第14話 お風呂回ですよ!

「ふぃー」


 俺は風呂につかりながら、今日の出来事を思い返していた。


 王族に食事に誘われ、王族と喧嘩し、手の甲には女神アテナの紋章が顕れる。

 我ながら訳の分からない事ばかりだ。


 そういえば父はあれから屋敷に帰ってきていない。

 流石に王族との喧嘩はまずかったのだろうか。

 本当に国交に影響が無ければいいのだが……。


 また期間が開くのかどうか分からないが、父にはもう一度謝っておこう。


 そんな事を思っていると、突然風呂の扉が開く音が聞こえた。


 この屋敷に父はおらず、俺以外は全員女性陣だ。


 風呂なのに冷や汗をかきながらそちらを見てみると、そこにはバスローブを身に纏ったリアがいた。


 リアは俺が入っている事を知っていたはずだ。

 なのになぜ俺の入っている時に入ってきたんだ?


「おいリア。俺が入ってるのに入って来るとはどういう了見だ。言え」

「神奈が入れって言うから」


 神奈の奴完全に俺をハメにきていやがる!

 あいつも奏の折檻という同じ苦しみを味わったのに何でこんな真似が出来るんだ!?


「仲良くなりたいなら裸の付き合いをするって神奈が言ってた。私は渉と仲良くなりたい」

「っ……!」


 ドストレートなリアの発言に、俺の心は完全に射抜かれる。


 リア、それは隠し事なく付き合える仲と言うだけで、決して裸同士で風呂に入れという意味ではないんだ。

 それは神奈が意図的に意味を捻じ曲げているだけで、本当はそんなことしない。


 普通おかしいと思うところだが、リアはとても純粋だ。

 神奈の言葉をそのまま受け取り、疑う事無く信じきっているのだろう。


 否定したいところだが、仲良くなりたいなんて言われて違うなんて言えるわけがない。


「もしかして嫌だった……?」


 俺の葛藤する様子を見て、リアがかなり悲しそうな顔をする。

 心なしか、猫耳も垂れ下がっているよう見えて非常に心が痛む。


「い、いや。そんな事無い。リアがそう思ってくれているなんてとても嬉しいよ。俺もリアと仲良くなりたい。一緒に入ろう」


 リアの悲しげな表情に耐えきれず、俺は訂正も出来ずにリアとの入浴を認めてしまう。


 だって無理だろ、あんな表情されて断るだなんて。

 断れる奴がいたら見てみたいものだ。


「よかった。嫌われたかと思った。奏とは入れなかったけど、渉と入れて嬉しい」


 一転笑顔になったリアを見て、俺は選択が間違っていなかったと確信する。


 本当にリアは純粋で可愛い。


 リアのためだったら、俺は奏並みに命を張れるかもしれないな。


「じゃあ渉、私の頭を洗ってほしい」

「え?いいの?」


 近くまで寄ってきたリアの要求に、俺は心の声がそのまま出てしまう。

 あの猫耳頭ヘッドを洗う事が出来るなんて何のご褒美だ?


「頭と身体を洗い合うのが礼儀って聞いた。やり方が分からないって言ったら、渉に先に任せればいいって」


 神奈、グッジョブ!

 神奈のしでかした事には喝を入れてやりたいが、あの猫耳頭を洗う事が出来る事には感謝したいと思う。


「ありがたくやらせていただきます」

「なんで拝むの?」


 そんなの決まっている。

 猫耳頭を洗えるからだ。


「じゃあとりあえずそこに座ってくれ」

「うん」


 リアは俺の言うとおり風呂のへりの横で風呂椅子に座り、俺はその後ろで風呂椅子に座った。


 リアのお尻の上辺りからは尻尾が伸びており、非常に触りたい衝動に駆られてくる。

 ふりふりと動いて誘惑してくるが、俺はその誘惑から必死に目を逸らす。


「じゃあ洗うぞ」


 一声かけてから俺はリアの頭を洗い始める。


 リアの髪は短いが、非常にさらさらしている。

 奏だったら喜ぶんだろうなと思いつつ、俺は猫耳の感触を味わいながらゆっくりと洗う。


 やっぱり猫耳はいい。

 少し触れるだけでぴょこぴょこ動くのも可愛らしいし、当たる感触も非常に柔らかい。


 幸せだ。

 極楽浄土はここにあったのか。


「ふぁ……凄く気持ちいい♪」


 リアも吐息を漏らしてとても気持ちよさそうにしている。


 奏にどれだけ撫でられても嫌がらないし、もしかしたら撫でられる事自体が好きなのかもしれない。


「そろそろ流すぞ」


 ずっとこのまま洗っていたい気分だが、あまりやり過ぎると髪に悪い。


 俺はリアのこの綺麗な髪を保持するため、泣く泣く風呂桶でお湯をすくい取る。


「いつでもいい」


 リアがそういうと、リアの猫耳が少し垂れ下がった。

 水が耳の中に入らないようにしたのだろう。


 そんな些細な事に気付いて密かな幸福感を覚えつつ、リアの髪を洗い流す。


「気持ちよかった」

「満足して貰えたみたいで何よりだ」

「じゃあ次は身体を」

「ああ」


 俺はタオルに石鹸を刷り込んで泡立てる。

 リアはバスタオルを外し、背中を洗いやすいようにしてくれる。


 だが、完全にバスタオルを完全に脱ぎ去ってしまうのはいかがなものか。

 前から見たら色々と見えてしまう事だろう。


 それだけ気を許してくれていると考えるとありがたいが、俺としては理性と欲望が混じり合って非常に心臓に悪い。


 俺は極力考えないようにしつつ、リアの背中を優しく洗う。


 リアの肌は本当に冒険者かと思うぐらいに柔らかく、とてもすべすべしている。

 あまり強くやり過ぎると傷つけてしまいそうで、どうしても慎重になってしまう。


「ん……ぁ」


 リアの口から少し艶っぽい声が漏れる。


 ちょっと弱すぎてくすぐったかったのかもしれない。


 俺は少し力を強くし、リアの背中を洗う。


「はぅ……ダメ……尻尾はダメぇ……ぇ」

「ご、ごめん!」


 リアのその言葉で、俺は慌てて手を引っ込める。


 そういえば、リアの尻尾周りは性感帯になっていると神奈は言っていたじゃないか。

 完全に頭から抜け落ちていた。


「もうこれぐらいでいいだろう!後は自分でやってくれ!」


 俺はやってしまったと思いつつ、リアにタオルを押し付ける。

 流石にこれ以上は俺の理性が持ちそうにない。


「え……?前は……?」

「前!?」


 何を言っているんだこの猫耳娘は!

 こいつは俺を殺す気か!?


「前も洗ってくれないと身体洗い終わらないよ?」


 振り向きながら純粋な目で見つめてくるリア。


 その瞳にやられそうになるが、前まで洗う事は俺には出来ない。

 前まで洗ったら、俺が確実に獣になってしまう。


「身体っていうのは背中だけなんだ!だからこれで終わりだ!」

「そうなんだ。知らなかった。じゃあ後は自分で洗う」

「そうしてくれ」


 リアは納得してくれたみたいで、押し付けたタオルを使って自分の身体を洗い始める。


 それを見て俺は一つ大きく息を吐く。


 何とか理性崩壊をまぬがれることが出来たようだ。


 俺は急いで湯船へと逃げ帰る。

 あのままいたら、どれだけ理性があっても足りなくなってしまう。

 むしろ今まで理性を保てていた事を褒めてやりたい。


「洗い終わった。次は渉の番」


 何とか逃げ切ったと思いきや、再びリアから爆弾発言が飛び出す。


 リアは俺の事をどうしても殺したいらしい。


「俺?俺はもう洗い終わってるからいいぞ」


 俺は心を無にしながらそう回答する。


 これ以上は絶対に駄目だ。

 今のリアはバスタオルも巻いていない状態だ。


 それだけでもやばいというのに、そんなリアに身体を洗われた暁には、俺がどうなってしまうか分からない。


「洗わせてくれないの……?」

「あー!自分で洗ったけどなんだか洗って貰いたくなってきたなー!リアに洗って貰おうかなー!」


 リアの悲しげな声に耐えきれず、俺はそんな事を口走ってしまっていた。


 さらば俺の理性。


「やった」


 リアの喜ぶ声が聞こえてくる。


 なんだか悲しそうな声を出せば言う事聞いてくれると思われてそうだが、あながち間違いじゃないから否定しづらい。


「ただ身体にバスタオルだけは巻いてくれ。それをしてくれないと洗わせないぞ」


 これだけはやって貰わないと困る。

 そうしないと、俺はリアの方を向く事も出来ない。


「分かった。それだけでいいなら」


 そういうと、ぺちゃぺちゃと水を吸ったバスタオルを巻く音が聞こえてくる。


「巻いた。渉もこっちに来て座ってほしい」


 これで何とか理性を抑えられると、少し安堵しながらリアの方を向いた。


 しかし、そこには身体にぴったりとバスタオルを張り付けたリアがいて、その姿に俺の理性はかき乱される。

 ぴったりと張り付いているが故に、ちょうどいい大きさの双丘がこれでもかというぐらいに主張され、先ほど以上に扇情的な姿になってしまっていた。


 俺はその姿に思わず息をのんでしまうが、そのまま意識がのみ込まれたら一貫の終わりだ。


 俺は顔の水滴を払う仕草で自然に目を隠しつつ、風呂椅子に素早く座りこむ。


 リアに背中を向けてしまえばどうにでもなる。

 俺は心の中で般若心経を唱えつつ、必死にリアから意識を飛ばす。


「まずは頭から」


 柔らかい指が頭皮に触れ、非常に柔らかいタッチでリアが俺の頭を洗い始める。


「これでいい?」

「あ、ああ。気持ちいいよ」


 力の加減が分からないのだろう、撫でている感覚で非常にくすぐったいのだが、今の俺にそれを指摘するだけの余裕はない。


 触れられているとリアを意識してしまい、どうしてもあの扇情的な姿が脳裏に浮かんでしまう。

 俺は必死にそれを振り払おうとするが、振り払おうとすればするほどに、その姿がはっきりと思い出される。


「お湯で流す」


 その言葉と共に頭にお湯をかけられ、俺は一瞬その姿を忘れる事が出来た。


「次は背中」


 しかし、まだ苦難は去っていない。


 リアは俺と同じように、今度は背中を洗い始める。


 こちらもやはり力加減が分からないのか、非常にソフトタッチでかなりのくすぐったさを覚える。


 リアとしては必死にやっているのだろう。

 その光景を想像すると非常に微笑ましいと思うのだが、その姿を想像すると途端に官能的になる。


 だが、ここで理性を失えば今までの我慢が水の泡だ。

 ここさえ抜ければ、この理性と欲望の葛藤から逃れる事が出来る。


 永遠にも思える時間に、俺は早く終われと心で願いながら耐え忍んだ。


「これで終わり」


 リアが背中を流し、俺は張り詰めていた荷が少し降りるのを感じる。


 何とかリアの身体洗いに耐えきる事が出来た。


 よく持ってくれた俺の理性。


 今日の俺の理性は間違いなく、人生の中で一番仕事をしたと言える自信がある。


「最後は湯船に一緒に浸かる」

「そうだな」


 俺とリアは横並びになって湯船につかる。


 ただ俺は度重なる緊張で体温が急激に上昇し、あまり落ち着いて湯船につかれていなかった。


「これで渉と仲良くなれた?」

「ああ、もう誰にも負けないぐらい仲良くなれた。心の友だ」

「心の友。嬉しい」


 はにかみながら喜ぶリアを見て、俺は熱とは違う温かみを感じた。


 天然に殺しにかかってこられた時はどうなるかと思ったが、リアは単純に仲を深めたかっただけなんだ。

 今までテンパっていて考える暇もなかったが、それに考えが至った途端、リアに愛おしさを覚える。


 ここまで純粋なまま育つというのも難しい。

 リアはスラムで育ったというが、心が荒んでいないというのは奇跡だろう。


 リアには、ずっとこの純粋さを持っていて欲しいと心から思う。


「また一緒にお風呂入ってくれる?」

「俺だけじゃなく、奏とも入ってやってくれ。今日はタイミングが悪かったが、リアと入れるとなるとあいつは泣いて喜ぶぞ」


 一緒に入るという言葉に、俺は直接返答しない。


 リアには申し訳ないが、もうしばらくは共に入る事は無いだろう。


 泣きそうな声で頼まれたら、俺は承諾するしかなくなるとは思うけど。


 正直な話、普通に裸を見せようとしてくるのは精神衛生上やめて欲しい。


「奏とも一緒に入りたい。じゃあ次は三人で」


 ……この子は本当に恐ろしい事を言ってくれる。


 三人で入ったりなんかしたら、俺の命がどうなるか分かったものじゃない。


 というより、入る前に奏に阻止されるからそれはありえないか。


「兄さん。入ってる最中で悪いのですが、一つお聞きしてもいいですか?」


 そんな事を思っていると、扉の方から奏の声が聞こえてきた。


 非常にまずい状況に陥った。

 俺とリアが一緒に風呂に入っていると知られれば、奏はどんな事をしてくるか分からない。


 前は神奈が相手だったから良かったものの、今回はリアが相手だ。


 どんな言い訳をしても絶対に聞き入れてくれないだろう。


「リア、絶対に喋らないでくれ。奏に何を言われてもだ。頼む」

「?分かった」


 リアは状況をまるで理解していないが、俺の空気から何かを察してくれたのだろう。

 素直にそう返してくれる事に感謝しながら、俺は奏に返答する。


「どうした?」

「リアの姿が見えないのですが、もう帰ってしまったのですか?」

「いや、俺は知らないぞ。双剣の手入れをしてるんじゃないのか」


 帰ったといいそうになったが、それは罠だ。


 俺が風呂に入った時、リアはまだ双剣の手入れをしていた。

 ここで帰ったというのは明らかに矛盾が生じてしまう。


 ここは双剣の手入れをしていると思っている事にした方が無難だろう。


「私はここにいる……」


 リアが小さな声で呟くが、今は気にしている場合ではない。


 これはリアの命運もかかっているんだ。

 気は引けるが、ここは我慢してもらうしかない。


「へー。そうですか。じゃあ兄さんはリアがどこにいるか知らないというんですね」

「ああ。風呂に入ってたからな」


 奏の言葉が少し冷たくなったように感じる。


 俺は選択肢を誤ったのではないだろうかと言う疑念が頭をよぎるが、俺の選択は間違っていないはずだ。


「本当に知らないんですね?」

「あ、ああ。知らない」


 念を押すような奏の発言に反射的に回答し、俺はしまったと頭を垂れる。


 俺は初めから選択肢を誤っていたのだ。


 リアが双剣を手入れしている時に、俺が風呂に行った事を奏は知っている。

 だから、リアが帰ったかなんて質問するわけがないのだ。


 あえてその質問をしたという事は、俺が誠意を見せるかどうかを確認したという事。

 奏には、リアがここにいるという確信があったのだ。


「リア。一つ聞きたいんだが、脱いだ服なんかはどこに置いた……?」

「渉のと一緒に置いたけど、それがどうかしたの?」

「そうかー……」


 リアの単純明快な解答に、俺は逃れられないと天を仰ぐ。


 奏は脱衣所にある服から、俺とリアが一緒に風呂に入っていると気付いていたのだ。


 初めの質問で正直にそれを答えていれば、俺達はもしかしたら難を逃れたのかもしれない。

 しかし、俺が選択肢を誤ったせいで、その道は断たれてしまった。


「いい加減にしてください兄さん!私は神奈の時にも言いましたよね!?男女七歳にして席を同じうせず、お風呂に一緒に入るのは以っての他と!一緒に入るなら私と一緒に入ってくださいともいいましたよね!?兄さんは一ヶ月も経っていない事を忘れてしまう鳥頭だったんですか!?ならその鳥頭にみっちりと仕込んで忘れられないようにしてあげます!」


 扉を開けて、怒りに身を任せながら突入してくる奏。

 その表情には一片の慈悲も無く、呵責する事に抵抗を見せる様子は全くない。


 ごまかそうとした事で、奏の慈悲の心は消え失せたのだ。

 今日の折檻はかつてないものとなるに違いない。


「リアもです!女の子が自ら進んで男性のいる風呂に入るなんて羞恥に欠けすぎです!リアにはもう少し恥じらいと言う物を覚えて貰いますから覚悟してください!」

「ひっ……!」


 怒りの矛先が向けられ、リアは身を竦めて大いに怯んだ。


 A級冒険者ですら怖気立つとは、奏の迫力はいかほどのものなのか。


 こうなった奏からはもう逃れられない。


 俺とリアはその日の夜、気絶に追い込まれるほどの折檻を受けるのだった。

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