前日譚 なげーぷろろーぐ-03-

 

「なぁなぁ、教授。一体、シューに何持たせたんや?」


「ん? グリセリンだが」


 学内の教授研究室内。


 夜も更けて来たので化け物の解体も終えた教授はげっそりして疲れた様子の女子生徒達に囲まれつつ、在り合わせの缶詰を食べていた。


 エーカの言葉に教授が何でも無さそうに答える。


「農業資材から分離した諸々の化学物質を精製してね」


「ええと、医薬品とか保存料とか使われとるアレか?」


「まぁ、似たようなものだ。ちょっと爆発し易いからボックスに緩衝材を詰めて小瓶にした。思わず落とさない限りは大丈夫だろう」


「え!? ちょ、爆発って、そ、それってもしかして……!?」


「ああ、正式名称はニトログリセリンだ。丁度、硝酸と硫酸もあったから大した手間も必要無かった。水で感度を下げたから瓶が割れる程度の衝撃が無ければ安全だ」


「ななな、なんちゅーもん持たせとんじゃぁー」


 思わず何処から出したのか。


 ハリセンが教授の頭に炸裂する。


「一体、怒られるような事があっただろうか? いや、無い」


「何、反証しとるん!? シューが黒焦げになったら教授のせいやからなぁ!?」


「HAHAHA、冗談を言わないでくれたまえ。少なくとも黒焦げになるより蛮族染みた兵士に斬り殺されている方が確率は高いとも」


「こ、この教授ダメや!? 全然、反省してへん!!」


「おねーちゃん大丈夫だよ。だって、あのクソデカ・カメムシ=サンだよ? どうせ、しれっとまた我が家に侵入して私が追い返す事になるんだ……まぁ、おねーちゃんの部屋に入ったら生きて返さないけどね」


「い、妹の愛が重い……やなくて!?」


「シュ、シューは大丈夫だぞ」


「シュリちゃん?」


 今までモソモソとイカメシの缶詰を頬張っていた元ヒキコモリ少女が姉妹達を前に水をゴキュリとやってイカを胃に押し込んでからそう告げた。


「シューは何だかんだ言って何かやる時は徹底的だから……その内、帰って来る……たぶん」


「何や信頼厚いんやね……」


「じーちゃんに小さい頃から鍛えられたって言ってたから」


「そーなんや? 案外、アウトドア派なんか?」


「戦略SLGでじーちゃんと対戦したり、本家の田舎で家族総出でサバゲーしてるって言ってた」


「インドアなのかアウトドアなのかハッキリせんなぁ。つーかゲーム好きなんか。確かにスッゴい新作のゲームとか携帯機でやっとったけど」


「というか、家族でサバゲーする方にツッコむべきじゃ?」


 ガヤガヤと姦しい少女達のバイタリティに若いっていいなぁとノホホンとしながら、教授が缶珈琲を一口し、ふと横合いの実験器具を見やる。


 周囲にはニトロ入り小瓶を創る際の余りの容器が置かれていた。


 が、その周囲には複数のラベルが張られた同じ見た目の便が複数。


 その一つにはラベルが張られておらず。


 まだ創ったばかりであるニトロが入っているのが教授には理解出来た。


「……まぁ、いいか」


 彼は静かに珈琲を啜る。


 どうやら意図しない薬品があちらに紛れ込んだようだが、何の小瓶が無くなったのか思い出せないならば、些細なものだろうと彼はそろそろ眠ろうと毛布のある奥のソファーへと歩き出すのだった。




 *




 まぁ、何だ。


 見知らぬ兵隊=サンが重症を負ったり、馬に蹴られて地獄に落ちていたり、爆発で半死半生の目にあって壮絶な最後や壮絶な人生を歩む嵌めになるかもしれないが、基本的に良心は痛まない。


 少なからず戦争中に大量の兵隊を殺してる軍隊相手である。


 それが少なからず敵兵と呼べるアイコンである内は銃だってテイザーだって撃てるだろうし、実際命の危機となれば、瞬時に自分がその立ち位置。


 だから、愉しそうにポイポイ敵軍陣地を爆破している少年に何を言う事も無いし、仇じゃぁと気炎を上げて小瓶を投げる老人にモノ言う事も無い。


「シュー……」


 助手席に座ったルシアの視線が何か複雑そうなものになっていた事だけは確かだが、戦場となるど真ん中を突っ切ろうというのだ。


 障害や傷を負いたくなければ、容赦してはイケナイ。


 それが可能なのは自分が相手を傲慢に左右出来る時だけだ。


 陣地の中央を小規模に爆破して馬を次々に散らしながら偶然見付けた簡易の物資集積場所を大瓶で爆破。

 そのまま突っ切った先は完全に小規模な部隊が右往左往しているのみで馬もまともに使えぬ状況で追撃は無かった。


 無残に焼け落ちた街は暗く見えないが、明かりの付いている本邸は確認済み。


 その手前20mに乗り付けて車体を横に滑らせれば、後は完全に老人の独壇場。


「チョビ髭ぇえええ!! 我が鉄槌を喰らうがいい!!!」


 小瓶を括り付けた矢を10本。


 矢筒に背負った老人が猛烈な速度で取り出した巨大な強弓を連続で引き搾り、撃った。


 狙う必要も無い。


 次々に館の屋根や窓、その内部に小瓶が入るやら砕けるやらして猛烈な勢いで小規模の爆発と閃光が連鎖する。


「乗れ!! 炎が上がって周囲が明るくなる前に少し距離を取って探すぞ!!」

 こちらの意図は最初から離してある為、意味が解らずともすぐに老人が弓を捨てて後部座席に乗り込み。


 それと同時に車両を西に向けて急発進。


 数十m以上は離れようと予め決めてあった高原へ迎える野原まで退避する。


 サイドミラーには消火活動も必ず燃えていくルシアの二階建ての邸宅から次々に兵や炎に巻かれた兵が絶叫しながらバタバタと躍り出て悶える姿が映った。


 それを拳を握って見ているのは老人だ。


 忸怩たる思いは敵兵の死に様ではなく。


 主の思い出を破壊する事しか出来なかった事実に向いているようであった。


「一端止めるぞ!! 周囲に人がいないか索敵してくれ!!」


 ザグナルとリーオが心得たと後部座席を降りてすぐに周囲に散っていく。


「シュー……あ、あルg―――」


 その言葉を相手の唇の前にに人差し指を出して止める。


 首を横に振った。


「………」


 また複雑そうな顔になったルシアであったが、僅かに俯いてからコクリと頷く。


 背後から巨大な炎が上がる。


 陰影を刻む横顔はすぐにサイドミラーに映る自らの生家に向けられた。


 これで後はルシアの父親を見付けるだけだと車両を反転させた時だった。


『うぁああぁあ!!?』


『リーオ!!?』


 ルシアが叫びの響いた瞬間に助手席をすぐに出て周囲を見渡す。


 その時、カンテラの光が次々に周辺にある30m程先の雑木林の中で立ち上がり、リーオが首根っこを掴まれて盾のようにされて兵士らしき重武装の全身鎧フルプレート姿の男に連れて来られる。


「本隊じゃないのがこんなところに!? 何だ? こんな近くにどうして重武装の連中が待ち構え―――」


 その時、脳裏を過ったのは敗走したルシアの父親の事だった。


(……話を聞いた限りじゃ、戦闘の最中にわざわざ司令官らしき連中が負け戦のヴァーリに何れ軍が到着する旨と自分の統治に関して伝えたらしいが、そういう事なのか? もし、そうだとすれば、その指揮官も中々どうして策士だな)


 何故、勝ち戦の最中にそんな事を言ったのか。


 あるいは敗走する敵にだからこそ、ソレを伝えたのかもしれない。


 そう、相手の奇襲を誘って残党を一気に叩く。


 つまり、自分を囮にしてまんまと出て来れば、全滅させる手筈だった。


 と、考えられるのだ。


『おやおやぁ? これはまさか? ははははは!!! どういう事かと思ったら、娘の方が釣れるとは面白い話ですねぇ……』


 何やら妙にシナを作った厭味ったらしい口調に聞こえた。


 リーオを掴んだ歩兵よりも背後から出て来たのは重装備の槍兵、鎧に鎖帷子と盾まで持っている戦列歩兵っぽい連中に囲まれた軍服に勲章ズラリの小柄な男であった。


『グラナンッ……』


 リーオが呟く。


 まさか、御当人が出て来るとは思わなかった為、思わず驚く。


『くくくく!!! あはははははは!!! いやいや、本当に運が良いですねぇ。ルシャ姫様。貴方があの本隊を突破して来た事は正直、本当に驚愕せずにはいられませんが、どうやら面妖な援軍を連れていたようで』


 リーオに他の兵士の槍がズラリと突き付けられ、一部先端が刺さった場所から血が僅かに流れ始める。


『姫様!! 逃げて下さい!! こっちの事はいいから!! 姫様が捕まったら、全部終わりなんですから!?』


『黙らせなさい』


 兵士がグラナンと呼ばれた男の声で片手を振り被り、リーオを殴り付けた。


 それだけでどうやら気絶したらしく。


 ダランと身体が弛緩する。


『リーオ!!? リーオを離しなさい!! グラナン!! 何処まで卑怯なの!! お父様を会談中に不意打ちし!! 家々を焼くと脅して兵を討ち取り!! 幼子を盾にしなければ戦えない卑怯者!!』


『劣等弱者の囀りなど、豚の悲鳴にも劣ります。いえ、直接的な食糧になるのですから、逆にそちらの方が役立つだけ、劣等こそがソレにも劣るのでしょうかねぇ……さぁ、どうするんです?』


 ブルブルとルシアの手が震えていた。


 しかし、唇を噛み締めながらも、今にも槍が突き刺さり、死ぬだろうリーオを見捨てるという事は出来なかったらしく。


 手に取っていた剣を横に放る。


『あははははは!!! それでいいんですよぉ!! さぁ!! そちらの面妖な馬車に乗ったヤツ!! 大人しく出て来なさい!!』


 後ろ手で既にボックスの中身を一つ取って手に握り込み、セダンの屋根の襤褸布に包んだ剣を柄毎取る。


『今更何をするか知りませんが、貴方はもう狙われているんですよぉ? 鏃に頭部を貫かれて死にたいんですかぁ?』


「シュー!!?」


 思わずルシアが自分の横に出て来たこちらを見て驚く。


『な!? 何だ!? 何だその面は!?』


 親玉が出て来たこちらに驚いていた。


 被ったガスマスクの威容さに一瞬怯んだようだ。


 その動揺した瞬間を見逃さず。


 小瓶を下からスライダーの要領で投げる。


 どうせ、捕まれば全員死ぬのだ。


 だからと言ってルシアがリーオを見捨てられるわけも無い。


 此処は地獄に落ちるのを覚悟して見知った顔が死ぬ可能性も込みで爆薬を出来るだけリーオの後方に投げ込む。


 爆発に備えて剣を盾にルシアを引っ張って背後に庇った時。


 パリンと音がしてグラナンの傍で爆発が―――起こらなかった。


 だが、次の瞬間。


『ぐぁああぁあああああああああああああ!!!?』


『ひぃいあああああああああああああ!!?』


『な、な゛ん゛だぁあ゛!!? ごのニオ゛イ!!?』


 絶叫を上げながら、周囲の人間が次々に鼻。


 いや、鎧のメットを触ろうとして次々に武器を落とした。


『―――プクプクプク⊂⌒~⊃。Д。)⊃』


 その最中、グラナンが泡を吹いて白目を剥いている。


『グラナン様ぁああ!? こ、この面妖な劣等ゴミがぁあああああ!!!』


 今までリーオを掴んでいた男が剣を振り被ってこちらに突進してくる。


(落ち着け。相手は全力には程遠い。視線も間合いもロクに使えてない。とにかく今はこの剣を受け止める!!)


 両手で掴んだ剣が相手の剣を何とか受け止めた。


 と、同時に相手が態勢を崩してズルリと横に倒れ、剣の覆いが地面へとスルリと落ちていく。


『な゛、な゛ンだ!? あ、アレ゛!? アレ゛ぇ!!?』


 禍々しい大剣が夜闇に炎を上げるルシアの邸宅からの光を浴びて煌々と禍々しく瘴気を放つかのような色合いで光を滲ませていた。


『あ、あ゛、アレ゛!? 小火竜の鱗だぞお!? まさか!? あの爪も、剣身も!!? あぁ゛ああ゛ぁ、ゴレ!? 火竜のド息じゃ゛ぁ!?』


『ドク!? ドグゥウゥウ!? 死にたくない!? し゛に゛だぐな゛―――』


 目すらも開けていられない様子の男達が狼狽の最中に何やら大声で叫びながら失神者を続出させ、残りがガタガタと剣を見て震えながら、後ろに下がっていた。


 咄嗟に走り出して、リーオを引っ掴み。


 その場で蹲っているルシアに大声で呼び掛けて車両へと退散させる。


 と、同時に内部へと戻ろうとした時。


 倒れたり、具合が悪くなった一団の周囲にカカカンと鎧に何かが当たる音。


 いや、弾ける音。


『な゛、なんだぁ!? ま、ま゛ざが!?』


 背後を振り返れば、次々に男達が何やら凄い顔をしながら、弓矢をグラナン達に射掛けていた。


 軍列の後方は何やら大混乱しているらしく。


 矢の応酬が始まったが、その戦に巻き込まれる前にギアを入れてその場を突っ切るようにして車両を加速させる。


 すると、後方のバックミラーに鼻を抑えながら手を振る老人の姿があった。


「何だ……出て来ないと思ったら、父親の方と合流してたのか』


 何やら今まで車両がいた場所を中間地点にして次々に弓矢による応酬が始まったものの……どちらの軍も中間地点を越える事を忌避したようであった。


 ついでに相手の雑木林のある地点に火矢が撃ち込まれ始めると重装備の男達が次々に撤退していくのが見える。


『どうやら、助かったみたいだな』


 ホッとしつつもリーオの容態が心配である事に代わりは無い。


 高原地帯に入ったところで停車し、持って来ていた治療用キットで消毒と大き目の絆創膏、包帯を巻く事にしたのだった。




 *




「クッサ……近付かんとこ……」


「それ、意外に男も傷付くんだけど」


「まぁまぁ、軽いジャブやで。ご苦労さん……それにしても悪いねんけど、笑うわ。マジで……」


「あ、はい……」


 偵察の翌日。


 一端、車両で河に戻って来て闇夜の中で水を汲んで、言葉も無く臭いで涙をボロボロ零したルシアと共に水浴びをして数時間。


 今夜はさすがにもう危険は無いだろうと車両の中で傷を受けたリーオを見守りながら夜を明かした。


 それから明け方に3度程水浴びをして、リーオが起きると同時にあまりの臭さで喚くのを横目に身体を拭く事4回。


 こうしてトイレ休憩などを挟みつつ、何とか学内に戻ったのが朝餉時。


 近距離用の無線に呼び掛けてすぐにやって来た教授はお疲れお疲れと労いつつ、例の学園中に装備されている消臭剤を大量に持ってきて、全員に振り掛け、終わったら何やら一日で溜った雨水と教授特性の石鹸を使う事で事無きを得た。


 具体的には近寄ってもコイツクッセェなぁくらいで済む臭さにまで戻った。


 朝食を食べる為に仕方なくマスクを外して、クサッと自分に染み付いた例の臭いに気が遠くなった。


 これは確かに泡を吹いて倒れるのも納得の臭さである。


 朝食を食べ終わったところにやって来た幼馴染は一瞬で超遠距離に去って、無線機でお帰りを言ってくれたが、当分は近付いて来ないに違いない。


「近付いてくれるだけ有情か。はぁ……ま、命の代償ならこれくらいは……」


 エーカがウンウンと苦笑しつつ、鼻を摘まんでいる。


「で、どうした? もう寝たいところなんだが」


「それが高原昇って来る集団が見えてなぁ。確認したったらお姫様のお父ちゃんらしいわ」


「そうか。ルシアも大変だな。取り敢えず、迎え入れる準備は?」


「それは終わっとる。今、教授が追加で大量の消臭剤と石鹸だけ用意してて、入る前に近場の水源の下流で洗ってくるように指示して欲しいって話や」


「ああ、そういう事か」


「お姫さんはもう壁の外や。ウチ、手当用の医療用品の準備があんねん。後は頼んだで?」


「了解」


 車両を元有った場所に戻してたところだったので車両で行くのも躊躇われ、屋根に載せてあったマウンテンバイクで向かう事にする。


 数分で辿り着くとルシアが自分の臭いを嗅いでゲッソリした顔になっていた。


 いつもは人気者のルシアであるが、今日はその後方に名誉の負傷?を慮った少年少女達が何やら慰めるような口調で話し掛けている。


 恐らくは臭いけど、ありがとう的な事を言っているに違いない。


「ルシア」


「ッ、シュー!!」


 何やらホッとした様子で近付いて来るこちらに笑顔を見せたお姫様である。


「リーオは?」


 そう言うとルシアが指差した先。


 野外に誂えられた簡易のストレッチャーの上で血の滲む包帯を外して教授が作った液体石鹸をゴシゴシ自分に塗り付けている姿が目に入った。


 近くに設置されてある野外のシャワーを浴びにスッポンポンになると急いで駆け出していく。


「案外逞しいよな。あいつも……」


「?」


 苦笑しつつ、ノートとペンで絵を描き、ジェスチャーで会話を開始する。


 そうしている間にもやって来ていた軽装の男達の姿が見えて来る。


 その先端にいるのはザグナルであった。


『姫様ぁあああああ!!!』


 疲労困憊していてもおかしくない老人の目は爛々と勝利の英気に輝き。


 まるでガキ大将のような満面の笑顔を浮かべている。


「どうやら勝ったみたいだな」


『はい。良かったです。皆が無事で……』


 言葉は未だに左程通じない。


 だが、言っている事は何となく解った気がした。


「さ、行くぞ。色々説明しないと子供にお父さん臭~いって言われてトラウマになる兵士が大量に出かねない」


『ふふ、そうですね』


 その言葉が解るわけではなくてもニュアンスは何となく伝わったのか。


 2人で歩き出せば、視線は確かに同じ方向を見ている気がした。




 *




 アバンステア帝国。


 諸列強の悩みの種はブラスタの血族と呼ばれる者達にとって正しく念願の奇跡の集大成。


 要はそれまでは多数の小国に分散して力も弱かった血族達の血と汗と涙の結晶そのものである。


 小国の多くはブラスタ以外にも複数の民族が混合する国家が大半であり、他民族に対して一致団結した対応が取れないところでブラスタの血族の多くは不満を募らせていた。


 アバンステアの成立は最も血の濃いブラスタ血族の象徴的な人物によるカリスマと合理的な内政統治、小国内でのブラスタ派閥の成立無しには不可能だった。


 そのカリスマこそアバンステア帝国。


 正式名称【ブラスタ諸連邦統一アバンステア皇国】の皇帝だ。


 30年前の統一を成し遂げた男は若者であった為、今もその地位に付いて長く。


 未だ皇位継承の話も無い。


 これで安穏とした帝国の拡大は続くであろうと他の大国は見ている為、その拡大政策に暗い影が差し始めている事に殆どの者達は気付いていなかった。


 ヴァーリ。


 この大山脈に付随する小さな邦にて今、嵐の種が育っている事など神為らぬ者達には知る由も無かったのである。


「クソォ!! クソォ!! クッサァア!? ハガッ、ウググ!!? ホント何なんですかねぇ!? あの面妖な男はぁ!! ワタシにこんな、クサァァァ⊂⌒~⊃。Д。)⊃」


 意識が飛びそうになった男が寝台の上でのた打ち回っていた。


「お気を確かに!? グラナン卿!!?」


 その傍にいる男達は誰もが鼻に紙を水で湿らせて丸めたものを詰めており、何とか悪臭に耐えつつ業務に付いている。


「お前達ぃ!! 追撃部隊の再編は終わったのですかぁ!?」


「そ、それが馬を回収しようにも先日の襲撃で四方八方に散らばってしまい。騎兵の数は6分の1、その上で兵糧が焼かれた為、既に脱走兵が出ております」


「きぃいいぃぃぃ!? 我が人生最大の汚点!? 今、投入出来るのは何人残っているんですかぁ!?」


「凡そ2200名程かと!! 死者は先日の襲撃時に数十名。げ、現在、傷病者は本国の施療施設へと後送しており、それに数百名従事しております」


 フカフカな寝台の上。


 自らの臭さに悶絶する男は鼻から紙を気合でゴミ箱に吹き飛ばして、新たに解して丸めた紙を捻じ込み直した。


 その後、部下達の報告を前に憤懣やるかたない様子で気炎を吐き続ける。


「こ、この失態が本国のお偉方に知られたら我が人生の破滅。ウググ……此処は何としても我らが戦力だけであのクソ劣等共をぶっ殺すんですよぉ!!?」


「じゅ、重々承知しております。では、本国への増援部隊の追加派遣要請は?」


「無しです!! 無しぃ!!」


「了解致しました。それでなのですが、兵達が怯えておるようで、グラナン卿も指揮出来る状況に無い今、士気が下がっております」


「怯えるぅ!? 何に怯えていると言うんですかねぇ!?」


「それが例の火竜の剣を持った面の男の噂が……曰く、竜の吐息を流して我々を毒殺しようとしている。曰く、竜の剣で自分達を八つ裂きにしようとしている。曰く、竜の火炎で我々を焼き尽くそうとしている。などなど」


「くぅうぅぅ!? 何処までもあの面野郎が脚を引っ張るッ!! で!? 脱走した兵は捕まえて八つ裂きにしたんでしょうねぇ!?」


「い、いえ、それが……兵達が川を見て怯えており、それどころではなく」


「どういう事ですかぁ!!?」


「そ、それが川が朝になると白く濁る現象が毎日のように起こっており、これは竜の毒の唾液が入っているに違いないと井戸に水を飲みに殺到していて……長い行列が……ちなみに半日待ちです」


「それでぇ!? 何で脱走兵を追い掛けられないんですかぁ!? それくらいの混乱なら何とでもなるでしょう!!?」


「数少ない馬で追う部隊を編成した際、そのまま帰って来ず。それを追う部隊を編成して追撃させましたところ、更にその部隊が帰って来ず」


「つ、つまり、追うはずの連中が馬を持って行ってしまうと? 人選はどうなってるんですかねぇ!?」


 イライラした様子でグラナンが爪を高速でヤスリ掛けしていく。


「いえ、それはグラナン卿が自領より引き抜いて来た強制徴募兵でしたので。常備軍化されている本国の大貴族直轄領とは違いリストもどこどこの領地から何人という大雑把なものしかなく。処罰のしようが……」


「きえぇええぇえ!!? 帰ったら、脱走兵を出した領地は税金を二倍。いや、十倍にしてやりますよぉ!?」


「そ、それはさすがに……現在、脱走兵が出ないだろう近衛部隊と傭兵共に号令を掛けて山越えの準備をさせていますが、周辺の商人から食料を買わなければ、恐らく後2週間程で兵糧が底を付くかと……」


「本国に兵糧の催促はぁ!!」


「残念ですが、早馬を走らせて一番近い領地に辿り着くまで4日。更に追加の兵糧を送る承認に4日。それを送り出す準備に恐らく4日、送り出して馬車で辿り着くまでに10日から二週間程かと」


「完全に干上がりますよぉ!? クソ、こんなところで劣等諸国を平定中の弊害がッ!? 兵站が拡大に追い付いてないのは前から進言していましたがまだ解決されてないじゃないですか!?」


 もはや怒りのボルテージも萎れそうな程にグラナンは自分が追い詰められている事を理解し、ゲッソリした顔となる。


「軍資金はぁ!!」


「1920万パレル程。全力で商人から買えば、安物なら40日分くらいは買えるかと」


「直ちに商人共に使いを送ってあるだけ全て買う準備をなさいぃ!! 今すぐに!! 勿論、脱走しないヤツを選んで!!」


「た、ただいま!!」


 叫び疲れたグラナンはハァハァし始める。


「つ、疲れましたよぅ。お前達は退出なさい。私はそこの“御坊ちゃん”に話がありますからねぇ」


「ハッ!!」


 男達が下がっていく。


 そして、壁際にズッと黙って軍議を聞いていた青年が静かな瞳でグラナンを前にして腕組を解く。


「グラナン卿。手痛い失敗をしたようですが、自分に何か用ですか? そうでなければ、厄介者の自分を呼び出しはしないでしょう?」


「フン……役立つ者はそれが親の仇でも、人間のクズでも、それが自分より位の高い大貴族様だろうと使うんですよぉ……軍に志願して30年。そうして私は伸上って来たんですからねぇ」


 ウィシャス。


 彼が好きにはなれないが、徹底的に意地汚く戦い抜くだろう男のやり方に一種の敬意すら覚えて溜息を吐く。


「聴かなかった事にしておきます。今の発言は……」


「はは、君は私と同じ臭いがする。這い上がろうとする者の臭いが……血と汗と泥に塗れた戦場にすら目的の為ならば身を投じようとする覚悟が……」


「……それで?」


「師団長の秘蔵っ子と噂される君です。軍学校の最終試験としてやって来て、ただで帝都に返るつもりは無いんでしょう?」


「自分は独立して行動する権限を帝都の母校より承っています」


「承知ですよぉ? くく、調べさせましたからねぇ。どうやら、あの劣等共と幼少期過ごしていたとか?」


「ッ……」


 ウィシャスの顔が険しくなる。


「私はねぇ。卑怯な方法も取れば、人に顔を顰められる戦術も取る。人間のクズと敵に罵倒される事も多いですが、それは事実だから、別に怒るような事でもないと思ってます。ですが、約束は守る性質なんですよぉ」


「約束……」


「そう。曲解も歪曲も無し。軍において。いや、軍だからこそ、契約とは重いものなのですよぉ。どうせ、私が何もしなくても半年後には消えていた邦です」


「………」


 ギョロリというよりはギラリとグラナンが瞳を輝かせる。


「助けたくないですか? 貴方が愛した邦の人々を?」


「……いいでしょう。お話を伺いましょうか。グラナン卿」


 こうして男達の話し合いはようやく始まったのだった。




 *




「やぁ、シュー君」


「ああ、レン邦長」


 体育館の手前の共有スペース。


 今現在、子供達の遊び場が隣接するパイプ椅子にテーブルが置かれた休憩所の前でバッタリと先日助けた事になるのだろう相手。


 レン・ヴァーリ。


 ルシアの父親を出くわしていた。


 中東とかにいそうな髭を豊に蓄えた50代の壮年。


 筋肉質の細身で周囲には常に人の輪が耐えない男は温和な視線と鋭い眼光を併せ持つ猛禽類のようにも思えた。


 革製の衣装の大半に装甲がガッツリと縫い込まれているところからして常在戦場の心意気を露わにしているのだろうが、それにしても才気に溢れる英傑。


 これが基本的な評価だ。


 理由は単純無比だ。


 この数日で簡単な会話を交わせるくらいにルシアよりも早く言語の理解が進んだ。


 今では簡易ながら日常生活で使う関連の用語は100語以上理解しているだろう。


「どうしたんですか?」


「ええと、娘の事、で」


「ルシアの?」


 頷く相手が少し困った様子なものだから、近くの建物の一角に入って、奥まった通路に誘導する。


「何でしょうか? 朝食前に……」


「済まない。ええと……」


 黒く長い髪に褐色の瞳。


 何処か人間離れした美丈夫である男は髭さえなければ優男という風体だろう顔を困らせて何やら渡していたノートとペンを取り出して何やら書き始めた。


 その様子はすっかり定着した一幕だ。


 あの初日に大量の石鹸を渡した後、娘よりも食い気味にこちらの事を訊いて来た彼は清潔を保つ為だとすっかり気に入った石鹸で毎朝身体を清める始末。


 好奇心が強いらしく。


 次々に聞き出された事は多く。


 すぐに学内の運営に人材を貸してくれる事を了承。


 ついでに深い事を訊き始めて、今は唯一この場所が異世界からやって来た事を知る人物となっている。


「これを……」


 渡されたのは一連のやけに上手い四コマ漫画のような連続した絵だった。


「……ええと、娘が、毎日、食料を見て、困ってる?」


「そうそう」


「……兵糧。食料が少なくなってるのをルシアが不安そうな顔で見ている?」


「そう!! そうだ!!」


 それとなく解ったらしく。


 ウンウンと頷きが返される。


「ああ、それは確かに問題ですが、何分ここら一帯での食料確保も限界みたいですし……」


 サラサラと周囲の山の地図を書いて、何処にも×を書き込む。


 兵士達が家族と再会して数日。


 保存食ばかりにも頼れないと水は現在パイプを突貫工事でエーカの指揮の下で敷設中である。


 明日にも水源から水が流れて来るはずなのだが、如何せん動物や植物があまり獲れなかった。


 そもそもの話として周辺一帯の高原地域では産物となる植物は複数存在するが、その絶対量が少なく。


 近隣でも食料確保は基本的に産品を少量手に入れて麓に戻る者は殆どだったとの話なのだ。


『此処の獲物はもうダメだぁ。他のとこに少し遠出するかぁ?』


『いや、ダメだ。持って帰れなきゃ意味が無い』


『ここらの山は主のせいであんま入って無かったからな』


『引き上げるぞぉ!! 昼飯の時間に遅れちまう!!』


『あいよぉ!!』


 元々、この地域に住まう主と呼ばれていた例の巨大ハリネズミ(仮称)が危険であった事もあって、立ち入る者も少なかったとの事。


 という事で待てど探せど動物性たんぱく質として兎やイノシシを数頭が限界。


 後はもう今は食料を全て学内の学科が保有する畑と非常食に頼り切っていた。


 それももう後2週間持つか1週間持つか。


 少なからず人口に比例して食料の枯渇は間直に迫っていた。


「んぅ……」


 再びレン邦長のノートに絵が書かれる。


 それを横合いから見ると何やら丸い物を持った人が何かと交換していた。


「商人から買う? 食料調達を商人からしようって事ですか?」


「しょーにん?」


「この人です」


 モノを持っている方を指すと彼が大きく頷く。


「そう。そう。しょーにん」


「でも、お金が……」


 今度は丸いモノを指差す。


 そうすると今度はニヤリとした彼が笑顔になった。


「何か策があると?」


「パレル。イッパイだ」


「パレル?」


「コレ」


 丸い硬貨らしいものを指差した男が得意げな顔をして手の指で丸を作った。


 どうやら生き残る為には何でもやらねばならないようであった。




 *




「宗。結局、どうするんだ?」


 幼馴染が朝食を食べながら訪ねて来る。


 教授といつもの面子で今日は研究室内での朝食という名のミーティングである。


 当然のようにルシアがいたり、リーオがいたりして、教授に実験器具を触っていいと訊ねる少年が首を横に振られている。


「レン邦長の話じゃ、お金を沢山持ってるから、お金を山脈の方に取りに行ってから商人のいる山脈を越えた先の街から調達しようって事らしい」


「山脈超えって不可能やないの? あの背後の山。少なくとも3000m級やで?」


 教授の私室と化している研究室の窓からは連山が数km先の間直に見えるが、かなりの高さなのはその険しい銀嶺の様子からも伺える。


 今は春らしいが、まったく雪が融ける様子は見られない。


 万年の氷床が根を張る世界では人間なんて軽く10回は死ねるだろう。


 そこを越えて大量の食糧を買い込むとなれば、もはや誰の目にも無謀と映る。


 エーカの言葉は普通なら事実であった。


「おねーちゃんでも厳しい?」


「ウチは雪山や春の雪山の経験も持ってるから恐らくルートさえ確保出来れば、尾根なら超えられるけど、馬車や荷車持っては無理やろ」


 妹に肩を竦めるエーカの言葉は最もだ。


「オレもそう言ったが、邦長はどうやら簡単に超えられる道を知ってるらしい。ルシアは何か知らないか?」


 乾パンにスパムをムクムクと小さなスプーンで頂いていたルシアがハッとした様子で赤くなる。


 どうやら食べるのに夢中だったらしい。


「な、なぁに? シュー」


 たどたどしい日本語だが、その分だけ愛らしく。


 幼い子のように首を傾げて微笑む少女はプライスレス。


「……ハッ(・`д・´)」


「「「………」」」


 気付けば、周囲の女性陣が白い目で見ていた。


「やはり、イケガミ・シューはヨンローヤローですね」


「いや、カワイイ子に目が無い唯のドーテ―やで?」


「シュー……警察が此処にいないからって問題を起こしたら、もぐぞ?」


「う、うちの女性陣の発想が怖い……」


「?」


 ルシアが未だニュアンスや言語の壁に何をガヤガヤやっているのか分からず。


 首を傾げる姿はやはり可憐だったのだった。


 それから数分。


 ノートに絵を描いて言葉も交えて解説したら、解ってくれたらしいルシアがすぐに何かに気付いた様子で再び絵に新しい情景を書き加えた。


「つるはしで何か掘ってる? キラキラなものが一杯出てて、何か隠されてる感じ……山脈、鉱山、隠される……隠し鉱山みたいなのがあるのか?」


「鉱山?」


 リーオに大人しく食事をして触るなと口へフォークでスパムを詰め込んでいた教授がグリンと180度回転してそうな首をこちらへ向ける。


「教授。いきなり食い付かないで下さい。怖いじゃないですか」


「実は先日から色々と試してるんだが、諸々の材料が足りなくなってきてね」


 マガツ教授と言えば、もはやヴァーリの避難民からすらヤバイのを理解される何かよく分からないけどヤバイ人の筆頭である。


 妖しい器具と実験室と製造中の様子。


 これは完全に魔女狩りされてもおかしくないレベル。


 ドラゴンの解体現場となっているガレージなど恐ろしき化け物が住まう場所として子供達や大人達が一度見てドン引き、二度と来ない処になっている。


「で、一体何が欲しいんです?」


「最優先はマンガン、銅、鉄、硫酸だ」


「最後の……無いでしょう?」


「化学には必須だが、先日のグリセリンを作る時に使い果たしている」


「そういうのは早く言って下さい……」


 溜息を吐く。


 つまり、次は爆発物抜きで敵が責めて来たら何とかしなければならないのだ。


 一応、まだニトロの余りは存在しているが、大半は学内の奥の何も無い倉庫に封印中だったりする。


「ちなみに何に使うんです?」


「マンガンは電池の正極にだ。銅と鉄は使い道は無限だな」


「無限?」


「コイルからギアから現代社会の基礎に銅と鉄を使わない事は有り得ない。硫酸は化学的に重要な代物で通常のバッテリーもこれが無いと製造は不可能。これから先、何かしらの化合物を作る時、必ず困るぞ?」


「電池……まだバッテリーの類は車両も含めて学内で大量にあったと記憶してますが?」


「スマホやその他の通信機器インフラ、幾つかの電池から遠い場所にある電気でしか動かないシステムの使用などを考えると大容量で携帯可能な大型の電池が必要だと考える」


 教授がいつもの銀のパッケージを剥いでモクモクと咀嚼してペットボトルをゴキュリゴキュリと飲み干す。


「車のバッテリーじゃダメなんですか?」


「ふぅ。今、EV車両に高効率で長寿命のソーラーパネルを備え付けて、学内にあった新式のリチウムイオンバッテリーを積み替えたところだ」


「それが有るなら使いましょうよ……」


 その言葉に肩が竦められる。


「大量の物資や人員の輸送に耐える車両は今のところレッカー車だけだ。それとて左程の人数が載れるわけじゃない。バッテリーの数にも限りがある」


「それはそうですけど」


「一から諸々を作るにはとにかく原材料も電力も機材も足りない」


「つまり?」


「防衛用の設備。大量輸送手段。食料調達。これらは基本的にリソースの管理でどれかを犠牲にしなければならない関係上、妥協もしくはリソースの増加が求められる。ガソリンが有限である以上、全車両の電気自動車化も必須だ」


「つまり、危機的状況なのにインフラや武装を犠牲にするんですか?」


「数百人を養うとなれば、まずは食料調達が第一。その為の大規模輸送手段が必須だ。取り敢えず物資搬入用の大型トラックを一台学内の奥で見付けた」


 それはかなり助かる話だったが、今までの状況から言えば、それを使っている暇が無いというのは明白だろう。


 リソースは有限。


 要は教授の身体は一つしかなく。


 やるべき作業は人に頼んだり、教えてやらせたりしても限界があるのだ。


「出来る限りの資材で車両のフレームや窓を強化するつもりだが、それとてタイヤが無くなれば、お終いだ」


「数か月は何とかなるが、その先が続かないと?」


「そうだ。今のところゴム資源は車両のタイヤしかなく。タイヤの製造には専用の設備がいる。補修は可能だが、擦り減るゴムを厚塗りして彫るくらいが関の山。となれば、過信出来るものでもない」


 お茶を啜る。


 それでシンと周囲が静まり返った。


 何を喋っているか分からなかっただろうルシアが首を傾げて袖をチョコンと摘まんでクイクイと引っ張り、説明を求めてくる。


 それに何度か絵を描いて伝わるだろうかと単語も書き添える。


 リーオはスパムを食べ終えた様子でルシアの傍でウトウトし始めていた。


「……解りました。今回、レン邦長からの要請で山脈へ向かう事になったので諸々有るか。それと輸送出来るルートも確認してきます」


「可能な限り装備は用意する。原材料の見本となるデータも纏めておこう。ただ、出来る限り迅速にした方がいい。後何日先かは分からないが、恐らくそう遠くない時期に相手は攻めて来るだろう。兵糧を焼いた以上は必然的にな」


「解りました。じゃ、今回は……」


 此処で5択が発生する。


 何かルシアは当然のように自分を連れて行くよね?的な目をキラキラさせているし、いやいやウチの山登り技能は必須やろと関西弁少女は行く気満々だし、おねーちゃんが良くなら行かないわけないよね?と当然のような顔の妹が姉の後ろから睨んで来るし、今日も体育館の避難所で諸々の対応に追われる事になるだろう幼馴染は話を聞いて無いし、姫様が良くなら自分も良くに決まっていると胸を張るリーオはやはり教授に実験器具を触ろうとして止められていた。


「じゃ、エーカとルシアと朱璃に付いて来て貰おうか」


「おねーちゃんが行くならわ―――」


「あ~セーカ? セーカにはウチから頼みたい事があんねん」


「え?」


『リーオ。実は私から頼みたい事があって』


『姫様が頼み事?』


 2人が通路に其々仲間達を連れて行き、何やら話し込み始めた。


「な、何だ? 私に何させるつもりだ?」


 何やら胡散臭げなジト目で幼馴染が睨んで来る。


 警戒されているらしい。


「いや、今回は遠出になるし、対人交渉もしなけりゃならない。相手の事を出来る限り知るのにお前の技能は必須じゃないかと思って」


「成程。じゃなくて、絶対山とか昇らないからな!? ヒキコモリを舐めるな!!」


「元、だろ」


「う……(´Д`)」


 こうして固まる幼馴染に溜息を吐きつつ、次なるお出掛けに向けて準備を開始する事にした。




 *




「というわけでテレビでジャンプしたら現地に付いてる的な速さで此処まで来たわけだが……コレ、どうすんの?」


 思わず山脈の直下の岩肌を見て、首が痛くなっていた。


『姫様ぁああああ。ワシも本当は行きたかったですぅううううう!!!』


 ザグナルは出て来る時、涙目であった。


 生き残った部隊の統率者の1人として周辺の防衛体制を整える為に諸々の指揮官という名の雑用役をレン邦長から受けていたものだから、付いて来る事は不可能だったのである。


『ザグ爺の事は心配しないでいいぜ。ちゃんと、補佐するからさ』


 リーオはルシアを最後まで守った功績を認められて、ザグナルの補佐になった。


 どうやらレンがルシアに話していたらしく。


 傷も塞がった今ではちょっとした身体の傷も箔が付いたと喜びつつ、『やっぱ痛てぇ!!』と鎮痛薬を渡されて飲んでいる事だろう。


『お父様が言うには此処に秘密の道があると地図に……』


 ノートに書かれた地図を見ても、車両内部から見渡させる範囲に入り口らしきものがあるとは思えなかった。


 だが、詳細に書かれた地図には外……山脈直下の岸壁の真下に道はあると書き込まれている。


「一端外に出てみるか」


「せやなぁ。ウチが運転しとくわ。もしもの時は素早く戻って来るんやで」


「了解」


 外に出れば、数km先でしかないのに高原よりも遥かに風が冷たい事が解る。


 岸壁の上から今にも雪崩でも降って来るのではないかという怖さはあったが、ルシアが出ていくのをそのままにも出来ない。


 荒涼とした雪山は樹木も疎らで山脈の切り立った岸壁の一部は下を道のように見せて延々と先へと続く雪氷の壁を延々と遠方に伸ばし続けている。


「ん………」


 出て来た自分もルシアもフル装備だ。


 大学の登山部のロッカーに死蔵されていた豪雪地帯でも大丈夫そうな防寒具が四着残っていたのが大きかった。


 年頃の女性陣には少し大きめであったが、動き易さよりも防寒対策をした事は間違っていなかったと言える。


 少しでもガソリンを節約する為、モッコモコの防寒具を着込んだ後は車両のヒーターは殆ど付けていない。


「どうだぁ!! ルシア」


「……コレ……」


 何か見付けたらしく。


 岸壁の一部を触っていたルシアが振り返っておいでおいでと手招きする。


 そういうところは日本風なのかと思いつつ、すぐ傍まで行くと。


 今まで氷の色彩で見えなかったモノが見えて来た。


「この壁……一面氷か?」


 コンコンと叩くと案外簡単に割れそうな軽い感触が帰って来る。


 例えるなら、スカスカのベニヤ板の堅い版を叩いたような感じである。


 鈍器を探そうとして今回も持って来たものがあるとトランクから例の教授お気に入り装備を持ち出す。


「あ……どらごん?」


「そうそう。ドラゴンの剣だ。禍々しい中二病の玩具っぽい癖に人も斬れそうなのが何とも……」


「?」


「少し離れててくれ」


 手で後ろに下がらせた後。


 異常に軽いだろう剣を壁に叩き付ける。


 すると、案外簡単に壁に亀裂が走った。


「お?」


 今度は横から降り抜くとベキベキと音がして罅が縦横に走っていく。


 小突いてから後ろに下がると。


 ガラガラと表層が完全に崩れて道が露わとなった。


「隠し通路……RPGかよ……」


 呆れて呟く間にも内部から刺した光に目を細める。


「明るい? どうしてだ?」


 ルシアが横に来たので共に中に入ると内部の景色が飛び込んで来る。


「これは……この氷山の一角そのものが全部氷なのか? この透明度、鏡みたいな氷や透ける氷の内部に光が透過したり反射したり、どうなって……」


 思わず呟いてしまったのも無理はないと思う。


 割りとファンタジーには為れたと思っていたが、内部は巨大な輝く透明なトンネルが延々と続いていた。


 山の何処からか入って来た光が氷山に開いた洞窟のような場所まで届くというのが庭かには信じられないが、氷が普通ではない何らか原因で鏡やガラスのような光の屈折率を持っているというのが事実だろう。


 そのトンネルの上や上空までも澄み渡るような蒼い世界が光によって瞬き、その熱量で溶ける様子もなく輝いているのは不可思議を通り越して感動を覚えさせるのに十分であった。


「行くか……」


「はい。シュー」


 一端、車両に戻る。


 本日のセダンは車両の上部にはバイクは無く。


 大型のソーラーパネルがデンと鎮座していた。


「行くぞ。お前ら~」


 洞窟の内部に入ると眩しい程の輝きが社内にも飛び込んで来る。


「んぅ、まぶ、し……」


 後部座席でスヤスヤしている幼馴染はエーカに起こされて、ぼんやりした様子で車外を見てから綺麗だなぁと呟いてまた寝てしまった。


 まるで子供だが、連日体育館内で避難民のケアに当たっていて疲れていたのは言わずもがな。


 今くらいはゆっくり寝せておこうと少なからず遠方まで続く芸術的なトンネルを慎重に時速30km程で進むのだった。


 それから20分弱。


 ようやく終わりが見えて来た。


 見えて来たというよりは行き止まりが有ったというのが正しいだろうか。


 だが、壁を叩けば、やはり左程の強度があるようには見えず。


 ドラゴンの剣。


 もう面倒臭いのドラ剣とか適当なネーミングにして壁をゆっくりと切る。


 すると雑に何回か切っただけでドサドサと行き止まりの雪と壁が崩れて外から光が射した。


「お、出たな……」


 すぐに車両へ戻って進んで外へと出た時。


 思わず固まる。


 車両が出た場所の先。


 普通に村があったからだ。


 だが、一番驚くべき事はそこではない。


 氷の上に村があった。


 まるで日本の昭和基地みたいに氷の上に建物が建てられているらしく。


 氷床を岩窟を掘るように掘り抜いたらしい村は壁に沿って20m程上まで窓が空いていた。


 見れば、それがグルリと周囲を囲んでおり、構造が氷床を露天掘りした後の壁際に造られているようだと分かる。


「これは何とも……完全にファンタジーだな」


 次々にこちらを見て驚いたらしい村人と思われる毛皮を纏った者達がざわめき始め、すぐに男達が集団でドカドカと走って来るのが見える。


 それにルシアが車両から降りて、すぐに前へ出て行った。


 後ろから付いて行こうとしたら、片手で制止されて大丈夫だからと微笑まれる。


 男達が厳しい顔付でルシアに近付き。


 彼女がフードを取ると驚いた表情になった後。


 すぐに男達の1人が人を呼びに氷窟の最中に走っていく。


『私はルシャ。ルシャ・ヴァーリと申します。此処が父の言っていた隠し鉱山の村でしょうか?』


『ルシャ……やはり、レン様のご家族の方でしたか!? こ、これは大変申し訳ありません!? 思わず外敵がやって来たのかと!!』


 畏まった様子になる男達が次々に頭を垂れた。


『いえ、構いません。今は邦の非常時です。それよりも父が若者達がこちらに向かったと言っていたんですが、辿り着いていますか?』


『はい!! つい昨日夕暮れ時に!! 誰も彼も疲弊していて、今は奥で休ませ看病を!!』


『今、仲間が共に来ています。あの馬車を置ける場所に案内してくれないでしょうか。それから若者達の処への案内をお願い致します』


 ルシャが頭を下げた。


 それに恐れ多い。


 恐縮ですと言った様子で男達が慌てて、こちらを誘導してくれる。


 お姫様というのは案外偉大なのだなというのが解ったところでようやく目が覚めたらしい手璃が手を寝ぼけ眼を手で擦りつつ、欠伸をしたのだった。




 *




『おお、確かに絵の通りのお姿。貴方様がレン様の御息女の……何と立派になられたものか。誕生のお祝いに伺って初めてお見受けした時以来ですな』


 熱を出して寝込む十代の少年達の様子を見せて貰った後。


 ルシアと共に村の村長のところまで案内されていた。


『そうなんですか? すいません。覚えていなくて……』


『あははは。結構結構。覚えていたら、逆に驚いてしまいますよ。我々は殆どこの村と近くの街や集落としか往復しませんので世情には疎いのです』


 通された部屋には暖炉が在り、氷の中に無理やり石を積んだ釜には火が煌々と灯っており、外の景色が見える一番上の部屋であった。


『父から現在の状況はお伝えしていると伺っていますが、ご理解しておられるでしょうか?』


『はい。何とも……高々30年前に出来た国が由緒正しきヴァーリの地を犯し、大勢が亡くなったと……痛ましい事です……』


『それでなのですが、今……我々は何とか高原で踏み留まっており、家財も武器も殆ど無く。食料すら儘ならない有様で……』


『それは何という……解りました。現在も生産は続いております。我が村の保存庫をお開けしましょう』


『保存庫?』


『お仲間の方々と共に付いて来て来て下され』


 村長らしい老人が顔を真顔にすると部屋から出て先導。


 それに付いて行くと氷床の奥へ奥へと向かっており、最後に石製の扉が開かれて、内部に招き入れられた。


 どうやら氷床が途切れる岸壁付近らしく。


 周囲は薄暗い。


 だが、老人が持って来ていたランタンに何やら火打ち石で火を入れて周囲に明かりが零れ、それが壁一面を覆っていた布を剥いだ時に巨大な輝きが室内を満たしていく。


「お、黄金!?」


 思わず眩しさに目を細める。


 老人が置いたランタンに照らし出された壁一面には黄金らしい掘り出した原石のままであろうものが大量に堆くギッシリと詰め込まれていた。


 かなり不純物が少ない黄金の原石が大量……それこそ何十メートルも先の部屋の果てまで埋め尽くしている。


 あまりの事に呆然としたこちらに苦笑する老人が何やらルシアに振り向いて語り始める。


『我らはこの地に生を求めてより200年。この山脈を削り、生計を立てて来ました。多くは鉄か銅。時には染め物や食料に使う鉱物を我が村で精製し、街で売る事で、です』


『ヴァーリの地にこんなところがあるだなんて、先日までまったく知りませんでした……』


『無理も在りますまい。この事実は代々のヴァーリの邦主様と一部の重鎮しか知らぬ事。家族にも教える事は厳禁とされていたと聞きます』


『何故ですか?』


『大きな財は無用な争いを産むからです』


『それは……』


『この保存庫は我々が持つ幾つかの使い道が無い石を外に捨てず保管する為の場所。使い道が無くとも鉱物には毒があります故。無暗に捨てれば、大規模な鉱山の存在が露見してしまう可能性があり、こうして山脈を刳り貫いた地に貯め込んでいるのです』


『だから、外に出せない鉱石をこういった場所に……』


『はい。元々、山の民であった我らは鉱山を渡り歩く存在だったと聞きます。ですが、多くの鉱山は掘れば、山の麓までも毒で汚し、山の鉱物が枯れてもそのままとなる』


『そんな……』


『故に我らは渡り歩く最中にはもう山殺しの民と言われ、多くの地で忌み嫌われていった』


 何やら村長が遠い目をしてルシアに語っていた。


『そして、最後に辿り着いたのがこのヴァーリの地……当時の邦主が我々を招き入れ、毒を出さぬ粗末な原石だけを売って、生計を立て、それ以外はこの万年氷床の最中に隠してしまえばいいと教えたのだとされています』


『だから、今もこの場所に?』


『はい。ヴァーリの邦主との取り決めはこの200年破られる事無く。邦の存亡の折にもしも財を失うような事があれば、それを埋め合わせるよう伝えられております……』


 村長がルシアの瞳を見つめる。


『ルシア姫。国家火急の時に我らは如何な命も労役も差し出す事をしません。ですが、だからこそ、このような時には自らの歴史とこの地が露呈する事を覚悟でこの金を差し出しましょう。それが我らの戦いであり、覚悟なのです』


 ルシアが何やら感じ入った様子で大きく頷いた。


『その覚悟、確かに受け取りました。必ず、ヴァーリを再興してみせます。貴方達が平穏にこれからも暮らせるよう……』


『有難きお言葉……では、さっそく運び出させましょう。街に持って行くにしても売り捌くにしても色々と伝手や人出がいるでしょう』


『ありがとうございます。この御恩は必ず……今はとにかく食料を調達しなければ……父達が高原で待っていますから』


『解りました。では、すぐに取り掛からせます』


 どうやら握手したので話は纏まったらしい。


『そう言えば、なのですが、あの不可思議な馬のいない馬車に乗って来たようですが、どのようにしてあの封印を?』


『え? 封印? あの氷で覆われた出入り口は簡単に壊れましたけど……』


 その言葉を聞いて長老が首を傾げる。


『そうですか? いや、長年使われていないので最後に使われたのが確か120年前の話だと言う事ですが、言い伝えは大げさだったのかもしれませんな』


『ど、どういう事でしょうか?』


『この万年氷床はこの山脈の主である【長命蟲ちょうめいちゅう】の体液が混ざる事で如何なる熱や衝撃にも耐えると言われ、この地においては数分もあれば、氷が成長する事で閉じられると伝わっており、実際にこの山脈から地続きの氷床は石で塞がねば、すぐに閉じてしまうのです』


『そ、そうなんですか?』


『はい。開くには我が村にある村宝の短刀。もしくは邦主様の内の家宝であるはずの宝剣で開く以外無いとの言い伝えで……』


『父は何も言って無かったので知らなかったのかもしれません』


『そうですか。この村のある氷床は掘った部位に採掘した鉄の鉱石を細紛状にして散布し、日中の日の光や竈で全体的に温める事で維持しております。夜には天側の穴の上がカサブタのように閉じ、堀っておいた通路を使わねば出られない仕様でして。朝に為れば溶けて消えるのですが、その固さは並みの鋼鉄を上回る為、大げさではないと思っていたのですが……』


『あ……(もしかして、小火竜の剣を使ってたから?)』


『?』


『い、いえ、でも、通れたので大丈夫だと思います。食料を買うのは―――』


 何やらおかしな具合にこちらをチラ見したルシアが今は護身用に背負っている剣に視線を向けた気がした。


 さすがにここまで武器を持ちこむのはアウトだったのかもしれない。


 後で気を付けようと思いつつ、このお使いが早めに終わるよう願うばかり。


 その日の昼は竈で炊いた温かい鶏肉のスープと固いパンで十分に温まった。


 非常食の冷たさを知っている身からすれば、温度のある食い物が贅沢な代物だった事は間違いないだろう。




 *




 到着したその日、未だ手当を受けている若者達と言っても100名近い少年青年達は逃げ延びた女子供や兵士のリストをルシアから貰って食い入るように見て、無事だった者は涙を流して喜び、リストに名前が無い者は悲嘆に暮れて仲間達に慰められる事となっていた。


『母さんと妹助かったって……』


『ああ、良かったな!!』


『父さんは……やっぱり、あの戦いで……』


『姉は腕にケガをしてるけど、無事だって!!』


『命があったなら良かったじゃないか』


 オイオイ泣き始める半病人連中の啜り泣きやらに貰い涙しているルシアであるが、ずっと感動ヒストリーを見ているわけにもいかない。


 更なる犠牲者を出したくないなら教授からのお使いが先。


 という事で使わない鉱石の墓場となっているという幾つかの場所を見せて貰い。


 村が200年程貯めて来たらしい膨大な鉱石資源の量と内容に渡された資料を照らし合わせながら確認。


「こいつは銅。この部屋一杯か。隣が鉄で。更にその先が石炭。ええと、これは教授の資料による水銀が出るヤツで、あっちが―――」


「シュー。いっぱい。足りる?」


「ああ、ルシア。足りそうだ」


「よかった!!」


「おかげで何とか相手が攻めて来る前に必要な資源やら食料は確保出来そうだ」


「うん!!」


 殆ど必要な鉱物の類は揃っている事が解った。


 どうやら雪山ではあるようなのだが、山脈の一部には活火山として硫黄その他の鉱物資源もそれなりにあるらしく。


 200年掛けて掘り抜かれた山脈内部の坑道を辿る事で数km単位の移動がかなり楽に行える事まで判明。


『ものを溶かす水ですか? それなら恐らく封じられた坑道の端から行ける場所にありますね。何でも恐ろしい場所だとか』


『ありがとうございます。必要としている方がいて』


『いえいえ、姫様の頼みなら次の往来までには何とか通れるようにしておきます故……それにしても戦争に使うのですか? 確かに何でも溶かす水となれば、大きな武器になるでしょうね』


『あ、あはは、そ、そうですね……(何に使うかまるで知らない姫様スマイル)』


 使い道が無い鉱石や危険な場所に繋がる道も話をルシアを通して聴き出す内に硫酸なども小規模な湖という形である事が判明。


 その内に危険な採取をさせられる事になるだろうと溜息を吐きつつ、教授が喜びそうな情報をノートに書き留め、2日後までに麓の街からの食糧調達が終わるという話も聞いたのでまったり休む事にした。


『姫様。こちらです。侍従の方々も。男性はそちらです』


「じゃー行ってくるで。シュー」


「ノゾキマ=サン。覗かないで下さいね?」


「宗は覗かないぞ。美男美女に囲まれる本家で美少女や美男子と最近までお風呂とか入ってたから目が肥えてるって、宗のお母様が言ってた」


「「はぁあ?!」」


「誤解を招くような事を言うな!? ウチの本家が男女混浴の露天風呂だっただけだ!?」


「「はぁああああぁあ!?」」


『あんなにも叫んで……あのお嬢さん達と一緒にこの地の言葉を忘れてしまったと聞いております。きっと、戦争で怖ろしい経験を為されたのでしょう。ささ、雪山は冷えます。村自慢の温泉に浸かって一休みなさってください』


「はは、ありがとうございます。ぜってぇ戦争被害者と勘違いされてる。哀れみの視線が痛い……」


 氷床の中にある村とはいえ。


 生活している以上、様々なインフラは整備されていた。


 上水は万年積もる積雪を鉱山から取れる燃える石。


 要は石炭で必要な分だけ溶かして飲料とし、下水処理は山脈の一部から湧き出す温泉水を用いて麓の深い森林地帯にまで掘り進めた下水道で流し、その到達地点にはの植物が大量に繁茂して沼地になっている云々。


 そんな温泉水は各家庭に引かれてもいるが、村人総出の祭りなどの時の為に用意された大浴場があるらしく。


 岩肌を刳り貫いた絶景の岸壁風呂があるとの事。


 氷床から岸壁内部へと入り数分歩いた場所からは湯気が立ち昇り、山脈の崖にある巨大な氷柱に隠された屋内温泉施設となっていた。


「……レジャー施設にしたら一級品だな」


 無駄にだだっ広いし、彫り込まれた石作りの浴槽と柱の彫刻は炎を模して優美。


 諸々の調査と確認を終えた後の夕暮れ時という時間も相まって、外からの紅蓮の光が氷柱を通して乱反射し、天然の万華鏡のように湯舟へ降り注いでいる。


「完全に数百人は入れるレベルの広さだし……この岩石を全部刳り貫くとか完全に時間と労力の集大成。どっかのファミリア的な建築も真っ青な歴史建造物と」


 湯舟は源泉掛け流し、下水処理と各家庭への温泉の供給が行われる関係でトイレもちゃんとある。衣服を脱衣所の陶製の籠に入れて、そのまま薄靄の掛かる湯舟の前で銅製らしい薄い桶で駆け湯をして内部に侵入する。


 源泉から引いているならば熱いかとも思ったが、広大な空間に熱を逃がしているからか40度より少し低いくらいで長めに入っていられそうだった。


「ふぅ……」


 思わず声も出るというものだろう。


 入浴というのは文化的に中々難しい代物だ。


 特に山間の源泉が出る場所でなければ、まず入るのは高位の上流階級くらい。


 それとて文化的に入る習慣が無ければ、沐浴で済ます場所もある。


 だが、この氷床の村は明らかに文化人レベルの入浴文化が根付いている。


 殆ど閉鎖環境という条件下だからこそ、こういった入浴によるストレスの軽減を自然の恵みで行おうとしたのかもしれない。


『なぁなぁ、そんで聞きたいんやけど。シューとはもう寝たん』


「ブッフォ?!」


 思わず口元まで浸かっていた口元が爆発した。


『ね、寝る? 宗は寂しい時はいつも一緒に布団へ入ってくれてたぞ? お話も聞かせてくれたし、身体も洗ってくれた。ヒキコモリ卒業したら自分でやるんだぞって約束だったから、今はちょっと寂しい……』


『ゲホゴホグホ!?』


『お、おねーちゃん大丈夫!?』


『シュ、シュー……何と言う事を……アレか? そんなレベルのHENTAIだったんか!? 自分好みの幼馴染育成計画か?! どう見てもアウトやろ!? ふ、ふふ、こ、これは後でちゃんと締め上げんとなぁ(ニチャァ)』


 どうして混浴なのに男女別の脱衣所があるんだよ!!


 という話はさておき。


 さっさと逃げようとしたところで物騒な単語が飛んできて思わず固まってしまう。


『ひぃいぃ?! お、おねーちゃん。その顔は鬼女も真っ青だよ!?』


『知るかぁ!!? 明らかにサワヤカなイケメンが幼女趣味ロリコンでしたくらいの衝撃やで!?』


『いや、それは私達に限っても刺さるよ!? 見た目的な問題で!!』


『シュ、シューはアイドル系タレントから4段階くらい落ちる三枚目半系イケメンだけど、基本良いヤツだぞ!!』


『あんなぁ? ヒキコモリ少女を世話する青少年とか薄い本案件やで? いや、ガチで!?』


『シューは悪くない。悪いのはウチの家族だった人達だから……』


『え? 何か地雷踏んだ? ウチ』


 その話をしてもいいくらいには姉妹達と打ち解けたのかと少し驚く。


 朱璃にとって、今もそれは思い出したくない最たる過去のはずだったからだ。


『ヒキコモリになったの……ウチの家族が蒸発したからだし、シューがヨンローしたの私を大学に入れる為だったし、高校怖くて行けなくて……高認の勉強見てくれたのもシューだったし……』


『え? あ、あの~ちょっと、重過ぎるんですが? 話が。ほら、ウチって結構おちゃらけタイプの人間でして……』


『新しい家族になってくれる人達を紹介してくれたり、外に出られない間、その人達……お母さんやお父さん達と一緒に面倒見てくれたんだ……』


『もぉいい!? ウチが悪かった!? そういうお涙チョチョギレ系の話はウチのキャパ超えてまう!? シュリーはええこやでぇ~~~(涙)』


『おねーちゃんてやたらお涙頂戴系ドラマで泣くもんね……』


「お、オオキイ……」


 今まで黙っていたはずのルシアが何かを見て呟き、ジャバアアアアッと温泉を手桶で被る音がした。


「(馴染んでるなら、まぁいいか。あの人見知りなヒキコモリも今じゃ立派に友達が出来る……時間を感じるな……)」


 これは気付かれぬ内に上がろうとゆっくり奥から距離を取って歩き出す。


 イソイソと静かにその場を後にするのだった。




 *




『頼みましたよぉ。くくくく』


「はぁぁ……一体、何をやってるんだ。自分は……」


 青年が1人。


 部隊の一部を率いて馬を用いて40km程遠回りした山脈の反対側へと赴いていた。


 ヴァーリ一帯は高原や山脈がある事で解る通り、夏場も気温が低い避暑地としてならそれなりに人気が出るだろう地域だ。


 しかし、それは農作物の収穫量が左程無いという事実でもある。


 近隣諸国は何処もヴァーリがやられた事を逸早く察知するとすぐに国境を封鎖。


 商人達はヴァーリ方面への商隊遠征が出禁状態となり、ヴァーリの軍人と名乗ったとしても小規模な邦を相手に高圧的に出る事も現在は出来ない兵隊達は次々と追い返されていた。


(まぁ、軍が野盗化してるんじゃないかと疑えば、誰も入れたくないのは解り切ってる。けれど、このままでは部隊が自然と瓦解。それこそ現地で野盗になるしか生き残る術が無くなる。何とかして食料を調達しないと……)


 現在、グラナンの手先として一応働く事になった青年はそんなわけで周囲の地続きの平野部一帯ではなく山脈を迂回して反対側にある近隣最大の街【ディオフェン】へと赴いていた。


(さすが複数の山脈に跨る地域だ。スゴイ品揃えだな。大国産、小国産、海側の国家の魚の乾物まであるのか)


 この大山脈が途切れる地域は他の山脈との境目に位置し、険しい山の山間部を行き交う商人達が集まった三差路に出来た他地域との交通の要衝だ。


 故に周辺にはそれなりに建物も並んでいるし、露天には商人相手の値段相応な品質の良い食物が並んでいる。


『いらっしゃい。いらっしゃい。バーナンリの小麦だよぉ。今なら一樽2万パレルだ!! 外貨の方も受け付けてるよぉ!!』


『ウチの香辛料は南国産なんだけどねぇ。しばらく、あっちは継承戦争で荒れるらしいから次の仕入れがあるまではコレが最後の残りだよ。買ってくかい?』


『東邦諸国産の干し果実だよ!! 種は取ってるから、水で戻して食事に使うもよし、そのまま食べるもよし。でも、おじさん的には牛の乳と煮込んで冷やし固めたのがお勧めかなぁ?』


『お、お買い上げありがとうございます。え? 裏で商談? 結構な量が必要なのかい? ああ、解ったよ。じゃあ、いつもの現物払いで地区の中央鑑定市場に』


 何れは山脈全域を自らの支配下に置く考えであろう帝国も要衝地として確保する事になるだろうが、それは現在の状況が上手く進んで数年から10年以上後になるはずの出来事であって、今現在はあくまで帝国も商人達の商売相手にしか過ぎない。


 故に大金を持って一括で購入するべくやってきたウィスの率いる部隊を見ても商人達は視線を合わせないようにする程度で商売は継続。


 その武装した兵隊が馬で入り込んでいるという状況にも関わらず何ら商売を止める様子も無い商人達の様子に青年は手強い交渉になりそうだと内心で溜息を吐いたのだった。


『中尉殿。さっそく商人を捕まえました。話をしてきます』


『ああ、頼む。ここら辺の人達の事はまだ分からないから、幾らかでも知ってる君達に一任するよ』


『了解です』


 それから数分後。


 大口の取引という事で彼が商人に口利き料を払って市街地の中央市場の管理責任者への御目通りを願い出た。


 ウィスが待たされるかと思いつつも一番大きな市場の最奥にある取引所の一角へとすぐ迎え入れられ、商人の身の軽さに驚く。


 例え、大物でも時は金なりと機敏に対応するのはやはり商人だからなのだろう。


 これが貴族ならば、半日待たされる事もザラであろうというのはウィスが大貴族の家に住まうようになってから学んだ事実だ。


 既に周囲では何やら忙しく立ち働く男達がガラガラと大きな台車を移動させており、どうやら大口の依頼が入ったようだった。


 彼は背後を気にしつつも、取引相手のいる部屋へと通される事となった。


「初めまして。帝国軍所属ウィシャス中尉であります。この度は―――」


「ああいや、そう畏まられる事は無い。兵隊さん」


 彼の目の前の黒檀のデスクに座るのは人の良さそうな60代程の女性。


 眼鏡を黒ぶちの掛けた彼女が好青年を前にして席への着席を促し、手を机の上で組んでニコリと商談を始める。


「さて、それで兵隊さん。大口のお取引という事でしたが、食料を何千人分という話でしたか?」


「はい。取り急ぎ必要でして」


「成程成程。予算は如何程で?」


「1900万弱持参しています」


 恰幅の良い彼女の笑みが僅かに濃くなったような気がして、ウィスが僅かに内心で警戒する。


「それはそれは大金だ。いや、確かにウチでもその単位の取引は可能ですが、少し遅かったようだ」


「遅かった、とは?」


「今さっき大口の取引が纏まりましてね? 占めて3000万程でウチの倉庫にあった在庫が全部掃けたところなんですよ」


「な―――?!!」


「麦、乾物、その他の兵糧として日持ちする食料は全てです」


「残りは無いんですか!?」


「はい。残念ながら市場に出回っているモノ以外は……」


 女が肩を竦める。


「なら、そちらは!?」


「商人個人。此処に支部を持つ商会や商隊の倉庫にならあるかと思いますが、彼らは売らないでしょう」


「どういう事です!? 品はあるのに売れないというのは!?」


 思わずウィスが声こそ荒げぬものの身を乗り出して訊ねる。


「貴方は如何にも帝国の貴族様という様子ですが、あまり商売には詳しくないご様子……店に品物が無い商人を誰が商売相手にするんです?」


「ッ―――つまり、余分な在庫を現在商人達は左程抱えていないと?」


「ええ、此処は見れば解る通り、商人の街。同時に商人に付随する者達の街です。彼らを養う為の在庫を切らすというのは商売をする者にとって極めて深刻な信用の損失と捉えられるのですよ」


「……そ、それでも買える分はあるではないですか!?」


 さすがにウィスが食らい付く。


「在庫に関しては週の初めに綿密に各商人達から情報を上げて貰っています。此処は何かを生産する拠点ではない。つまり、食料は全て輸入任せ……」


「では、次の仕入れは!! 仕入れはいつですか!?」


「南部の継承戦争の影響で物流が滞っており、関税も高くなって来ています。勿論、帝国の方々の軍事活動の為に各地で買い占めも始まっていて、税関の承認も遅くなりました……次の在庫が届くのは少なく見積もっても1週間後でしょうか?」


「遅過ぎる!! どうにかなりませんか!?」


「どうにもならないでしょう。今すぐ南部の戦争が終わるか。帝国の領土拡張が止まるか。そのどちらかが起こらない限り……」


 女性が首を横に振る。


「1900万で恐らく使い切れるのは吐き出せる在庫分を見繕っても600万程でしょう」


「2200人程なんです!! 何日分になるかお解りなりますか!?」


「……今、暗算しましたが在庫を吐き出したとしても殆どが売れ残りの三級品の食糧で吹っ掛けられないとしても……消費期限は精々20日ですかね?」


 その言葉にウィスが何とも言えない顔になる。


 食中毒で部下を失うわけには行かない以上。


 現在のあちらにある食料を温存し、今買う食料で食い繋いでいくしかないが、それにしても馬車での移動日数などを考えると保存食としてはギリギリ数日間食べられるかどうかという代物になるのは間違いなかった。


「加工すれば、更に長く持ちますが、至急とのご様子。質素に食べても精々10日くらいが関の山でしょうか?」


「……く、それでも構いません。とにかく量が必要なんです。此処で一手に在庫を集めて出荷して貰えますか?」


「それは可能ですが、各商人への連絡や手回しをする際の手数料で100万程追加させて頂いてもよろしいですか?」


「自分は不勉強なので訊ねますが、その手数料は妥当であると信じて良いものでしょうか?」


 ウィスの命を繋ぐ兵糧に関して嘘は許さないという瞳に女性がニコヤカに応じる。


「ええ、妥当ですとも。少なくともこの街の商人達に在庫の再計算と既に動いている仕入れの計画を修正させるんです。普通の商人ならこの2倍は吹っ掛けます」


「………解りました。それでお願いします」


「解りました。在庫の集積に1日。送り出す馬車と人足の貸し出しと保険に10万、護衛は……」


「要りません」


 ウィスがそう告げると女が頷く。


「そのようで。では、閉めて723万程でしょうか。一括決済して頂けるなら、明日の朝までには用意させましょう」


「助かります」


 ウィスが背後を向くと後ろで幾つかのトランクをガラガラと台車で引いて来ていた部下達がトランクをテーブルの上に置いて開く。


 だが、それを見て女性が苦笑した。


「……ええと中尉殿」


「はい。何でしょうか?」


「この紙幣、本当にお使いになります?」


「どういう事でしょうか?」


 トランクの中身は基本的には紙幣であった。


 そう、帝国が誇るパレルは周辺諸国の商業圏ではオーソドックスな通貨だ。


 紙幣を一枚取り出した女性が溜息を吐いてヤレヤレと肩を竦める。


「コレ……デミ・パレル……要は我々の間だと偽札扱いの紙幣なんですよ」


「は?」


 ウィスの顔から血の気が引いて行く。


 その脳裏には悪びれない顔のグラナンが爪ヤスリを掛けながら『それがどうかしたんですかねぇ?』と肩を竦めていた。




 *




『デミ・パレル?』


『ええ、元々は帝国の衛星国。要は侵略した国家で出回る紙幣の事なんですがね? これがパレルと違って、その領内で発行する通貨でして』


『そんなのもあるんですね』


『ええ、帝国領内ならパレルと殆ど同じ相場で使える代物なんですが、基本的に外貨の交換権は帝都のある本国発行のパレルにしかないので』


『交換出来ないんですか?』


『はい。デミ・パレルを他国の通貨に交換する際にはパレルに交換した後、それを更に交換する形になるんです』


『じゃあ、衛星国の領地内でパレルに換金すればいいんでしょうか?』


『いえ、ソレも問題になりまして』


『問題? 衛星国領地内では外貨に交換出来ないんですか?』


『いやぁ、出来るんですけど……衛星国だとパレル自体の流通量が多くないので……貴重なパレルを自分家の幾らでも刷れるデミ・パレルと交換したら、あっと言う間に外貨交換に使えるパレルが枯渇して国外から何も買えなくなるんですよ』


『つまり、どういう事でしょう?』


『衛星国じゃパレルの交換は極めて渋られます。一応、大口の外貨交換は受け付けてるようですけど、商人は殆ど本国で決済、交換してますね』


『帝都のある本国はどうしてそんな面倒な事を?』


『外貨交換を許しちゃうと無制限にデミ・パレルを発行して軍事関連の物品と交換し出す馬鹿な貴族や政治家が出かねないですから』


『それってダメなんですか?』


『ダメですよ!! ははは。デミ・パレル通貨の発行権は衛星国側に委ねられてるんですが、外国との取引を制御する意味でも外貨との交換はパレルのみ。これで本国がパレルの衛星国への流通量を操作して直接的に軍事経済に関与してるんです』


『へぇ……つまり、衛星国が無暗に外国から武器や兵糧を買ったりしないように操作してるのでしょうか?』


『ええ、その通りです。その上、デミ・パレルはパレルに交換するのに手数料が掛かりまして。更に外貨への交換で手数料。やってられません』


『目減りするんですか?』


『まぁ、目に見えて一割に届かないくらいは……帝国の衛星国は元中堅国が殆ど。ある程度の自治や通貨の発行権利までは取り上げませんが、自由にさせてもいないというところなんでしょうねぇ』


『……凄くタメになるお話ありがとうございました。危ないところを助けて頂いて……』


『いえいえ、こんな偽札紛いのもんを掴ませようってのが商人の恥晒しだったものでつい口を……では、これで……』


 手を振ったルシアが何やら一つ賢くなったような顔になっていた。


 こう、何と言うか自分は何でも知ってるぞ、的な自信に溢れている。


 現在地は流通街ディオフェン。


 昨日到着した後。


 諸々の段取りを整えてくれた村側が大口の依頼という事でこちらに街で一番大きな市場の偉い人に取り次いでくれて、輸送の準備が出来た状態で取引を終える事が出来たのだ。


『ほう、これは中々の質ですな。精錬の手間はありますが、帝国へ輸出すれば、元が取れるくらいの品です。良かったですな。あの村は鉄と銅しか取れないと伺っていましたから、今年から数年は冬を越すのも楽でしょう』


 質の良い金の原石は高値が付くらしく。


 村から似馬車4台分を持って行ったら、ザックリ数千人分の食料へと変わった。


 手数料を取られていてもかなりの現金が紙幣と硬貨で入った為、残った資金で周辺の相場やら諸々の情報を集めようとしていた時。


 外貨の交換をしないかと持ち掛けられたのだ。


 それを見ていた商人の1人が何やら持ち掛けて来た相手を追い払い。


 話し込んでいたようなのだが、ルシアの話によれば、先程の話を持ち掛けて来た男は悪人だったとの事。


 金を持っていると詐欺師や悪い人が寄って来るというのは世界共通らしかった。


「シュー。オカネ? いっぱい!!」


 ルシアが紙幣の詰まったトランクを前に突き出してニコニコする。


「ああ、そうなんだが、やっぱり市場で聞いた通り、精錬設備の使用は予約らしくてすぐに使うのは不可能なのが痛いな」


 自然に絵を描いて設備の使用時期と習った暦を書き加える。


「一応、年間契約なら調整してくれるって事だから、すぐに一番近い時期で予約して貰ったけども……あの量だからな。結構な値段するだろうな」


 半分以上言っている事は分からないだろうが、何となく察したルシアが革製のトランクをちょっと大事そうに抱える。


「ま、取り敢えず、今日の宿を取って明日には出発。村の近くまで来たら、男手を動員して内部に入れて明後日までには食料を大型のレッカーで輸送かな」


 近頃、すっかり絵が上手くなった気がした。


 予定を絵にすれば、ウンウンとルシアも頷いてくれている。


「シュ~ご飯買って来たでぇ~」


「おねーちゃん。あんまり速く歩いたら零れちゃうよ!?」


「お腹空いた。早く食べたい……」


 女性陣三人が村で調達してきた旅人風の革と麻布の男物の装束を身に纏い。


 フード付きの外套姿ですぐにこちらへ戻って来ていた。


 通りの端で今日の昼食と夕食を調達して貰っていたのだ。


 全員の手には麻袋が持たれており、果実は元より干し肉らしいものまでギッチリ入ってるらしく。


 微妙に堅そうなソレが袋からはみ出ている。


「それにしても初めてこの世界の食料見たけど、殆どあっちと変わらないのな」


「?」


 首を傾げるルシアに何でもないと告げて三人と合流すると。


 次々に袋がこちらに渡されたので全て背中に背負う事にする。


「お、重い……一体、何キロ買って来たんだ? 今日の昼と夜と明日の朝の分だけあればいいって言ったよねオレ?」


 その言葉にエーカが良い笑顔になる。


「いやぁ、あっちの食料品店のおっちゃんがなぁ? 一杯買ってくれるならおまけしてくれるって言うもんやからツイツイ、な?」


 照れた様子でエーカがたはは……面目ないと笑う。


「おねーちゃん。押し売りには強いけど、おまけには弱いから……」


「いや、ボディランゲージと簡単な単語だけでソレが解るのがもう才能な気はするけども、ぼったくられてない?」


「そんなのいいから早くお肉食べたい。シュー……ご飯作って?」


 最後の幼馴染の『もうお腹空いた。どうにかして』との言葉に溜息一つ。


「解った。取った宿は自炊らしいから、竈使わせてもらおう」


「お~~~!!? シュー!? 実は自炊出来るん!? 料理男子なん!?」


「イケガミ・シューの癖に生意気な特技を……私達が料理出来ないのを知って、緻密に胃袋から懐柔する作戦に違いない」


「何でソレをオレが知ってるんだよ……とにかく、行くぞ。あんまり目立ってもいい事無いからな」


「シュー」


 ルシアが背後に背負った袋を一つ自分で持つと表明し、一つ背負ってくれたのに本当、お姫様はこっちの女性陣と違って出来たヤツだなぁと感心。


 そのまま宿へと向かうのだった。

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