第32話 羨ましいのです……
俺が目を覚まし、冒険者家業の休養を言い渡された翌日。
ちょうど昼を過ぎた頃に、屋敷へリアがやってきた。
顔を合わせた時は少し心配されたが、問題がないことを告げると安心してくれたみたいだ。
心配をかけて申し訳ないと思うと同時に、俺の事を気にかけてくれていた事に対し、非常にありがたみを覚えた。
こちらに来てそれほど経っていないが、俺の事を考えてくれている人が何人もいるという事は、とても幸せな事なんだろうと実感する。
「それで、リアはこの数日間何をやっていたんですか?」
向かいのソファに座る奏が、俺の膝の上に頭を乗せるリアに問いかける。
何故この格好なのかというと、久々にリアの顔を見た気がして、俺が無性にリアの猫耳を撫でたくなったからに他ならない。
撫でさせてくれとお願いしたらリアも拒否しなかったので、この形でリアの頭を撫でながら、俺はひと時の幸福に浸かっているのだ。
「ちょっと前に戦ったあの魔族についての情報を集めてた……けど、あまり情報が集まらなかった」
リアの猫耳がシュンと垂れ下がり、落ち込んでしまっているのが手に取るように分かる。
なんて分かりやすくて可愛らしい猫耳なんだろうか。
俺は落ち込んでいるリアを慰めるように、その猫耳の周りを重点的に撫で回す。
「ここは戦地でも何でもないですからね。緩衝地帯で戦っているという方たちに直接話を聞ければまた違うのでしょうが、ここで情報を集めるのは難しいのかもしれませんね」
奏が少し羨ましそうにこちらを見つめている。
そんな羨ましそうな顔をしてもリアは渡さんぞ。
いつもいいだけ撫で回しているのだから、少しは我慢という物を奏は覚えるべきなのだ。
「その人達に一応話を聞くことはできた。けど、詳しく教えてもらえなかった」
「どういうことですか?」
「獣人と話すことはないって」
「よし、そいつらの場所へ案内しろ。獣人がどれだけ愛おしい存在であるかを俺がその身に刻み付けてやる」
「その気持ちは分かりますが兄さんは黙っていて下さい」
奏に諫められ、俺はしょんぼりと肩を落とす。
この世界の住人は獣人の良さを理解していなさ過ぎるのがいけないのだ。
その機会を奪われ、行き場のないささくれた気持ちを、俺はリアの猫耳を撫でることで癒していく。
やっぱリアの猫耳は癒されるな……。
「でも少し話は聞けた。魔族は強くて、自分より弱い魔物を統率する力を持ってる。落とされた砦も、魔族にやられたって言ってた」
「魔物を統率できるのですか……ワイバーンみたいな魔物でも統率できると考えると非常に厄介ですね」
奏が悩ましげに首を傾ける。
確かに悩ましいことではあるが、そのことに関しては、昨日ある程度の方針が出ている。
「まあ次魔族にあったら逃げる事を優先するって話になったんだ。魔族の相手なんて俺達でできる事じゃないからな」
「いつの間に」
耳を立て、少しむっとした様子で俺を睨めつけてくるリアの可愛らしさに、俺はとてつもない愛おしさを覚えた。
決して仲間はずれにした訳ではないのだが、自分のいないところで話が進んだことに、やきもちをやいているのだろう。
前までのリアならそんな事なかっただろうが、やきもちをやいてくれるほどに心を許してくれているのだと思うと、とても嬉しく思ってしまう。
そんなリアの頭を優しく撫でつつ、俺は昨日話し合ったことをリアに伝えた。
するとリアは少し機嫌を直してくれたのか、むっとした表情をほどいて再び顔を元に戻した。
「私もそうした方がいいと思う。魔族は強い。戦うより、逃げた方が生き延びれる。渉もあんな目に合わなくて済む」
リアが言っているのは、俺がダヴィードにやられている時の事を言っているのだろうか。
「俺が倒れた時の奏は想像つくが、リアは俺が倒れた時どんな感じだったんだ?」
俺はふと気になったことを奏に問いかける。
俺が倒れた時、奏はおそらく泣きじゃくりながら俺に駆け寄った事だろう。
奏が倒れたら俺もそうなるだろうから、それは間違いない。
だが、リアがいったいどんな反応を示したのか、俺は気になったのだ。
「リアも私と同じように、泣きながら兄さんの無事を願っていましたよ。死なないでって、もっと一緒にいたいって」
「……仲間なんだから当然。死んじゃったら悲しくなる」
その言葉に、俺は何か心が満たされていくような感覚を覚えた。
今日出会った時はそれほど深く入れ込まれていないんだと感じたが、そうではなかったのだと分かると心が温かくなっていく。
「……ごめんな。心配かけて」
俺は奏にしたように、ゆっくりと優しくリアの頭を撫でる。
心配をかけさせたことを謝る気持ちと、心配をしてくれたことを感謝する気持ちを伝えるために。
「……ん。いい。死ななかったから」
リアが手を伸ばし、頭を撫でる俺の手をぎゅっと掴む。
その手はとても暖かく、リアの感情が伝わってきているように感じた。
「そういえば兄さん。神殿を回る計画ですが、あれはまだ続けるのですか?何も手掛かりはありませんでしたが」
微笑ましくこの光景を眺めていた奏が、思い出したかのように問いかけてくる。
そういえば神殿に関する事を、まだ二人には話していなかったな。
「神殿周りは続けようと思ってる。寝ている間にアテナと接触したんだが、どうやら他の神殿には世界を探るための手掛かりがあるらしい。だから、計画は変わらず続行だ」
「……魔王城にも行くの?」
リアが本当に?といったように、こちらを見て問いかける。
魔族との戦いがあった直後に、魔王の根城も含まれる神殿巡りを続けるという発言だ。
仲間の死を恐れているリアからしてみれば、行きたくないというのが本心だろう。
「いや、魔王領にある神殿にはいかない事にした。ダヴィードのような奴らのいる城なんて、生きて帰ってこられる気がしないからな。今までは楽観的に考えていたが、今回の件で魔王城がどれほど危険なところか認識した。魔王領にあるっていう神殿には行かず、残り二つの神殿で世界の秘密を探りたいと思っている」
今までは行くかもしれないなんて考えていたが、その考えはダヴィードに殺されかけたことで改めた。
俺もリアと同じで、リアと奏が死んでしまうのは非常に怖い。
だから俺は、魔王領にある神殿には行かないことを決めた。
そのせいで世界の秘密が暴けなくても、命の重さに比べたらそんなの軽いものだ。
二人の安全を第一に考え、これからは世界の秘密を探っていきたいと思っている。
「うん。それがいい」
「そうですね。私としても、
二人も俺の意見に賛同してくれる。
二つの神殿は人の住む国にあるわけだし、安全に回れるはずだ。
その二つで、どうにか世界の秘密を暴いていきたいと思う。
そう話していると、屋敷内に来客を知らせるベルの音がリンリンと鳴り響いた。
その音を聞き、厨房からミアがリビングへと顔を出す。
「来客のようですね。私が確認してまいります」
「すまないが頼む」
俺はミアに来客の相手を任せる。
今俺はリアの猫耳を堪能しているため、手を離せないのだ。
ミアばかりに仕事を押し付けるのは心苦しいが、ミアもきっと分かってくれるだろう。
「また訪問販売ですかね?」
「いつも買う気はないと言ってるんだがな」
この屋敷に来る来客は訪問販売や行商人が多い。
珍しいものを持ってきたと言われワクワクして見ることもあるが、ここでの高級食器や服などを見せられることが多い。
ここの技術で作られた食器や服などは現代日本に比べるとはるかに劣るし、何よりこの屋敷にはすでに十分すぎるほどの物が揃っている。
そのため、訪問販売の類は毎回お断りしているのだ。
「訪問販売が来るのは貴族の証。こっちで来るのは、詐欺師か押し売りだけ」
「使えるものを持ってきてくれるなら嬉しいんだがな。詐欺師と押し売りだけってもの迷惑な話だ」
いらない物を持って来られたら、押し売りも何も変わらない。
今回の来客も、ミアが門前払いをしてくれていることだろう。
「あ、渉様。お客様がお見えです。すぐに応接室にお越しください」
しかし、予想に反し、ミアは少し慌てた様子でリビングへと戻ってきた。
今まで断りなく客を応接室に通したことがないミアだが、今回はミアの判断で応接室まで通したらしい。
ミアが判断を仰ぐこともなく応接室まで通すなんて、よほどの人物がやってきたのだろうか。
「いったい誰が来たんだ?」
俺はミアに問いかける。
そうして帰ってきた答えは、俺にとってはあまり嬉しくないものだった。
「第三王女、フェルティナ様です。すぐにおもてなしの準備を致しますので、渉様もお急ぎください」
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