第39話 みんな集まりました!

 あっという間に二週間が過ぎ、護衛依頼の日がやってきた。


 屋敷の事はミアにすべて任せ、俺と奏とリアの三人は一度、冒険者ギルドへと足を運んでいた。

 これから護衛依頼に向かい、街を空ける事を伝えるためだ。


「はい、確認いたしました。これで手続きは完了です。ですが驚きました。まさか冒険者になってひと月足らずで王族の護衛依頼をするなんて。はじめ話を聞いた時は耳を疑いましたよ」


 受付のエトーレがテンションも高くそう口にする。


 エトーレ曰く、王族の護衛は大きなパーティーが主となる為、少人数のパーティーが選出されることはまずないらしい。

 魔物払いは周囲の魔物を討伐するのが目的となる為、少人数のパーティーを複数では連携が取りづらいというのが理由のようだ。


 それに加え、冒険者になって間もない人間に護衛依頼をすることも異例らしい。

 それらの理由で、エトーレも驚きを隠せなかったのだろう。


「俺も初めはなんで俺達に、とは思ったけどな。たった三人しかいないのに」

「魔族を撃退されたことが大きな評価になったのでしょう。親衛隊に入ることも打診されそうな気もしますが、そういった話はないのですか?」

「それはないな。というより、打診されても入る気は全くない」


 リアは分からないが、俺に親衛隊入りを願われることはないだろう。

 大陸の外から来たという事もあって扱いも難しいだろうし。そんな人間を親衛隊に誘うなんてことはしないはずだ。


 仮に話が来たとしても、気楽な冒険者である方が断然いい。

 冒険者は稼げるということも分かったし、パーティーを組んでいる今なら、この街でも援助なく生活できるだろう。


「そうですか。もったいないとは思いますが、それは渉様がお決めになる事ですからね。ですが、冒険者としていられる方がギルドとしては嬉しい事です。渉様にはこちらから依頼する任務もこなしてくださり、とても感謝しております。それに、私個人としても渉様とお話しできる方が嬉しいですし……」

「そう言ってもらえると嬉しいな。これからも期待に応えられるようバンバン依頼はこなしていこう」


 もじもじとしながら、ちらりと俺の目を見るエトーレに対し、俺は笑顔でスルーを決め込む。

 好意を寄せてくれるのはありがたいが、今は誰かとどうこうなる気は全くない。

 それはエトーレも分かっている事だ。


 スルーを決め込むのはどうかと思うが、これで対応は間違っていない。

 なぜなら、このやり取りは俺達の間で常習化してきているのだ。


「むー、今回も駄目でしたか。何か別の方法を考えないといけませんね」

「あまりがつがつしたのは好みじゃないぞ?」

「覚えておきます。次こそ心を揺らしてみせますから」


 そんなやり取りを交わし、俺はエトーレに見送られて冒険者ギルドを出た。

 今から向かうのは街の外、護衛任務の始まりとなる集合場所だ。


「毎回楽しそうですね兄さん」


 じとっとした目で睨みつけてくる奏。

 奏は俺とエトーレのやり取りを快く思っていないらしい。

 俺が好意を返さない事に怒っているのだろうか。


「あのやり取りを楽しんでいる事は確かだな。でも、それは向こうも同じことだろう。なんでそんなに機嫌が悪くなるんだ?」

「知りません」


 ぷいっと顔を背け、足早に前に出る奏。

 エトーレも俺が付き合う気がないことは知っているし、奏もそれは知っているはずだ。

 本当に、奏の機嫌が悪くなる理由がよく分からない。


「なあリア。なんで奏は機嫌が悪いんだ?」

「分からない。けど、本気で嫌がってるわけじゃないから放っといていいと思う」


 いつの間に買ったのか、屋台の肉串を食べながら歩くリアは、そう奏の心境を判断する。

 奏にべったりとくっつかれているリアがそう言うのなら、放っておいても問題ないのだろう。

 それに、少ししたら機嫌がも乗るのもいつもの事だ。


 俺はリアの肉串を少し分けてもらい、それに気づいた奏も同じように肉串に食いつく。

 なくなってしまった肉串を見て悲しそうにするリアを宥めていると、奏も機嫌が戻ったようだ。


 そんな感じで街を出て集合場所に辿り着くと、そこには二、三百人近い冒険者が集まっていた。

 ところどころに大きな荷物や多くの馬も見え、それらには食料や携帯品が積まれているのだろう。


 ここにいる冒険者全てが、フェルティナの護衛につく者達なのだ。

 人間、エルフ、竜人といるが、リア以外に獣人の姿を見る事は出来ない。

 獣人のいない護衛を選出したというのは本当の事だったようだ。


「なんであいつらがここに」「おい、あれ」「マジでいるのか」「災厄の黒猫ブラック・ディザスターまでいるぞ」「たった三人だろ?」「三人で何が出来るんだ」「というかなんであいつらが護衛に」「あいつら魔族を撃退したらしいぞ」「それはデマだろ」「たった三人で魔族を撃退できるわけないだろ」「じゃあなんであいつらが」


 俺達が集合場所に足を踏み入れると、そんな声が周りから聞こえてきた。

 半分ぐらいは歓迎している様子はなく、もう半分は戸惑っているといった感じだ。


 だが、こんな反応も一か月も続けていれば慣れっこになる。

 周りがどう思おうと、俺達はフェルティナに任された魔物払いをするだけだ。


「西条渉だったか。お前が三人のパーティーのリーダーか?」


 そんな中、一人の竜人の男が俺に話しかけてきた。


 身長は高く、全身は鱗で覆われており、リアとは違った厚みのある尻尾を持っている。

 竜のようないかつい顔を向けられ俺は少し気後れするが、問われた以上はそうも言っていられない。


「そうだ。何か話があれば、二人ではなく俺に言ってくれ」


 まともに竜人と接するのが初めての奏が、少し怖がっているから。


「そうさせてもらう。私の名前はオスマン。ここにいる半分を率いるフォルテスパーティーのリーダーだ。短い間だが、よろしく頼む」

「よろしく」


 そういうとオスマンは握手の為か手を差し出してきたので、その手を取る。


 しかし、握手をしたオスマンは俺の手を捻りあげ、攻撃を仕掛けてきた。

 その瞳には攻撃的な色が滲み出ており、俺に害を与えようとしているのは一目瞭然だった。


『ヴェーラ!』

『イエス、マイマスター』


 身の危険を感じた俺はオスマンの背後に瞬間跳躍ワープをし、ホルスターから銃を抜いてオスマンの頭部に突き付ける。


「動かない方がいい。動くと頭がトマトジュースになるぞ」

「……はは、噂は本当だったようだな。すまない。これ以上は何もしないから、武器を下ろしてくれ」


 手を上げて降参したと表すオスマンに、俺は銃を下ろして距離を取る。

 何をしてくるか分からないため、銃は持ったままだ。


 リアも奏も突然の事に警戒心を露わにし、オスマンを睨んでいた。

 突然の出来事に周りは騒然としているが、俺もオスマンが何を考えているのかが読めない。


「俺は魔族を撃退したという渉の実力を見たかっただけなのだ。話では聞いていたが、まさか一瞬で死の恐怖を体験するとは思わなかった。こんな冷や汗をかいたのは久しぶりだ」


 今のオスマンからは攻撃的な色は見えず、嘘をついているようにも見えない。

 だが、いきなり攻撃を仕掛けてくるような竜人だ。

 信用することはできない。


 その気持ちが伝わってしまったのか、オスマンは少し慌てたように弁明する。


「警戒を解いてくれ。本当にもう何もする気はない」

「貴方が悪いのよ~。いきなり攻撃をして、警戒しないわけがないじゃない~」


 エルフの女性がこちらに歩み寄りながら、オスマンに対してそう告げる。


 身長は俺と同じぐらいで、横に出た耳と白っぽい髪色が特徴的だ。。

 引き締まった肉体とは裏腹に豊満な胸をしており、綺麗な顔立ちは見ていて癒されそうなものである。


「初めまして謎の魔法使い(エニグマギア)。私の名前はタティヤーナ。タルナーダパーティーのリーダーをしているわ~。貴方が魔物払いの依頼を受けたと聞いた時から気になっていたの~。よろしくね~?」

「あ、ああ。よろし……っ!」


 傍まで寄ってきたタティヤーナにいきなりいきなり抱き着かれ、俺は混乱の渦に巻き込まれた。

 胸に顔を埋められ、その柔らかさに思考が支配されていく。

 タティヤーナの甘い香りが脳内を駆け回り、布越しからも伝わるたわわな感触に、俺はずっとこのままでいたいと考えてしまう。


「~っ!兄さんから離れてください!ここの人達は普通に挨拶もできないのですか!」

「あっ」


 奏に引き離され、俺は少しもの寂しさを覚える。

 奏のいう事も間違っていないが、もう少しあのままいさせて欲しかったというのは男の欲だろうか。


「あらあら~。警戒心をほぐしてあげようと思っただけなのよ~?」

「私の警戒心はMAXです!それと兄さんもデレデレしないでください!もし胸を貸してほしければ私に言ってください!いくらでもしてあげます!」


 いや、妹にそれはさすがにまずいだろう。

 それより、とんでもないことを言っていると奏は気づいているのだろうか。


「あらあら、可愛らしい妹さんね~。その警戒心も解いてあげましょ~」

「わっ!やめてください!私はそんなのいりません!やめてください!」


 タティヤーナに抱き着かれ、必死に抵抗している奏。

 しかしその魔力にやられたのか、次第に声が小さくなり、全く抵抗しなくなった。


 タティヤーナのハグには、男女問わず人を癒す効果があるようだ。

 こうも簡単に抱き着くところを見ると、タティヤーナはハグ魔なのかもしれない。


「オスマンもやられたのか?」


 俺は呆れかえっているオスマンに聞いてみる。


「いや、私はやられていない。ターニャのあれは自分の気に入った相手にのみすることだ。よかったな。お前はターニャに気に入られたようだぞ」

「まだ会って一言しか言葉を交わしてないのに、どこに気に入る要素があったんだ……」

「あいつの考えている事はよく分からん。だが、あいつの性格は護衛の過程で分かるだろう。気になっているのならその時にでも聞くといい。お前は護衛依頼が初めてだからな。俺も気になる事があれば答えてやる」

「ありがとう。頼りにさせてもらおう」


 オスマンの言葉に、俺は完全に警戒心を解いた。

 初めの牽制は、ちょっと実力を確認したいだけだったと感じたからだ。

 タティヤーナとオスマンは一応信用できる者達らしい。


 リアもハグに巻き込まれていることから、タティヤーナが獣人差別をしないことも分かった。


 これからどうなるのだろうと思いつつ、俺達は護衛依頼に参加する面子との顔合わせを終えたのだった。

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