第XX話 仕打ち

 物資補給も終え順調に旅路は進み、数日が経過しました。

 護衛自体は何の問題もなく進んでいて、このままいけば何事もなくエレフセリアに到着するでしょう。


 ですが、私には一つ気になることがありました。


 ここ数日、詳しく言うと一度目の物資補給の日から、夜になると兄さんが姿を消すようになりました。

 それだけなら気にすることでもないのですが、帰ってきた時に肌が赤かったり、服が乱れていたりするのです。


 それも、日に日に酷くなっていました。


 転んだとかそういうのではなく、まるで誰かに殴られたり蹴られたりしているような。

 程度は違いますが、ミアから訓練を受けたときのような恰好をしているのです。


 兄さんは何もないと言いますが、帰ってくるときの兄さんはやけに疲れた顔をしていて、その事も気にかかります。


「という事で、今夜は兄さんの後をつけて、何が起きているのか把握したいと思います」

「私も気になってた。協力する」


 夕食も食べ終わったテントの中。

 私は兄さんから隠れ、リアと共に兄さんが何をしているのかを確認する事になりました。


 兄さんは今、最近馴染んできた冒険者と談笑していて、私たちに気が付いていません。


 昨日までと同じなら、あと少しで兄さんは動き始めるでしょう。


「兄さんはいったい夜に何をしているのでしょうか。秘密の訓練をしているんですかね?」

「戦闘訓練じゃない事は確か。今の渉はかなり実力があるし、相手が同格程度だったらあんな中途半端な傷で帰ってこない」

「この前ターニャさんが言っていた補助適正サポートの子と訓練しているのでしょうか」

「ターニャが言ってたのは魔法の訓練。攻撃適正ヴィザードならともかく、補助適正で渉があんな風になるのは考えにくい」

「そうですよね。それに、訓練だったら聞けば兄さんなら答えてくれるはずですし……」

「奏、動き始めた」


 兄さんが立ち上がり、冒険者と別れを告げています。

 そして、昨日までと同じように、どこかへと足を運ぶみたいです。


「行きましょう」

「うん」


 私たちはその後をばれないようについていきます。

 向かっているのはエレフセリア方面、つまり王女様と親衛隊のテントがある方向です。


 いったい何をしに行くのでしょうか。


 最終的に兄さんは、王女様と親衛隊のテントの並びに辿り着きます。

 そしてその中にある、一つだけ大きなテントの中に姿を消していきました。

 テントの前に親衛隊がいる事から、あのテントは王女様がいるのでしょう。


 となると兄さんは、夜になると王女様に会いに行っていることになります。


 いったい中で何をしているのでしょうか。


「テントの前はダメなので、後ろに回り込みましょう。気付かれないよう、音も出さないように移動しますよ」

「うん」


 親衛隊の目を盗み、私たちはテントの裏側へ辿り着くことに成功します。

 中で何が起こっているかは分かりませんが、テント自体は薄いため、中の会話は聞き取ることが出来ます。


「ふふ。貴方も馬鹿ではないでしょう。いい加減、王族への礼儀という物を学んだのではなくて?」

「はい。フェルティナ様のおかげで、王族の方々がどれほど貴い存在なのか、身に染みております」

「貴方がわたくしにした発言、何が悪かったのか一から説明なさい」

「はい。まず一つに―――」


 中では王女様が兄さんの過去の発言の事を責め立て、反省を促しているような会話が繰り広げられていました。


 兄さんは王女様の獣人差別発言が許せず、王女様と二度口論を重ねています。

 それを王女様は許せず、このような形で反省を強いているのでしょう。


 確かに、兄さんの発言が過剰であったことは認めます。

 しかし、それと共に、王女様の発言にも問題があったことは確かなのです。


 兄さんはかっとなると言い過ぎてしまう事はありますが、その発言の前提には相手の言動が必ずあります。

 さすがに国王様に向かってあの発言はどうかと思いましたが、国王様はそれを汲み取って便宜を図ってくっださいました。

 神奈と初めて会った時も同様で、兄さんの発言が壊れ始めるのは、大体相手方にも悪い点があるのです。


 しかし、王女様はその悪い点を全く見ていません。

 それは、獣人差別を悪だと思ってもいないからでしょう。


 兄さんだけが責められているという現状に、私はかなり苛立ちを覚えていました。


「―――です。これらは全て、私の不用意な発言によるものです。改めて、深くお詫び申し上げます」

「まあいいですわ。もう二度と王族に対する安易な発言は慎みなさい。私が不快に思った時点で、本来ならば貴方を処刑台に送るものなのです。それを貴方は獣人の事を話題に出して……恥を知りなさい」


 獣人という言葉が出た瞬間、リアの身体が浮き上がるのを感じました。


 中に行こうとしているのでしょう。


 私はリアの腕を掴み、それを引き留めます。


「奏。私のせいで渉が酷い目に合ってる。私が代わりに」

「駄目です。今ここでリアが入っていったら、余計に王女様が兄さんを責め立てます。それに、王女様は絶対にリアの事を悪く言います。それを聞いて、兄さんが暴走する可能性もあるのです。ここは抑えてください」

「……」


 リアは頭と猫耳を垂らし、苦悶の表情を浮かべながら腰を下ろしました。


 兄さんとのやり取りである以上、私たちが出ていったら確実に兄さんが槍玉にあげられます。

 どれだけ心が苦しくても、私たちはここで話を聞いている事しかできないのです。


「私が獣人の話題を上げるのは、フェルティナ様に獣人の事を知ってもらいたいからです」


 兄さんの言葉に、リアが頭を上げました。


 話題を出して口汚く罵られるのは兄さんだからやめろ、と言いたそう表情をしています。


 そんな事を知る由もない兄さんは、王女様に直言します。


「獣人は人です。王女様の国の民の一部であり、守るべき宝なのです。耳や尻尾があり、人によっては動物に近い容姿をしてはおりますが、その本質は人間と何ら変わりありません。意思疎通を図る事が出来ます。互いに分かりあうことが出来るのです。人間と見た目が違うというのなら、竜人もエルフも違います。なぜ竜人とエルフはよくて、獣人だけが駄目なのでしょうか」

「~黙りなさい!」


 バチン、という何かが叩かれる音と共に、王女様の甲高い叫び声が響き渡りました。


 テント越しでは何が起きているか分かりませんが、中で何が起きているのかは容易に想像できます。


「獣人の話題を上げるなとさんざん言っているでしょう!竜人は天を統べる龍の血族、エルフは森を守る守り人の血族。それに引き換え、獣人は地を這う獣の血族。害獣、食料として狩られてきた血を引く卑しい者達に人権などございませんわ!何度言えば貴方はそれを理解するのですか!」

「っ人間も元はその獣と同じ血族です。耳や尻尾が退化したかどうかの違いしかありません。その考えで行くと、王女様は人間にも人権がないと言っているのですよ」

「そんなのありえませんわ!人間は神から産み落とされし天上人。竜人、エルフ、獣人など足元にも及ばないような、遥か上を行く存在なのです!それを事もあろうに獣人と同じだなど、冒涜にもほどがあります!獣人なんて物は獣と同じ、人と比べるのもおこがましいですわ!」


 鈍い音が幾度となく聞こえ、ドサリと何かが倒れるような音が聞こえてきます。


 兄さんのせき込むような声も聞こえてきて、私は確信しました。


「けほっ……人間も獣人も変わりありません。同じこの地に生きる者で、同じ世界で共に暮らすヒトなのです。血族なんて関係ありません。同じ世界を共有している以上、差別はあってはならないのです」


 兄さんは罵詈雑言や暴力に耐えながらも、獣人のために……リアのために、王女様との対談をしていたのです。


 夜に幾度となく抜け出していたのは、王女様と接触するため。

 帰ってきた時にできていた傷は、この時に反感を買ってつけられたもの。

 そして、獣人差別を是正するよう、王女様に話を持ち掛けていたのです。


 兄さんに相手を言いくるめられるような話術はありません。

 きっと、対談のたびに王女様の反感を買い、ひどい仕打ちを受けていたのでしょう。

 私たちに相談しなかったのは、私たちにこんな扱いを受けていると知られたくなかったからか、私たちを巻き込みたくなかったから。


 もし初めの段階で知っていれば、私達は止めるか同行していたでしょう。

 しかし、止めるだけでは王女様の獣人差別は解消せず、リアを連れて行ったらリアが傷ついてしまう。

 それなら一人で、と考えて接触していたのも頷けます。


「……リア。帰りましょう」

「……」


 私は怒りに震えているリアの腕を引き、無理やりその場から離れます。

 兄さんが理不尽に虐げられているのが許せないのでしょう。


 その気持ちは私も同じでしたが、ここで出て行ってしまっては、兄さんが今までしてきたことが水の泡になってしまいます。

 それをリアも分かっており、唇を血が滲むほどに噛み締めながらも、私の手を振りほどくことはしませんでした。


「私のせいで渉は……」


 テントから離れるにつれ、だんだんと弱弱しくなっていくリアがそう呟きます。

 自分のせいで兄さんが傷ついていると自分を責め立てているのでしょう。


「リアのせいじゃありません。王女様の差別意識を取り除くために動いたのは兄さんです。兄さんはああなることが分かっていたから、私たちに相談しなかったのでしょう。あれは兄さんも覚悟していた事です。リアが気に病む必要はありません」


 そう言葉では言いましたが、私の心境は複雑です。


 兄さんの傷つく姿は私も見たくありません。

 変われるのなら変わりたいですが、兄さんはそれを許してくれないでしょう。


 かといって私たちが口を挟めば、兄さんの心労が増えてしまう事も想像できます。


「私たちは今の出来事を忘れ、何事もなかったように兄さんと接しましょう。兄さんも、こんな姿を見られていたと知られたらショックでしょうから」

「……私も力になりたい」

「それは私も同じですが、私たちが出ていっても話がこじれるだけです。兄さんなら、本当に力が必要になったら私たちに言ってくれるでしょう。その時まで私たちは見守るしか出来ないのです」

「……うん」

「兄さんはリアの頭を撫でるのが癒しになるはずです。戻ってきた時は、思う存分撫でさせてあげてください」

「……そうする」


 私たちは、兄さんが何をしているのかを知りました。


 しかし、今は私たちにできる事は何も浮かびません。


 私たちは陰鬱な感情を抱きつつ、自分たちのテントへ戻るしかありませんでした。

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