第34話 お風呂回です
「どうだ、興奮するか?」
後から風呂に入ってきた神奈が、バスタオルを巻いた肢体をアピールしながら、そんな挑発をしてきた。
腰を曲げ、上目遣いで可愛らしくアピールしてきているが、残念な事に見た目は小学生。
そんな神奈に、俺はゴツンと、脳天にかなり強めのチョップを喰らわす。
「っ~!何をするんだ貴様!」
「ちんちくりんが調子に乗るな。さっさと洗ってさっさと出るぞ。奏に見つかったら大事だ」
怒りをあらわにする神奈を差し置き、俺は湯の張ってある風呂の
ここにはシャワーというものが無いので、身体を流すには、風呂のお湯を使うしかないのだ。
そう言えば神奈は科学者だったな。
神奈に頼んで、シャワーを設計して貰う事は出来るだろうか。
それを聞こうとすると、同じようにこちらにやってきた神奈が突然、俺の膝の上に乗ってきた。
ちっこいその身体はすっぽりと俺の膝に収まり、神奈の頭が目の前で主張してくる。
「……おい、何がしたいんだお前は」
俺は眉間をひくつかせながら神奈に問いかける。
ただでさえ見つかったらまずいのに、なぜ奏に見つかったら勘違いするような行動を取るのか、俺には全く分からない。
「洗え、私は自分で頭を洗う事が出来ないんだ」
神奈は、こちらを覗きこむように見ながらそんな事を言う。
「お前、本当に小学生かそれ以下じゃないか。いまどきの幼稚園児でも自分の頭ぐらい洗えるぞ」
「うっさい。風呂に入る時は姉が必ず頭を洗ってくれたんだ。そのせいか、自分で洗うと目に水が入ってろくに洗う事も出来ん。自分で頭を洗えないのは、決して私が悪いわけではない。姉がいけないんだ」
「俺を風呂に巻き込んだのはそれが理由か。それにしても、神奈には姉さんがいるんだな」
俺はため息をつきながら、神奈の頭を洗ってやる。
姉がいるのはいいが、この年まで一緒に風呂に入るというのは一体どういう料簡なんだろうか。
神奈は、肩を落としながら、疲れたように語る。
「過保護な姉でな。私が何かするとなると、一から十まで全てを代わりにやろうとするんだ。一人暮らしを始めても隣に引っ越してきて世話を焼かれ、この19年間逃げる事が出来なかった。ここに来て、その呪縛からようやく解放されたよ」
「お前は今、俺に世話を焼かせているんだけどな」
「仕方ないだろう。目に染みるのは嫌なんだ」
「ずっと目をつぶって洗ってれば問題ない。科学者なら理屈で行動できるだろう」
「理屈で行動出来ない事もあるんだよ。心というものは科学で説明できるものじゃないんだ」
「もっともらしい言い訳をするな」
「わぷぅ!」
俺は洗い終わった神奈の頭をお湯で流し、突っ込みとする。
神奈は抗議の目をこちらに向けてきたが、それをスルーして神奈を膝の上から降ろした。
「自分の身体は自分で洗え。まさか、自分の身体も洗えないなんて言うわけないよな?」
「洗わせてやってもいいぞ?その代わり、私に欲情してしまっても責任は取れんがな?」
「言ってろ」
「わぷぅ!そのお湯をかけるのをやめんか!」
そんなやり取りをしながらも、俺と神奈は身体を洗い終える。
そして、一日の疲れを癒すように、俺達は風呂に浸かって一息ついた。
「あぁ~、身体中に沁み渡る~」
「久々の風呂だ~。今日まで移動で風呂にも入れなかったからなぁ。やはり日本人と言えば風呂だな~。ここは日本ではないが」
俺と神奈が風呂に入ってのんびりとする。
「そうだ神奈、シャワーって作る事は出来ないか?」
「シャワー?必要か?」
「あれば便利じゃないか」
「そうだな。考えてやるよ」
「どうせなら打たせ湯もいいかもしれないな」
「打たせ湯はいいな。あれは気持ちいいものだ」
そんな感じでゆるい会話を繰り広げつつ、俺達は蕩けながら風呂を満喫する。
「兄さん、入ってるんですか?」
風呂の入り口から奏の声が聞こえてきて、俺は一気に現実へと引き戻される。
入口には奏らしき影が見えており、聞き間違いという事はなさそうだ。
まずい、神奈と一緒に風呂に入ってるってばれたら、何をされるか分かったものじゃない。
だが、ここで返事をしなければ奏が入ってきてしまう。
これを乗り切るには、とりあえず返事をするしかない。
「あ、ああ。入ってるぞ。どうしたんだ?」
「神奈さんを捜しているのですが、どこにもいないんです。兄さんは神奈さんがどこにいるか知ってますか?」
やばい、その神奈と風呂に一緒に入っているなんてばれたら終わりだ。
ごまかさないと。
「私か?私ならここにっむぐ!」
奏に普通に返事をしようとしている神奈の口を、俺は慌てて塞ぎにかかる。
「ばれたらまずい事は風呂の前に話したろ!普通に返事をしようとするな!」
俺は小声で神奈に訴えかける。
少しの抵抗を受けたものの、すぐにその事を思い出したのか、神奈はおとなしく首を縦に振った。
「兄さん?」
「知らないな!屋敷の中をほっつき歩いているか、外に夜の散歩をしに行ったんじゃないか!?」
俺はごまかすように大声を張り上げる。
ここで不信感を与えれば、神奈と一緒に入っているこの風呂へ、奏は突入してきかねない。
他に気を取らせ、早々にこの場から立ち去らせよう。
「それが、屋敷内も外も捜したのですが、見つからないんです。ここが最後なので、ここだと思ったんですが……ん?」
奏は何かに気付いたのか、奏が入口から離れていった。
嫌な予感とある考えが脳内をよぎり、俺は冷や汗をかきながら神奈に問いかける。
「神奈、脱いだ服やら着替えはどこに置いた」
俺のその言葉に、神奈は少し考える。
そして、ポンっと右手をグーにして、ティーソーサーのように手を合わせた。
「そういえば、お前の服の隣に全部投げいれたんだった。もし衣服に気付かれたら、その時点で終わりだな!」
神奈は笑いながら絶望的な事を口にする。
そして、俺はこの後あるであろう事を想像し、諦めのため息をつく。
神奈、今お前は笑っているかもしれないが、その笑いは悲鳴に変わるんだぞ……。
「兄さん!嘘をつきましたね!神奈さんもお風呂に入っているじゃないですか!二年前から一度も一緒にお風呂に入ってくれないのに、神奈さんとは一緒に入るなんてどういう事ですか!?ロリコンなんですか!?そんな兄さんたちにはお仕置きです!」
鬼気迫る表情で、奏は早口に捲し立てながら風呂に突入してくる。
神奈と俺が風呂に入っているのを確認されてしまっては、もうごまかしも何もきかない。
折檻を受けるまで、奏の機嫌は戻らないのだろう。
「おい、兄さんたちってことは、もしかして私も入っているのか?」
神奈は笑顔を引きつらせながら奏に問いかけている。
自分は巻き込まれないとでも思っていたのだろうか、残念ながらそれは甘い考えだ。
「当然です!私を差し置いて兄さんと一緒にお風呂に入るなんて万死に値します!神奈さんも罰を受けて貰います!」
神奈の口から乾いた笑いが漏れる。
哀れなものだ、そして、巻き込まれた俺も、また憐れなのだろう。
その日の夜、屋敷からは、悲痛な叫び声が上がったという。
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