第玖話
しばらくは洗練された都会らしい町並みが続いた景色も、一刻ほど過ぎればだいぶ変わってきていた。先ほどの第一銀行のような大きく石造りの建物は減り、木造のこまごまとした建物が多くなってきた。道行く人も和装がぐっと増えて、春臣はようやく見知った土地に帰ってきたような気分になった。やはり、和服を着て歩いている人々が多いほうが安心する。
「さて、そろそろ
「……随分街の雰囲気が変わりましたね」
改めて周囲を見渡しながら言った春臣に、志木は頷いた。
「ここは
りんりん、と車夫が鐘を鳴らす。がやがやとした喧噪で先ほどより音が聞こえにくいのか、こちらを振り返って道を空けてくれる人は少ない。幾分ゆっくりとした速度で胡蝶神の街を走る人力車の上から、春臣はある一点を見て首をかしげた。
辻を横切る大きな通りに、軒を連ねる店のほとんどが奇抜な色ののぼりを立てているところがあった。遠目から見ても奇抜とわかるのだから、よほどだろう。そのあたりには道もないくらいに人が溢れていて、離れたところに居ても活気のすごさが伝わってきた。
「志木さん、あっちののぼりがたくさん立っているのは何ですか?」
手で指示された方を見た志木は、あぁ、と口を開いた。
「金がない劇団や見せ物小屋が、雑多に劇場だったり舞台だったりを作っているんだ。ここは桜の名所である
「そ、それっていいんですか……?」
「いや?違法だよ。だから、ここの住人たちは
さらっとすごいことを言われた。この志木芳正という人物は顔色一つ変えずにこういうことを言ってしまうので、春臣には時々冗談なのか本気なのか判別がつかなくなる。
そう思っていると、急に人力車が停まった。がくん、と身が車外にずり落ちそうになった春臣が何事かと思って日差し避けから外をのぞくと、目の前を黒い制服に身を包んだ屈強そうな男たちが数人、露地小屋のほうへ駆けていくところだった。ほどなく、ピィィという警笛の音が聞こえ、向こうがいっそう騒がしくなった。
どうやら、今回は志木の言っていることは冗談ではないらしいと春臣は思った。当の本人は至極愉快そうに声をあげて笑って続けた。
「ふふ、噂をすれば何とやら。……もし来る機会があるなら、誰かと一緒に来ることをお勧めしておくよ」
春臣は、生きて帰れる気がしない、と半ば本気で思ってしまった。
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