第9話 久々の教会です
「ここが教会か。横十字とは初めて見る。緑の修道服と言うのも新鮮だな」
教会を前に、神奈はそんな感想を漏らす。
博学な神奈を以てしても、横十字に緑の修道服は見た事無かったようだ。
やはり、アテナ教はアトランティスに根付く宗教なんだな。
「そういえば神奈は魔通の儀はやってないんだったよな?」
「ん?ああ。ここに来てから数えるほどしか外に出ていないからな。魔法は気になってはいたが、兵器開発を優先していたから後回しになっていた。だから丁度よかったんだよ」
「魔通の儀をするためにここに来たのか」
「そういう事だ」
神奈がここに来たのは、魔法を使えるようになる為だったようだ。
科学者として魔法を許容するのかと思ったが、合宿中にも散々アドバイスを貰った事を思い出す。
実際に起きている事象を受け止めているのだから、魔法を覚えようとするのも当然か。
「リアはアテナ教なのですか?」
教会を見上げるリアに対し、奏がそう質問していた。
リアは被るフードをふるふると揺らし、入信していない事を伝える。
「宗教なんて考えた事もなかった。生きる事に必死だったから」
本当に考える暇なんてなかったのだろう。
リアのその言葉に、奏はリアの手を取ってギュッとつなぐ。
リアはそれに対し、少し驚きながらも笑顔で握り返していた。
「入りましょうか」
ミアのその言葉に従い、俺達は教会へと足を踏み入れた。
教会内に人は少なく、教会特有の荘厳な雰囲気が漂っている。
いつも来ていれば印象も変わるのだろうが、この雰囲気が個人的には好みだったりする。
「おや、貴人方は」
ある一人の神父が俺達に気付き、近寄って来る。
確か初めてここで会った神父さんで、名前は確か……。
「テレル神父?」
「覚えていて下さり光栄にございます。お久しぶりです、渉様、奏様」
「お久しぶりです」
深く頭を下げるテレル。
こちらだけでなく、向こうも俺達の事を覚えていてくれたみたいだ。
「本日はお連れ様がいらしているのですね」
「ああ。メイドのミアに友人のリア。そして……居候?の神奈だ」
「誰が居候だ!」
「いて、蹴るなよ」
痛いと言ったが、神奈から放たれた蹴りに威力は全くない。
科学者と言うのは数百年前に作られた言葉で、この世界にそのような単語は存在しない。
他にどう説明しろと言うのだろう。
「自然哲学者の神々廻神奈だ。居候じゃない、勘違いするな」
「ほう、自然哲学者ですか。私は教会にお仕えしておりますが、自然哲学にも携わっております。ぜひご教授願いたいものです」
「ご教授するのはいいが、その前に魔通の儀を行いたい。大司教を呼べ」
「大司教ですか。わかりました、しばしお待ちください」
そう言うと、テレルは礼拝堂から姿を消す。
どうやら、ここでの科学は自然哲学に置き換わるらしい。
覚えておく事にしよう。
俺達が少し雑談していると、テレルがヘクター大司教を連れて姿を現す。
「お待たせしました。お久しぶりです渉様に奏様。その後、お変わりの方はありませんか?」
「魔通の儀をやって環境は随分変わったよ。もちろん悪い方向じゃなく、いい方向に。魔法は面白いな」
「補助適正は苦労されると思っておりましたが、重畳な事にございます。では、魔通の儀を執り行いたいというのは」
「私だ」
そう言って神奈が一歩前に踏み出す。
「ヘクター・オーブリーです。私が魔通の儀を執り行わせていただきます」
「神々廻神奈だ。今日はよろしく頼む」
「では、参りましょう」
神奈とヘクターは魔通の儀を受けるため、儀式部屋へと姿を消していった。
ミアもそれに続き、この礼拝堂にはテレルと俺達三人が残る。
「リア様は魔通の儀は?」
テレルがリアにそう問いかける。
ここに来るのは初めてであるから、リアが魔通の儀を受けた事を知らないのだろう。
「私は数年前に受けてる。攻撃適正」
「では、お三方で適正が全て揃っている事になりますね。見た所、リア様は冒険者のご様子。パーティーを組むのですか?」
テレルの言葉に俺は少し驚く。
ここは貴族街で、冒険者なんて寄りつかない。
貴族と冒険者を勘違いしたら、まちがいなく反感を買うだろう。
それなのにそう言い切ったという事は、そう言い切るだけの何かがあったのだろうか。
「実はもうパーティーを組んでいるんです。それにしても、リアが冒険者だってよく分かりましたね」
「雰囲気が冒険者様そのものでしたので。ここまで洗練された雰囲気は、一般人や貴族に醸しだせるものではありません。最近まで第二区画の教会に仕え、冒険者様を間近で見てきたので分かります。さぞ高名な冒険者様なのだとお見受けしました」
「そんなのじゃない。普通の冒険者」
リアは謙遜してそんな受け答えをするが、リアはさぞ高名な冒険者だ。
確かにリアの雰囲気は鋭い感じはするが、感じる人が感じれば分かってしまうものらしい。
まさかここまでずばりと言い当てられるなんて思ってもいなかった。
「このような方がパーティーならばきっと安泰でしょう。それにしても貴族の方が冒険者になるとは珍しいですね。何か理由が?」
「いや、特にある訳じゃない。まあ貴族の暇つぶしってところだな」
実際は単純に憧れているからなのだが、なぜ憧れているか責められると面倒なので適当に返しておく。
ゲームの話をしても理解されないだろうし、大陸外から来たと知られても面倒だ。
「そうだ、今日は魔通の儀の他に聞きたい事があってきたんだ」
「教会にですか。私達に答えられる事であれば何でも答えましょう」
俺は自らの手の甲を差し出し、描かれた紋章がテレルに見えるようにする。
「朝起きたらこの紋章が浮かび上がっていたんだ。アテナ教の紋章に似てるんだが、ミア曰く細部が違うらしい。教会なら何か分かるかもと思って来たんだが、何か分かる事はあるか?」
「これは……?」
テレルは怪訝そうな顔をした後、何かに気が付いたのか、紋章を食い入るように見つめる。
ぶつぶつと何か言っているように思えるが、その呟きは小さすぎて聞き取れない。
「申し訳ありません。探し物をしてまいりますので、少々お待ち下さい」
テレルは早口にそう言うと、早足に礼拝堂から姿を消してしまった。
「何かこの紋章にあるんですかね……?」
「見た事無かったから調べに行っただけじゃないか?」
「どっちにしろ謎の紋章」
俺達はこの紋章に首を傾げ合う。
そして、ヘクターが戻ってきたのは、神奈が魔通の儀を終えて戻って来るのと同じタイミングだった。
「大司教、彼の手の甲を見てください」
「テレル君、なんだね突然」
「見ていただければ分かります」
礼拝堂に戻り、テレルに突然迫られたヘクターは困惑していた。
ちらりとこちらを見たので、俺は手の甲を差し出すと、ヘクターの目つきが変わる。
「テレル君、すぐに応接室の準備を」
「かしこまりました」
そう言うとテレルは再び礼拝堂から姿を消す。
「申し訳ありませんが少々お時間を頂けますか。いつこの紋章が浮かんだのか、それに心当たりがあるのか、詳しくお話を聞かせてください」
「は、はい」
ヘクターの剣幕にのまれ、俺は思わず頷いていた。
大司教がここまでなるなんて、この紋章は一体何なんだ?
これはもしかして、とんでもないものじゃないかと疑い始める俺だった。
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