第48話 水浴びですよ!

「え!街の中に入れないのですか!?」


 フェルティナとの嬉しくない夜デートが決まった次の日。

 奏が町に入れないと知り、嘆きの声を上げていた。


 町の外に陣取る俺達の周りには既に物資が置かれてあり、これらの荷物を荷馬車に積載するだけの状態だ。

 フェルティナだけ町の中に入っていったが、王族として町長に挨拶にでも行ったのだろう。


「入場手続きも面倒だからな。町に入れると思っていたのか?」


 夜警明けのオスマンが、少し眠そうにしながら奏に問いかける。

 馬車の上では満足に寝られないだろうし、夜の方が見ていて辛そうな感じである。


「はい……お風呂に入りたかったのですが、まさか入る事すらできないなんて思ってもいませんでした……これではお水も買うことが出来ません……」

「追い打ちをかけるようだが、残りの一つの町も入ることは出来ないぞ。こちらと同じく、荷物を積んだら即出発だからな」

「ああ……絶望的です……」


 奏がふらふらと倒れ込んで項垂れる。

 風呂に入れなくとも、あわよくば水を買い集めどうにかしようと考えていた奏にとって、これは相当ショックな事実だっただろう。


 俺も奏ほどではないが、街に入ることが出来ないのは少し残念だ。

 風呂もそうだが、何か珍しい物がないか見てみたかったんだがな。


 そんな項垂れる様子を見てか、ターニャがこちらに歩み寄りながら奏に問いかけた。


「あらあら~。奏ちゃんお風呂に入りたいの~?」

「そうなのです……でも、一週間は我慢しなければいけないようで絶望しています……」

「お風呂じゃないけど、川なら向こうにあるわよ~。一緒に水浴びでもする~?」

「行きます!」


 急に元気になった奏が、勢いよく手を上げて立ち上がる。

 もうこの際、体が洗い流せれば、風呂でなくてもなんでもいいのだろう。


「じゃあ行きましょうか~。リアちゃんと渉君も来る?」

「行く」

「……自然ナチュラルに俺を誘わないでくれ」


 この世界に水着なんてものは存在しない。


 水浴びとなれば全裸になるのが一般的で、女三人の中に男が混じったら問題だろう。


 俺も水浴びをしたくはあるが、三人に混ざることはできない。


「兄さんはダメです。私たちが美味しく食べられちゃいます」

「お前は兄を何だと思っているんだ」

「……狼?」

「一度話し合った方がよさそうだな」


 俺は誰彼構わず襲うような人間ではない。

 俺が笑顔でパキポキと指を鳴らしながら近づくと、奏は焦ったように二人を引っ張って逃げていく。


「逃げますよ二人共!このままだと私が兄さんに襲われてしまいます!」

「あらあら~」

「あ~」


 川があるという方向に消えていった三人を見守りつつ、俺は特定探索サーチで川の周囲の状況を確認する。

 川の周辺には魔物もおらず、安全に水浴びもできるだろう。


 俺も三人と被らないところで水浴びをするとしよう。

 俺はその旨をオスマンに伝える。


「じゃあ俺も水浴びをしてくる。少しここを離れるぞ」

「覗きか?」

「……お前にも話し合いが必要みたいだな?」

「冗談だ。水浴びはいいが、出発するまでには戻ってきてくれ。もし遅れた場合は置いていくことになるからな」

「了解。気を付けるよ」


 とはいっても、俺はすぐ終わるだろうけどな。


 俺は集団を離れ、一人で川へと向かった。


 それなりの広さのある川に辿り着くと、俺は服を脱いで体を洗う。

 水は冷たすぎるわけでもなく、浴びていて心地いい。


 まともに体を洗うのも三日ぶりか。

 体は濡れタオルで拭いていたが、頭だけは洗うことが出来なかったからすごく気持ちがいい。


 こういう時に、風呂のありがたみは実感できるな。

 普段から何気なく使っているが、いつでも入れるというのは幸せな事だ。


『マスター。正体不明の何かが近づいてきます』

『正体不明?』


 ヴェーラが何かに気づき、俺に警告を発してきた。

 特定探索のマップを見てみると、敵でも味方でもない、白色の謎の点がこちらに向かってきていた。


 このような点、設定した覚えも見たこともない。

 何か嫌な予感がする。


 俺は急いで銃の置いてある所へ戻ろうとしたが、その前に白い点が姿を現した。


「こんなところで何をしておるのじゃ?」


 その白い点は、一人の幼女の物だった。

 神奈よりもさらに幼い、小学校低学年程度に見える。


 可愛らしい見た目とは裏腹なジジ臭い喋り方に違和感を覚えた。

 清潔な服装をしているところを見るに、それなりの家庭で育っているようだ。


 警戒する必要はなさそうに思えるが、なぜこの子が白い点で現れたのだろうか。

 普通なら青い点で表されるはずなのだが……。


「水浴びをしていたんだ。そういうお嬢さんはどうしてここへ?外は魔物がいるから危ないだろう」

「かかっ。お嬢さんと呼ばれたのは久々じゃ。そのような呼び方をするのは紳士か変態じゃが、お主はどちらかのう?」

「変態ではないし、紳士と呼べるほど大層なものではないな」


 喋り方といい発言といい、見た目とは裏腹にかなり大人びているように

 いったい実年齢がどれぐらいなのか気になるが、それを聞くのはこの場合どうなのだろうか。


「わしの名前はクーニャン。エレフセリアへの巡遊でこの街に寄り、少し散歩していた所じゃ。お主は王女の護衛として雇われた冒険者じゃな?」

「よく分かったな。俺は西条渉。お察しの通り、王女様の魔物払いとして雇われた冒険者だ。それにしてもなんで分かったんだ?」

「かかっ。町の出入り口を見ていれば分かるのじゃ。あそこまで大規模な集団は隊商キャラバンか王族護衛しかおらぬ。その中にポリウーコス親衛隊がいるとなれば、必然的に王族護衛ととなるわけじゃの」

「素晴らしい観察力だ。だが、なぜ王女だと分かったのかが説明されていない」

「それは事前に知っていただけじゃよ。嫌獣家の第三王女様が獣人の多いエレフセリアへ行くというのじゃ。少し調べればわかる事よ」

「なるほど。見た目と違って随分達観した目をしているな。いったい幾つなんだ?」

「女子に年を聞くのは野暮というものよ」


 齢一桁二桁に突入したぐらいで、このような返しは出来ないだろう。

 俺が思っている以上に年がいっているのかもしれない。


「それより随分と立派な物を持っているが、隠さんでよいのか?先ほどから丸見えじゃぞ?」

「……失礼した」


 俺はクーニャンに指摘され、全裸で向き合っていたことを思い出す。

 冷静に指摘してくるあたり、やはりかなり年がいってそうだ。


「お主もエレフセリアへ行くのじゃろう?街にいる間は自由のはずじゃし、もしかしたら、エレフセリアでまた会うかもしれんの」


 俺は体を拭き、服を着ていると、隣まで寄ってきたクーニャンにそう言われる。

 行き先が同じなら、クーニャンの言うようにどこかで鉢合わせる事もあるかもしれない。


「街にいる間は自由って知っているなんて、随分と王族警護について詳しいな。巡遊と言っていたが、もしかして冒険者なのか?」

「かかっ。わしは確かに強いが、冒険者にはなれんよ。単に各地を遊びまわっているだけじゃ。そのついでに情報も集めているから、他人よりちいとばかし俗世世俗に詳しいのじゃ」


 クーニャンが何者なのか、俺の中でふとした考えがよぎる。


 この容姿ならどこの国でも不審がられず、言葉遣いを使い分ければただの子供として受け入れられるだろう。

 クーニャンがどこかの国のスパイだとしたら、世間に詳しいのも各地を巡っているのにも納得がいく。

 俺に近づいたのも、もしかしたら何かしらの情報を抜き取るために……。


 思考が明後日に飛んでいったが、それはないかと考えを振り払う。

 それなら俺なんかではなく王女の方を追うだろうし、質問攻めにしたのはこちらの方だ。


 俺から有益な情報なんて抜き取られていないし、俺の持ち物もなくなっていない。

 クーニャンの言うように、単純に散歩をしているだけなのだろう。


「そんなわしから一つお主に警告しておこう。ここのところ、魔王軍の動きが活発になっていることは冒険者なら知っておるな?アトランティスはその影響が少ないようじゃが、エレフセリアは少し様子が違う」

「様子が違う?」

「そうじゃ。おそらくお主が通るであろうルートの、ここから馬車で5~9日ほど行った辺りか。エレフセリアは最近、魔物の数が急増しているという噂じゃ。王女の警護をするのであれば、用心しておくことじゃ」


 魔物が増加しているという事は、護衛の上で大きな障害になる可能性がある。

 嘘か本当かは別にして、注意しておくに越したことはないだろう。


「その情報はありがたいが……どうして初対面の俺にそんなこと教えてくれるんだ?何か裏があるように思えてくるんだが」

「かかっ。袖振り合うも他生の縁。お主は悪い奴ではないようじゃし、ここで恩を売っておけば後々役に立つやもしれん。この程度の情報で恩が売れるなら安い物よ」

「案外打算的だな。だがその情報は俺にとって有益なものだ。ありがたく受け取らせてもらおう」

「かかっ。護衛は大変じゃろうが頑張るといい。もしエレフセリアで会った時はよろしく頼むのじゃ」

「ああ。次に会う時には困り事でも作っておいてくれ。力になろう」

「かかかっ。では困りごとを作って待っていよう」


 じゃあの、とクーニャンは森の中へと消えていった。


 どこまで散歩に行くのか分からないが、強いと自分で言っていたから魔物は問題ないのだろう。

 巡遊しているという事は、魔物の恐ろしさも理解しているはずだ。


 こんな場所で出会うなんて不思議な縁もあったものだと思いながら、俺は街の入り口に戻るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る