第14話「帝国の台所事情Ⅳ」


―――イツァルネア市街地。


 夜の警邏が通常の10倍程うろつくようになった市街地。


 これを帝国の貴族が命令出来るというところに帝国の台所事情の規模や如何に周辺諸国が帝国に依存しているのかが解るというものだろう。


 土気色の顔をした役人から猛烈な『警備は絶対大丈夫ですから、どうかお願いします。御爺様にはどうかどうか御寛大なご報告を!! 我々は哀れな子羊なんです!!!』という類の説明を受けたのが夕方頃。


 帝国のヤバイ人のヤバイ孫娘が命の危険に晒されてこちらに来る。


 絶対、我が国の領土内で傷一つ付けさせるな、と。


 偉い人から言われたに違いないお役人達のご機嫌取りにご機嫌取るんなら、ちょっとこっちの言う事に融通を聞かせてくれと伝え数時間。


 準備は万端で夕食を持って来た非常食で賄いながらの待ち状態となった。


 そろそろいつもの就寝時間。


 アテオラとメイド2人に挟まれて市街地で一番の宿のキングサイズの寝台に寝るというのも普通なら色々問題な気もしたが、今は非常時なので考えないでおくとする。


 無論、眠る時の姿は外にいつでも出られるようにしてあった。


 靴だって新品を履きっ放しだ。


「なぁなぁ、ホントに来るのか?」


「そうですね。普通、襲撃が一度失敗したら、宿を取った直後にというのは考えられない気がしますが……」


 メイド2人が剣やら斧を抱き枕のように鞘や布に包んで抱きつつ、そう言われる。


「確証は無いが十中八九そうなる」


「理由を伺っても?」


 ノイテの声は最もだった。


「単純な話だ。オレを襲う理由が3つしかないからだ」


「3つって何だ……あふぁ……」


 デュガが眠そうにそう訊ねて来る。


「一つ。オレが邪魔な場合。二つ。帝国が邪魔な場合。三つ。単なる陰謀」


「十分に複雑なような?」


 ノイテにそう返される。


「いいか? オレの来訪は極秘だ。帝国領内の軍の情報が漏れない限り、高貴な人間が北部にやってくるって以外の情報は国外から掴めない」


「それはそうでしょうね」


「だから、3つ目はオレを殺すか脅してウチの権力を弱めようとする陰謀になる」


「理解しました。一つ目と二つ目は?」


「こっちの方が難しいかもしれない。オレ単体が邪魔と思う公的な外の人間は今のところ具体的な内容が理由での攻撃は不可能だ。まだ領地経営すら始めたばっかりで何がどうなってるのか誰も解ってない」


「では、一つ目は無いと?」


「オレの領地経営の報が切っ掛けくらいにはなったかもしれないが、その程度だ。一番確率が高いのは二つ目。帝国が邪魔な場合だな」


「この場合の犯人の目星は?」


「大まかに分けて3つ。一つ、北部諸国の帝国に今干渉されちゃ困る国もしくはその属国。二つ、北部諸国で単純に帝国の影響力を排除しようとする勢力。三つ、北部諸国の平和を望む勢力。このどれかだろうな」


「どうして、そう思うのです? それに3つめは逆に貴女の死を願うとは思えないのですが……」


「それは―――」


 そう言い掛けた時。


 外の警備網よりも外だろう。


 少し遠くから爆発音が数発響いた。


「掛かったな」


「……ちなみに即興で造っていたアレは何だったのですか? あの金属の入れ物みたいなやつは……」


「単なる罠だ。相手の脚を吹き飛ばすだけのな」


「な……そ、そんな危ないものを……」


「取り扱い説明書は持たせたろ?」


「あのような火球並みの爆発音がするとは聞いてないのですが」


 ノイテが溜息を吐いた。


 だが、やった事は単純だ。


 防備を固めさせておいて、周辺の高い建物。


 特にこちらを見やる事が出来る建物の持ち主に了承を取って、猿が移動時に使いそうな経路に20発程、感度を下げた黒色火薬製の粗雑な地雷を置いただけだ。


 建物の持ち主には避難して貰ったので命の心配も要らない。


「それで向かいますか?」


「いいや? 相手が愚かならすぐに化け物が逃げた報が此処に飛び込んで来る。相手が有能なら爆発音に吊られた警備の隙間を塗って、此処に突入してくる」


「そう思う理由は?」


「単純過ぎる合理性だ。相手に余裕があるなら、最初からトンネルじゃなくて無防備な宿泊中を狙うはずだ。それが出来なかったって事は何らかの理由で早くオレを殺さなきゃならないワケがある、と考えるべきだろ?」


「成程」


「ノイテェ。何か来たぞー」


 目を擦ったデュガが欠伸をしながらサラサラと革性の紐を解いて、刃を執り出し、寝台から降りてジャキリと壁に真横に伸ばして構えた。


 途端、ノイテがコッチを引っ張る。


 ついでにもう寝ていたアテオラがこちらに引っ張られ、2人で女騎士の両手に引き寄せられた時。


 壁がぶち破られる瞬間。


 その大きな斧がザックリと飛び込んで来る何かを真っ二つにした。


 生憎と宿では火を使わないようにと言っていたので内装が破壊されて火事になるという事も無い。


 サッと用意していたランプを取り出して、月明かりの下でソレを映し出す。


「おお、デカイデカイ」


 半分寝こけていたデュガシェスが山で大物を取ったような満面の笑みになる。


 恐らく2m半はあるだろう巨大な猿だった。


 筋肉質だが、先日の猿のボスだろうか。


「首は落としておけ。悪いが化け物を生かしておいて後ろからグッサリというのは嫌だからな」


「りょーかーい」


 ドスンと斧が顔が半ばから二つに割れた顔の猿の首を真っ二つにする。


 血飛沫が床に飛び散るが、それで後は終わりだった。


 宿内部から二階の客は避難させてあったので人的被害も無いだろう。


『だ、大丈夫でございますかぁあああああ!!!』


 下から宿の主人の声やら突入してきた兵士の声が響く。


「じゃあ、行動開始だ。馬車を出すぞ。狙いはこの化け猿の主だ」


「どうやって探すのですか?」


 ノイテに肩を竦める。


「狙われてるのはこっちなんだから、勿論何処かで見ている誰かさんを誘き出すに決まってるよなぁ」


「ああ、そういう……」


 こうして夜明けまで馬車馬には走って貰うのが決定したのだった。


 *


 夜中、市街地を走る馬車はランプを灯すのが通例だ。


 勿論、目立つのは間違いない。


 御者はゾムニスに任せているので猿に襲われても死ぬ事は無いだろう。


 向かっている場所はアテオラから聞いていた市街地を見渡せる丘だ。


 ちなみに教えてくれた当人は起きた瞬間に化け猿の首切断ショーを真正面から見てしまったらしく気を失っている。


「付いたぞ。地図を頭に入れて置けと言ったのはそういう事だったか」


 ちなみにゾムニスは廊下で追撃を警戒して貰っていたが、猿は周辺の建物の上から2つ横の部屋に突入後、壁をブチ抜いたらしく。


 結局正面突破しようとする小型の猿はいなかったとの事。


 走らせた市街地から20分弱。


 安全運転させたので人間が走る程度の速さだったのだが、今のところ追い掛けて来る影は見当たらない。


 そう、地表にはだ。


「いたいた。そうだよなぁ。猿なんかに指示出すとしたら、音や光くらいだよなぁ。ついでに動きを見られるのもそう言う指示を届かせるのも空しかないと」


 都市上空。


 小型の火竜らしきものがひっそりと浮かんでいた。


 こちらの事は追尾しているようだったが、公園に付く前に火の類は消させたのでこちらを認識出来てはいないだろう。


 だが、生憎と今日は月が出ている。


 あっちの影はクッキリ見えていた。


 双眼鏡は北部に来る前提で雇い入れた鍛冶達に知識を与えて研究所内で製造して貰った特注品である。


「で、どうするのか聞いてもいいかな?」


 ゾムニスが此処からでは手も出ないだろうとこちらを見やる。


「空飛ぶ生き物に乗ってるが、その滞空時間は。元竜騎士さんどうぞ」


「凡そ半刻が限界というところですか」


 ノイテが答える。


「指示出しして、襲わせて、その結果を見て、此処に来るまでに半刻は掛かってるな。で、そろそろ疲れた乗り物を密かに降ろして回収しなきゃならない。この兵隊がウヨウヨしている街の中でだ」


「どうやら、ウチの策士殿は賢いようだな」


 ゾムニスが苦笑する。


「兵隊には最初から襲撃があったら、持ち場を離れず。周囲に異音が無いか。あるいは不審なものを見落とさないようにって役所から伝えてある」


「それで何か役人ペコペコしてたのかぁ……」


「こっちで辺りを付けたら、その近辺の兵隊から事情を聴いて、突入だ」


 その話を聞いたノイテとデュガはうわぁという顔をしていた。


「何だ? 何か文句でもあるのか?」


「いや、敵にしたらイヤなヤツだなぁ。お前」


「ええ、戦闘や作戦を終えた瞬間を狙い撃ち。居場所を最初から特定する為の大掛かりな準備。まるでバイツネードと戦っているようで嫌な昔の失敗を思い出しました……」


 どうやら竜に乗る人々には効果的な戦い方だったらしい。


「ちなみにあの黒っぽい空飛ぶヤツが次に飛べるようになるまでどれくらいだ?」


 双眼鏡を貸す。


「見た事無い。北部の固有種? う~~ん。あの大きさだと半刻くらい?」


「ええ、そうでしょうね。それくらいかと」


 2人のお墨付きが出た。


「じゃあ、相手が完全に降りたら、空に合図しようか。地区毎に決められた合図で兵が一斉にその地区を巡回する事になってる。何か見付けたら、近付かずに周辺区域を封鎖するように言ってあるんだ」


「「………(T_T)」」


 スゴイ血も涙も無いヤツだなぁという目をメイド達からされている気がした。


「本当に敵に回さなくて良かったよ。ああ、うん。本当に……」


 ゾムニスが呟きながら溜息を吐いたのだった。


 *


 事は一気に進んだと言っていいだろう。


 帝国軍では多用する色合いが変わる火矢を改良したソレを空に上げて直後。


 数分もせずに次々に合図された場所の兵士達が松明を点火して、その地区の見回りを開始。


 そこに駆け付ければ、既に相手を見付けたらしく。


 バルバロスが嘶く声らしきものと兵達の怒号が響き渡っていた。


『矢を射掛けろぉおおお!!』


『おおおおおおおおおお!!』


『相手は帝国令嬢を毒牙に掛けようとした化け物だぁ!!』


『何としても討ち取れぇえええ!!』


『いや、討ち取ってお願いぃいい!?』


『我が国が倒れるかどうかの問題だぞぉお!?』


『お、おおおおおおおおおおおお!!!』


 何か途中で役人の悲鳴らしきものが聞こえた。


 よっぽどに御爺様が怖いらしい。


 兵隊達が詰め掛ける一角。


 何とか化け物の翼に矢を数本貫通させました。


 というところまで話を聞いてから兵を引かせる。


 深夜という事もあり、その路地裏の行き止まりでは黒い竜というよりは鳥にも見える巨大な何かが投げ込まれた剣や矢、手斧の攻撃をまともに受けて、堅そうな鱗も傷だらけの様子で縮こまっていた。


 周囲には兵達が松明を投げ込んでおり、明かりは必要無い程に相手の惨状を映し出している。


 化け物の影にはどうやら誰かがいるようだった。


「オイ。勝ち目は無いし、逃げ場も無いぞ。化け猿は全部駆逐した。あの大猿もな。バルバロスを使って帝国貴族を襲撃。その理由とやらに興味がある。もし、お前がまだ死にたくないと思うなら、焼け死ぬよりはまともな死に方を選ばせてやる。出て来い」


 その言葉に観念したのか。


 相手が鳥の後ろから出て来た。


「子供?」


 松明の明かりに照らし出されたのは中性的な顔立ちの少女。


 いや、少年だろうか。


 線が細く。


 12歳くらいだろう相手だった。


 黒髪に細い身体。


 その左肩には折れた矢が突き刺さっている。


 瞳は紫水晶を思わせる何処か怪し気な輝きを宿していて、こちらを憎む様子もなくジッと観察していた。


「君が帝国貴族の令嬢か」


 第一声の声は少女のようにも聞こえる。


「名前までは知らされて無かったみたいだな。金で請け負ったか? それとも単純に捨て駒として投入されたか。どちらにしても利益で動いてるのかお前」


「……何でそんな事を知りたがる」


「命よりも大事なものがあるなら言ってみろ」


「な、何?」


 戸惑った様子の相手に溜息を吐く。


「金で雇われたなら、それ以上の金を出す。金以外の利益で動かされたなら、その利益をオレがどうにかしよう。もし、利益ではなく脅されているならば、オレがその脅す連中をどうにかしてやる。もし、憎いからと感情で動いてるなら、此処でお前には痛みもなく死ぬ権利をやろう。さぁ、どれだ?」


「―――」


 目の前まで歩いて行く。


 それを止めようとする後ろの連中はいなかった。


 それに悲鳴を上げそうな役人は卒倒しているかもしれないが。


「どれなんだ? お前は……」


「……どうして、そんな事を……命を狙った相手に言える?」


 相手は困惑しながらもそうこちらの視線にそう僅か怯えたような顔となった。


「一度死んでる身なんでな。今更、命の危機くらいでやる事を変える理由が無いだけだ」


「………ぼ、僕は北西部の山の国グライスの出だ」


「グライス? オイ、アテオラ、基本情報を後でくれ」


「は、はぃ~~~」


 ゾムニスの後ろでビクビクしながらも起きていたアテオラが呟く。


「それで?」


「長老が、帝国貴族を殺せば、我が国は生き延びる事が出来る、と……」


「で、生き残れる理由は?」


「知らない……」


「お前にとって、祖国ってイイところか?」


「何を……」


「大切な人がいたり、その国は残っていて欲しいか?」


 その言葉で相手の顔色がさすがに青くなった。


「―――ぼ、僕は……」


「正直に答えればいい。オレはお前の言う事を参考にはしない。そういう事があってもお前のせいじゃない。お前にそういう愚昧な事を押し付けた連中がちょっと死ぬより酷い目に合うだけだ」


「………孤児だから、家族はいない」


「そうか」


 俯いた少年は拳を握っているようだった。


「でも、1人だけ……連れて行きたい人がいる」


「なら、行先をちょっと変更しよう。オイ、そこの黒いのは傷が治れば飛べるか?」


「え、あ、ぅ、ぅん……」


「ゾムニス。その黒いのを運ぶ準備を此処の兵隊に押し付けろ。くれぐれも殺さず、傷付けず、丁重に運べと釘を刺してくれ」


「解った……」


「ノイテ。こいつの治療をしてくれ。医術用のカバンは持って来てるな?」


「解りました」


「デュガ。その竜だか鳥だか分からないののお守を頼む。食い殺すなよ」


「く、喰ったりしないぞ!? 確かに戦場じゃ死んだ馬とか食べるけど!? 竜とかバルバロスは固いし、コーブツチュードクとかになるって言われてるから食べないぞ!?」


「解った解った。とにかく大人しくさせておいてくれ。食事や薬が必要だったら、言ってくれ。こっちで用意させる」


「りょーかーい。あふぁ……」


 眠そうな目になりながらも、手が上がった。


「じゃあ、馬車で治療がてら、あの黒いのを運ぶ場所まで行こうか。コイツを寝かせておける場所はあるか? 役人殿」


『は、はぃいぃぃぃ!!? ありますあります!!? で、ですから、どうか!? どうか!? 我が国との関係はぁあぁあ~~~』


「御爺様には伝えておく。心配せず自分の仕事に励んでくれ」


 後ろでは役人に指示された兵達がせっかく追い詰めたのに助けるのかと。


 困惑しながらも大型のバルバロスを運ぶ為の台車を用意し始めた。


 複数の荷馬車のホロを取って列車のように連結して使うらしい。


 最初から死体回収用に用意させてはいたが、これでスムーズに事が運びそうだ。


「オイ。何ボサッとしてるんだ。さっさと治療する。来い」


「……解り、ました」


 襲撃者は心が完全に折れた様子で黒い鱗のある鳥っぽいヤツ。


 恐らく形としては鷺に近いだろう何かに何事かを呟いて。


 頭を共に垂れたのだった。

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