第33話 勲章

「久しぶりですわね。その後お変わりなくて?」

「ええ、おかげさまで。元気にやっていますよ。フェルティナ様もお変わりないようで何よりです」


 俺は応接室に入ると、ソファに座っていたフェルティナと挨拶を交わした。

 獣人嫌いであるフェルティナの前にリアは連れてこられない為、リアと奏にはリビングで待ってもらっている。


 フェルティナの後ろには剣を携えたボディーガードが二名立っており、それだけで威圧感にあてられてしまう。

 しかし、ボディーガードが怖いからといって、王女様にお帰り頂く訳にはいかない。


 あまり接したくない相手ではあるが、無下むげにすることはできないだろう。


「前回は申し訳ありませんでした。頭に血が上ってしまい、ついあのような口ぶりになってしまいました。ご無礼をお許しください」


 俺は前回言い過ぎたことをすぐに謝罪する。


 国王には謝罪をしたが、フェルティナにはまだ謝罪をしていなかった。

 相手をしたいしたくないは別として、前回の件で口が過ぎた事は間違いなく、謝らなければいけないと思っていた事だ。


「まあ前回の事については水に流して差し上げます。貴方も初めて王族に会って緊張なされていたのでしょう。もう気になさらないでくださいまし」


 どうやら許してもらえたようだが、フェルティナの言葉に何か引っかかる。

 相変わらずの高圧的な態度を感じさせるが、この王女様はこれが平常運転だ。

 きっと、今引っかかったのはそれだろう。

 いちいち気にしていたら気が持たなりそうだ。


「恐縮です。それで、本日はどういったご用件で?」


 俺は向かいに座り、フェルティナに今日の訪問の目的を訊ねる。


「今日ここを訪問させていただいたのは、貴方に与える物があるからですわ」

「与えるもの?」


 真っ先に浮かんだのは罪状だが、それは今さっきのやり取りで否定されている。

 それにそんなものを言い渡すために、わざわざ王女様自ら訪問するなんてことはないだろう。


 ……いや、この王女様ならやりかねないか?


 まあなんにせよ、フェルティナが直々に足を運ぶほどの物に、俺は心当たりがない。


「つい先日、貴方は魔族の幹部であるダヴィードと戦ったと伺っておりますの」

「お耳が早いようで。フェルティナ様のおっしゃる通り、私は魔族と戦いました。死にかけながらも、何とか生きながらえております」


 どうやら与える物というのは、魔族との戦いに関係しているらしい。

 俺は死にかけながら向こうが勝手に帰っていただけに、何かを与えられるような事は無いと思うのだが、それは口に出さないでおく。

 ここで余計な事を言って顰蹙ひんしゅくを買うのも面倒だ。


 そう思っていると、ノック音と共にミアがサービングカートを引いて部屋に入ってきた。

 フェルティナに出すための紅茶を持ってきたようだ。


 しかし、フェルティナはそんなこと気にも留めずに話を続ける。


「随分と壮絶な戦いだったと聞き及んでおりますわ。できるのなら詳しくお話を聞きたいのですけれど」

「ご勘弁を。私には話を面白くするような話術は持ち合わせておりません。それに、ボロボロに負けたお話では、煮え立った紅茶でもたちどころに冷めてしまうでしょう」


 本音を言うと、フェルティナとの会話を長引かせたくないだけだが。

 これもやはり言う事はできない。


「そうですか……私はそれでも構わないのですが、無理をさせることは致しませんわ。それに、今日の本題はお話しすることではありませんものね」


 ミアが紅茶を用意し終わり、俺の後ろに立つのと同時に、フェルティナは一つ咳ばらいをし、姿勢を正した。


「先日の魔族出現により、この街において痛ましい被害が出てしまいました。しかしその後、貴人方が決死の覚悟で足止めし、魔族を撃退してくれたことにより、それ以上街の住民に被害が及ぶことはありませんでした。王族を代表し、貴人方に感謝申し上げますの」


 そういってフェルティナは、向かいに座る俺に対してお辞儀をした。


 しかし、俺の心境は複雑だ。


 そもそもの話、魔族の襲来は俺がいなければ起きなかった話である。

 俺にはどうしようもなかった事とはいえ、被害者が出てしまった責任の一部に、俺が関わっていることは明白だ。

 それ以上被害が出ないよう戦ったのは、その責任に対する贖罪だったと俺は認識している。


 だから、礼を言われるような事は何もないのだ。

 しかし、それを説明することを俺は出来ない。


 それゆえ、その礼を受け取らないといけないことに、俺はちょっとした罪悪感を覚えてしまう。


「それに付随し、王家は今回の件の功績を認め、パーティーのリーダーである貴方に勲章を授与することを決定いたしました」

「叙勲ですか」


 勲章と言われても馴染みのあるものではないため、それが与えられると言われてもあまり実感が湧かない。

 勲章が与えられる事が名誉であるというのは理解できるのだが、それにどれほど価値がある事なのか理解できないのだ。


 ミアに聞いてみたい気持ちもあるが、渡すと言っている前でそれを問うのはフェルティナに文句を言われそうで面倒だ。

 ここはおとなしく流れに身を任せることにしよう。


「今回貴方に与えられるのは第二等級勲章グランド・オフィサー。本来ならば叙勲式を行うところですが、貴方の経歴を外部に漏らすわけにはいけないため、このような形での叙勲になることをお許しくださいませ」


 そういうとフェルティナは立ち上がり、応接室の空いているスペースへ移動した。

 どうやら叙勲は問答無用で行われるらしい。


 俺も移動しなければと思い立ち上がると、ミアが小声で耳打ちをしてくれる。


「フェルティナ様の前まで行き、その場で跪いてください。その後何か問われるようなことがあれば全てはいで答え、肩を剣で叩かれて少ししたら受勲の儀は終了です」

「ありがとう、ミア」


 ミアの助言のおかげで、受勲の大まかな流れを知ることが出来た。


 俺はフェルティナの前まで行き、その場に跪く。

 後は聞かれたときに、はいはい言っていれば終了となるはずだ。


 俺が跪いたのを確認すると、フェルティナは叙勲の儀を開始する。


「汝、弱き者の盾となり、我らが脅威へのつるぎとなった。その心高潔なり。その心高徳なり。その振る舞いは民の模範となり、やがては民を導く者となろう。気高く、雄々しく、勇ましくあれ。今ここに汝の功績を認め、国王、リチャード・アクロポリス・パラスに代わり、第三王女、フェルティナ・アクロポリス・パラスが第二等級勲章を授ける」


 フェルティナはボディーガードから剣を受け取り、右肩、左肩と剣の平で触れる。

 そして剣を元に戻すと、一つ息を吐いて儀式の終わりを告げた。


「簡易ですが、これにて叙勲は終了ですの。これからも国のため、そして民のために行動してくださいまし」

「はい」


 俺は立ち上がり、ソファに座ったフェルティナの言葉を肯定した。

 校長の挨拶のように長々と話が続くと思っていただけに、あっさりと終った叙勲に内心で驚いている。


 俺が思っている以上に、勲章という物はぽこぽこ与えられる物なのかもしれない。

 ミアもこの話を聞いて驚いている様子もなかったし。


「さて。叙勲も終わりましたし、もう一つの用件をお話をさせていただきましょう」

「もう一つ?」


 俺はソファに座りながら、まだあるのかと心の中でため息をつく。


 フェルティナとのやり取りは気疲れしてしまうため、早いところ切り上げたいというのが心情だ。

 しかし、それはまだ許されないらしい。


「叙勲も重要ではありますが、それは王家として。私個人といたしましては、今から話す事の方が重要なのですわ」


 フェルティナは俺を見つめ、そのもう一つの用件を提示する。


「西条渉。私は貴方のパーティーに、私の護衛を依頼させていただきますの」

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