第35話 模擬戦開始です!

 合宿最終日。


 澄み渡る空の下、俺と奏は武器を手に、ミアと対峙していた。

 俺と奏はカンナM9Pをそれぞれ手にしているが、ミアは素手で武器を持っていない。


「お二人共、準備はよろしいでしょうか?」

「ああ、こっちはOKだ。いつでもかかってこい」

「ミアこそ、私達の成長に度肝を抜かないで下さいよ?」


 ミアの確認に対し、俺と奏は挑発するように言葉を返す。


 これは、合宿の成果を確認するための、ミアによる最終試験だ。


 この試験に合格すれば、自由に街の中を歩き回れる権利を得る事が出来る。

 この試験に不合格なら今まで通り、ミアの同行なく街の中を歩き回る事が禁止される。


 つまり、自由な外出権をかけての試験という事になる。

 これは俺から提案した事で、ミアのお墨付きがもらえるほどの実力があれば、出歩いても問題ないだろうと考えての事だ。

 もちろん、ミアの了承も得ている。


「では私から最終確認をさせて貰う。渉、奏の両名は武器あり魔法ありで、ミアは武器なし魔法ありのハンデ戦だ。制限時間は一時間。相手を戦闘不能状態にした方の勝利とする。なお、私の独断と偏見によって試験を終了する場合もある事を忘れずに。以上、相違ないな?」


 審判として仕切る神奈に、俺達は頷きを持って同意する。


 武器を持っての試合を前に緊張している俺は、深く深呼吸して気を落ち着かせる。


 体術訓練では、ミアの本当の実力を計る事なんて出来なかった。

 素人が実力を計るなんて土台無理な話だが、素人目に見てもミアが本気を出していないという事は分かってしまうのだ。

 そんな相手に、俺達は勝つ事が出来るのだろうか。


「ではこれより、合宿最後の模擬戦闘を行う。戦闘開始!」


 神奈の号令により、ミアとの戦闘による最終試験が始まった。


「失礼します」


 戦闘が始まった途端、ミアはこちらの弱点である奏へと詰め寄り、拳を振るった。


 戦闘の要である回復役を潰しに来たのだろうが、それは予想済みだ。


全能力上昇フィジカライズ!」


 俺が魔法を唱えると、俺と奏の動きに変化が現れた。


 この魔法は敏捷強化(クイック・アップ)に加え、筋力や瞬発力、柔軟性など、全ての身体能力を上昇させる魔法である。

 これでミアの動きが手に取るように分かり、奏もミアに対応する事が出来るはずだ。


「ありがとうございます、兄さん!」


 その予想通り、全能力上昇を受けた奏はミアの行動に難なく対応し、ミアから距離を取る事に専念する。

 反撃を考えず、逃げる事だけに集中すれば、少しの間ぐらいは奏もミアの一撃をくらう事はない。


「っ訓練と動きが全然違いますね。どんな魔法を使ったらそんなに動けるのですか」


 ミアがそう愚痴りながら、標的を俺へと変更してきた。

 逃げ回る奏を追っていても、埒が明かないと判断したのだろう。

 すぐにこちらに切り替えてくるあたり、思考から決断までの過程(プロセス)がかなり短い。


 流石の判断力、といったところか。


「身体能力を向上させただけだよ。何も難しい事なんてやっていない」


 俺も奏と同様、ミアの攻撃から逃げながらどうするか考える。

 いくら身体能力が上がったとはいえ、俺には技術というものが全くない。

 ミアを圧倒するほどの力があるなら別だが、今の俺は何とか逃げ回れる程度の力しかないのだ。


「それが補助適正にとって難問であることを、秋斗様は自覚するべきです。他者にまで綺麗に魔法の効力が出るなんて話、聞いた事がありません」


 だんだんと俺の動きを捉えてきたのか、ミアの攻撃が近づいてきている事に気がつく。

 このまま反撃しても、カウンターにあうだけだというのは、訓練で嫌というほどに叩きこまれている。


 となると、方法は一つしか残されていない。


「ならミアにも出来るよう、俺がレクチャーしてやろう。俺より魔法に馴染んでるミアならすぐに覚えられるだろうよっ!」


 俺は銃の引き金トリガーを引き、ミアの腹に向けて発砲した。


 体術で反撃できないのなら、武器を持って反撃するしかない。

 使われている銃弾はプラスチック弾の為、当たっても死ぬ事はないだろうが、死ぬほど痛い事は間違いないだろう。


 これを撃ち込み続ければ、いくらミアといえど、戦闘不能まで持っていく事が出来るはずだ。


「どこに撃っているのですか?」


 しかし、銃に触れてまだ一週間しか経っていない俺の射撃精度は未だに低い。


 撃った弾丸は掠る事も無く、ミアの背後へと消えていく。


「まだ射撃は慣れていないんだ。だが次は外さない。一発必中(ダイレクト・ヒット)」


 俺は魔法を唱えると、すぐさまミアに次弾を撃ち込む。


 一発必中は、カンナに銃を渡された後に編み出した補正魔法だ。

 対象を認識し、ある程度銃を向けるだけで、勝手に標準を合わせてくれる、いわば自動照準(オートエイム)のようなものだ。


 身体が勝手に補正してくれるだけなので、射出された後の弾に影響するものではない。

 しかし、人間の反応速度を考えると、絶対に当たるといっても過言ではないだろう。


 一発必中によって撃ち出された弾丸は、目標にぶれる事無く到達した。


「っ!」


 脇腹に入った衝撃に、ミアが表情を歪める。

 訓練を通じて苦悶するミアを見るのは、これが初めてかもしれない。


「一撃入れたからって気を緩めてはいけません」


 そんな言葉と共に、ミアの拳が俺の腹部にめり込んだ。


「っが……!」


 俺は一瞬何が起きたのか分からず、腹部に走る激痛に吐き気を覚える。


 ほんの一瞬気を抜いただけで、ミアは俺との間合いを詰め、攻撃を仕掛けてきた。

 銃弾による衝撃は相当のはずだが、その直後にそこまで動けるものなのだろうか。

 やはり、積み上げてきた経験値が違うと実感する。


 ミアが、好機とばかりに拳を振るう。

 胴を執拗に攻撃し、銃を向けようとすればその腕を弾き、技を繋げて俺にダメージを叩き込む。


「兄さん!」


 奏が援護射撃をすると、ミアは俺から大きく距離を取った。


 俺は内臓に与えられたダメージから大きくむせ返り、その場に膝をついてしまうが、ミアから視線を外さないように心掛ける。

 これは、相手から視線を逸らせばそれは大きな隙となる、というミアの教えだ。


 見ているのと見ていないのでは、その後の動きに大きく関わるという事なのだろう。


単独回復ヒール


 奏の魔法により、ミアに与えられたダメージが回復した。


 俺は、痛みの引いた身体を起き上がらせ、再び銃を構えてミアと対峙する。


 ほんの少しでも隙を見せれば、ミアは容赦なくそこに漬け込み、無慈悲に攻撃を叩き込んでくる。

 銃という飛び道具を活かし、中距離を保っての戦闘を意識しなければミアには勝てそうにない。


「やはり回復魔法は厄介ですね。先にそちらを潰した方が早そうです」


 拳を構え、ミアが俺の背後にいる奏を睨みながらそう宣言する。

 一度は標的を俺に移したものの、回復役である奏の脅威を再確認したのだろう。

 俺に比べ、奏を落とす事の方がはるかに容易いという事もあるが、それはこちらも重々承知している。


「兄さん、物は試しです。やってみましょう」

「そうだな」


 奏の言葉に、俺はミアに聞こえないよう、魔法を一つ唱える。


 この二週間で、俺はいくつもの魔法を身につける事が出来た。

 しかし、その魔法の内、いくつかの魔法は個人差があり、今唱えた魔法もミアに効果があるか分からない。

 だが、ミアに効果が上がれば、戦闘を優位に進める事が出来るだろう。


 俺はミアに銃口を向ける。

 ミアとの距離は10mに満たず、一発必中を使用している俺から見れば、外れる事のない距離だ。


「ミア、覚悟して貰うぞ」


 その言葉と共に、俺は引き金を引いた。

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