第41話 フェルティナの憂鬱

「はぁ……」


 揺れ動く馬車の中。

 私はとても憂鬱な気持ちでおりました。


 これから行くのは他国であるエレフセリア。


 二週間の馬車生活に加え、向こうでは見知らぬ相手と接待の日々。

 それはまだいいのだけれど、向こうの国では獣人がさも当然のように闊歩しているのが我慢なりません。


 自由の国エレフセリア。


 人種差別はなく、実力だけが物を言う実力主義社会。


 そのせいで国の中枢にも幾人か獣人がおり、今回の接待でも嫌と言うほど相手をしなければなりません。

 同じ空気を吸うのですら嫌悪するのに、自分を殺してまで喋らないといけないだなんて怖気が走ります。


 できる事なら行きたくない。


 ここ数年は拒否すればお父様もそれを認めて下さいましたが、今回だけはいくら拒否しても認めて下さりませんでした。


 これも全て西条渉とかいう男のせい。


 王族を批判しながらもそれについては謝罪しましたが、獣人に関する事で気分を害した事には一切謝罪に応じない。

 あまつさえ私に対する挑発を行いながら、最後の一言は獣人を擁護するものでした。


 私の気分を害しておきながら、あいつに対して懲罰を行う事は許されません。

 大陸の外とかいう、おとぎ話にもならない未知の国から現れた人間の子息だからという、どうでもいいような理由のせいです。


 その国がこの国とは全く違うという事はなんとなく分かっております。

 貢物として渡されるアメニティグッズは、この世界で見たことがないほど素晴らしい物でしたし、お兄様に渡されたギソク?という物も、本物ではないかと思えるほどに精巧な物でした。


 お父様がその国と仲良くしたいという理由も分かります。

 でも、だからと言って王族を侮辱しておきながら、実質おとがめなしと言うのは考えられません。


 これがエレフセリアであったりアトラスの大使であったら、問答無用で投獄されていた事でしょう。

 最悪の場合、その国からも見捨てられ、死刑という事もあり得ます。


 お父様はその国を過大評価しすぎているのです。

 仲良くしたいからと言ってそのような甘い判断をしているようでは、他国に付け入る隙を与えてしまいます。


 今回は緘口令を敷いて何とかなりましたが、このような事を続けていては、いつしか甘い国だと勘違いする輩が出てくる可能性もあります。

 本当は、西条渉に投獄させるべきなのです。


 それが出来ないことに、私は苛立ちを覚えます。


 さらに、西条渉の言い放った獣人の差別問題。

 あの発言は、どうでもいい獣人との差別を気になされていたお父様の心に火をつけてしまいました。


 あの獣人をかばう発言のせいで、私の獣人嫌いを正すためにお父様は動き始めてしまいました。

 その一環として画策されたのが、エレフセリアへの発遣です。


 獣人が蔓延る街に行かなければならない。

 それに加え、今回の護衛にまで獣人がいる。


 獣人に守られていると考えると、もう心の震えが止まりません。

 なぜ、あのような人間にも獣にもなれないような存在がいるのか。

 なぜそのような存在をお父様は守ろうと思うのか、不思議でなりません。


「西条渉……」


 今回こうなったのも、全てはあの男のせい。

 そう考えると、どんどんと苛立ちが込み上げてきます。


 奴を投獄してやりたいですが、それもかなわぬ願い。


「はぁ……」


 私は今日何度目になるか分からない溜息を吐き、馬車の外を眺めます。


 王城を出て三つ目橋を渡る馬車は、とうとう街の外へ出てしまった事を物語っていました。

 橋の外を眺めていると、今回護衛につくと思われる冒険者たちが、こちらに向かって頭を垂れています。


 そして、頭を垂れる中に、にっくき西条渉の姿が見えてしまいました。


「馬車を止めなさい」


 私は自然と御者ぎょしゃにそう命令していました。

 私の命令をすぐに聞き、御者の人間はすぐに馬車を止めます。


 私が馬車を降りると、周りの親衛隊があわただしく動き始めますが関係ありません。

 私は迷わず、西条渉の元へと歩みを進めます。


 西条渉の前まで来ましたが、西条渉は頭を上げる様子もありません。


 普通は頭を上げて誰が来たのか確認するところでしょう。

 他の人間はそうしているし、誰が来たのか一瞬でも確認するのが人の心だというのに、一切顔を上げる気配がありません。


 それは私に確認するほどの価値がないという事なのかしら。


 そう考えると私の怒りはもう止まらず、西条渉に対し思いっきり蹴りを入れていました。


「っかぁ……!」


 短い悲鳴の後、西条渉は鳩尾辺りを抑えて倒れ込みます。


 ついでに隣にいる獣人も蹴り飛ばしたい気分でしたが、足が触れる事すら汚らわしいのです。


「ふんっ……」


 私は踵を返し、馬車の中へと戻ります。


 その間にちらりと様子を窺うと獣人が立ち上がってこちらを睨んでおり、今にも襲い掛かってきそうな様子でした。

 しかし、西条渉に諭されたようで、何もできずにこちらを睨んでいるだけでした。


 少し蹴っただけでこれとは、所詮は獣と言う事なのでしょう。

 西条渉も何か言ってくると思っていましたが、予想に反して何も言ってくることはありませんでした。


 今にして思えば西条渉が声を荒げたのは、獣人の事を馬鹿にした時だけのような気がいたします。

 もしかしたら、西条渉自身はいくら傷つけても何も言ってこないのかもしれません。


 私は馬車に戻ると、すぐに馬を走らせます。


「ふふふ……」


 これはいいおもちゃが手に入りました。


 気に食わないことがあれば、あいつを呼び出して遊んでやりましょう。


 そうすれば多少気は紛れると笑みを浮かべながら、私は街を後にしました。

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