第37話 合宿終了なのです

「申し訳ありません。本当はもう少しお二人の実力を見たかったのですが、弱体化された状態ではそれすら出来そうもありませんでした。合宿の成果を確認するための模擬戦だというのに、早々に決着をつけてしまい、申し訳ありません」


 模擬戦が終わり、俺と奏は何故かミアから謝罪を受けていた。


 時刻は丁度お昼時、庭で昼食を取りながらの出来事だ。


「べぇふに気にふる事じゃないだほう。っんぐ。それはこいつらが中途半端な事をしたからだ。全てこいつらが悪い」


 神奈がサンドイッチをほおばり、それを呑みこみながらそう結論付ける。

 言っている事は間違っていないんだが、いまどき小学生でもしないような頬張り方をしながら言われたら、納得できる事も出来ないだろう。


「神奈さん、頬にソースがついてますよ」


 そう言いながら、神奈の口元に付いたソースを拭う奏。

 これはもうどっちが年上か分からんな。


 俺はため息をつきながら、ミアのフォローに回る。


「癪に触るが神奈の言うとおりだ。弱体化してミアの本気を一瞬でも引き出せたって言うなら、俺達からしてみれば大きな成果だ。負けたのはもちろん悔しいが、謝られたりなんてしたら俺達の立つ瀬がなくなるじゃないか」

「そうですよミア。一瞬でも本気を出させる事が出来た私達を、もっと褒めてください」


 胸を張りながら、奏がミアにそう要求する。

 謝ろうとするミアに対し、奏は牽制をかけたのだ。

 こう言えば、ミアも謝る事は出来ないだろう。


「そうですね。本音を言いますと、私も本気を出すなんて思っていませんでした。武器の扱いも魔法の使用も問題ないようですし、出かけるにしても、私の同行はもう必要ないかもしれませんね」

「マジか」


 合宿中のミアは厳しく、褒められる事など数えるほどしかなかった。

 なので、負けたのにも関わらず、ミアからそんな言葉を受け取る事が出来るなんて思ってもいなかったのだ。


「おい、あまり甘やかさない方がいいんじゃないのか?調子に乗って、何をしでかすか分かったもんじゃないぞ」


 神奈が余計なひと言を加えてきたが、ミアは首を振りながらそれを否定した。


「いえ、心の底から思っている事ですので、甘やかしているというわけではありません。魔法の出来もさることながら、やはり大きいのは銃の存在です。あれほどコンパクトな銃はこの国では見た事も無いため、確実に不意を突く事が出来るでしょう。それに、非殺傷性のぷらすちっく弾?であの威力となると、実弾ともなれば、その身を守るには十分だと思われます。実弾の携帯をしていただけるのであれば、私から文句はありません」

「実弾か……」


 ミアの言葉に、俺は少し考える。


 この世界の銃は未だに先込め式、つまり銃身バレルに弾を詰めてから火縄で点火する、マスケット銃という物が最新だとされている。

 片手に収まる自動拳銃(オートマチック)など、この国の住人には見せても理解されず、理解させるには実際に撃つしかない。


 それで不意をつけるとミアは言うが、実弾でそれを行うという事は、絶対に相手を傷つけるという事でもある。


 今回は訓練でプラスチック弾を使用するという事と、回復役(ヒーラー)である奏もいるという事もあり、俺は銃を撃つ事が出来た。

 しかし、これを人に向けて撃つとなると、本当に撃てるのかどうか、疑問に思う所ではある。


 重要な時に撃てなければ、銃など持っていても、ただのガラクタにしかならないのだ。


「渉」


 神奈が俺の名前を呼ぶ。

 そちらを見ると、珍しく真面目そうな顔で、神奈が俺を見つめていた。


「お前が考えている事は分かる。どうせ、人に向けて実弾が撃てるのか、もし殺してしまったらどうだとか考えているんだろう」

「……」


 神奈の鋭い指摘に、俺は沈黙によって肯定する。


 傷つけるなんて甘い表現をしたが、本当の所、俺は相手を殺してしまった時の事を考えていた。


 自己防衛力として、銃を持つのに圧倒的なメリットがある事は分かっている。

 しかし、それ以上に、俺の中では死というものが重くのしかかっている。


 この銃を受け取った時、俺はそれなりの覚悟を持った気でいた。

 しかし、訓練を重ね、実際に撃ち、ミアとの模擬戦を経て、その覚悟は揺らぎ始めている。


 人を傷つける、人を殺す事が出来る、人の人生を、終わらせる事が出来る。


 少しずつそれを実感してくると、やはり怖くなってくるのだ。


 俺は、誰かを失うという事を恐れているから。


 神奈はそれを見抜いているのか、俺を見つめながら言葉を紡ぐ。


「いいか。私がお前に銃を与えなければ、その業をお前が背負う事はなかった。つまり、私がそれをお前に押しつけたんだ。もしお前が人を殺したら、私がその業を全て背負ってやる。だから、お前はそんなこと気にせず、自分や大切な物を守る為に銃を持て。守れずに失うより、守って背負う方が断然いい」


 神奈の言葉に、俺は少し胸が熱くなる。


 神奈はこう言うが、銃が無くても、いずれ俺はこの問題と相対していただろう。


 銃ではなく、剣、剣ではなく弓、弓ではなく槍。

 人を殺す武器はいくらでもある。


 いずれは背負うその業を、神奈は放置するのではなく、自ら背負うと言ってくれた。

 俺の業を背負わせる気はないが、そう言ってくれる人間がいるというだけで、心は随分と軽くなるものだ。

 こう言った所は、やはり年長者なんだと実感する。


 ただ一つ、気になるところを除きさえすれば。


「ほっぺにソースさえ付けてなかったらなぁ……」


 俺は苦笑しながら、椅子の背もたれにもたれかかる。

 凄くいい事を言っているのに、たったそれだけで全てが水の泡だ。


「あー、もう。大人なんですから、もう少し綺麗に食べてください」

「むぐっ」


 奏がそう言いながら、再び神奈の口元を拭う。

 姉に世話を焼かれていたと言っていたが、その気持ちが分かるような気がする。


「ありがとう。神奈の言葉で楽になった。これから出かける時は実弾を携帯しようと思う」

「それでいい。最終的に自分の身を守れなかったら意味がないからな」


 神奈がオレンジジュースを飲みながらカラカラと笑う。

 見た目も行動も小学生の癖に、なぜか頼りがいを覚えるんだよな、神奈は。

 これも年の功ってやつか。


「じゃあ早速、その銃を携帯して街に出る事にしよう。やりたい事もあるしな」


 この合宿は、常識と実力をつけるという事が第一目標だったが、合宿中にある事を思いついたのだ。

 それは、未だに返す事の出来ていない、ある人への恩返し。


「とうとう実行に移せますね、兄さん。とても楽しみです」

「私としてはあまり危険な真似はしてほしくありませんが、言っても止めないのでしょうね……」


 ワクワクの奏に対し、ため息をつくミア。

 対称的な二人を見て、神奈は首をかしげる。


「やりたい事?一体何をしようって言うんだ」


 神奈の問いに対し、俺は笑いながら答えた。


「奏を助けてくれた恩人に、恩を返すための準備をな」

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