第27話 来訪ですか?

合宿を始めて八日目。


 ようやくついていけるようになったミアの体術指南を終え、いつもと同じように三人で昼食を取り、まったりとしている時に事は起こった。

 門を何かで打ち据えているのか、ガンガンと鈍い音が、屋敷の中まで鳴り響いてきたのだ。


「騒々しいな。門でも壊して盗みに入るつもりか?」

「来客かもしれませんよ兄さん。この国では門を壊して入るのが常識なのかもしれません」

「鋳物を生業としている奴らが喜びそうな事だ。年中休みなんて存在しないだろう」

「お二人共、気をお鎮めください」


 俺と奏の悪態に、ミアが宥めるように諭す。


 ちなみに、これ迷惑行為だという事は俺も奏も分かっている。

 なぜなら、来客を知らせるベルはこの屋敷にも存在しているからだ。


 電気式ではなく、長い紐とベルが繋がっているだけの簡単なものだが、来客を知らせるのには十分に機能する。

 恐らく、突然現れたぽっと出貴族の俺達に嫌がらせをしに来たのだろう。


 いつかはあるかもと思っていたが、まさか本当にあるとは思わなかった。

 音が鳴りやむ気配がない事に、ミアはため息をつきながら立ち上がった。


「私が対応してまいります。念の為、お二人は外に出ないようお願いします」

「すまないが頼む。俺達が出ていったら面倒な事になりそうだ。俺達に用があるようなら、居ないってことにしてくれて構わない」

「かしこまりました」


 そう言って、ミアはリビングから姿を消していった。


「こんな嫌がらせをして何が楽しいんでしょうか。貴族といっても、やってる事は小学生のピンポンダッシュと変わりません」


 奏が、門を打ち据えている者に対してそのような評価を下す。


「だが、これもやられ続ければ精神的な負担になるぞ。夜にでもやられてみろ、不眠で悩まされる事になる」

「それはまずいですね。不眠はお肌の天敵です。肌の荒れた姿を晒すだなんて、兄さんに顔向けできなくなります」

「俺はその程度気にしないが」


 多少肌が荒れていても、奏は十分に可愛いと思う。


「私が気にするんです!いいですか?女の子にとってお肌というのはとても重要なものなのです。お肌の善し悪しで見た目はもちろん、メイクのノリや将来の肌質まで変わってしまいます。肌が悪ければ悪いほど余計なメイクをしなくてはいけなくなり、それでさらに肌に負担をかけ肌が悪くなってしまうという悪循環に陥ってしまうのです。今から肌の心配をするのは将来への投資と同じことで、私は―――」


 俺はどうやら地雷を踏んでしまったようで、奏は美容とは何たるかを延々と語っている。


 こういう時は否定せず反論せず、適当に相槌を打つのが吉だ。

 そうやって、奏のマシンガン美容トークを聞き流していると、ミアが少し困った様子で戻ってくる。


 俺は助かったとばかりに、ミアに話を振った。


「どうしたミア、門を壊されて途方に暮れているのか?それとも逃げられて困っているのか?どちらにせよ、次に来たときに痛い目に合ってもらうしかないな。とりあえず今日は大目に見てやろう」


 話を逸らされた事に奏はむっとしているが、俺に美容の話をされても分からないのだ。

 悪く思わないでくれ、奏。


「いえ、門も壊されていませんし逃げられてもいません。現在も門の前でお待ちいただいているのですが、渉様に用があるらしく、渉様と面会させろと要求されています」

「……俺に?」


 ミアの言葉に、俺は少し違和感を持つ。


 俺はここにきてから、他人とは数えるほどしか関わっていない。

 その中で俺達の屋敷を知る者はいないはずだ。


 屋敷の主は父であり、父を出せと言うならまだしも、直接俺を出せと言われるのも疑問が残る。

 何やら良からぬ雰囲気が漂っているように思える。


「兄さんは居ないって事にしなかったのですか?」

「渉様は只今留守にしておりますと申したのですが、それなら中で待たせろとおっしゃいまして。それに少し気になる事が」

「なんだ?」

「言葉が通じず、翻訳魔術を使ってみた所、日本から来たというように言っているのです。この国で日本の事を知る者は、王族と親衛隊の一部しかいないはず。もしこれが本当の事ならば、私が勝手に追い返すわけにもまいりません。なので、一度渉様の判断を仰がせていただきたいと思いまして」

「そういう事か……」


 日本からという事は、父の関係者である可能性が高い。


 それならば俺の事を知っていてもおかしくないのだが、わざわざ俺との面会を望む理由が分からない。

 父経由で来ているのなら、その事をミアに伝えるだろう。

 それが無いという事は、直接俺に会いに来ているという事になる。


 日本からわざわざ俺に会いに、アトランティスまでくる人間。

 少し悩んだものの、俺はゆっくりと席を立つ。


「面会しよう。親父の関係者だったら親父に迷惑がかかるかもしれない。会っておかないと後々面倒な事になりそうだしな」


 どうにも胡散臭いが、合わない事には何とも言えないのもまた事実だ。

 日本からという事はある程度常識も共通しているだろうし、話がズレる事もないだろう。


「では応接室にお客様をお通しします。準備が出来次第、応接室の方にお越しください」

「分かった。奏も相席するか?」

「お邪魔でなければご一緒させてください」


 向こうが突然来たのだし、立ち合いが増えるぐらい許容して貰えるだろう。

 もしだめだったら、奏に退席してもらうか、お帰り願えば良い。


「邪魔だなんて思わないさ。よし、そうと決まればさっさと動こう」


 こうして、俺達は謎の訪問者と面会する事になった。

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