第62話「悪の帝国聖女Ⅳ」


 リセル・フロスティーナ。


 凍らぬ華がその現地に到着した時。


 世界は一面の銀世界であった。


 だが、それは雪が降っていたから、というだけではない。


「これは……偵察隊から聞いていた通りか」


 ゾムニスが目を細める。


 地表の全てが金属質の光沢に覆われており、緑も大地も見えない。


 初雪後の晴天下。


 先行していた竜騎兵。


 フォーエを筆頭にして全員がもう戻って来ている。


 幸いにも確認された犠牲者は400名以下だった。


 喜べない数字だが、一国が一気に全滅したという事実は無い。


 問題はそこではないのだ。


 今や白銀の王城と化した中心地。


 周囲にある細々とした村々。


 此処から20km四方が汚染されたらしいが、それにしても8割は逃げ果せたとの事。


 周辺国への緊急避難は続いており、各国の軍は避難誘導に掛かり切り。


 広がり始めた大地への侵食に戦々恐々としつつ、騎兵以外の誰もが生まれた土地に背を向けた。


「どうだ? 解るか?」


「ん、ん……んだ。お城だべ。あのお城……あの中にいるだ」


 ヴェーナがまだ青い顔をしながらも震える指先で城を差していた。


「……降下用意出来てるな?」


「危険過ぎる。とは君には言うだけ無駄だったな……」


「生憎とな」


 ゾムニスが頷く。


「後は任せた。全て計画通りに」


 ヴェーナの周囲で再びコイルを回して電波を妨害しつつ、後部に向かう。


 すると、戻って来たばかりのフォーエ、ウィシャス、ノイテ、デュガの四名が竜を専用区画に収めつつ、こちらを待っていた。


 現在、貨物倉庫の内部は巨大な木箱が複数積まれている為、狭い有様になっている。


 それに背を預けた彼らがこちらを見た。


 言いたい事は色々あるのだろう。


 だが、それも呑み込むしかないという惨状。


 各国が手一杯である以上、動けるのは自分とヴェーナだけだ。


 この田舎少女の話に拠れば、この侵食は生物を侵食するよりも自分を増やそうとする行為に近く。


 そうなれば、また恐ろしい事になりそうとの事。


 金属系バルバロスの侵食を受け切れる能力のある者だけが降り立てるだろう台地には王城の屋根に鳥類の彫像が沢山。


 まったく、ゾッとする話である。


「フォーエ。合図時の回収方法は頭に入ってるな?」


「……君と彼女の頭部だけでも絶対に死守しろ。でしょ?」


「よろしい」


「ひぇ?!! お、ぉおぉ、おっかねぇ事言うでねぇ!?」


 ヴェーナが涙目になった。


「ノイテ。デュガ。もしもの時は浸食部位は何処であろうと即時、切り飛ばせ。オレであれ、お前らであれ、死んでなきゃ絶対にまた使えるようにしてやる。だから、躊躇するなよ?」


「ふぃーってホント……解った。りょーかーい」


「ふぅ。自分で自分まで切り飛ばせと言われる職場ですか。祖国だって此処までではありませんよ?」


 メイド2人が肩を竦める。


「ウィシャス。お前が槍の穂先だ。合図をしたら、狙って落とすのはお前の役目だ。いいな?」


「君が死んだら僕は帝国に恨まれるわけだね」


「死なないから英雄扱いされるさ」


「必ず命中させよう」


「そうしろ。アテオラ!!」


「は、はい~~!!」


 背後からアテオラがやってくる。


「地図は頭に入れて置いた。お前の城の知識のおかげで内部の殆どの構造も理解出来た。後はオレが戻るまで船室で待機しててくれ。イメリと紅茶でも入れながらな?」


「は、はい!! 姫殿下!!」


「あのポットに入れてお待ちしています」


 アテオラの背後に立つイメリが頷く。


「エーゼル!!」


「はい!! ただいま!! 後、数秒程お待ちください!!」


 そうして、きっかり9秒後。


 慌てた様子でエーゼルが最後の最後の最後まで調整していた例の拳銃。


 フルスクラッチのバルバロス素材製なリボルバーを両手で重そうにしながら手渡ししてくれる。


 その皮の手袋は傷だらけだ。


「お前のおかげで倒す算段は付いた。感謝する」


「い、いえ!? そもそも姫殿下の設計と備えられた工具、研究器具、素材が無ければ、とても……」


「だが、これで武器は出来た。弾も限界まで作らせたんだ。労うさ」


「姫殿下……」


 怪物拳銃。


 正式には今度マグナスと名付けようと思っていたソレを腰のガンホルダーに仕舞い込む。


「フェグ!!」


「いくー!!」


「おるすばんだ」


「ぶーぶー!?」


 何処からともなく現れて後ろから抱き締めて来る少女を振り返り撫でて置く。


「もしもの時はお前がこいつらを護れ。誰一人として死なせるな。いいな? 約束だ」


「……ぅ~~やくそく。はやく帰ってくる?」


「晩飯くらいにはな」


 背の高い同居人の頭をポンポンすると。


 いつもは子供っぽいのに最後はコクリと静かに頷いてくれた。


「姫殿下!! そろそろ王城直上です!!」


「全員、ハンガーに腰のベルトを装着しろ。オレ達が飛んだら木箱の第一群を投下。その後はすぐに扉を閉めて上昇。王城を見下ろせる位置で待機だ」


 全員が倉庫壁にある金属製の手摺にベルトに付いている鉤状のワイヤーを掛けて固定化していく。


「ハッチ解放します!!」


 エーゼルがスイッチを押した途端、急激に開き吹き込み始めた風。


 それに向かうよう走って飛ぶ。


「ひぃいいいいいいやぁああああああああ―――」


 腰のベルトで繋がっているヴェーナが飛ぶ直前までは何とか堪えていた悲鳴を上げた。


 涙目な少女の腰を片手で抱いて。


 もう片方の既に変化している腕で拳銃を握り締め、身を縮めるようにして加速。


 それと同時に後方から複数の木製の木箱が降って来る。


 それを背景にしながら、直下の王城に目を細める。


『―――来た!!』


 声は風圧に消える。


 地表から吹き伸びた槍衾染みた無数の針金染みた金属棒はまるで華の如く蠢き。


 しかし、それらと接触する三秒前。


 上空120m地点。


 外套に包まりながら、真下に向けて第一射。


 巨大な爆音、爆光、爆圧。


 火薬ではなく爆薬。


 燃焼ではなく爆轟。


 そもそもの扱いが違う物理事象を用いた重火器というよりは爆弾に近いソレ。


 本来ならば、あらゆる鉱物を弾け散らせるだろう威力。


 しかし、この世界における超重元素の存在はその兵器の形を留めさせる。


 獣の砲口染みて下方へと駆け抜ける火線。


 その射線上の全てが銃弾の伴う爆圧によって上から円筒形にへしゃげながら刳り貫かれ、その内部に突入していく。


 だが、すぐにそのトンネルが周囲から伸び始めた針金で埋まろうとしていた。


 もう一射。


 更に開けたトンネルの真下。


 屋根は全て中央に向けて崩落した。


 大地までの距離残り43m。


 それを首筋から伸ばした触手状に作った瞳で確認し、すぐ切断。


 王城内部に突入。


 地表まで残り12m。


 最後の一射と同時に背後から触手を展開。


 粘体のソレを周囲に放散させて伸ばして壁に接着。


 粘度と弾性を増しながら最終減速。


 キリキリと音がするような気分で外套に包まったまま。


 まるで蜘蛛の巣に真上から落ちて来て掛かったような有様で何とか止まった。


「ッ」


 しかし、それで終わりなわけもない。


 すぐに全方位に粘体で壁を形成する。


 全方位から針金……と言っても、鉄パイプくらいはありそうな金属棒が切っ先も鋭く同化浸食しようと突き進んで来るが、これを背後に着込んでいたバックパック。


 精錬済みの超重元素を用いて造った金属工具。


 マグナスの整備用と新たな簡易工作用であるインゴットから削り出したヤスリで受ける。


 粘体内部で金属を動かす事は可能。


 ならば、超重金属製のヤスリはあらゆる物体を削り尽くす回転工具と化す。


 ドーム状のグアグリス内部で次々にヤスリがフル回転しながら迫り来る棒を弾き、いなし、削り、砕き、破壊していく。


「教えてくれ。ヴェーナ!!」


「あ、あっち!! 通路の先にあるおっきな広いとこにいるだ!!」


 足元にはベルトコンベアー染みてヤスリが車輪のように転がる。


 地表から出て来る金属は次々に火花も散らせずに削られてゴリゴリ鳴っていた。


 ローラーダッシュを決めながら即座に移動。


 グアグリスにおんぶにだっこな状況であるが、仕方ない。


 破壊されたらしい扉の先。


 広いスペースというのが王城の中枢であろう謁見の場。


 玉座周辺である事は解った。


 内部に入り込むと。


 数名の人型だった何かが白銀に固められている事が解る。


 だが、問題はその先。


 王座の僅か上の中空に繭のようなものがある事か。


 それを凝視するまでもなく中枢なのは分かった。


「どうだ? 状態は?」


「こ、これ……動物、だか?」


「動物?」


「あ、い、今、こっちに敵意を、く、くるだ!?」


 繭が割れた途端。


 内部から明らかに1mくらいの内部から出て来るにしてはおかしな体積が半分程食み出して4m程の上半身がこちらにアンブッシュをかましてくる。


 その上から猛烈な“お手”までしてくれる。


「犬?」


 ヴェーナと同じ色合いの肌をした犬らしきものが獰猛な牙を剥き出しにして、白目で襲い掛かって来る。


 手を回避した瞬間には相手の手そのものにヤスリが襲い掛かる。


 直径1cm40本。


 その自分達を護るヤスリ以外が全て腕に殺到し―――。


「ダメか!?」


 肌を一部削るも時間が全く足りずに振り払われる。


(それにしても犬? しかも、野良犬か?)


 繭から下半身はまだ出て来る様子が無い。


 しかし、王城内部で白銀に侵された全ての物体が雪崩込むかのように犬に引き寄せられて、波濤となって繭のまだ割れていない部分へと吸収。


 肥大化していく。


「ッ、ダメだな」


 腰から王城の未だ壊れた屋根の上へと片手に装着していた例のクロスボウで黒一色を合図する。


 矢の先端に取り付けられた筒から噴き出す黒煙とほぼ同時。


 上空からきっと目的のものが投げ入れられただろう。


 それが着弾するまで王城で粘る必要がある。


 とはいえ、無数の針金を削り散らしながら化け物と戦ったのでは身が持たない。


 身も蓋も無く面倒。


「王城の回廊方面に向かう!!」


「お、おうだ!!」


 アルジーナに直行後。


 避難中ながらも必要な物資を素早く現地の人々との協力で積み込み終えた時。


 入って来た情報はかなり衝撃的だった。


 何せ金属らしきものに侵食された意識の無い人型や獣がウロウロして襲い掛かって来たと言う話が周辺国で散発的に報告され、その地域からの避難と同時に化け物への遅滞作戦が既に現地軍で展開されていたからだ。


 機動力の無い兵隊の殆どは正しく押し寄せる化け物から人々を護る為の盾となり、騎兵隊の多くが化け物達の誘導で出払っていた。


「小っちゃいのが沢山いるだよ?! 庭の方!!」


「ネズミか!?」


 咄嗟に真下のヤスリ毎、グアグリスで跳ね上がる。


 すると、2m程下を音速染みて小動物が駆け抜け、壁を齧りながら通り過ぎて行った。


 ようやく壁伝いに回廊まで出ると庭には蚯蚓だのモグラだの。


 それっぽい地中の生物達が蠢いており、卵に引き寄せられていく最中らしく行軍していた。


「あの卵にまだ何か入ってるのか!?」


「わ、解らんだ。で、でも、今まで一つにしたもんを集めてるみたいだ」


「それに意味があるのか?」


 背後から猛烈な速度で犬の腕が迫って来て、こちらのヤスリの群れに削られながら、腕を受け流されて地表を爆砕する。


「土神さんは集まると力がつぇくなるだ。そうしてるんじゃないだべか」


「解った。取り敢えず、集まって来るなら大歓迎だ」


 第二次の木箱の群れが王城に激突するまで数十秒。


 最初の木箱は王城内部にも落ちて今現在、王城内部を粉塵のように舞っている。


 こちらに気を取られている今ならば、相手は気にしない事だろう。


「反撃だ」


 庭の広い場所に出て背後から迫って来る上半身から下が餅のように伸びた獣を見やる。


 待ち構えると見るや否や。


 その牙が獰猛に剥き出しにされて、こちらを噛砕こうと鋼の大口を開けて迫る。


「悪手だろ。ソレ」


 外套で遮断しつつ、マグナスを放つ。


 グアグリスの体内なら何処にでも視線を造れるようになった為、相手の観測も問題無い。


 化け物が頭部を失くして中央から抉れ、半分程が裂けるようにして地面に落ちていた。


 だが、相手が止まらない。


 残った片腕の横薙ぎを数本のヤスリを回転させながら、グアグリスの表面に浮かべて受け流す。


 それから数秒も立たずに木箱が炸裂する事を確認し、グアグリスの細胞を全て跳ぶ事に集約して20m近く飛び上がる。


 スライムが真下にピストンでも持っているような形状になったが、それと同時に木箱が複数王城に着弾し、内部の液体がぶちまけられた。


 最初に王城に落としたのは濃硝酸。


 現代ならば五酸化二窒素と呼ばれる代物だ。


 常温常圧下では個体でソレを砕いて粉末にしたものを詰めていた。


 それに対して今落としたのはアルジーナの製造拠点で製造を進めていた濃硫酸である。


 粉末は吸湿性であり、水に溶けると濃硝酸になる。


 王城中に広がったソレが一気に濃硫酸の雨を被ったらどうなるか?


 今までグアグリスの被膜で二層三層と護っていたが、その外層を外して脱皮する。


「ひ?!」


 ズガンッッッ。


 という、地域が鳴動したのではないかという程の音を立てて、王城を中心にして猛烈な音速を超える速度で大量の針金が乱雑に互いを破壊するのも構わず飛び出し。


 複雑に無軌道を描いて伸び続け、最後には爆発するかのように自らの自重に耐え切れなくなって崩れていく。


 特に王城周辺は凄まじく。


 槍衾すらも溶け始めていた。


「な、何なんだ!? あれぇ!? い、一瞬、ブワッとしただよ!?」


「濃硝酸の粉末と濃硫酸の雨だ。王水ってヤツだな」


「おーすい?」


「粉末と特別な水を混ぜると金属を全部溶かすヤバイ液体になる」


「ひ、ひぇぇぇ……と、溶けるのいやだぁ……」


 思わずガクブルしたヴェーナがプルプルする。


 だが、それだけに終わらない。


 着地したとほぼ同時。


 一時的に止まっていた侵食された物体の例の卵への更新が更に加速したらしく。


 もはや形を失った水銀が地表からまるで重力で零れたかの如く。


 一点に向かって空すら掛けて収束していく。


 その様子は正しく銀の大移動と言ったところか。


 あまりの勢いにヤスリを周辺でドーム状にして防御を固める。


 着地地点周囲から濁流の如き銀が地表から消え去っていくのを見る事1分弱。


「どうやら利いてはいるようだが……」


 王城より少し離れた一角にある路地からでも見える。


 大量の銀が流動し、微妙に溶けながら溶けた場所を更に巻き込むようにして天高く練り上げられ、捻じれ歪んでいく。


 だが、常識的に見ても、あの量の王水を取り込んで無事な金属は存在しない。


 全てが引き込まれた銀色の流動するソレと結合して効果を薄めるならば、そういう事もあるかもしれないが、生憎と中枢である王城全域が汚染済み。


 多少はダメージがあると期待したいところである。


「あ、こ、コレって……重要な部分以外を捨ててるだよ。あいつ」


「捨ててるか。その選択肢は大歓迎だ。体積が小さく無ければ、勝機がある」


 次々に流動していた金属が冷え固まった様子で固化して罅割れ、ガラガラと呆気なく塔が崩れていく。


 しかし、王城の中枢からすぐに一際強い電磁波が放射された。


「ひぇ!? さ、さっきのを何十も重ねたみてぇだぁ?!」


「それでいい。物量作戦じゃ、どの道負ける。コア部分を崩壊させて焼き潰せば、まぁ……乗っ取りくらいは可能だろう。たぶん」


「の、のっとり?」


「手伝って貰うぞ。ヴェーナ」


「う、外に出たのを後悔した方がよい気がするだぁ……」


 会話している合間にも莫大な銀が音速よりは速そうな速度で完全に王城へ収束。


 まるで卵の殻を破るかのように倒壊していく塔の根本から猛烈な速度の何かが飛び出して来た。


 咄嗟に20m程後方に跳躍した途端。


 今まで自分達がいた場所がクレーター染みて抉れた。


 理由は単純明快。


 あまりの質量に地面が砲弾を受けたように圧力で潰れたのだ。


 出て来たのは少なくとも野良犬では無かった。


「く、首が4つもあるだ!?」


「オルトロス的な何かか」


 鬣こそ無いが、15m程のドーベルマン染みた体躯の造形をした頭と首を4つ持つ獣。


 禍々しく歪んだ頭部は赤黒く光る瞳が歪みながら水でも流したように細まる。


 躊躇など無い一撃。


「ひぇ?!」


 乗ってホッピングする玩具を思わせる動きでグアグリスが跳ねる。


 だが、跳ねた傍から虚空で近接、接敵した相手の腕が横薙ぎにされる。


 ついでに2頭分の頭による追撃。


 噛み噛み攻撃がグアグリスを半分まで引き裂いた。


 グアグリスが瞬間的に出せる動力は左程大きくない。


 とにかく出力が違う。


 ついでに今回は侵食不能生物のせいで圧倒的に不利だ。


 言わば、生物兵器VS機動兵器みたいなものであり、生憎と重量からして殆ど水であるグアグリスは相性が悪いのだ。


 辛うじて背筋を逸らせてバクリされるのは免れたが、横合いからの腕の横薙ぎをヤスリで受けても受け流し切れず吹っ飛ばされる。


 吹っ飛ばされた方角に向いている方から触手をあちこちに伸ばして引き込みながら移動しつつ、着地を迅速に行う。


 上から強襲を駆けて来る相手から逃れるように地表を無限軌道染みて削るヤスリの上で転がされながら移動して、ヤスリを一本目の前に持って来る。


「削れてるのはこっちか。強度が上がってる……だが、あの中にコアがあるなら」


 溝が薄くなっているヤスリを元に戻しつつ、銃の使い時を考える。


 普通に撃っても次は当たらないだろう。


 そもそも相手の大きさよりも俊敏性が問題だ。


 正しくSF張りの金属細胞っぽいのが相手だ。


 次々に小型に分裂されないだけマシとはいえ、それでも基本的にこちらの武装が貧弱。


「超近接とか。オレは勇者でも剣士でもなく普通の文系だって言うのに……」


「く、来るだよぉ!?」


 ヴェーナが相手の動きよりも先に教えてくれた。


 それは電磁波でも見えているが、有難い話である。


 相手の動きに合わせて電磁波が乱高下する様子は見れているので機動予測はしばらく可能だろう。


 こちらを捕捉してお手玉よろしく薙ぎ払ってくる相手の背後。


 ほぼ垂直に落ちて来る影。


「「「――――」」」


 フォーエ、ウィシャス、ノイテがひと塊で墜ちて来て、即座電磁波でレーダー染みて相手に気付いたのだろう敵が背後の背中を槍衾状にして反撃するより先に猛烈な電磁波が周囲に放射された。


 イクリアだ。


 上空で特大の一発を放射した竜にはデュガが載っている。


 これで一瞬、態勢を崩した獣に投擲される瓶の雨。


 王水が次々にビシャビシャと中央に降り注ぎ。


 猛烈に不愉快な金属を金属で超高速で引っ掻いたような高周波が響き。


 地面にドドンッと倒れ込んだ獣が煙を上げながら、ブルブルと身体を高出力で振動させて液体を取り払おうとし―――こちらの拳銃を眉間に連続三連射受けて押し黙る。


 猛烈な激音後。


「悪いが、黙って死んでおいてくれ」


 額から直線状にある肉体の半分以上が抉れた獣はその抉れた場所に続けて容赦なく叩き込まれる王水で全身を溶かされていく。


 数十分もすれば、ドロドロだろうが、生憎とそこまで待てるかも分からない。


 すぐにヴェーナを連れて少し離れた場所からコアの場所を確認。


 王水で溶け掛かった内部を慎重にヤスリで削りながら、ヤスリそのものを数本ダメにしつつ、ソレを取り出す事が出来た。


 王水をグアグリスで拭き取って一部を脱皮の要領で投棄しながらコアらしいソレを繁々と見やる。


「これが……指輪か?」


 拳大の透明な金属光沢のある物体の内部。


 そこには指輪が埋まっていた。


「やっぱ、ちっちぇだよ。ん」


「今の状況を治められるか?」


「わ、分からんだが、や、やってみるだべ」


 ヴェーナがそっとグアグリスの触手の台座の上にあるソレに手を触れようとするとすぐに半透明な金属が歪んで指を受け入れるように凹み。


 指輪をそっと掴んだ途端。


 バシャバシャバシャッと今まで融解に抵抗していた獣の肉体が次々に液状になって飛散。


 ついでに王城の周囲に散らばっていた塔の残骸や金属片も同じように液状となった。


「あ……」


「どうした?」


「あの犬さんはたぶん野犬だっただな。人間に殺されそうになって、転がり落ちたコレに触れて……そうしたら、よく分からん内にああも大きく為ったんだ。ん……」


 どうやら野犬の記憶的なものを読み込んだらしいヴェーナが今はもう液体になった犬の残骸を哀しそうな目で見ていた。


「そりゃ、悪い事をした。死んだ連中と同じように墓を立てとこう」


「そうしてあげて欲しいだよ」


「それにしても、こんな小さな指輪一つで死傷者出過ぎだろう……はぁぁ……北部での管理手順の厳格化とウチの管理態勢も見直さないと。ああ、周辺各国への被害の補填と難民問題諸々のヤツも今日中に……」


「何か大変だべ。フィティシラも」


「そういうもんだ。人の上に立つとかするとな」


『フィティシラ!!』


 フォーエ達が近くの建物の屋根へと降り立って来る。


「後始末をすぐに開始するぞ。各国の被害報告を受けつつ、中枢は撃破した旨を伝えて来てくれ。第一報後、帰って来たら、オレが書いた各通達を周辺国へ。6時間で書き上げる。それまでに周辺国へ難民の受け入れ準備と例の復興委員会制度による周辺国内の役割分担を要請」


「う、うん。だ、大丈夫?」


 フォーエがこちらに訊ねて来る。


「傷一つ無い。ちょっと、疲れただけだ」


 肩を竦める。


 すぐフォーエとウィシャスと共に上空のリセル・フロスティーナへと合流。


 また西部に行くのが伸びたと思いつつも、そもそも何でも前倒しにしてやっている為、後始末が終わった頃にはようやく少し早いお付きくらいの感覚で西部に到着する事になる。


(……そのはずなんだがな)


 溶けた金属生物がプールになっている跡地の上空。


「!?」


「逃げろ。コードBB2。こいつを忘れるな!! 行けッッ!!」


 ヴェーナを思いっ切り傍のフォーエに投擲。


「「ッ、了解!!」」


 途端、2人がちゃんと訓練していた通りに逃げ出してくれる。


 ホッとしたというのが本当のところだろう。


 まぁ、物凄い顔をされたのだが、それは歳のせいという事にしておこう。


 どちらも十代である。


 これから仕える人間が死ぬかもしれんから、逃げて体制立て直せ。


 というのはキツイだろう。


 だが、それにしても一地方くらいなら消し飛ばされそうな何かが虚空に見えている。


 液体の上に黒い黒い種にも思える1m程の大きさの光沢のある何かが浮かんでいた。


 いつの間にか、だ。


 だが、問題はそこではない。


 その内部からの気配に全身が叫んでいる。


 本能が言うのは一つだけ。


 逃避。


 今すぐ逃げろ、だ。


「……まったく」


 腰から直接短剣を引き抜く。


 使う事が無ければ、それで良かった品だ。


 今までに倒して来たバルバロス。


 複数の死体を薬品で溶かしつつ、超重元素を複数の方法で分離。


 現行で恐らく帝国最高硬度の刃。


 握りはぶ厚く。


 ナックルガード付きだ。


 まるで現実のダマスカス鋼みたいな波紋が出ていたが、それよりも虹色にも見える光沢が芸術品を思わせる。


 全高45cmで幅は3cm。


 見ようによっては鈍器だが、とにかく威力をという事でぶ厚い剣身はちょっとやそっとでは壊れない。


 今まで使っていたヤスリが実はこれ一本を削る為に作られ、その上で何十本と使い潰された後の僅かな完品であると知れば、大抵の人間はドン引きかもしれない。


 片手に拳銃、片手にナイフ。


 生憎とガンカタは出来ないが、出来る限りの攻撃手段はこれで目一杯だ。


 最後の最後に使えそうなのが生身の変異した腕というのが嫌な話である。


―――。


 ガバッと黒く巨大な種がまるでケーキのように六当分に切れ目を入れて、内部からゴボゴボと音を立てて液体らしきものを垂らしていく。


 それは明らかに体に悪そうな暗い色合いの癖に微妙に輝く斑模様。


 今にもエイリアンでも出て来そうである。


 次の刹那。


 刃を顔の前に突き出してガードしつつ、何かが出て来るのを待つ事無くマグナスを3連射。


 と、同時に砲身が砕けた。


「ダメか」


 自分一人ならば、取り敢えず爆風や爆圧くらいでは弾け散らないと思っていたが、肉体の感覚はまったく正しかった。


 一々、人間を止めつつあると自分で確認しなくても良いように外套を使っていたが、確認出来てしまったので今後は傍に人がいる時だけにしよう。


 グギョン。


 そんな音を立てて、種がそのまま内部から展開して地表に網目状に台座のような部分を尽き刺して固定化したと思ったら、無傷の外皮を粉々に砕けさせた。


 いきなり現れたと思ったら明らかにヤバそうなものが降臨しそうという状況。


 少なくとも今の人間止めつつある自分の本能がヤバイと思う何かだ。


 このまま北部が壊滅しても困る。


 展開し切る前に叩き切れるかと突撃。


 余計な事は一切抜きで出て来る前に出て来る本体を狙う。


 地面を一度蹴ったのみで相手に接敵。


 即時突きを割れた種内部に捻じ込み。


 一定空間から先に刺さらなくなった。


 それもダメならばと即座に片腕を突き出す。


 此処で初めて種側からのリアクション。


 攻撃は周囲に零れた液体と展開された種の表面から多重の棘。


 それは超重元素のヤスリで削り、肉体の重要部分への直撃を避ける。


 腕の切っ先が突き刺さる。


 途端だった。


「な?!」


 急激な締め付け。


 衣服内に付けていた例の不破の紐が腕をロックしたかに思えた。


 しかし、問題は紐の先端の金具が種に差し込まれたところだ。


―――申請を承認。


「何?!」


―――アドミニストレータ登録開始。


「一体、何してる?!」


 腕を引っこ抜こうとするが、紐が腕を締め付けたまま抜けない。


 腕をスッパリ切り落とすかともう片方の手で落ちた刃を拾い上げるより先にポーンと音がした。


―――廃棄されたマスターサーバーを確認。


「?!」


―――リ・ストラクチャ・コードをフル・リブート。


 どうやら有機物っぽいどころか人工物。


 ついでに日本語である。


 少なくとも何かのおかしな超技術でも使って情報が理解出来るようになっているのでない限りは日本語を知る人物が創った被造物のようだ。


―――実行中のオート・リセット・コードを一時強制終了。


 顔が引き攣る。


 明らかにヤバイ行為が為されていたに違いなかった。


―――シニストラ、デクストラをリデザイン。


「一体……何を実行してる?」


―――登録者の使用言語をマスター言語JPと確認。


「………」


―――原子核魔法数444超重元素【トラペゾヘドロン】生成完了。


 紐の先がゆっくりと引き抜かれていく。


 その菱形に嵌るように黒い漆黒の輪が一つ。


 輪の左右からヌッと黒いものが現れた。


 片方は銃。


 片方はナイフ。


 だが、どちらも輪に接触していないのに浮いたままに連動している。


―――オート・リセット・コードを他端末に移譲。


「ッ、そのコードを凍結しろ!!?」


―――登録者による要請により端末数7で停止……端末のスタンド・アローン機能が解放されました。再コード入力不可……他端末に操作を施す際には直接接触でリトライして下さい。主要機能の分解が開始されました。出入力終了―――。


 言うは早いもので黒い種が内部まで完全に罅割れたかと思うとボシュンと一気に蒸発するかのように消え去り、残された台座や液体もすぐに揮発して消えていく。


 そうして数秒後にはその場に何があったのかすらも分からない程に静まり返った街だけが存在した。


 通りには少し色合いを変質させた金属プールがそのまま残っていて……。


「……これは確定か? SFなのか? 超技術、滅ぼした奴ら、日本語、ヤバそうなのを造ったのは誰だ? そもそも、この世界は本当に―――」


 呆然としながら紐を見やる。


 紐は肘から上から伸びていたはずだが今は元の長さに戻り腕に巻き付けられた状態になっていた。


 だが、腕には黒い腕輪が嵌っている。


 そして、腕輪に吸収されるように消えた拳銃と刃は何となく、取り出せそうにも思う。


「ブラジマハターに関わる不破の紐、か」


 周囲を見渡すと凡そ7km程先の上空に未だ船が見えた。


「はぁぁぁ……訓練、やり直しだな。帰ったら」


 苦笑しつつ、白、青、青の信号を上げる。


 周囲を見回すと黒猫がスイスイと虚空を漂いながら、ゴロゴロした様子でこっちを見ていた。


 どうやら空くらいは飛べるらしい。


「その内、日本語喋らせてやる。いや、割とマジで」


「マ、マゥヲ~~~!!」


 し、心外である!!


 的な及び腰の黒猫はシュタッと屋根の上に降りるとシタタタっと何処かに消えていく。


 そんな北部同盟での一件後、全ての処理が一端終わったのは2週間後の事であった。

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