第315話「真説~義父と息子~」


 薄ら黄昏時に残照が映える。


 山の稜線を超えて南部を疾走する車両がカレー帝国寄りの密林地帯に入ったのは数時間後の事だった。


 輸送機の撃墜という羽目にあった彼と彼女。

 二人旅は昼時を過ぎて今は夕闇の中。


 南部に敷かれた小道を天海の階箸まで向かうルートには今現在、各国に展開する連邦軍の偽装用車両と二人が載る軍用車が走るのみだ。


 何処までも続くアスファルト。


 道路を走る馬車や車両の多くは食料、医療物資、衣類、建材などを運んでいる。


 天変地異のおかげで各地は今も寸断された小規模な町村が多い。


 道を無限に造ってくれる工作機械の行軍はまだまだ各地方各地域で続いており、共通規格の道路がズラリと敷かれ続けている最中。


 だが、全ての道は天海の階箸に続いている為、辿って行けば、最終的には辿り着くのが彼らにとっては救いか。


 端末に入れられていたマップは現在残り3分の1以下。

 目と鼻の先に思える距離だが、同行者を連れて。

 尚且つ相手にあまり目立たない形で進まなければならない結果。

 遅れに遅れている。


 物流の流れを寸断させるわけにも行かない為、脇道に逸れたり、渋滞している場所を避けたりしながら、ダミーの車両の合間を抜けて進むのだ。


 それでも時速70kmくらいは出して進んでいる為、深夜くらいには付くかもしれないが、付いたらそこからまたノンストップバトルアクションかもしれないので面倒事は増えているかもしれず。


 代り映えしない道路の先を思えばこそ気が抜けない少年と完全にグッスリな中佐に違いなかった。


 彼らの目の前には密林地帯がゆっくりと見えて来ている。


 それがカレー帝国の端に程近い地域だと知れば、少しは安心して車両も走らせられるか……という心持でいた少年の淡い期待は早くも崩れ落ちた。


 理由は単純明快。


 国境警備が詰めていると思われた場所が濛々と煙を上げ、爆音が響いたからだ。


「起きろ。検問所が襲われてる」

「―――ッふあ!?」


「今から突入するぞ。何が暴れてるのか知らないが、すぐに鎮圧して一番デカイ道に車線変更しなきゃならないからな。シートベルトは……いいか。目の前の手すりに掴まっておけ。揺れるからな」


「え、あ、ちょ」


 少年がアクセルを踏み込む。

 その一瞬後にはサイドミラーが銃弾でブチ抜かれ。


 検問所傍ではポ連兵らしき姿が見え隠れしており、どうやら検問所を襲ったのはそいつらのようだと当たりを付けたのも束の間。


 手榴弾が数個、投げ付けられた。

 爆発は爆破された瞬間に鉄片そのものが分解。


 残った運動エネルギーは空振となったが、それも慣性制御による物質のベクトル操作でエネルギーを別方向へずらされる。


 それなりに大きな部隊らしく。


 車両目掛けて小銃が掃射されるが、生憎と恒久界で最もヤバイと称された魔王様の魔術(真)は起動済み。


 弾丸が車体寸前で勢いを失って落ちて砂粒のように崩れ去り、バババとフロントを金属粒子で汚した。


 ワイパーを掛けながら、三十人程のポ連兵の横をドリフト気味に回り込みながら、観察した少年は相手のよろしくない栄養状態に目を細めた。


 ポ連兵の頬はこけていたのだ。


 どうやらもう補給が滞り始めているらしいと知れば、相手の戦闘可能時間はそう長く無いだろう。


 弾丸はそれなりにあったようだが、小銃を撃ち尽くした後にすぐ投げ捨てて逃走用の車両に乗り込んだ事から嫌がらせでもしていると考えるのが妥当だ。


 ハラスメント攻撃が行われている理由には幾つか思い当たる節があるからこそ、時間は然程残されていないと見て良いはずで。


「カレー帝国の皇帝のとこに寄り道してくぞ」

「カレー?」

「ああ、カレー」

「……カレーとは?」

「知らなくていい。その内、喰わせてやる」


 そう少年が行ったのとほぼ同時に端末にはカレー帝国へのポ連の小規模な攻撃が多数行われた事が次々に報告され始めた。


「取り敢えず、嫁の父親に挨拶くらいはしよう」

「また、嫁……」

「……何か言いたそうだな」


 実際、その顔は何か言いたげな顔をしていた。


「国王とか皇帝とか。姫と呼ばれるような人物がお好みのようで」


「好んでるんじゃない。いつの間にかそうなってただけだ。可愛いのは好きだが、だからって姫属性が好きなわけじゃない……」


「男性は地位と名誉と美しい女性に目が無い。それは我が国でも同じ……貴方もどうやら男性だったようで」


「何か風当たり強くない?」


 ジト目の中佐は微妙に半眼だ。


「我が国は男女同権よ」


「宇宙生活にフェミニズムも何もあったもんじゃないだろうに」


「(じぃ~~~~)」


 肩を竦める少年にやはりコイツは女の敵に違いないという瞳を向ける元高級軍人だった。


 それから数十分後。


 カシゲェニシ・ド・オリーブ来訪の報に帝国がまた新しい厄介事かと顰めっ面の役人と貴族と軍人を量産したのはしょうがあるまい。


 だが、それにしてはあっさりと帝都の宮殿域までフリーパスで車両は通れた。


 皇帝の一声は3時間弱で少年を帝国の懐へと迎え入れたのだ。


 ほぼアクセル全開。


 車両のタイヤを使い切らないよう加減されながらも極めて高速のアブナイ運転で市街地を通り抜けた中佐は涙目。


 もう乗りたくないと一人ごちた。

 宮殿域へと入場する際。

 巨大な朱塗りの大門が開き。


 道の左右に近衛の兵がズラリと整列していれば、彼女とて異文化全開の荘厳さへ目を丸くするのも無理は無く。


 皇帝がわざわざ足を運び。

 2km先の玄関前で待っているとすれば、カッチコチであった。

 明らかに礼や慣習は無視されている。

 それに宮殿管轄の貴族と政治家達は後ろで何やら百面相。

 しかし、その二度目にあった義父を前にしても少年は変わらず。


「初めまして。お義父さん」

「……娘を取り返したと聞いた」


「耳が速い。だが、今は礼も慣習も感けている時間が無い。クランは無事だ。そして、今日は義父としての貴方にお願いがあって来た」


「願い、か……」


「カレー帝国の北西部を急いで避難させてくれ。被害が何処まで広がるかは分からないが、これから確実にポ連と一悶着ある。北西部全域もしくは帝国領内そのものが巻き込まれた場合は地図から消えるだろう」


『な?!!?』


 皇帝の後ろで聞こえていた者達の大半が絶句していた。


「此処で安易に頷いてやれないのが皇帝たる者の責務でな。義理の息子よ」


「ポ連のハラスメント攻撃は帝国の気を逸らしてみただけの事だ。本命は時間稼ぎ……もしもを失くす為のな」


「もしも、とは?」


「中央近くに陣地を構えてるのは耳に入ってるな? 空からの侵入は不可能。だが、帝国が総力を挙げて数で押し潰そうとすれば、万が一にも突破される可能性がある。そういうオレの小手先を潰したいんだろう」


「鳴かぬ鳩会か」

「そうだ」


「貴殿の話に乗せられて軍を出すかもしれない、と思われているだけで心外ではあるが……そうか、もう始めたのか奴らは……」


「何? 何か知ってそうな口ぶりだな」


 少しだけ驚いた少年に義父は肩を竦める。


「神の氷室を造ったのは誰だったか。それを考えれば、僅かなりとも事情は知っている。違うかな?」


「だが、鳴かぬ鳩会の情報があの氷室に管理されてたのか?」


「……委員会が遺した遺産は数多い。空飛ぶ麺類教団にも渡っていない情報の一つや二つは存在する。あの地域にあるのは大戦時の大動力源だ」


「大動力源?」


「君は不思議には思わなかったか。惑星規模のインフラは地表に天海の階箸以外に見付からない事を……」


「ッ」


 初めて少年が頭の片隅に置いていた疑問の1つが浮上する。


「理由は単純だ。そのインフラは動力が無い限りは形成されないのだ」


「エネルギーで維持する惑星規模のインフラ……何だ? 通信網か? それともライフラインを纏めた類の代物か?」


「システムの話では……テラ・マグネティズム・ステーカーと言ったか」


「地、磁気……何だ?! まさか、連中―――」


「君に基礎知識があるのは分かった。それを使ったシステムだ。具体的には地磁気を用いて惑星の回路化を行う代物、だそうだ」


「……惑星1つを何に使うって……ああ、そうだよな。あいつらは結局のところ、何よりも深雲に縛られていた。それを解決する方法は1つ」


「深雲を超える処理能力を彼らは欲していた」

「ブラックボックス無しはそりゃ魅力的だろうよ」


「そういう事だ。だが、大戦中期から末期に掛けて開発は難航。深雲程の処理能力は無く。地磁気制御による気象兵器。また、磁気の大規模な発生によって動力を確保する動力源。また、その電力や電磁波、情報を送受信する為のネットワークとして使われていたそうだ」


「惑星規模の大電力は一応、賄えてたんだろ?」


「だが、それが危険な代物である事も分かっていただろう。結局、起点となる動力源としてソレが無ければ、制御出来なかったせいで最終的には別の使い方をそのまま続けていたようだが……委員会の崩壊と同時にシステムは永久に封印された。それこそ、新しい天海の階箸の持ち主が現れでもしない限りは……全ては時の彼方に埋もれるはずだった」


「ソレをオレが起こした、と」


「システムがクローズドから開放型に変更されたとは思っていた。だが、それをハックしてのける者がいるとは思わなかった。あの遺跡はそのまま眠らせておく予定だったのだ。この帝国が続く限りは……」


「鳴かぬ鳩会……電子戦だけは強いんだよな何故か。で、そこまで知っててアンタは……いや、それこそが目的か」


「我が帝国は始まりの男によって起り、その力を継いできた。だが、それはあくまで必要最低限以上の力を使わず、子孫を存続させる為だ。しかし、今や全ては動き出してしまった。可愛い愛娘を誑かす男がそのような者であろうとは……これこそが天命か」


「悪かったとは謝ってやれない」

「結構。あの子が決めた道だ」


「で、帝国はどうする? オレはこれから天海の階箸を取り戻しに行ってから、中央に向かうが……」


「我が国は未曾有の危機に直面し、大量の難民を抱えている。だが、放っておけば、死ぬだろうな……よかろう……婿殿……我が大権を以て、我が帝国の民を護る為、その報告を解そう。北西部の民を全て避難させる。電信を持てい」


 何も聞いてない何も聞いてない、と。

 終始ヤバイ話をしていた二人の背後。

 政治家も貴族も軍人も顔を真っ青にしていた。


「オレは天海の階箸行きだ。もし事態が動いたら連邦軍の端末を使え。オレが事前に入れといた諸々の情報を受け取れる。直接連絡出来るはずだ」


「……行け。あの子を頼む」


「言われなくてもそうするさ。あんたは心底良い親父だよ。また、会おう。お義父さん」


 少年が踵を返して車両の方角へと戻っていく。

 そして、皇帝もまた宮殿へと戻っていく。


 長い長いコードが繋がった艶めいた黒電話の受話器が歩く男の横に沿って動き、維持され続ける。


「総司令部に伝える。皇帝大権を発令する。北西部の民を全域避難させよ。軍は物資の流通と治安維持以外の任務を即時停止。新規の命令に備え、予備部隊も投入だ。また、再びの大地震と天変地異の兆有り―――」


 軍への指示を出して通信を切って歩きながら、男は呟く。


「マスター・アドミニストレータ……始まりの男……よもや我らが始祖に会う日が来るとは……難儀な事だ……」


 今、終わりゆく大地に最後の嵐が迫っていた。

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