第39話 閑話その2、なのです
二週間の合宿でミアから学んだこの国の常識は、俺の常識をひっくり返してくれた。
前はそんなに気にしていなかった景色も、色々と知識が組み合わさると、その景色にも変化があるように思えてくる。
神奈が疑問に思っていたガス灯だが、あれにガスなどは使用されていない為、街灯というのが正しい表現になる。
あの街灯は、騎士団の人間が火入れを行う事で機能するものとなっており、街灯は主要な道にしか設置されていない。
それでもこの街は広く、4桁にも上る街灯が存在しているらしい。
それらを全て毎日火入れするなんて、現代では考えられない事だ。
それに加え、このアクロポリスに張り巡らされている水路。
この水路を流れる水は、地下からあふれ出した湧水だという。
城はその湧水を保護するように建っており、あの城の地下には、大水源と呼ばれる湖があるそうだ。
その水を有効活用するため、この国の初代国王は地下に上下水道を整備し、街を発展させていったらしい。
第一、第二、第三区画はその発展していった歴史であり、それぞれ運河で仕切られているのは、街の発展の歴史なのだ。
なお、目に見える水路は使われる事はなく、街の外観の為だけにひかれているという。
外観の為だけに水路を引くなんて、初代国王様は随分と粋な人だったのだなと思う。
少し歩いただけでこれなのだ。
合宿を始める前はどうなるかと思ったものの、やはりやってよかったと実感した散策となった。
「もうそろそろ日も暮れますね。夕食にしますか?」
そこかしこを歩き回り、色々な店にちょっかいをかけていると、奏からそんな声が上がった。
空は既に赤らんできており、少しずつ人通りも少なくなってきている。
「そうだな、暗くなってから歩き回るのもあまりよろしくない。今のうちに探して入るのが良いだろう」
奏に手を引かれ、年の離れた姉妹のような様相を呈した神奈が、そのように発言する。
なぜ手を引かれているのか。
理由は単純、神奈が迷子になるからだ。
この街のあらゆるものが気になるのか、神奈はその場で考え込んだり、目を離すとすぐにどこかに行ってしまう。
そのため、神奈が迷子になってしまわぬよう、奏が手を引いているのだ。
そんな奏が俺の方を向きながら、ある要望を訴えかけてくる。
「兄さん、実は私、行きたいお店があるんです」
「奇遇だな奏。実は俺も行きたい店があるんだ」
俺が行きたい店と奏が行きたい店は同じだろう。
俺達がこちらに越してから行った飲食店は、たった一つしかない。
ミアは何も言ってこない辺り、どこに行くか分かっていて反論する事も無いようだ。
「なんだ、目当ての店があるなら楽でいい。二人の言う、その店に行く事にしよう」
俺達の言う店が同じ店だと悟った神奈から、同意の声が上がる。
どうやら、これから行く店は決まったようだ。
「ですがお二人共、お店の場所は分かるのですか?」
ミアから疑問の声が上がる。
そういえば、あの時は適当に店を探していたせいで、店の位置まで覚えていないな。
一度大通りに出て、前と同じように探していたら、どれほど時間がかかるか分からない。
だが、今の俺は一味違う。
「そこの辺りは問題ない。
俺は、ある一つの魔法を唱える。
この魔法は、主に
合宿中、特定探索の魔法を使った際、俺はその情報量を制御しきれずに気絶してしまったのだ。
奏が攫われた時、これを制御しきる事が出来たのは、奇跡的な事だったのだと実感した。
多重思考は、そんな教訓を糧として編み出された、脳の演算能力を上昇させる魔法なのだ。
ただ、魔法は完成したものの、この魔法は編み出す過程で思いもよらない事が起こってしまった。
『マイマスター。本日ハ、ドノヨウナ御用デショウカ?』
脳内に透き通るように綺麗な声が響き渡る。
もう一つの人格の登場、それが俺の予想もしていなかった出来事だ。
魔法を完成させた時はこんな事無かったのだが、魔法を使用するにつれ、少しずつ言葉を発すようになったのだ。
始めはカタコトだった言葉も、今では気にならないほど流暢に言葉をしゃべるようになった。
恐らく、俺のやり取りや思考を学習し、少しずつ成長?しているのだろう。
思いもよらない進化に驚きはしたものの、凄く優秀な魔法である事には変わりないので、かなり重宝している。
『今から特定探索を使う。情報の処理を頼む』
『了解シマシタ。マイマスター』
脳内でそんなやり取りをして、俺は魔法を唱える。
「特定探索」
魔法を唱えると、頭痛に見舞われる事も無く、その店までの距離や位置、そしてその道筋が視覚となって現れた。
この魔法は人だけでなく、物や店などにも使用できる事が判明している。
この魔法を使えば、見失ったリモコンを探し出すことも容易である。
……ここでリモコンを捜す機会など絶対にないのだけれど。
ともかくこの魔法を利用すれば、店の位置など覚えてなくても行く事が出来るのだ。
「よし、店の位置は分かったぞ」
「本当に大丈夫なのか?」
俺の発言に、神奈が疑いの目を向けてきた。
しかし、魔法の発動で失敗した事はあるものの、発動した後で探索物に辿り着かなかった事は一度も無い。
「大丈夫だ。ほら、行くぞ」
背中から疑いの眼差しを受けながら、俺達は獣人ウェイトレスのいる店へと向かうのだった。
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