第12話 ケモ耳です!ケモ耳少女です!

「凄いな」

「凄いですね」


 目の前の光景を前に、俺と奏の声が重なる。


 そこに広がっていたのは、この街に来て初めて見た時と同じ、活気のある光景だった。

 貴族街の静かな雰囲気とは打って変わり、大通りは喧騒包まれ、多くの人々がそこかしこを行き来している。

 そして何より目に入るのが、兵士に見えない鎧を身に纏った荒くれ者、明らかに人間ではないと思われる者達だ。


「ケモ耳可愛いです。もふりたいです」

「なんかやけに大きな剣を持った奴までいる。銃刀法なんて存在しないみたいだ」


 俺と奏の二人は、目の前に広がるファンタジー世界のような光景に目を輝かせていた。

 物語にでしか出てこないような光景が、今目の前に広がっているのだ。

 心踊らない方が無理というものだろう。


「ってお二人共勝手に動かないでください!先ほどおっしゃっていた事を忘れたのですか!?」

「……っは!」

「……ああ」


 見る物に目を引かれ、俺と奏は無意識に動いてしまっていたみたいだ。

 ミアから離れるつもりなど無かったのに、物珍しさというのは恐ろしい。


「お、奏。あっちの方で大道芸か何かやってるみたいだぞ」

「行ってみましょう!」

「話を聞いてください!」


 遠くに見えた人だかりに行こうとすると、ミアが立ちはだかるように道を塞いでくる。

 これ以上ふざけるとまずそうなので、物足りないがここで止めておくか。


「冗談だ。もう勝手に離れないから落ち着いてくれ」

「……絶対ですよ?」


 ミアに睨まれるが、可愛らしい顔で睨まれても可愛いだけで何の威圧感もない。


「腹も減ったし早い所店に入ろう。どこかお勧めはあるか?」


 俺はミアの約束に回答せずに話を逸らす。


「私は第二区画には足を運ばないものでして、なにが何処にあるのか分からないのです。なので、私も案内する事が出来ません」

「ありゃりゃ、そうなのですか」

「はい。申し訳ありません」


 ミアも第一区画を案内するつもりで、第二区画に来る予定ではなかったのだから、仕方ないだろう。


「適当に歩いて探すしかないみたいだな」

「それもまた一興というものですね。人入りの多そうな所を探しましょう」

「そうするか」


 奏の言うように、人入りのいいところならば大きなはずれは無いだろう。

 さまざまな店や人種に目を引かれつつ、どこかに良い飲食店は無いものかと探索していると、ある一つの店に惹きつけられた。

 その店に人は少なそうだったが、肉の焼ける香ばしい匂いがこちらまで届いてくる。

 看板には猫のようなマークと文字のようなものが描かれているが、なんと読むのかまでは分からなかった。

 見た目と漂ってくる香りから飲食店だろうとは思うが、違ったら普通に謝って出ていけばいいだろう。


「あそこにしてみよう」


 俺は指を向けながら、その店に意識を移させる。


「雰囲気はそれなりに良さそうですね。私はいいと思います」

「私はお二人に従います」

「よし、入るか」


 二人の許可も得たところで、俺達はその店の中へと入っていった。


 店内は思った通り人は少なく、席の2~3割程しか埋まっていない。

 そして、そのほとんどが獣耳の客なのだが、テーブルには食欲をそそる飯が並んでおり、皆が美味そうに食事をしている。

 ある一席には山のように皿が並んでおり、黒いローブを被った人物が一人で黙々と食事をしているのには目を奪われてしまった。


 大食いの光景に驚きつつ、これはいい店を選択したかもしれないと思っていると、カウンターの中から猫耳のウェイトレスと思われる小さな少女が駆け寄ってきた。


「いらっしゃいませ~!三名様ですね。こちらの席へどうぞ!」


 威勢よくそう言うと、有無を言わさず俺達は窓際の席に案内された。


「お冷を持ってくるので少々お待ち下さい!」


 席に案内されると、猫耳ウェトエスは元気よく言い放って、すぐにカウンターの裏へと姿を消していく。


「可愛いな。元気があってよろしい」

「撫でまわしてわちゃわちゃしたいです」


 俺は席に座りつつ、奏と今のウェイトレスについての感想を交わす。


 獣耳が可愛いのは当然だが、奏がやけに可愛がりたがってるのが少し気になる。

 暴走しなければいいのだが。


 そんなことを考えていると、俺と奏が席に着いたのに、ミアだけずっと立ったままなのに気が付く。


「ミア、座らないのか?」

「私はメイドですので席を共にする事はできません。お気になさらず食事をお楽しみください」


 どうやらメイドの作法で、俺達と一緒に飯を食べる事は出来ないらしい。


 そういえば、昨日の夜もミアだけは一緒に飯を食べていなかった。

 やる事があるから後で食べる、と言われて納得したが、今思えば一緒に食べない為の方便だったのだろう。


 とはいえ、このままミアだけ立たせたままというのも気分がよくない。


「ミア、座ってください」


 同じ事を思ったのだろう、奏がミアに席に着くよう促す。

 奏がどんな説得するのか気になるし、このまま任せてみよう。


「申し訳ありませんが、メイドが主人と席を共にしてしまえば西川家の品位が疑われてしまいます。他者の目が無いご自宅ならまだしも、公共の場で共にする事はできません。ご理解ください」

「座ってください」

「私はあくまでメイドです。それは出来ないとご理解ください」

「座りなさい」

「なので、私は」

「座れ」

「……」

「よろしい♪」


 静かに座るミアに対し、奏は満足げに微笑んでいた。


 普段が丁寧なだけに、強く命令されると迫力がただならず、ミアも逆らえなかったようだ。

 俺も奏を本気で怒らせてしまった事があるが、その時は一週間近くこんな感じの口調で過ごされたため非常に肩身が狭かった。


 奏を怒らせると怖いという事が、これでミアにも分かっただろう。


「お待たせしました、お冷になります!ご注文はどうしましょう?」


 タイミングのいいところに、先ほどの猫耳ウェイトレスがお冷を持ってきた。

 何を頼もうかと思ってメニュー表を探すが、テーブルの上にメニュー表は無く、猫耳ウェイトレスもメニュー表など持っていないようだった。


「メニューは何があるんだ?」

「お肉にスープ、パンにパスタに今日はお魚もありますよ!お時間を頂ければ、お母さんなら大抵の物はできると思います!」

「ルゥ!適当なこと言ってんじゃないよ!私が出来る物だけにしな!」

「ひぅ!ごめんなさいです!」


 お母さんと思われる怒鳴り声が、カウンター裏から店内に響き渡る。


 このやり取りもいつもの事なのか、周りの席では「また怒られてるよ」と笑い合っている。

 見ていて微笑ましく、ルゥと呼ばれた猫耳ウェイトレスがこの店で愛されている事がよく分かる。


「それで、あの、ご注文はどうしましょう?」


 少しおどおどしながら、ルゥが注文を聞いてくる。

 とりあえずあるのは、肉に魚にパンとスープとパスタらしい。

 変なもの頼んでこの子が怒られるのも可哀想だし、この中から選ぶ事にしよう。


「じゃあ俺はステーキとパンとスープを貰おうかな」

「私は焼き魚にパンとスープをお願いします」

「私はパンとスープでお願いします」


 俺と奏が普通に頼む中、ミアは随分と控えめな注文をしていた。

 メイドだから同じものを頼む事は出来ないとか考えていそうだ。


「ミアは肉と魚、どっちが好きだ?」

「?私は魚が好みですが」

「じゃあ焼き魚追加。注文は以上で」

「わっかりました!少し待っていてくださいね!」

「え、あの……」


 ミアの動揺も虚しく、ルゥは厨房へと消えていってしまう。


「残念ながらもう注文は取り消せない。諦めて同じのを食べるんだな」

「……お二人共、貴族としての意識が足りません」


 ミアは俺達に貴族然としていて欲しいのだろうが、残念ながら俺達にその希望が通る事は無いだろう。


「貴族なんて特権階級は溝川に捨て置こう」

「既得権益に塗れた貴族制度はすぐに廃れますからね」


 この大陸では分からないが、俺達の世界では貴族制などもう既に廃れ切っている。

 恐らく、この大陸の貴族制もすぐに廃れていく事だろう。


 歴史は繰り返すとは言うが、所詮考える事は一緒だという事だと思っている。

 楽をしようとすれば搾取するし、搾取され続ければいつかそれは爆発する。

 人間は欲に弱い生き物で、一度それを味わってしまうと抜け出せないものだ。


 貴族制は、そんな人間の弱さの表れだと思うからこそ、俺達は貴族然とした態度を取らないのだ。

 そう批判しつつ、貴族の立場に甘えている俺達はダメなのだろう。


 どうにかして自活出来る方法を探してみないといけないかもしれない。


「私のメイドとしての立場も考えて欲しいものです……」


 ミアの悲痛な呟きを、俺と奏はスルーするのだった。

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