはそう簡単に解決するものではないと思っている。

 精神的に疲れるが、こちらは気長にやっていくしか方法はないだろう。


 それはいいとして、ここ最近、どうにも奏とリアの様子がおかしいように思える。

 奏はいつになく優しいし、リアも最近、やけに頭を撫でてくれと迫ってくる。


 その理由を聞いてみてもなんでもないというので、俺が何かしたという訳ではないようだ。

 その事は非常に嬉しいのだが、俺は何かを企んでいるのではないかと気が気でならない。


 エレフセリアの首都に着いて何を強請(ねだ)られるのだろうかと内心ビクビクしつつ、まあいいかと俺は二人の行動に甘えながら護衛依頼を務めていた。


「予定ではあと三日ですか。なんだかあっという間でしたね」


 三人で集まった夜のテントの中。

 紅茶を用意してくれた奏が、俺にカップを渡しながら呟いた。


「そうだな。はじめこそ苦労はしたが、慣れれば何とかなるもんだ。この調子で行けば問題なく首都に辿り着けるだろう」


 俺は膝の上で眠るリアの頭を撫でながらそう答える。


 エレフセリアに入ってからはリアも出動が多く、遊撃部隊の中では一番働いてくれていた。

 その疲れが出てしまったのであろう、膝に頭を乗せた瞬間、すぐに眠りこけてしまった。


 一番動いてくれていることに感謝しつつ、俺は猫耳を弄りながら癒される。


「ふふ。気持ちよく寝ていますね」

「本当にな。見ているとこっちも眠くなってきそうだ」

「もう今日はやることもないですし、このまま寝てもいいんですよ?」

「いや、もう少しこの猫耳を堪能したい」

「兄さんも好きですね。気持ちはとても分かりますけど」


 昼間は戦闘ばかりで、気が休まる時間がない。


 それに、もう少ししたら俺はフェルティナの元へ行かなければならない。


 今はオスマンの率いるフォルテスパーティーが警戒に当たってくれているため、護衛依頼の中で唯一くつろげる時間だ。

 もう少し、この安らかな時間を堪能してもいいはずだ。


 俺達三人は、テントの中でゆったりとした時間を過ごしていた。






「この辺りか」


 渉が野営する遥か上空。

 ワイバーンを掴んでいる竜に乗ったダヴィードが、毒の瘴気を孕むワイバーンの亜種を連れ、かすかにともる灯火を見下ろしながらそう呟いていた。


 半翼を失ったワイバーンは竜の腕の中で足掻いているが、その力も弱弱しく、抜け出すまでには至らない。


 獲物を狙うような目でそのワイバーンを亜種が狙っているが、ダヴィードが睨みを利かせているからか、それに襲い掛かるような事はしていない。


「全く、お前がどこかに消えていたせいで来るのが遅れてしまった。本来ならエレフセリアに入った時点でけしかける予定だったものを」


 愚痴を吐くダヴィードに対し、竜がワイバーンに爪を食い込ませながら口を開く


『かかっ。別によいではないか。わしが遊びほうけておったのは事実じゃが、魔王様の言いつけには間に合ったのじゃ。何の問題もなかろう?』

「まあいい。お前の言う通り、少し予定が遅れただけで支障はない」


 ワイバーンが悲鳴を上げているが、二人は気にした様子もない。


『しかし、本当にこれをぶつけて生き残れるのかの?わしの見た感じじゃと、到底生き残れるようには思えぬのじゃが』

「魔王様はあれの成長を願っておられる。この程度乗り越えられないようでは、魔王様がお相手するほどの者ではないという事。ここで死んでも一向にかまわないとの事だ」

『かかっ、鮮烈じゃの。生き延びても死んでもいいとは』

「それが魔王様だ。それぐらい苛烈でなければ、世界の守護者を名乗ることは出来ぬ」


 ダヴィードはそういうと竜に合図を送った。


 その合図を受けた竜は、ワイバーンの残った片翼を無残にも引き千切る。

 翼を失ったワイバーンはさらなる悲鳴を上げるが、やはり二人の感情は動かない。


 そんな姿を見て、むしろ亜種はまだかまだかと興奮を抑えられずにいた。


「やれ」


 その一言で、竜はワイバーンを灯火のある所へ投げつけた。

 翼を失ったワイバーンは空を飛ぶこともできず、自由落下をしながらもがくことしかできない。


『行け』


 その一言で、亜種は待っていましたとばかりにそのワイバーンを追いかける。

 自らの餌として食らうために。


「さあ、どう出るか見せてもらおうか。西条渉」

『かかっ。生き延びられればいいんじゃがのう』


 二人はそこに留まり続ける。


 その行く末を見届けるために。






「はぁ……」


 テントの中、私(わたくし)は三日後の事を考えて憂鬱な気分になっておりました。


 あと三日もすれば私は首都に着き、忌まわしい獣人と会合をしなければなりません。

 できる事なら行きたくない、でも行かなければ王家の存続に関わる。


 私の意思とは関係なく、もう物事は進んでしまっているのです。


「はぁ……」


 私は書き物を終え、早く西条渉が来ないかと待ちわびておりました。


 西条渉がこれば、この鬱憤も晴らすことが出来ます。

 誰かを待ちわびるなど、私の人生の中では初めての事かもしれません。


 早く来ないかしら……。


 そう思っていると、ドゴンッ!というような何か巨大な物が落ちる音と同時に、地面を揺らすような衝撃がこの身に伝わってきました。


「何事です!?」


 私は何が起きているのかを確認しにテントの外へ出ました。


 そこには翼のないワイバーンのようなものが半分地面に埋まっており、それが空から落ちてきたのだと分かります。


「フェルティナ様!今すぐに逃げる用意を!」


 全く動かないところを見ると死んでいるようですが、親衛隊は私を逃がそうと動き始めます。


 その者達は落ちてきたワイバーンなど目もくれず、しきりに上を見ておりました。

 私も空を見上げると、何かがそのワイバーンにめがけて飛来してきています。


 それに気づいた時にはもう遅く、先ほどと同じような衝撃と共に、その何かは地面に降り立ちました。

 私は何が起きているのかわからず、その衝撃に腰を抜かしてしまいます。


 頬に何か温かいものが飛び散り頬を拭ってみると、それはワイバーンの血液でした。

 それに強い嫌悪感を持つのと同時に、私は震えながら飛来した何かを確認します。


 大きな翼に巨大な体躯、瘴気に覆われた、紫と赤色に染められた毒々しい外殻。

 一心不乱にワイバーンを貪るその顎は強靭で、鎧にも使われるほど硬い外殻をいともたやすく噛み砕いています。

 その瞳は見る者を凍り付かせるほどに鋭く、睨みつけられたわけでもないのに、私の体は震えるばかりで動かす事すらできませんでした。


 これが、話に聞くワイバーンの亜種。


 出会っただけでその大半が命を落とすと言われる、ワイバーンよりも恐ろしい存在。


 王国でも軍を上げて挑まねばならぬとされている、国をも滅ぼしかねない最強の魔物。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 私はその存在を前に、悲鳴を上げる事しかできませんでした。

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