第31話「北部大計ⅩⅠ」
午前中の会議を挟んで夕暮れ時まで続いた各国の現状に対する王達の共通認識を確立させた後。
会議は明日も続くという事で晩餐となった。
座りっぱなしだった王達が各々王城の自室や庭先の椅子で休んで数十分。
その合間に厨房で新しい部下達を見やる。
アルジーナ王に集めさせた軍の料理人30人がテキパキと仕事をこなしていた。
仕込みはその前からやっていた為、料理は簡易のレシピと作り方を暗記させたのみだったが、まともな食事は作られているようだ。
一々、自分で毒見をしてからやはりアルジーナ王に急遽用意して貰った給仕達に運ばせていく。
そうして晩餐用の料理がテーブルに並べられて後。
軍装に着替えてすぐにテーブルへと戻って来ると。
王達が自分の前に並べられ始めた料理に目を見張っていた。
謁見の間に吊るされた幾つものランタンと蝋燭の下。
十分な明かりに照らされた料理は誰もが見た事の無いものだろう。
現代において料理上手過ぎる祖母達に教えて貰ったレパートリーは日本食和食中華創作料理と幅広いし、フランス料理染みた創作和食は得意とするところだ。
もう手掴みで食事を摂るというところは無いらしいが、それも帝国が本格的に北部へ武器輸出してからの事らしい。
ナイフとフォークは使えるものの。
マナーというのも未だ共通のものが確立されているとは言えない。
だが、料理だけは一通り、まともなものを出せたはずだ。
鶏肉、牛肉、豚肉を用いた肉のパテをソースで頂くパテ・ド・カンパーニュ。
パンは小麦の生地を特製の果実酵母で膨らませた代物だ。
新鮮な魚を酢で〆て灰汁を取った根菜と共に低温調理したマリネ。
数日、果実を氷砂糖と穀物酒で付けるフルーツ・ブランデー染みた食前酒も味は良かった。
「では、皆さん。料理も揃ったところで頂きましょう」
ライナズが音頭を取って合図を出すと。
王達はその見た事も無い料理を口にしていく。
コース料理に用いたのは肉野菜魚介全てを使った代物だ。
一品ずつサラダとメインを平らげ、北部では一般的な湯で麦かパンを出された王達は今までの会議のような戦場での疲れも忘れたように初めての味に驚き、目を見開き、ざわついていた。
最後に出すデザートは帝国でも未だ稀少な砂糖と北部でもよく取れる芋のパイ。
とにかく滑らかになるまでクリーム状にした芋にカスタードクリームを詰めたソレは鷲掴みで食べる者が多かった。
『いやぁ、驚いた……こんなにも食べたのは久方ぶりかもしれない』
『どの味も新鮮でしたな。まさか、ヴァドカにこのような食があろうとは』
その勝算の声にライナズは額に手を当ててから、賞賛の声を上げた王達に微笑む。
「全てはフィティシラ・アルローゼン姫殿下の手によるものであります。料理人はアルジーナ王が集めて来たと厨房からは……」
それに思わず王達が押し黙った。
無論、悟ったからだろう。
散々に北部諸国にダメ出しを行ったのだ。
料理にどんな意図があるのかと身構えるのも無理はない。
「さて、ヴァドカ王からの話も出ましたし、今出された料理と北部の食卓に付いてお話をさせて頂きましょう。眠たくなるようなお話は致しませんので、食後の戯れにゆるりと聞いて下されば幸いです」
料理が全て下げられ、水を口に含んでから周囲を見渡す。
「各国の王達ならば、お解りでしょうが、先程の料理には皆様にお手紙でご用意頂いた幾つもの食材が使われております。ある物は具材に、ある物はソースに。ある物はパンに……余すところなく使い切らせて頂きました」
『何とも粋な計らいだ……北部諸国の食材が一堂に会していたとは……』
『然り。何故に手紙で食料を数十人分と言っていたのかと思えば、このような催しの為だったとは……』
だが、その中には顔を青くした王もちらほらといた。
まさか、自分が持って来た粗末な祖国の食材が使われていると知られれば、他国の王にどんな事を言われるのかという心配からだろう。
「皆様、今晩の料理には満足して頂けたご様子。では、満足したついでに料理の中身についてお話をさせて頂ければ」
『中身?』
王達にも分かり安くなるようにまた少し集めの資料を給仕達に運ばせて、すぐに下がらせる。
「では、会議の本番を始めましょう」
『は!? ほ、本番!? 会議は先程まで―――』
「各国の現状における状況の認識から入りましょう。と、一番最初に言い置いていたはずなのですが、お忘れの方もいるようですね」
『………(´Д`)』×一杯の王達。
「皆様は現状を認識した。ようやく始めの一歩を踏み出したのです。此処からは二歩目と参りましょう。では、資料の1頁目をご覧下さい」
王達がもう疲れたよと言わんばかりに億劫そうな目で資料を捲る。
「先程の料理に使われた食材の一覧です。そして、その横にある数字は食材の北部における生産量の推移を顕しています。此処5年程のものです」
『こんな情報を何処から……』
「ビダル様や他の知恵者の方々、几帳面な商人の皆様に集めて頂きました。さて、この下の数字を見れば、現在の北部の食糧状況は極めて悪い事が伺えるでしょう」
さすがに自分の国の惨状を知っている男達が口を噤む。
「それは数十年に一度程度の飢饉でしかありませんが、こういった状況は昔も今も変わりありません。それがわたくしは問題と考えています」
『食料事情を改善しようと?』
『そんなの不可能だ。貧しい土しかない国とてある』
『そもそも食料を求めて戦う山岳国とて多いのはお解りでしょう』
ざわめく王達の意見は一々最もだった。
「何故、北部諸国が飢饉に見舞われているのか。どうして、食料が無くて餓えなければならないのか。それは単純明快。各国が無策。いえ、無能な策しか持ち合わせていないからだと断言致しましょう」
指を弾く。
ゾムニス及び複数の女給達が長い丸めた紙の束を持って来て、テーブルからモノを退かして次々に敷いていき。
最後には端に重しを載せて各国の王に北部全景の巨大地図を広げた。
『こ、これは!? 北部の詳細な地図?!』
『こんなものを何故帝国が!?』
地図は軍事機密。
だが、アテオラと共に描き上げたソレは縮尺こそ違うが、間違いなく全てあの時の地図を下敷きにしており、ビダルの情報もまた使ってバージョンアップされていた。
「皆様。北部諸国という国々は“これっぽっち”なのですよ」
話を進める。
「先程の料理。あの料理を一品作るのに現在の相場でどれほどの金額になるか皆様は想像が着くでしょうか?」
王達の一部が金貨2枚や4枚という言葉を他の王と議論して声を上げる。
「正解は金貨30枚です」
『さ―――』
思わず絶句した王達が自分達が何を食べたのかを理解した様子で僅かに顎へ汗を伝わせる。
国によっては王族とて口に出来ぬようなものなのは明白だった。
「あの料理はわたくしや料理人達への賃金が入っておりません。材料費だけでその相場だという事です。これを聞いて、皆様は高過ぎるという感想をお持ちのはず」
一枚目の薄い透けた地図が被せられて、固定化される。
その地図に書き込まれているのはその国で産出される主要な産物の値段表だ。
「皆様。この産品の主要な値段をよく覚えておいて下さい」
二枚目の地図が更に被せられる。
『な!? 何だ!? この値段は!? 先程とはまるで違う!? これ程に我が国では高いものではないぞ!?』
『な、ご、五十倍!? どういう事だ!?』
『こちらは9倍だ!? 何なんだこの値段は!? 間違っておられますよ!?』
男達がざわめく。
「それはそうでしょう。今、重ねた地図に掛かれた値段は皆様の国の主要な産品が北部諸国内の最も遠い地域で売られた場合の値段なのですから」
その言葉に数人の王が気付く。
目の前の小娘が何を言いたいのか。
『つまり、この地図の産品の値段は輸送費が加算されているのですか?』
「ええ、その通りです。勿論、最も遠い場所。その上で実際に輸出していないところに運んだ場合ですので、他国への一番遠い輸出先だとしても、この値段よりは安くなるでしょう」
『……一体、何をお言いになりたいのか。聞いてもよろしいか?』
上の二つの地図を取り払わせ、新たな四枚目の地図を上に被せる。
『これは……道?』
『それに産品の価格も先程ようなものではない』
『新たな道を作ろうというのか?』
ざわめく王の大半はまだ解っていないようだったが、やはり一部の優秀な王達は渋いを通り越して祖国が今日消えるかもしれんな的な苦笑を零していた。
「皆様。先程の料理が貴方達の想定していた値段まで下げるとしたら、この地図が必要なのですよ。これは北部諸国が統一された場合の現実的な輸送費で一律にモノの値段を抑えた場合の地図です」
ざわつく王達には未だ何を言われているのか朧げにしか分からない様子なのもいたので更に今度は透けない地図を被せる。
「これならば、皆様の目も覚めるでしょうか。これが何の地図か言い当てた方は将来的には我が国との取引においてそれ相応に対処すると約束しましょう」
思わず王達の目の色が変わり。
それに思い当った王達の顔色が完全に蒼褪めた。
「どうやら、思い当たる方もいるようですね」
地図に書かれているのは軍事的な情勢と現在国土を拡大している国家の現実的な将来の国土だ。
だが、唯一ソレに当て嵌まらない国が最北部と中部から上に存在する。
『まさかとは思いますが、これが未来の国土の地図だと? その上、この地図の道……先程とは違う。最北部ユラウシャとヴァドカその周辺国の合算領域に道が大量に出来て、逆に南部には道が少ない』
それを聞いた王の半数が真っ青になった。
「大当たりです。皆様には地図という目で見て解る程度の事実をお伝えしたかったのですよ」
ビダルは軽く溜息を吐いていた。
「現在、最も確実性の高い地図。数年後の地図。未来の地図。貴方達はこの状況を理解してしまった。ヴァドカとユラウシャが手を組んでしまう以上、その周辺国はこの地図に否を挟めません。そうする理由はあっても、そうしない理由の方が絶対的に大きいからです」
ライナズは愉快げに唇の端を吊り上げる。
「そして、その統治領域外の国々はこれを否定してもいい。それがどういう事態になるか。この道が全てを物語っているとは思いませんか?」
ニッコリしておく。
それにようやく事態の究極的な深刻さを理解し始めた無智なる王達がカタカタと震え出した。
「わたくしはこの地図のようにしない為に皆様をお呼びしたのです。これはまだ事態が呑み込めていなかった北部諸国の全ての王に今の状況をお知らせし、現実的な対処をどうするのかという話をしているに過ぎません」
勿論、トンネルの先にある最も帝国にとって重要な出口の国は帝国そのものの意見に否を挟めない事は何処の国の王も理解しているだろう。
「お解りですか? 帝国はヴァドカに対して一国独裁の絶対的な地位の確保を望みませんが、北部諸国の統一という観点から言えば、積極的に支持する立場にあるのです」
もう誰もが解った。
解ってしまった。
それは現実的な問題だ。
北部における主要3か国の内の二か国が統合。
更に帝国支配下と言ってもいい国がこれを許容するとなれば、北部諸国内の国家は抗う道は正しく亡国に続くのだ。
「三か国がもしも共謀すれば、他全ての国々は困窮するでしょう。道は常に強者が創るもの。ですが、ヴァドカをわたくしは北部諸国の雄のようには致しません。それは結果的には滅びるしかないものだからです」
「ほう? その理由は?」
ライナズが愉しそうに尋ねてくる。
「帝国が滅ぼします。何故なら帝国は北部諸国の半分が欲しいのではなく。全部が欲しいのですから」
王達が沈黙した。
「ただ、その欲しいという点で皆様は誤解なさらぬよう言っておきたいのです。我が帝国は北部に友人が欲しいのです」
「ふ、友人とはまったく帝国らしからぬ話だ」
ライナズが嘲り混じりに笑う。
「ええ、そうでしょう。だからこそ、皆様は知るべきでしょう。帝国の未来を。帝国の明日を。そして、帝国の滅びを」
笑みを浮かべて全ての地図を取り除かせ。
帝国周辺の国々を書き込んだ地図に差し替える。
「我が国は現在、拡大戦争中ですが、その全てにおいて苦戦を強いられております。それは勝利出来ないではなく。勝利するのに苦労する。というのが正しい。それも現実的には勝利するのすらも難しくなっている」
王達が衝撃を受けた様子でこちらに視線を向ける。
あの帝国が、そんな馬鹿なという話だろう。
「理由は単純にして明快。我が国の攻勢限界が近いのです。現実的に延長可能な兵站距離。現実的に不可能な制圧領域の拡大。それによって分散する戦域制圧戦力の密度低下。まぁ、この時代における限界領土に達したという事でしょうか」
紅茶を口にしながら、帝国の地図に視線を細める。
「北部諸国は貿易相手というよりも今後は海に面する火薬庫と帝国は見るでしょう。理由はお解りですね?」
『南部皇国の侵攻……』
王達の1人が正解を呟く。
「はい。帝国はこの地が信頼出来なくなれば、今までの貿易すらも捨てて自国領土に取り込むしかなくなるのです。ですが、戦力は割り振れない。となれば、皆様もご理解出来るでしょう。ご自分でやって来られたような盗って盗られての泥沼な戦争です」
王達の瞳に去来するのは絶え間ない戦乱の光景か。
それとも過去の国を焼かれた残影か。
「北部は更なる地獄の業火に投げ込まれる。国土は焼かれ、人の死体が更なる疫病を隣人として招き入れ、そこに今のような飢饉が加われば、皆様が人生で経験してきた最も過酷な“その瞬間”よりも恐ろしいものを見る事になるでしょう」
紅茶を啜ろうとしてもう空になっていた。
「帝国は西部に他国から領土を取りましたが、潜在的な紛争地帯となりました。南部に侵食しているのは大国が無いからですが、その大国が海から攻め込んで来るとなれば、北部諸国を全て自分の領土に加えるという選択肢しかなくなる」
何故なら、後背地から射されては帝国が持たないから。
地図に棒を使って次々に火種になる地点を伝えていく。
「帝国は現在、獲得した領地を上手く活用出来る程の人的な資源が存在しません。同時に奴隷化した者達を他国に追放しているせいで、まともに大量の奴隷を国内に引き入れる事は内戦の火種になりかねない故に不可能」
帝国は正しく陸の孤島となりつつある。
それは少なくとも現行の技術力では突破し得ない壁であった。
「帝国は未だ血気盛んな若者に過ぎません。歳若く。自らに出来ない事が解っていない。だから、最も戦乱において自らの事を識る北部諸国をわたくしは友人として迎え入れたいと考えたのです」
その言葉にどれだけの王が賛同するかは未知数だ。
だが、現実を突き付けられて初めて人は動く。
それが未来の人間からすれば、愚かでしかない歴史に名を残す多くの人々への実直な感想なのだ。
「北部諸国の王達よ。貴方達の歴史は尊重しましょう。家族を焼かれ、民を焼かれ、親類を死ぬよりも酷い目に合わせて来た敵を殺し、また殺される事が日常であった貴方達……ですが、それは既に終わってしまったのです」
カップを空中に放る。
『!!?』
リボルバーは正確にソレを打ち抜き、砕かれた破片は地図の上に散らばった。
「今やあのカップこそが北部諸国です。もう猶予はありません。家族が殺され、恋人が嬲られ、大切な人々は敵国に蹂躙されたかもしれませんが、そんな感情はもはや通用しないのですよ」
『通用、しない、だと……?』
王の1人が苦し気ながらもこちらの物言いに顔を歪める。
「時代は動いたのです。もう後戻りは出来ない……今、散らばったカップのように貴方達が生きた復讐と安定を目指した繰り返す時代は新たな地獄によって砕かれ、塗り替えられようとしている」
王達はもう驚きよりもまた愕然としていたかもしれない。
それを教えるのが自分達よりも遥かに年下の少女なのだから。
「見たでしょう。この銃の威力を。感じたでしょう。あの料理の美味さを。理解したでしょう。知らなくて良かった地図の上の現実を」
王達がこちらを見やる。
だが、相手に見せられるものはいつだとて同じだ。
「今、この時代の転換点にわたくしは貴方達を招待したのです。それはわたくしにとっての帝国がそうであるように、貴方達にとっての祖国が貴方達と国民の感情によって滅びるのは忍びなかったからなのですよ」
『感情……か』
実直な実感こそは人にとって響く事実だ。
「帝国を敵とするか。味方とするか。そんなのは些細な問題です。今、来る滅びにどう立ち向かえるのですか? 貴方達はそれに具体策をお持ちなのですか? それは本当に信用出来るものなのですか?」
己の信じた世界が音を立てて崩れ落ちれば、それはその先にあるのは―――。
「貴方達が望んでいた信じていたそうあれと願っていた世界にお別れを告げる時です。しがみつくならば、覚悟だけは決めておいて下さい。それを帝国が、いえ……このわたくしが否定しましょう」
リボルバーを腰の専用ガンホルダーに仕舞う。
「帝国大公家長女フィティシラ・アルローゼンが此処に宣言致します」
誰もが見ていた。
だからこそ、誰にも見せなければならない。
それがどんな罪深い事だとしても、自分の願いの為に他者を蹂躙するのならば、最後までやろう。
これもまた自分の仮面ならば、自分は帝国の姫ともなるのだ。
「ヴァドカ、ユラウシャ、イツァルネア。そして、アルジーナの四か国に対し、北部諸国同盟の締結を要請し、わたくしはこの要請が受け入れられる限りにおいて、帝国の全ての意見に対し、貴方達の擁護者となりましょう」
「守護者ではないのか?」
こちらに何かを言ってくるとすれば、それはライナズだろうと思っていたが、正しく大当たりだった。
「ええ、守護者とは皆様の事ですから。ならば、支える一柱として見守るのがわたくしの役目となるでしょう」
「く、くくく、何とも浅ましい悪女だ。自分の利益の為に此処までするか」
「皆様を信頼しております。ここで見た地図を悪用すれば、皆様は敵国を滅ぼし、短期的に利益を上げ、復讐を遂げる事は簡単でしょう。ですが、それは誰も同じ。そして、もはや未来を貴方達は知ってしまった」
それがどんな意味を持つのか。
もう王の誰も理解していない者はいないだろう。
「今の皆様の心の中には未来の祖国の姿が見えていますか? こうであればいいという現実的な姿は想像出来ていますか?」
王達の中には涙を堪えている者も多くいた。
何が去来したか。
それは誰かを殺された恨みか。
何かを失った痛みか。
それを押し込めろと言われて頷ける者は多くない。
「世界は皆様にも祖国の国民にも愛しい人にだろうとも等しく優しくはないのです。ですが、故に誰かの為に何かをしようという気持ちを忘れないで欲しい。だからこそ、この地獄でも貴方達は生きて来られたのでしょう?」
震える沈黙。
それは何を思い出してのものか。
あるいは何を想像しての事か。
「今、柵を全て無かった事にしろとは申しません。ですが、その柵を乗り越え、嫌いな隣人と共に同じ船に乗る勇気をお持ちならば、わたくしはその船の先を導く灯台として北部諸国に生きる全ての人々に……少なからず滅びないささやかな未来をご提示しましょう」
「フン。それがあの料理を金貨三枚で食える世界ならば、悪くはない。まぁ、他の選択肢よりはマシだろう」
今までずっと声も掛けずにいたビダルがこちらにそう声を上げた。
「王達よ!! 我が国は今や他国の侵略に怯え、国民はヴァドカの地を訪ねている。だが、このビダルが確約しよう。我がユラウシャの民は北部諸国の為にこそ、多くの利を他国に齎す事を!! 祖国の地を一度は捨ててもまたあの地に暮らす為、全ての商売で困る国々に我らが叡智を貸す事を!!」
ビダルの援護射撃に正直ありがたいという感想しか出ない。
人間を動かすのは感情だ。
が、損得を同時に複数の者から提示される事は安心感が違う。
「ならば、こちらも何か出さねばケジメも示しも付かないか。ヴァドカ王として未だ経験の浅い身なれど、この帝国の大悪女殿は我が妃にすら相応しい真なる志と強さを持っておられる。我が名において確約しよう。この方が我が国の擁護者である限り、ヴァドカは今後他国の領土に干渉しない」
「?!」
思わずライナズを見やるとニヤリとウィンクされた。
ご返事待ってます態勢だった。
絶対断るが、絶対逃せない魚を吊り上げた極めて葛藤が残る事態である。
「イ、イツァルネア王の名において帝国のお力になる事は今後ともお約束致しますそぉおおお!!? 姫殿下ぁあああ!?」
初めてイツァルネア王が個人的に発言した。
殆ど言う事が無かったイツァルネアだったが、その王は確実に傀儡としては極めて優秀な官僚器質だったので放置していたのだ。
が、どうやら何だか先程の演説に感動してくれたらしくて涙ながらに拳を握って応援してくれていた。
ちなみに細くて顎髭も細くてポッキリ折れそうな体躯のおっさんだ。
「我がアルジーナもまた北部諸国に自らの名を刻む為、今危機に瀕している国への援助は惜しまないと約束しよう」
アルジーナ王が船に乗り遅れるのは勘弁して欲しいと言いたげにあの巨大な田園から生まれる国富の使い道を宣言する。
諸国の王達が次々に他国との会話を止めて、こちらを見やった。
そして、数分か。
数秒か。
沈黙の後に膝を折る者が出始めた。
そして、それが現実なのかどうか。
全ての王がこちらに膝を折った時、確かに歴史は動いたのだと思う。
此処に最初期目標である北部諸国の統一策源地造成計画。
北部大計は成ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます