第33話「霧晴れて」



「ん?」


 意識が浮上して目を開けるとようやく耳が機能し始めたらしく。


 一気に周囲の雑多な音が響き始めていた。


『とにかく、いいから掻っ捌くんだよぉおおおお!!!』


『そこらの野犬や馬食ってた時と変わらんだろぉ!!』


『お頭ぁあああ!? 剣でようやく皮裂けやしたぁああ!!!』


『刃物は全部持ってこぉい!!?』


『一文字に開いて筋肉は鉈と斧だぁあああ!!』


 僅かに視界が開ける。


『オラァアアアアアアアアアアアアア!!!』


『とにかく武器は全部持って来い!!』


『後、水だぁああああ!! そこの川からありったけ汲んで来い!!』


 ドパッと視界が開ける。


 肉色の上下から切り開かれた内部までの亀裂。


「み、見付けたぁあああああああああ!!?」


「お頭ぁあああ!? 見つけましたよぉお!?」


「引っ張り出せぇええええええええ!!!」


「それと水だぁあああああああああ!!!」


 喉に突き込んでいた腕はいつの間にか元に戻っており、その手が内部に延ばされた手でガシリと掴まれてズリュッと引き寄せられて、猛烈な力で肩が抜けるより先にこちらを肉の壁の中から引き出した。


「フィティシラ姫さぁあああああん!? 大丈夫かぁあああ!?」


「このデカ犬が掻き毟ってるところにいるとはさすがでさぁ!?」


 次々にこちらへと水が掛けられる。


 それはもう盛大にバシャバシャと。


 すぐ横の川から十人もの男達がバケツリレーで大量の水をこちらに運んでいた。


「ぐぅううぅ!? この臭いは!? 引き抜いた連中もすぐに川の水で腕と全身を洗えぇええええ!!! そのままだと焼けちまうぞぉおおおおお!!?」


 次々に押し寄せて来る男達の白い煙を上げる手がこちらの外套を脱がせ。


 頭から水をぶっ掛けて、身体にぶっ掛けて、恐らくは胃酸と臭気塗れの全身を洗っていく。


「フィティシラ!!?」


 フォーエの声がして、そちらを見やると。


 泣きべそを掻きながら、こちらに走って来るところだった。


 どうやら、無事だったらしい。


「後は頼む。それと……おじさま達、本当にありがとうございました」


 自分を救ったのはザルクとその隊の面々だ。


 どうやらヴァドカの河川のすぐ傍。


 後方付近にいたらしい。


 周囲には兵隊達が次々に駆け付けて来て、ヴァドカの避難者達が遠方に遠ざかっていくのが見える。


(後で論功行賞どうしようか。いや、ホントに……)


 五体満足かどうかは知らないが、身体の殆どは無事だろう。


 皮や外見に関してはまだ何とも言えないが、ケロイド状に溶けていない事を祈っておく事にしよう。


 そうして、再び意識は闇に沈み込んでいくのだった、


 *


―――3日後。


「本当に大丈夫なのか?」


「ええ、衣服と靴の間にある脚に酸による火傷の細い輪が二つ。腕にも手袋と衣服の間に二つ。髪の毛の下から3分の2が焼け切れて、利き手に少し不思議な字が出来ただけですから」


「……それは無事、なのか? いや、無事だとそちらが言うのならば、何を我々が言えた事でもないのだが……」


 さすがのライナズも唖然としていた。


 あれから三日が経っている。


 現在、軍の殆どが巨大な怪物の解体作業に乗り出しており、皮と筋肉は剥がされたようだったが、特に胃と腸に関しては酸が強く工程が難航。


 こちらの提供した強アルカリ液で中身を中和しつつ、今回の戦場となった平原まで運んで埋める事になっていた。


 猛烈な臭気の為に川の傍であった事は幸いとされ、下流域ではしばらく飲み水にはしないようにとのお触れも出され、手こずりながらも処理は続いている。


「軍はあの化け物の処理の後は解散し、各国に戻るよう言っておいて下さい。各国の王達には今後の課題の解消を行って頂きます」


 王城の一室。


 まだ寝台の上にいる自分を前にしてライナズは呆れたように書き物用の寝台の横合いから移動出来るよう設計された机の上の書類を見ていた。


「それでそちらはこれからどうする?」


「北部諸国内で一月を目途にして利益調整の為に各国の産業振興と生活用途の大規模建築の素案を出して、ユラウシャで指示出しをした後、周辺国で少し買い物をしてから一端帝国に戻ります」


「大変そうだな……」


「既に論功行賞用の資料は作製し終わりました。今回の軍の被害と費用に関しては現在時点では各国の持ち出しとなりますが、補填策はあります」


「なら構わんが、休む気は無さそうだな」


「2か月後までには新規開拓事業用の資金の捻出で各国に資金が拠出される手筈です。軍の再建費用も込みで」


「……寝ている暇は無い、と?」


 本当にライナズが呆れた顔になる。


「時間との勝負ですよ。鉄は熱い内に打てとも申します」


「小竜姫、か」


「それは?」


「今、巷で流行りの吟遊詩人共の唄だ。まぁ、いい。それで今回の被害に関して後で各国にどう賠償するつもりだ?」


「その件に関してはあのバルバロスの遺骸の売買でどうでしょうか?」


「売買?」


「我が帝国にはバルバロスの研究機関が出来ます。というか、御爺様に言って大規模な研究施設の開発だけはさせてたので、研究資材の第一号買い入れ案件として1憶で買い入れます」


「そうポンポンと国家予算規模の金額を捻出されても困惑するしかないのだが……」


「各国の被害に比例して売買費用は分配。死んだ兵の家族や傷病を受けた兵への給付金にして下さい」


「……それは安いのか? それとも高いのか?」


「割高ですよ。まだ……これから開発と研究が進めば、その資料的な価値や研究開発用の価値は各国が気付けば、かなり上がるでしょう。それを見越しての価格だと思って下されば、幸いです」


 ライナズはもう降参とばかりに肩を竦める。


「分配までこちらでやっておく。それと何日後に此処を出立するのかは知らんが、それまでは大人しくしておけ」


「?」


「これで今日明日にでも人前に出れば、そちらの方が化け物と言われるだろうとも。確約しよう」


「はぁぁ……分かりました。それとお抱えであるザルク隊に関してですが、個人的な頼み事をする人材が欲しいと思っていたのでお借り出来ませんか?」


「あの隊か。いいのか? 連中は山賊上がりだぞ」


「知っています。ですが、今回の事でやはり北部諸国にも幾つか手駒が無いと動き難い事が分かりました」


「いいだろう。今回は民に被害も出なかったしな。それくらいは報いよう」


「結局、今回は準備も不足しましたし、ゼンド……あのフォーエの騎乗している竜を筆頭に空飛ぶバルバロスの家畜化も急務になりました」


「活躍は見ていたとも。軍でもあの竜騎士の評価は高い」


「……ヴァドカには竜騎士のノウハウもあるようですし、北部諸国中から識者を集めて、竜騎士だけで造る師団の確保をして貰いたいところですね」


「どれだけ時間が掛かるやら……その無茶苦茶な要求はやらねばならぬ事なのか?」


 ライナズが面倒臭い事をという瞳になる。


「ええ、皇国との戦争が始まる前までにある程度の数は揃えて頂きたい。それと北部諸国へ迅速に情報を伝達する空の郵便業も始めます。一部人材の運ぶ運送業も兼ねて」


「それをこちらに言うという事はやれという事だと考えても?」


「やらないで後悔するより、やって後悔して下さい。確実に必要にはなるのは歴史の必然ですから」


「必然、か……まるで未来を見て来たように言う」


「空と情報発信、軍事はヴァドカが中心となって進め、海運と最北部物流はユラウシャが中心となって進める。アルジーナは北部諸国の土木建設業の中心になって、設備投資と設備開発、設備研究の中心となり、イツァルネアは南端物流の中心として全ての国と地域に鉄道と主要道路を敷設する」


「それがお前が思い描く北部諸国同盟か」


「王による投票方式の会議を最高会議として置きますが、議長は四か国の数年の持ち回り制で行い。15年程経ったら、四か国以外の他国からも。帝国側からは私が一票を入れる権限を有するというので進めたいと思っているのですが、どうです?」


「……それも急速に法や議会を整備しろと?」


「して貰わねば困るのです」


「困らせたら、帝国の悪虐大公閣下の雷が落ちる、と」


「気を付けて頂ければ、幸いです」


 もはや何もかもが煩わしい程に仕事仕事だとライナズは軍人をやっていたかったという顔で王の責務としての折衝にボリボリと頭を掻いた。


 今にも息抜きでこれから軍で戦争でもし始めそうなくらいにはげんなりしている。


「解った……どちらにしても、もう乗った船だ。こちらで準備を進めて置く。だから、そちらはしばらく寝ていろ」


「それ程に顔色が悪いですか?」


「そういう問題ではないだろう。それと各国の王からの礼状と訴状とお見舞いの品は部屋の中には入り切らんから横の応接室に置いておく」


「解りました。では、しばらく休む事にしましょう」


「それを休むとは言わないのだがな……はぁ……」


 やれやれと被りを振って、こちらが書き物をし始めたのを見たライナズが部屋から去って行った。


「さて、これで地固めは終了だが、こっちはどうしたもんかな……」


 書き物を止めて、利き手を見やる。


 指先の爪が銀色に染まっていた。


 ついでにまるで紋章のようなものが利き手の肘まで手の甲から同じ銀色で浮かび上がっている。


 幾何学模様的なのだが、回路というよりはガントレット染みた化け物の手に変化後の文様によく似ている。


 ちょっとだけ、その部分を従来のナイフで削れないか試した。


 のだが、どうやら金属らしく。


 肌の上で曲がるのに傷一つ付かなかった。


「あの時、化け物に割られた頬と腕がこうして武器になる?」


 自分があの時、普通の人間よりも動けて口の中に飛び込んで見せた事は実際奇跡的な事に違いなかった。


 だが、それにしても上手く行き過ぎている気がする。


 自分の体が普通ではなくなっているのは解っていたが、筋力とかよりも先に反射や身軽さのようなものが強化されている気がした。


 恐らくは化け物の力か。


 あるいはヴァドカ王から貰ったバルバロスの力が影響しているのだろう。


「新種のウィルス? あるいは……いや、どうせ一度死んでるんだ。従来の科学の範疇な物理的影響じゃないか……」


 無論、この肉体がそういう特性を秘めていたという事かもしれないが、それにしても真面目に運動して最低限度の筋力としなやかさを維持するのが机仕事が多い自分には関の山だったりする。


「魂。もしくは記憶やそれを保管する何らかの媒質を用いて保存される情報がこの躰に影響を及ぼす……まったくファンタジーだな」


 何にしても命を救われた事には違いない。


 だが、これからもこの腕については調べ続けねばならないのは間違いないだろう。


「入ります」


「ああ」


 ノイテとデュガがアテオラと共にやって来たようだ。


 アテオラは初日にこの部屋に運び込まれた時は気を遠くしていたが、現在は落ち着いていて自分に出来る事で貢献しようと言われた通りの地図を毎日書いて持って来てくれていた。


「フィティシラ様。今日の分です」


「もう出来たのか? ありがとう」


「言われた通り、各国にゼンドみたいな竜で行く準備済ませて来たぞ」


 デュガが胸を張る。


「武器その他、最低限の荷物以外はユラウシャに送って保管して貰う。馬車はお役御免でヴァドカに置いておく。大型の兵器と爆薬と薬品は戦争に使うからユラウシャに。帰還予定日に逗留用の帝国内の宿の確保も忘れるな。これから一ヵ月で全部の国を回るんだ。お前が行かずとも日程は覚えておけよ?」


「うぇえぇえぇ……ノイテぇ。ふぃーがイジメるぅぅ……」


 ゲッソリした顔になったデュガである。


「仕方ありません。病人の手前怒って出ていくのもアレですから」


「ま、まだ予定の数が書けてないので書いてきますね!!」


 アテオラがグイグイと会話に入り込んで来る。


 何やら先日の戦いを遠目から見て、自分も強くならねばと思ったのだとか。


「ああ、頼む。この旅の最後にお前の家にも寄らせて貰うから。そこまで頼むぞ? アテオラ」


「は、はい!!」


 アテオラが意気軒高に頷いて頭を下げてから通路の先に消えていった。


「それでどうしますか? 言われていた事は大抵聴取も終わりましたが」


 ノイテが必要な報告書をこちらに差し出してくる。


 パラパラと捲って数秒。


「襲撃犯の見当が付いた。一か月後、立ち去る前に少し自分のやった事に対する責任を取って貰おう」


「お~~解ったのか!? ん? でも、この見てるヤツって王様の聞き取りしてたヤツだろ? 何でこんなので解るんだ?」


「確証があるわけじゃない。一番、オレを殺したそうな理由とその状況証拠が揃ってるヤツが見えただけだ。でも、たぶん外れないだろうな」


「報復しますか?」


「色々と取り揃えてある。ゆっくり世の中の為に罪を償って行って貰おう」


「あ、悪い顔してるぞ……」


「別に表向きは何も問題無い。何もな……」


 こうして2日後には解散した軍とほぼ同時期に王達からの委任状を持って、各国にフォーエと共に飛ぶ事となる。


 それがぶっ通しで数十か国回る事になるという事実を前にしてもう一度やった竜騎士はニッコリと周回マラソンで少し細くなるだろう。


 帝国製のとっておきな高カロリー栄養補給食品を齧りながら速攻で各国が何をどうされたのかは言う必要も無い。


 阿鼻叫喚の地獄絵図と誰かは言ったが、自業自得が先に来るのだから、ダメ出しの鬼と化した自分と黄門様の印籠染みた委任状で相手は完全無欠に黙らせられる。


 各国の軍と王達が帰還した頃にはすっかり整っているわけだから、遅滞、不履行、その他の抵抗が出来るはずも無かった。


 *


―――34日後。


「フィー。戻って来たか~~」


「ただいま、戻りました。皆さん」


 砂浜にゼンドでフォーエと共に降りるとこの一ヵ月で再びユラウシャに戻って来ていたゾムニスとデュガとノイテとアテオラの四人が迎えてくれていた。


 日程を綿密に組んだのでゼンドもフォーエも疲れ気味だ。


 すぐに街の用意された宿屋に馬車と専用の荷馬車の列で1人と一匹を見送る。


「それでどうでしたか? 一応、もう幾つかの国の悲鳴が届いて来ましたが」


 ノイテが半眼でそう呟く。


「単に悪党と悪そうな臣下と詐欺師染みた商人連中を叩き潰して来ただけだ」


「それもう何か吟遊詩人が昼時の酒場で謡ってたぞ?」


「何て?」


「帝国より来たりし小竜姫、国々を回りて悪党を薙ぎ倒し、世に大公の悪辣を知らしめん。然らば、地に墜ちた者共平伏し、この世の終わりまで忠誠を誓わん云々」


「どうしてそうなった……ちょっと謀反人を炙り出してオレに危害を加えさせて嵌めた後、罪で投獄しただけだろ。クソな商売してた商人だって嵌めて資産を合法的に契約で接収しただけだぞ。いい加減にしろ……はぁぁ疲れた(;´Д`)」


「それいい加減にするのは……いや、何でも無いぞ?」


 途中でデュガが何も言わない事にしたらしく。


 口を噤む。


「どうしてまともなヤツが少ないんだ。権力ってのはコレだから腐敗の温床とか言われるんだよ。権力の効用と権力の使い方を知らないヤツが多過ぎる!!」


「帝国の大公の孫娘に言われては連中も形無しでしょうね……」


 ノイテがやれやれと肩を竦めた。


「それにしても商人連中をどうやって破産させたのですか?」


「ちょっと商売と賭け事で嵌めただけだ。数字には詳しいが、数学には疎い連中しかいなかった。まともな帝国の商人辺りなら回避出来そうな一晩で破産する契約の罠に全部1から10まで引っ掛かれば、連中程度の資産は軽く吹き飛ぶさ」


「どのような方法で?」


「無茶苦茶な金額を賭博で負けさせたり、無茶苦茶な契約で利益を貪ろうとした連中に短時間で債権が不良化して倍になる契約や方法を使っただけだ」


「随分と悪辣な方法なのでしょうね……」


「連中の株取引のレバレッジを1万倍とかにさせて取引先を全部王様特権で操作して嵌めるって簡単でクリーンな方法だとも」


「れば?」


 首を傾げるデュガである。


「解らなくていい。信用取引のルールが殆ど未整備なのが悪い。それで取引で破産させて、負債をお前の肉体の血肉で取り立てるのと商売で取り立てるのどっちがいいか聞いたんだ」


「取り立てるのが肉とか血とか。やっぱり、悪魔っぽいぞ。言ってる事が……」


「肉100gから血100mmlまで結構なお値段を支払って貰った」


「……何か全部想像出来るぞ。うん」


「聞かなかった事にしましょう。デュガ」


「だが、これでしばらくは連中も大人しくなるだろう。ついでに当座の資金も確保出来た。結果的には一月時間を掛けたのは正解だったな」


「当座って、資金は回収出来てないんじゃないか? 持って来れないだろ絶対」


「いいや? 北部各国への支払いの前払いも6割くらいは可能だろう。連中の祖国や隣国の政体に払ってもらうんだから時間は要らないだろ?」


「うわぁ……(´Д`)」


「準備してた契約書を全部使い切って途中から足りなくなったのが唯一の誤算だな……」


「案外貯め込んでいる連中は多かったようですね。ですが、まともに支払う気があったのですか?」


「そういう連中には痛い目を見て貰っただけだ。恐怖は何よりも雄弁に人間を素直にさせるからな」


「あーあー聞こえないぞー」


 もうデュガが沢山という顔で耳を塞ぐ。


「連中にはちゃんとまともな商売用の手引きも渡しておいた。借金完済まで頑張って働いて貰おう。勿論、逃げてもいいけど、逃げ場所は無いな」


「どうしてです?」


 ノイテに肩を竦める。


「北部諸国の北はユラウシャが南は帝国が押さえてる。山間から他の地域に無一文で抜けられる商人なんざいないんだから、北部諸国が大きな監獄になるだけだ」


「絶対逃げられないとか。ご愁傷様だな……」


「……スゴイですね!!」


 何かアテオラが目を虚ろにして、こっちが視線を向けるとフンフン頷いた。


 どうやら色々と慣れたらしい。


「それでこれからどうするんだい? まだ、皇国の艦隊は来てないし、見ても無いわけだが……」


 ゾムニスがこのまま何か月も待つのかと訊ねて来る。


「先にビダルへ進めさせてた沿岸諸国の造船所の竣工が始まってるはずだ。急ごしらえの造船所を各国に4つ。今、帝国から追加で建築関連の技師を送って貰ってる」


「つまり?」


「皇国が来るまでに艦隊を作り掛けでもいいから完成させるのが先だってことだ。足りない戦力は全部、戦術と戦略で補う」


「間に合わないのにやらせるのか……」


 さすがに困惑するしかないのだろう。


「新型の船の設計はもう終わってる。作る資材の大半は木材だが、船用のは近隣で買い漁って貰った。鉱物系の材料も北部で加工可能な部品で造る」


「北部諸国にはまともな帝国の炉のようなものは無いのを忘れてないかい?」


「新規に高炉はもう設計させてる最中だ。半年後までに高炉の現物が各地の鉱山付近で拝める速度でやらせてる」


「幾ら資金があっても足りなさそうだな……」


「銅山と石炭は手に入れた。超長期低金利の融資先としてフォーエを国主としてグライスに商会作って、もっと簡単に利益が出る銀山と金山の開発も主導させてる」


「短期的な資金は枯渇しないのか? そもそもそんな場所が?」


 それがあれば、何処かの国の領土だろうと言いたいのだろう。


 アテオラが手を挙げる。


「たぶん、ある場所をお教えしました」


「ある場所……知っているのに誰も開発しない。つまり、そういう事か」


 ゾムニスが全てを悟ったような表情になる。


「そういう事だ。今回、バルバロスが消えた廃国域の山岳国家跡は元々は金鉱脈があったそうだ。この数百年で誰も近付けなかった場所だ」


「運が良かったな」


「だな。ま、それが無くても資金繰りは何とかする伝手はあった。だが、あるんなら使うさ。今は誰もいないしな。北部諸国の王達も産出される資産は全て北部諸国の国土開発に当てられると言えば、口は出さないと約束してくれた」


「成程……君は上手い事やったわけだ」


「そうでなきゃ困るだろ。ついでに北部諸国の王様連中に免税特権貰ったから、研究所から最新式の生活様式に必要な各種の品を大急ぎで輸出させてる」


「帝国がようやく北部諸国で商売を?」


「会議が終わって、全員が納得して帰途に付いた。なら、安全になった北部諸国で大々的に商売しない理由は無いだろ?」


「まぁ、確かに……」


「帝国本土に造ってた工場の稼働も順次開始されてる。あっちはあっちで急いでやって貰ったが、トンネル付近で品を検品してみた感じ、大丈夫だろう」


「本格的に国を買ったようなものだなコレは……」


「一応、運転資金を祖父に頼んだから、短期的に利益が出て来るまでは大丈夫だろ。売上は全部、開発に必要な資金の償還と商売の持続化、大規模化、更に各国の整備に当てられる」


「つまり、金の流れを握ったと?」


「西部の開発に使うはずだったものを全部先に使ってる。技術面でも人材面でも急作業を開始中だ。現地で同時に技術者、研究者の卵の養成もやらせる」


「西部を蔑ろにしないか心配になるが……」


 ゾムニスが微妙な視線でこちらを見やる。


「問題無い。人材は西と北で往復して貰う。簡単だろ?」


「その人材の方達に敬意を表するしかないようだ……」


 ゾムニスはありありと空を空輸される人材達が想像出来ているようだ。


「近頃、送られてくるゼンドみたいな竜はすぐに出払ってるのは見たか? アレは技師連中と債権を運ばせてる。北部が安定して来たら、西部に送るまでこのままだ」


「解った。準備の盤石な人間がどれほどに恐ろしいか。君の弱点はまだ無いようだ……」


「そんなに褒めても何も出ないぞ。北部の嵌めた商人連中に集中投資して貰ったから、資金的な負担はしばらく無いだろ」


「償還時期に彼らが破産しない事を祈っておこう……」


「大丈夫だ。血の涙を流しながら商売して、毎日質素な食事で健康になって元気に長生きしてくれる貯金箱として活躍する予定だからな。全員」


 もはや全員がアハハハと半笑いだが問題など無い。


 今まで泣かせて来た人間の数だけ、自分が泣けと暴力と恐怖で諭しただけだ。


 自分の命を金で買った以上。


 もはや死以外では誰も逃れられはしないのだ。


「じゃ、此処でビダルの仕事を手伝ったら、北部諸国最後の逗留地に出発だ」


「あ、家にご案内しますね!!」


 アテオラがコクコク頷く。


「ああ、頼む」


 こうして待っているとビダルが船で戻って来た。


 その日殆どの時間をビダルとの造船所やそれを作る資材の調達運搬、決済その他諸々を詰めるのに使い。


 次の日には続々とやってきた空飛ぶ竜騎士候補な郵便屋さんに乗って出発する事になった。


 ヴァドカ及び各国から拠出された虎の子の空飛ぶ戦力が輸送力に化ければ、債権の迅速な決済と他地域に跨る金融網が開発出来る。


 そして、人材を運ぶ速度が上がれば、物事の進み方も早くなる。


 地表と海の造成に時間の掛かる物流インフラよりも余程に速く実用化出来るだろう事は間違いなかった。


 乗せるのが債権ならば、嵩張らないのも良い。


 各国には金融関連法の原案も出したし、商人達も活気付く。


 まずは飯のタネがまともに喰えるような規模になるのが先である。


(後は戦争、統一景気中に必要な人材の育成と組織の醸成……高効率の産業育成と製造業の勃興。技術開発の基盤作り……特に教育を強力に一律でやらないとな。識字率も挙げないと話にならない。ああ、やる事が多過ぎる……権力者なんてやるもんじゃないなホント)


 人を動かすのは苦労する。


 そこに掛かる労力を組織ではなく個人に寄らせる方式は迅速な行動が求められる時は良いが、個人の疲弊や劣化を齎す。


 早めに秘書役をする組織を立ち上げないと帝国で未だ頑張っている部下みたいな状況に成りかねない。


 切実に人材の不足が嘆かれる事態も帝国への帰宅でしばらくは良くなるだろう。


 山済みの問題を千切っては投げ、千切っては投げ、お休みが切実に欲しくなる目まぐるしい日々の最後。


 責任を取らせると決めた相手を追い詰める為、最後の目的地へと向かう。


 アテオラ・イル・イオ。


 この旅において最も重要な役割を果たした功労者である少女の実家がある国。


 ゼドゥルカ。


 自分の機嫌を損ねた相手は其処にいた。

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