第14話 心機急変

「なかなか美味かったな」

「兄さんが選んだお店がパーフェクトでした。また行ってみたいです」


 昼食も食べ終わり、先ほどの店を後にした俺達は、適当にその辺りをブラブラしていた。

 コンクリートジャングルに住んでいた俺達には、煉瓦敷きの道や白壁が続く風景が物凄く目新しいものに見えてしまう。

 所々に張り巡らされた水路に、それに架けられる橋というものも、非日常感を演出させる風景になっている。

 いつかはこの風景も、日常のものとして受け入れてしまう日が来るのだろうか。

 いつまでも新鮮な気持ちというのは難しいだろうが、その心を忘れないようにしたいものだ。


「それにしても、あんなに美味いのに、何で人が少なかったんだろうな」

「そうですね。物凄い量を頼んでいる方もいたので、口に合わないってことはないのでしょう。それなりに人通りの多い所に店を構えていましたし、店員さんも可愛らしい元気のある猫耳ちゃんでしたし、人の入らない理由が分からないですね」


 奏はあの店、というより、あのルゥと呼ばれていた店員を、いたく気に行ったようだった。

 気持ちは分からないでもないが、いつ襲い始めるか不安になるから、もう少し自重してほしい。

 しかし、奏の言うように、昼時であそこまで客が入らないのも不思議なものだ。

 接客も悪いものではなかったし、飯も美味いし、何故人が入らないのだろう。

 俺達が疑問に思っていると、後ろを歩いていたミアが口を開いた。


「それは、あの店が獣人を雇い入れているのが原因でしょう」

「……ミア、冗談が過ぎると私も本気で怒りますよ?」


 奏が立ち止まり、威圧感丸出しでミアの方へ振り返る。

 ミアはびくっと体を震わせたが、気丈に奏へと説明する。


「お二人は獣人に対して非常に好意的にされておりますが、一般に獣人というものは嫌われています。人ではなく、喋る獣というのが一般の認識で、人に劣る存在であり、見た目も人よりも不衛生であるとされています。なので、そのような者を雇っている飲食店は、敬遠される傾向にあるのです」

「貴族制に加えて、今度は差別ですか……」


 奏がミアの説明を受け、顔をしかめてため息をつく。

 俺達からすれば、獣人ことを何故そこまで嫌うのかが理解できない。

 獣人を見ていると、耳の位置が違うのとしっぽがあるだけで、他の部分には差異はない。

 もっとケモケモした獣人もいるのかもしれないが、それでも意思疎通が出来るのならば、立派な人だろう。

今にして思えば、一人のフードを覗いて、あの店内には獣人しか存在していなかった。

 嫌われているという事は、逆に俺達の事を嫌っていてもいいぐらいなのに、あの店の客や店員は、俺達に対して不快になるようなことを何一つしなかった。

 その事に気が付くと、余計にあの店の事を好きになってしまった。

 絶対にもう一度あの店に行く事にしよう。


「程度に差はあれど、人種が違えば差別も起こる。文明が進んでないならなおさらだ。俺達は染まらないように気をつけるしかないな」

「少なくとも、私がケモ耳嫌いになる事はありません。私がケモ耳の良さを広めてやります」

「俺も手伝おう」


 決意したかのように両手を握りしめる奏に対し、俺も声援を送る。

 奏ほどではないとはいえ、俺もケモ耳は大好きである。

 不当に扱われているのならば、少しでも良くなるように動きたい。

 そんなやり取りをしていると、道の脇からガラの悪い三人組の男達が姿を現した。


「おいてめーら、今獣人おれらの事を馬鹿にしたよな?」

「人間ごときが獣人のこと馬鹿にしてんじゃねえぞ」

「何が人に劣るだぁ?人間の方が弱いじゃねえか」


 見ると三人とも立派な獣耳を持っており、どうやら今の会話を聞き言いがかりを付けに来たらしい。

 しかも、チビデブノッポのテンプレ三人組を目の前に、俺は少し感動を覚えてしまった。


 しかし、こういった輩は絡めば面倒な事になるが、どうしようか。


「お二人共お下がりください。私が相手します」


 ミアがそう言って、俺達を三人組から遠ざけるように、目の前に割り込んだ。


「男三人だぞ」

「お任せ下さい」


 どうやら男三人を相手取るのに自信があるようだ。

 女の子に任せるのはどうかと思ったが、とりあえず任せてみよう。


「あ?なんだよ、文句でもあんのか人間様よお?」


 威嚇担当なのかノッポがミアに対しガンを付けるが、ミアには聞いてないようで涼しい表情を浮かべていた。

 俺と奏は三人から距離を取り、三人組が襲ってきても奏を守れるよう、俺は奏の一歩前に出ておく。


「申し訳ありません。後ろに控えますお二人は高貴なお方。早々にこの場から立ち退きください。立ち退かない場合、相応の対応をさせていただきます。詳しく申し上げますと、貴方達を物理的に排除する方向で、対応させていただく事になるでしょう」

「なんだと!?」


 おっと、俺の思っていた対応と違って喧嘩売りにいってるぞコイツ。

 よく分からないが、ミアはそれだけ自信があるという事なのだろうか。

 もう少し様子を見てみよう。


「分からないようでしたら簡潔に述べさせていただきましょう。身の程をわきまえろ底辺階級が。貴族に楯突くな、という事でございます」

「ふざけんじゃねえぞ馬鹿にしやがって!貴族だろうがなんだろうが獣人三人に勝てるわけねえだろ!やるぞてめえら!」

「ああ!」

「後悔させてやるよ!」


 ミアの煽りを受け、完璧に頭に血が上ったようで、三人組がミアに向けて殺到する。


 しかし、ミアは落ち着いた様子で三人に対応していた。

 真っ先に向かっていったノッポは転倒させられ、チビの攻撃をひらりとかわし、デブの攻撃を受け流し、チビがデブに押しつぶされる。


 男三人に対して全く引けを取らない身のこなしに、俺は目を見張っていた。

 言動から、自信はあるのではないかと感じていたが、これほどまでに強いとは俺も思っていなかった。


 これならミアに任せても大丈夫だろう。


「お前ら、そこから動くな」

「!?」


 奏の方から男の声が聞こえ俺は反射的に振り返ると、奏は首元にナイフを突き付けられ、声を上げられない状況に陥っていた。

 その男もまたいかつい獣人であり、ゴミを見るかのような眼差しをこちらに向けてきている。


 奏を助けようにも、手に動いたら奏がどうなるか分からないが為に、俺もミアも動けずにいた。


「たく、女一人に一瞬でのされるなんて弱過ぎるだろ。三人もいるんだからちっとは頭使えや」

「す、すいませんリーダー」


 リーダーと呼ばれたいかつい獣人は、奏の頬にナイフを突き付けながらナイフを弄ぶ。

 奏の顔から血の気が引くのを見て、俺は怒鳴るように叫んでいた。


「奏に手を出すな!」

「あー、はいはい、分かってるから。お前らはさっさとこっちに来い。それと、そこの女と男は俺達から離れるんだ。離れなければ問答無用でこいつを殺してやる」

「っ……」


 従わなければ奏が殺されてしまう状況に、俺とミアは手を出す事も出来ず、相手の言う事に従うしかなかった。

 俺とミアは獣人から離れ、三人組はリーダーの下に集まる。


「素直に言う事を聞いてくれると楽で助かるな」


 未だに奏を解放する様子の無い獣人に、俺は内心焦りながらも問いかける。


「お前の目的はなんだ」

「目的?お前らが獣人に対して喧嘩を売ってきたから買っただけだろ。まぁその過程でこういう事になっているわけだが」


 リーダーが奏の頬をナイフの腹で叩きつける。

 叩かれる度に奏の表情が歪み、助けを求めているのが見て取れる。


「それに関しては謝罪する。俺に出来る事があるなら何でもやろう。だから奏だけは開放してくれ!」


 俺は獣人に対して必死に訴えかける。


 奏は俺の唯一の妹で、俺の守るべき大事な家族だ。

 俺はどうなろうと、奏にだけは危害を加えさせたくない。


「ほほう?なんでもしてくれるのか。よっぽどこの女が大切みたいだな。なら……サヨナラだ」


 獣人がそう言うと、俺達と獣人達との間に炎の壁が立ち上がる。


 あまりの熱気に近づく事も出来ず、向こうの様子を確認する事も出来ない。


 炎の壁が消え去る頃には、獣人達と奏の姿はそこに無かった。

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