第36話 模擬戦の行方

 銃の弾速というものは、その弾と銃の性能によって変化する。


 拳銃は約200~400m/s程度の速さで弾が飛んでいくのだが、神奈曰く、このカンナM9Pの弾速は400m/sを超えるという。


 400m/s。

 ミアとの距離は10m弱であるから、単純計算で1/40秒。

 これが、銃弾が発射されてからミアに与えられた猶予という事になる。


 人間の反応速度は0.2秒程度と言われており、1/40秒で放たれる弾丸を避ける事は不可能である。



 はずだった。



「……弾を避けられるなんて聞いてないぞ」

「……ありえません」


 俺と奏は、そのミアの動きに衝撃を覚えていた。


 撃ちだされた弾丸は、迷う事無くミアへと吸い込まれていったはずだった。

 通常なら避けられないその弾丸を、あろうことかミアは半身をずらしただけで避けてしまったのだ。


 人間の限界を超えた、人外的な反応速度。

 詠唱をした様子はなかったが、これは魔法を使っているとしか思えない出来事だ。


「今の私は普段の数倍の感覚を持っています。その銃がいかに速くとも、この対峙している状況で避けることなど、造作もない事です」


 目線を逸らさず、俺と奏を見比べながらそう言い切るミア。

 いくら魔法を使っているとはいえ、銃弾をこうも簡単に避けられるなんて普通は思いもしないだろう。


 銃弾を避けられるという事は、こちらの唯一の攻撃手段を失うという事だ。

 それは、俺達の完全敗北を意味するといっても過言ではないかもしれない。

 しかし、絶望するにはまだ早い。


「つまり、避けられない状況を作り出せばいいってことだよな!」


 俺はミアへと詰め寄りながら、銃を連射フルオートで横一線に8発撃ち込んだ。


 ミアは対峙している状況なら避けられると言った。

 なら、弾幕を張れば、その避けられる隙というのも小さくなる。


 背後からは奏も援護射撃してくれており、この弾幕を避けるのは相当難しいはずだ。


「くっ!その銃は連射なんて事も出来るんですね」


 連射機能がある事を知らなかったらしいミアが、苦心しながらもその弾幕を避けようとする。


 後ろに避ける事はできず、横一線に張られた弾幕を避けるとすれば、上か下しかの二択ない。

 しかし、上で避けると言う事はジャンプするしかなく、そうなればミア自身に大きな隙が生まれてしまう。

 それ故に、ミアは身を低くしてその弾幕を避けるしかない。


「悪いなミア、俺の読み通りだ」


 俺はそのミアの頭上を飛び越えながら、ミアの背中に最後の一発を撃ち込んだ。


 突っ込んできておいてスルーされるとは思ってもいなかったのだろう。

 その背中はあまりにも無防備で、何の障害も無く弾丸はその身に食い込んだ。


「っ……ぁ!」


 その衝撃に、ミアが声にならない悲鳴を上げる。


 始めの一発と違い、完全に不意打ちとなった一撃は、ミアに大きなダメージを与えた事だろう。

 ミアの動向に注意を向けつつ弾倉マガジン装填リロードをし、追撃をかけるようにミアへと発砲する。


「っ?」


 避けようとするミアだが、その動きは鈍くなっている。

 完全に逃げ切る事が出来ずにいくつかの弾丸に被弾し、苦悶の表情を浮かべた。


「弱体化の魔法ですか」

「その通りだ。ミアに効果があるか分からなかったが、十二分に効果はあったみたいだな」


 咳き込みながら苦々しく口にするミアに、俺は弾を装填しながら答える。


 敏捷低下クイック・ダウン

 敏捷強化の逆で、素早さや動体視力、反射神経の低下を招く魔法だ。


 この魔法には個人差があり、神奈に対して使用した時は全く効果を得られなかったのだが、幸いな事に、ミアに対しては大きな効果があったらしい。

 銃弾に魔法を乗せ、不意打ち的に使ったのも大きかっただろう。


 おかげで、ミアに多大なダメージを与える事が出来た。


「どうする、降参するか?」


 俺は装填の終わった銃を構えながら、ミアに問いかける。

 しかし、ミアは乾いた笑みを浮かべ、俺を見る。


「御冗談を。まだ私は膝をついてすらいません。それに、補助適正は役に立たないと言っても、こういった時だけは有効に使う事が出来るのです」


 ミアが手を突き出すと、俺の身体に違和感が生じる。


 敏捷強化を使った際のような浮遊感を覚え、魔法をかけられたのだと感じ取る。

 これは恐らく、敏捷強化と同じようなものだと思うのだが、なぜ、わざわざこちらにプラスになるような魔法をかけたのかが分からない。


「自棄になったか?」

「まさか。これも勝つための布石ですよ」


 そう言いながらミアは奏へと距離を詰めていくが、先ほどまでとは違い、明らかに機動力が落ちている。

 当初の予定通り、俺ではなく奏を先に潰すつもりらしいが、そんなことさせる訳にはいかない。

 奏を守るため、俺もミアの後を追い、走り始める。


「っ!?」


 しかし、走り始めると、俺の身体の動きと思考がリンクしていない事に気がつく。

 俺の思っている以上に身体が動いてしまい、勢いよく身体が前へと突き進んでしまう。


「かかりましたね」


 そんな言葉と共に、ミアが身体を反転させ、俺の方へと向かってきた。

 俺は止まろうとするものの、その勢いは止めきれない。


「本気でいきます。これで終わりに致しましょう」


 ミアが目前まで迫り、拳を握っているのが見える。


 このままいくと、俺の勢いも相まって、身動きできないほどのダメージとなるだろう。

 しかし、思考と乖離しているこの身体では、もうそれに対応する事は出来なかった。


 抵抗することすらできず、鳩尾に重い一撃を受ける。

 横隔膜が機能を停止し、俺は呼吸困難に陥ってしまう。

 あまりの激痛に立っていることすら困難となり、俺は崩れ落ちるように地面へと倒れ込む。


「渉、戦闘不能!」


 神奈の声が響き渡り、俺は試合の継続権を失った。


 奏は回復役ヒーラーであるため、そう長くは戦えない。


 銃を駆使して善戦するものの、すぐに組み伏せられてしまう。


「奏、戦闘不能。よってこの試合、ミアの勝利!」


 俺達は結局ミアに勝つ事が出来ず、合宿日最後の模擬戦を終えた。

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