第28話 小学生科学者神奈(19)
「遅い。お前たちは私をどれだけ待たせれば気が済むんだ」
身だしなみを整え急いで来たのだが、応接室に入っての第一声がこれだ。
応接室で待っていたのは、白衣を着た小学生にしか見えない傲慢不遜な少女だった。
壁にかけてある絵画を観察していたのか、壁際に立ち、俺達に対して鋭い視線を向けている。
「貴族になったからといって貴族然とした態度を取っているつもりか?もしそうだとしたら真に愚かだと言わざるを得ない。お前たちの持つ時間と私の持つ時間は平等ではないんだ。何も生み出す事のないお前たちより、何かを生み出す私の方に価値がある。そこを勘違いするな」
「……ミア、俺は小学生と面会をするためにここまで来たのか?」
少女の物言いに少し苛立ってしまった俺は、ミアに対して少し尖った聞き方をしてしまった。
それなりに年のいった人間を想像していただけに、少し拍子抜けしてしまったのもあるかもしれない。
少女は俺の言葉を聞き、つかつかと俺の隣に近寄って来る。
そして身を翻したかと思うと、俺に対して回し蹴りを食らわせてきた。
「私はまだ19歳だっ!」
そんな衝撃的な事を主張するものの、さらに驚く事に、少女の放った蹴りのダメージは全く以て皆無だった。
見た目以上に非力なのか、少女が足を抑えて痛がっている。
何がしたいんだ、この小学生は。
「渉様、こちらが面会に来られた、
薄々、というより、この部屋に一人しかいない為分かっていたのだが、この少女が俺に面会を求めた張本人らしい。
俺は涙目になりながらこちらを睨みつける少女を見て、変なのが来たもんだと心の底でため息をついた。
「改めて自己紹介させてもらおう。私の名前は神々廻神奈。日本科学省兵器開発局から晴れてこの地に栄転する事になった、哀れな雇われ科学者だ」
脚を組み、態度も大きくソファに腰掛けた神々廻は、自分をそんな風に紹介した。
俺と奏はテーブルを挟んでその向かいに座り、ミアは背後に立っている。
科学省は文部科学省と違い、主に兵器開発を目的とした、大戦前に立ち上げられた行政機関である。
兵器開発というだけあり情報の機密性が高く、設立後にメディアで取り沙汰される事は少なかったものの、設立当初までは随分と世間を賑わせた。
父の働く外務省は戦争を事前に防ぐ事を目的として動いているのに対し、科学省は戦争を前提とした機関である。
全くの正反対の組織のはずだが、そんな人間が何故、俺の元を訪ねるのだろうか。
なにはともあれ、自己紹介をされたからには、こちらも返さないといけないだろう。
「初めまして、もう十分存じあげていると思いますが、私の名前は西条渉にございます。神々廻様は、日本からはるばる、私めに何か御用でございましょうか」
「その気持ち悪い喋り方を止めろ。あと、神々廻と呼ばれるのは好かん。神奈と呼び捨てにしろ」
俺の自己紹介はお気に召さなかったようで、神奈は地面を踏みながらそう口にする。
それで良いと言うなら、こちらもそのような態度で接する事にしよう。
「じゃあそうさせて貰う。それで、科学省の人間が俺に何の用だ」
「……まあいい。ここに来た理由は言った通り、国からの命令でここに飛ばされただけだ。戦争が終わって予算を減らされてな。国も口減らしがしたい上、優秀な私が邪魔だったんだろう。国から遠ざければ良いだろうという事で、あっという間に海外暮らしさ。泣けてくるね。私はお国の為に兵器開発をしてきたって言うのに」
「頭が良い割には質問の内容が理解できていないみたいだな。左遷された理由が良く分かる」
問いに対する回答になっていない。
「そう急かすな。急いては事を仕損じるということわざを知らないのか?私との会話は、渉の将来の糧になるかも知れないぞ?」
「出会い頭の言葉を思い出せ鳥頭。確かに神奈から学ぶ事はあるかもしれないが、今の俺には他にやりたい事があるからな、十年後ぐらいにお願いする事にしよう。その頃には忘れてそうだがな」
「あまり口が過ぎるようだと温厚な私も流石にキレるぞ」
「出会い頭に罵倒して蹴りを入れてくる人間が温厚とは驚いた。日本語学会にこの事を提出すれば賞が貰えるかもしれないな。応募してみたらどうだ?」
「兄さん、いい加減にしてください話が進みません。私もそろそろキレますよ?」
「……ごめんなさい」
売り言葉に買い言葉、神奈が相手だと何故か挑発したくなってしまう。
出会いが悪かったからだろうか、俺の神奈に対する印象は悪く、それは神奈も同じ事だろう。
しかし、奏の言うとおり、このままだとまともに会話も進まない。
自重する事にしよう。
「あー、それでだ。私がここに来た理由だったな。それは簡単、私も今日からここで世話になる。渉に面会を願ったのはそう言う事だ」
「は?」
謎の爆弾を投下されて口が出そうになったところを、俺はすんでのところで繋ぎ止めた。
いきなり何を言ってるんだこの小学生は。
「あの、世話になるって、ここに住むってことですか?」
奏が驚きつつも、当然の疑問を神奈に投げかける。
見ず知らずの人間が何の相談もなく、いきなりシェアハウスをすると言ってきているのに驚かないわけがない。
「そうだ、話はもう付けてある。お前たちの親父も承諾済みだ」
「話をつけたなら連絡しろよ親父……」
連絡があるのと連絡が無いのとでは、気の持ちようというものが違う。
それが伝わっていれば、あんな出会い方はしなかっただろう。
とはいっても、アトランティスに行くことすら伝えなかった父だ。
伝える気はなく、サプライズとでも思っていそうだ。
「ははは、残念ながらお前たちの親父は、伝える気なんて、さらさらなかったみたいだぞ。残念だったな」
「親父の事だから分かってたよ。だから俺に面会を求めたのか」
「そう言う事だ。勝手に居座っても良かったが、下手すれば追い出されただろうからな。まあこれから長い付き合いになるだろうが、くれぐれも私の邪魔をしないでくれよ」
「それはこっちのセリフだ」
父に話をつけているのなら、俺達がどうこう言う事は出来ない。
態度こそでかいものの、それに目をつむれば共同生活出来ない事はないだろう。
問題は、すぐに使える部屋があるかどうかだ。
「ミア、部屋はすぐ用意できるか?」
俺は後ろに立つミア、問いかける。
「部屋は全て綺麗に清掃しております。どの部屋もすぐにご案内する事も可能です」
「流石ミア。出来るメイドはやっぱ違うな」
「恐縮です」
「ちょっと待て。私は離れが良いんだが、この屋敷に離れはあるか?」
「離れ?」
この屋敷にも離れはあるが、一つは倉庫として使われており、人が住むような環境ではない。
もう一つ、居住用に離れがあるが、確かそこは……。
「神奈様。離れはあるのですが、その離れは従者が住む為の簡易な小屋でしかありません。お屋敷に比べると大分ランクが下がり、お客様をお通し出来るような居住区ではないので、案内する事は出来かねます」
ミアの言うとおり、住める方の離れは屋敷に比べるとかなり質素なものになる。
今はミアがそこに住んでいるが、これから寒くなる季節だと言うのに暖炉もないらしい。
そんなところに神奈を住まわせるわけにもいかないだろう。
ミアに屋敷にすむよう言っているのだが、ミアは頑なに屋敷に住もうとせず、困っている。
「別に私は気にしない。簡易であろうと誰にも邪魔されない空間が欲しいんだ。こんな何もない僻地とはいえ、出来る事なんて山のようにあるからな」
「これから寒くなるのに暖房の一つもないんだぞ。そのちっこい身体じゃ耐えきれないだろう、素直に屋敷にしておけ」
「暖房が無いのは辛いな。寒さには弱いんだ」
「なら決まりだ。部屋は出来るだけ離れたところに案内しよう。それでいいだろう?」
「ああ、そうしてくれ」
これで神奈の部屋も決まった事だし、とりあえずは問題ないだろう。
他にも決めないといけない事は腐るほどあるが、それはおいおい詰めていく事になるだろう。
「ああ、そういえばお前たちに渡す物があったんだ」
神奈は突然そう言って、ソファの後ろに置いてあったのだろう荷物を漁り、一つの大きな箱をテーブルの上に置いた。
「なんですかこれ?」
目の前に置かれた謎の箱について、奏が問いかける。
すると神奈は不敵に笑い、意味ありげに箱の中身を隠喩する。
「これからのお前らに必要なものだ。引越祝いに受け取ると良い」
「……それはありがたいことで」
神奈の所属から、なんとなくこの箱の中身が想像できてしまう。
しかし、神奈の言うとおり、これは俺達に必要になるかもしれないものだ。
俺は恐る恐る、目の前に置かれた箱を空けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます