間章「真説~神のまにまに~」



 恒久界における魔術は万能の力だ、というのはその世界においては常識だ。


 そのせいで超越者を創る組織というのは大抵が国家機関か。

 もしくは高階梯の魔術師達の大家が率いる結社か、である。

 だが、魔王軍の出現後。

 彼らの大半が潰されたのは間違いのない事であった。


 極悪非道な人体実験系な結社などは魔王軍が本格的に活動を開始してからの2か月間に主要な昇華の地ではほぼ壊滅。


 実験体や超越者の多くは回収された。


 彼らが知るのは自らよりも遥かに高レベルで大量な超越者の群れという現実。


 そして、戦術における世代格差が著しいという事実。


 襲ってくるのが士官レベルの知識と技能を身に着け、自分達よりも遥かに組織だった行動を行い、石橋を叩いて渡るくらいに慎重に慎重を重ねる相手で、小細工は通用せず、ついでに皆殺しならば、自分達を1秒掛からずに制圧出来るという極めて絶望的な真実であった。


 魔王軍の言い分はこうだ。

 抵抗する奴は悪い魔術師だ。

 抵抗しない奴は良い魔術師だ。

 抵抗する超越者は必ず回収しろ。

 抵抗しない超越者も残らず回収しろ。


 命と人権は保障してやるが、お前らにはこれからの未来を選ぶ権利はない。


 さぁ、真面目に生きるか、非人道的な事を止めるか、全て拒否して何一つ力を持たない一般人になって死ぬまで生きるか選べ。


 是非も無し、であった。


 人体実験を続けていた術師達の多くは非人道的な研究成果を全て破棄されてあまりの衝撃に自殺するか。


 あるいは完全に無力化された後に投獄、廃人のように過ごすか。


 または魔王軍でサラリーマンよろしく研究員として働くか。


 実験体達の多くは極めて人道的に扱われた為、魔王軍に確保される事を許諾。


 残りの救い様の無い“研究成果”は人間に悪意があるか、もしくは純粋に生きているだけで人類に実害が出ている個体などは処分。


 ただし、実害はあるが、悪意は無く、被害者として今は魔王軍が対処出来る状況にないというものに限って魔術で凍結して封印という場合もあった。


 術師側と結託していた協力者である超越者は超越者としての力を剥奪され、誰にも迷惑を掛けられぬよう色々と力を奪われたり消されたりして放逐。


 今の今まで裏家業として一儲けしていた悪党と研究者達が絶滅した。


 そんな昨今、多くの国家の関係者は彼らを生贄にして自分達の保身を図り、知らぬ存ぜぬで通した。


 魔王軍は清廉潔白を絵に描いたような連中というのは付き合い始めて多くの国家官僚や王侯貴族達が感じた事だ。


 それが強硬な手段であったとはいえ、国益や法律や常識は無理やり改変したりはしても……道徳と倫理は守るという事は前提であった。


 結果として、今まで後ろめたい事をしていた連中程に何も知らないと言い張る羽目になり、魔王軍に譲歩という形であらゆる権益や権利を剥奪された。


 その代わり、魔王軍は軽犯罪や経済犯罪、犯罪にならなくても道徳的に許されない行為などは次の行為が行われない限りは放置するというスタンスを取った。


 それは自制心がある奴にはお目零ししてやるが、自制心の無い奴は死ねという問答無用の暗黙のルールとして今や人類種を覆い尽している。


 問題のある人物達が恐ろしく品行方正になり、心労やらストレスでジワジワと突然死の列に並ぶくらいには世の中は住みやすくなったし、非人道的でも無くなったと言える。


 このような国家を失い難民と化した元特権階級の者達は民に悪政を敷いていた者達程に難民達の中で肩身の狭い思いをし、自国民に殴殺される事は無くても、悪意ある無視によって孤立を深め、困窮していく。


 すると、それを解消するには魔王軍の力を借りねばならなくなり……という“好循環”によって、人心の改革は大いに進んでいた。


 人々が突き付けられたのは極論すれば、魔王軍という神すら凌ぐ暴力からお前が変われ、変われなければ死ねという物言わぬ圧力であったのだ。


 性根が余程に螺子曲がっていなければ、あるいは他者とのコミュニケーションや関係性を何とも思っていない限りは……大抵、自分が変わる事を選ぶわけである。


 魔術ではどうにもならない現状を変えるのは自分の行動という思想がゆっくりと行き渡り始めた事は人々に大転換を齎している。


 左団扇の料理人達や悪辣な商人や傲慢な王侯貴族がそんな有様なのだから、民の溜飲は下がりっぱなしだ。


 魔王軍万歳の声が響かない飲み屋の夜は無い。


 無論、それと同じくらいに陰口を叩く“昔なら普通の特権階級”だった者も多いが、彼らは基本的に少数派であり、自分達が奨励していたような密告などを畏れて口を閉ざすのが常だ。


 こんな世の中で魔王軍が街に非番で繰り出せば、多くが好意的な視線で見てくれるのは道理であろう。


 それが外側から見ても民族や種族が統一され得ない……つまりはそういった生来の容姿やレッテルで階級が分かれない軍隊であればこそ、人々もまた“中身”は気にしない。


 魔王軍の規律は厳しく。


 恒久界の中で最も合理的且つ実用的な内規は軍所属者が誰であろうと罪には罰を持って答える。


 それに比例して例えどのような種族、民族の出であろうとも敬意を持たれる事は裏返って、どのような者であろうとも罰せられるという事実でもあるのだ。


 恒久界の軍隊というものを知る軍事関係者からすれば、異常な出来事であった。


 貴族条項無し。

 特権階級条項無し。


 実質的な魔王の私設軍でありながら、例外なく魔王の身内にすらもその法規は適応されるというのである。


 ちなみに魔王に付いて内規は何も定めていない。

 理由は単純にして純粋。


 魔王軍に魔王がどうこう出来るわけがない、という一点において、定める事など何も無かったのだ。


「おやじさ~ん。果実酒8つ~」


 非番の隊員はそれが元帥だろうが一兵卒だろうが軍服の着用を禁止されている。


 外に出れば、軍人としてしか見られない事は今の今まで影域出の種族だと差別を受けて来た者達からすれば、世界が変わったような感覚を覚えるだろう。


 それは多くの魔王軍の軍人にとって真に軍人として受け取るべき成果であり、またその成果を維持していく為にこそ規律の順守をと考える事は何ら不自然な事では無かった。


 彼らは魔王軍の上層部が意図する“恒久界の民”という連帯感と統一感を逸早く感じられる場所にいたのである。


「はいよ~。軍人さんに果実酒8つ~~ついでにお通しもお出しして~~」


「は~~い」


 月猫の首都近くの小さな街の酒場内。

 酔っ払い達が其々のコミュニティーを作る中。


 角に陣取った一団は種族も出生場所もバラバラな魔王軍の一般的な構成の部隊の隊員達であった。


 多くの酒場で何故軍服も着ていないのに軍人だと分かるのかと言えば、それは正しく人の口に戸は建てられないからとしか言いようがない。


 人の噂は千里を駆けるのだ。


「お待ちどうさま~~果実酒8つです~~」


 早くも乾杯を始めた彼らが普通の部隊と異なる事があるとすれば、それは彼らが超越者として元々軍に保護されていた人物達である事か。


 魔王軍に元の結社や国家機関から保護されてから、彼らは民間人になる事も出来たが、自分の能力を生かせる職場として軍を選んだ者達だった。


「かんぱーい」


『カンパーイ』


 今のところ、三か国の食糧事情は魔王軍の持ち出しが多い。


 だが、それに対してようやく民間からの供給量が増え始めたところとされる。


 民間に供給されている食料の中でも特に酒類は今までに無かった類のものが大量に投下されており、従来の酒類の価格が大幅に下落した。


 今のトレンドは魔王軍謹製の女性にも飲みやすい甘口な果実酒だ。


 従来は果実の酒でも甘いものはほぼ無く。

 苦いか。


 もしくは僅かに果実の甘いフレーバーがする程度のものが主流だったのだが、一気にそれらは過去の遺物へと押しやられた。


 魔王軍の供給する食料の中で特に甘味が広く普及させられたが、それは大人が嗜む酒も例外ではない。


 まぁ、魔王軍の軍規では民間の何が入っているのか分からない酒精の暴飲は控えるようにとのお達しが出ており、彼らの主食は基本的に魔王軍糧食部門の出している酒精なのである。


「いやぁ~~人生って楽しいねぇ。ウチらを人扱いしてくれる人がいるってんだから、世の中は何があるか分からんよねぇ」


「ホントホント」

「ああ、恋しきは愛しの魔王様ってね♪」


「オレ達、魔王様の為に戦いますッ!! って顔してりゃいいんだから、いやぁ……足を向けて寝られんぜ」


「ま、訓練は地獄だけどな」


「思い出させんなよぉ。あの訓練考えた奴は絶対に人を痛めつけて喜ぶ変態だ」


「違いねぇな!!」


 男女無く陽気に笑い合う彼らであったが、その懐にある端末が一斉に震えた瞬間。


 今までの顔が嘘のように真面目な顔になると懐からソレを取り出し、内容を見て即座に寡兵をテーブルに置くと外に出た。


 後ろからは幾ら緩んでいてもやはり軍人なんだなという顔の店主やウェイトレス達が見送っている。


「非常呼集か。初めての事だな……」


「確かに……軍の最前線が大崩壊したってなら分かるが、そうじゃない。って事はいよいよ敵が三か国内に潜入したのか。あるいは……」


「特殊部隊の使い道って座学だと特定の作戦のみって言ってたよな?」


「いよいよ実戦。油断するなよ。同期諸君」


「どうせ、皆が皆、狭い檻の中で死ぬはずだったんだ。英雄として死ねるなら本望さ……」


「指導官殿が仰っていただろう。魔王様は玉砕を望まない。命を使うならば、命に見合った成果が必要だ。ソレが出せないなら、最初から命なんて投げ出すべきではないと……」


「普通の軍隊って命を投げ出させるところなんだけどなぁ」

「我らが家。魔王軍が普通かね?」

「ガハハハハ!!! 違いねぇなぁ」


 彼らが速足に自分達の部隊が所属する基地内部へと帰る。

 集合場所であるブリーフィングルームまで着替えたら駆け足だ。

 しかし、そこに待っていた人物。

 隊長の横には見知らぬ人物が一人。

 二十代の青年。

 そして、黒髪に見た事の無い軍帽、軍服。


 そして、紺の外套マントを羽織った男は腰にサーベルらしきものを下げていた。


 だが、彼らの目を引いたのは耳無しである事か。


 魔王軍は耳無しも普通に上官になる事があるわけだが、それにしても絶対数が少ないせいで珍しい。


「整列。これより特務部隊D223は彼アトウ・ショウヤ大佐の下で特殊作戦に従事する。大佐よりお話がある。全員、傾聴!!」


 敬礼した彼らの前に出た男。


 アトウ・ショウヤはその八人を見回して、僅かに考えるような素振りをした後、口を開いた。


「自己紹介しよう。オレはアトウ・ショウヤ。この世界では珍しい名前だろう。そして、今日本日付けで魔王軍に入った者だ」


 隊の誰もがザワッとしたのは一瞬だった。

 軍に入って即佐官。


 それも大佐となれば、全うな人物ではない事など彼らにも分かる。


「オレは君達がセニカと呼ぶ男の前々からの知り合いだ。そして、今までこの世界を探り続けて来た。そして、本日その成果を持って彼の造ったこの魔王軍に帰参した次第だ。予てからの計画通りにな」


 隊長と呼ばれた50代の男も何処か測りかねている。

 そんな風に隊員の誰もが思った。


 恐らく、最低限以上の事情は聞かされていないのは彼らと同じなのだ。


「君達には隊長も含めて、あの男の秘密とやらを教えておこう。彼はこの世界の人間ではない。そして、オレと同じで灰の月の出身者だ」


 さすがの隊長も何処か苦い顔をしていた。

 自分の部隊に下された命令。


 それが一人の男に従って、その相手が発する任務を遂行せよというものならば、誰だとて諸々を訊きたくなるだろう。


「彼はオレと共にこの世界へと来たわけだが、最初から1つの目的を持っていた。その目的を達成し、最後にオレ達の敵を叩き潰す為の計画……その為にオレは彼とは別に単独行動をし、この恒久界中で多くの事を探って来た。そして、終にオレは敵の最重要と思われる拠点を発見した。コレだ」


 ショウヤが指を弾くと同時に周囲の灯りが落され。

 彼の背後の壁に暗い硬質な色をした巨大な空間が現れる。


 中央には何か円形の台座のようなものが置かれており、周囲には何も無かった。


「コレがオレと彼が求めていた場所。今現在、この世界を形作った者達。神の根城だ」


『―――神?』


 初めて隊長が驚きに言葉を口にする。


「これは魔王軍において魔王の勅命として発令された厳然たる作戦命令だと理解して貰いたい。目標、マスター・サーバー……神の寝床を急襲する。目的はその場所の占拠と制圧……君達には神を魔王軍が制御下に置く。もしくは殲滅する為の先兵となって貰う」


 どよめきというよりは誰もがポカンとしていた。


「1ついいだろうか。大佐殿」


 隊長。

 狗耳の男が訊ねた。


「無論だ。隊長」


「我々は……我らが部隊は神に喧嘩を売りに行く、という事でよろしいか?」


「そうだ」

「勝算は?」

「彼が計算した。七割八分、78%の確率で成功する」

「………それにはどのような意味がある?」


「彼には君達への情報の開示が許されている。単純に言おう。この世界は神々が造った事は知っていると思うが、何度も神の手によって初期化……つまりは滅ぼされて来た。その度に多くの人命や種族が失われたらしいが、その初期化が迫っている……それも極めて時期が近い。最低でも後3週間の内にその状況になると魔王軍上層部は推測している。つまり、君達がもしもこの作戦に失敗すれば、初期化の確率は格段に上がる。その後に待っているのは魔王……彼に全てを任せる状況だ」


 信じられないという顔をする部隊の全員を見回して彼は告げる。


「この作戦には大軍を投入出来ない。この作戦は隠密性が重要だ。この作戦は極秘裏に終了させねばならない。この作戦が失敗した場合、君達を含めて殆ど全ての恒久界の生物は死に絶えるだろう。生き残りたいのならば、戦え……そして、それが出来ない者は記憶を処置した後、何も知らないままに軍人として復帰する権利が認められている」


「もし、我々全員が任務を拒否したならば、どうするおつもりか?」


 隊長の声に肩が竦められた。


「オレが行くだけだ。彼との約束だからな……彼が不在の時は命を賭けて、この任務を遂行すると」


 馬鹿馬鹿しいくらいに簡潔。

 それでいて何ら部隊の隊員に彼は言わなかった。


「隊長。オレ達神に喧嘩売れるらしっすよ。帰って来たら英雄扱いですかね?」


「神を倒した男とか女とか。箔付き過ぎ……ふふ……」

「特別手当は!! 特別手当は出るんでしょうか!!?」


 隊員達が一斉に質問をし始めた。

 それに青年は……良い兵士だと彼らの顔を胸に刻んでおく。


「特別手当は君達の孫の代まで魔王軍が存在している限り、あらゆる教育機会と教育機関への入学を斡旋する。また、どのような事業を立ち上げても違法でない限りは魔王軍が全面的にバックアップするという事だ。そして、君達の立場は生きて帰って来たならば、その時点で3階級特進とする」


 ショウヤの言葉に彼らが思わず盛り上がった。


「二階級じゃないの!?」

「三階級だってよ。サンカイキュウ!!」

「孫の代までって太っ腹~さすが魔王様♪」


 隊全員の盛り上がりように隊長が大きな溜息を吐く。


「では、最終確認をする。今回の任務を止めたい者はそこの扉から出るのみで記憶処置が完了する。二十秒待つ……この機会以後は一切離脱を認めない。後に作戦決行に向けてのブリーフィングと準備を開始する」


 だが、誰もその言葉に出ていく者は無く。


「貴官らの挺身に感謝する」


 ザッと敬礼がされ、また部隊員達もまた敬礼で返した。


「では、この世界を救う作戦を始めよう。作戦名はストーム・クローザー……嵐を治める者だ」


 それが自分達の事なのだと理解すればこそ、彼らは己の手を握り締める。


 正しく、その治めるべき嵐は恒久界にもう吹き始めていた。

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