ばらばら、わた死。

ヨシノ酸素

ばらばら、わた死。


 ばらばらになりたい。ばらっばらになってしまいたい。もう、誰かも分からないくらいに。私だって判別べきないほど、ぐちゃぐちゃでばらばらに。死んだら、もう生前の体型についてなんて悩まずに済む。セックスだって二度とできなくなる。あ、それはどんな死でも同じか。なるほど、私は女でなくなってしまいたいのだ。そういうことか。

一度、天王寺駅で飛び込み自殺の現場に遭遇したことがある。冬だった。私はまだ中学生で、塾の帰り、友達とワッフルを食べていた。目の前に、いたのだ。その男は深々とニットをかぶっていた。そして、普通のサラリーマンのようにスーツを身に着けていた。それほど高そうなものではない。洋服の青木で二万円以内で買えそうなものだ。男は何度も時間を確認していた。それに、病気明けのような清々しさを醸し出していた。確かに、少し不自然だったのだ。私たちは、「あの人どうしたのかな?時間気にしすぎ」「子供でも生まれるんじゃない?」なんて男についての話題で盛り上がっていた。十数分の間に私たちは男の人生を勝手に構築してしまう。彼は貧乏な家に生まれ、苦労して成長した。好きになった女の子にはフラれる、味気ない人生。受験もうまくいかず、結局第一志望の大学には行けなかった。そして、なんとか卒業し、就職活動。そこでもあがり症が発動し、中堅どころにしか通らない。しかし、幸運なことに彼は得意先の企業の受付嬢を口説きおとし、何とか結婚に持ち込むことができたのだ。そして今、その女性との子供が生まれようとしている。彼はまさに、今人生の絶頂なのだ、と。

そうしているうちに、私たちの乗る電車がホームに到着しようとしていた。そこで気づく。男はどうして革靴でなくスニーカーを履いているのだろうか、と。もう遅かった。彼はホームに向けて走り出した。今まで見たこともないほど清々しい笑顔だった。額を掬う汗は達成感に満ちていた。そして、駆ける脚は、小学生がお腹を空かせて家へ帰っていく時のように前へ前へと向いていた。ああ、これから死ぬんだ、この人。私は思った。友達はワッフルを取り落とす。私は彼を止めようとは思わなかった。彼の行為に気づいていたのは私と友達だけだった。彼は助走をつけて走り出し、ホームに華麗に飛び出す。ホーーッと雄叫びを上げつつ、電車と衝突する。大した運動能力だった。私は冷静に事の次第を見守っていた。口寂しさに任せて、ワッフルを口の中に押し込む。友達は大声を出した。まず、認識したものは血だった。線路、ホーム、電車が赤く染まる。この人の、あの体の中にこれだけの血が詰め込まれていたなんて。そんな風には見えなかった、と私は驚く。友達は泣き叫ぶ。指がぽん、と私たちの方へ飛んできたのだ。びっくり。私はそれを拾いあげる。あれだけまじまじと他人の指を観察した事があっただろうかという風に。あ、あの人死んだんだな、と私は再度思う。死体、いや、肉片が辺りに四散している。鉄の錆びたような、そんなありきたりな表現しか思いつかないようなにおいがする。車線を覗き込む。友達が「やめときなよ」と言ったけれど、私はそこを眺める。駅員さんが私を止める。すぐに、警察もやってきた。もう、あれは彼ではなかった。彼だったかもしれない汚物だった。私の掌は油のような汗でぎらぎらと光っていた。瞬きを忘れるような時間があった。私は死の瞬間でなく、生者でありながら『死』そのものを垣間見たのだ。

 それから、もう、五年の月日が過ぎた。私はここに生きている。彼はもうこの世のものではない。私は死にたいのだ。あの時見た『死』に取りつかれている。死にたいことにも理由はある。家、友達、恋愛、全てが負担でしかない。私は生きている意味を見つけられない。そして、あれから私はことあるごとに死をまじかに感じるようになった。それは血を見ただけでも。どんなときだってふいに『死』がまじかに迫ってきているような気がしてくる。


 電車に揺られる。もう、降りるべき学校の最寄りの駅は過ぎた。みるみるうちに、田舎へと私は移動していく。私は、動こうだなんてしていない、動けないのに、私の肉体は知らない土地へ向かっていく。

今日、死のうと思う。さっき決めたことだ。私は、この上なく、悲しいはずだから。ほら、さっきから涙が止まらない。きっと、私は悲しいんだ。死にたくて死にたくてしょうがないはずんなんだ。居場所がない。両親は不仲だし、友達もいない。さっき彼氏と別れ話をしてきたところ。私の事情が重たいって。疲れたって。そりゃそうだ。借金こさえていじめられた女の子なんて誰も必要にはしてくれない。もう、半年は悲しみ以外の感情を抱いていない。だから、もう、悲しいっていうのがどういう状況なのか分からなくなってしまったんだ。何が悲しくって私は泣いているんだろう。悲しみ色の涙に何度も何度も悲しみを継ぎ足したせいでもう何が悲しいのか分からない。私今、傷ついているの? 楽になりたいの? 楽しみって、悲しみって、何なのか今はもう分からない。

私、冷静なんだ。悲しいはずなんだ。壊れてしまった、大切な友達、愛した人、家族、努力、守るべき過去、未来への希望、全て。何故だか、私の気分は晴れやか。彼と私が重なる。ああ、そうか。これがあの笑顔の訳か。私は笑う。車窓に映った私の顔はとてつもなくさわやか。これが『死』なんだね。

 最後に、何かしたいことは? 久留米駅で停車している。私は手持無沙汰で外を眺める。看板だ。『諸兄塚』ここから北に二キロ。もしかして、橘諸兄? 日本史で教わった。確か、奈良時代に権力を掌握した公家のおじさん。吉備真備とか玄昉を徴用して乱を起こされ、甘ちゃんだから藤原仲麻呂に倒されてしまう。ん、辛かったのかな? 仲麻呂を恨んだのかな? 要は、殺されちゃったようなものでしょ? どんな気持ちだったんだろ。恨んだかな、後悔したのかな? 私は諸兄のことを何も知らない。いい人だったんじゃないかなってくらい。いびられて自ら辞任して、そのまますぐ死んじゃうんだから。繊細な人だったんだよ、きっと。なんとなく、好感を持っている。なぜだか、分からないけれど。まぁ、死ぬ前の小手調べに、と電車を降りる。岸和田の町は思っていたより賑やかだった。私は歩く、歩く、あるけども、古墳は見えない。途中、墓地の中を行った。ケータイのナビによるとここを通るのが最短ルートらしい。カビの生えた墓石が沢山ある。それらの中央に綺麗な顔をしたお地蔵さんがあった。私は手を合わせて拝む。お経とかとなえるべき? めんどくさい。そのまま他人の墓の中をずかずか進む。なんだか、肌寒い。もしかして怖い? 生きてる人間の方がよっぽど怖いのに。あはは、私ってまだ生きてるんだな。でも、こんな無個性なお墓に詰め込まれて、私は私であったことさえなかったことにしちゃうのか。

 ぐんぐん、四十分は歩いた。全然つかない。道にいたおじさんに声を掛ける。

「すみません、諸兄のお墓何処ですか?」

「あ、あの古墳?」

パジャマ姿のおじさんはいかにも眠いって顔で私に教えてくれる。

「こっちまっすぐ。突き当り曲がって。」

諸兄ほど有名な人物になっても、お墓に入ってしまえば無個性なのか。

言われた通り、歩む。何か森らしきものが見えてきた。あれじゃない? やっとついた! 私は駆けた。きっと、それは素晴らしく爽快な顔で。

で、これだった。学校のプールよりも小さい、小山。周りに申し訳程度の埴原並べられている。立札がある。『無明塚古墳*ここは奈良時代の権力者のお墓です』え、諸兄の扱いぞんざいだな。私はちょっと悲しくなる。呆然とする。今朝の私の生き生きとした死にたい欲求はどこかへ行ってしまう。気が付いたら、あのもったいぶった口調での語りもいつもの私に戻ってしまっている。諸兄、お前可哀想だな。辛かったよな。よく生き抜いたよ。お前はいいやつだった。いや、会ったこともないけど。

何となく、怖くなった。これが『死』? あれも『死』? 『死』って一体何なの? まあいいか。また辛くなったら、諸兄に会いに来るのもいいかもしれない。諸兄、またな。

帰り道、私は泣いた。わんわん泣いた。もう墓地は通らない。お婆さんに声を掛けられる。

「あんたなんで泣いてる? 学校は行かなきゃだめだよ。親に怒られたのかい? ちゃんと行くんだよ。」

このお婆さんは、私がさっきまで死のうとしていたことも知らないのだ。てんで的外れなことを私に言ってくる。だけど、それが私に『生』を与えてくれるのだ。

「はい」

そう答えて私は泣いた。お婆さん、あんたよくその年まで生きたね。そんなこと言ったらぶんなぐられそうだが、そう思った。私、生きてる。生きてるんだよ。

電車に乗って、学校へ向かう、つもりだったけど、家へ帰る。家のある駅。朝と違った空気が流れている。私は止まっている電車にわざと軽くぶつかった。


私、死ねなかったから、生きてる。

ばらばらに、なりたかった。

死んじゃいたい。

でも、

なんだか、生きてる。

諸兄も頑張ったから、とかそんなんじゃない。

私、生きてたい。

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

カクヨムを、もっと楽しもう

作者

ヨシノ酸素 @hitomiiiii1023

小説書いてます。 twitter@genkokuai @rukanan1023 よろしくお願いします。 落選…もっと見る

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

Androidでは正しく
設定できないことがあります。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料