第291話「真説~ひそめく王とゆらの女王~」
まるで全てが夢のようだった、と。
彼女は近頃思うのだ。
実家が魔術の使える家系だったとか。
学校は自分と同じ境遇の女生徒ばかりだとか。
親友が能力を失ったとか。
その妹の下に今3日に1度は通っているとか。
国家が魔術師を認めて管理し始めたとか。
海に行く時は前より遠出になるとか。
ウチの管理人が紹介してくれた新しいお隣さんが自分の知ってる馬鹿の顔と瓜二つだとか。
そいつと時々朝の通学前に話すようになったけれど、何故か素っ気無い態度になるとか。
今も半年前から活動を続けるファースト・クリエイターズが働いている横で学校に通い続けていていいのかと悩んだりとか。
そもそも勉学に身が入らないので成績が微妙に落ちたとか。
進路志望に悪の秘密結社と一度書いてから慌てて消したとか。
友人の新しい家が建ってお泊りに行って一晩中ワイワイ楽しんだりとか。
世界中で
蜘蛛の化け物である
老人が死なず、子供が死なず、爆発的に増える人口に各国が第三世界から中東に至るまであらゆる国家に投資するようになったとか。
子供達が今、まともに食べられて、死なずに生きていられるのは彼らのおかげだとファースト・クリエイターズが感謝されるとか。
あらゆる傷病の治癒で病院と製薬会社が破産寸前だとか。
世界から貧困は無くならなくても、その貧困の意味が食べ物に困らないのに文化的なものを愉しめる環境にないと言う一年前とは掛け離れたものになったとか。
世界中でベビーブームが起こっているのに赤ちゃんの死亡率が全世界的に0を記録しそうだとか。
秘密の大暴露大会のせいで国家の機密が消え失せ、政治的な対立はもはや全てが馬鹿らしいと有耶無耶になり、非寛容な宗教は無くなり、悪党は自ら刑務所に行き、冗談みたいに見えない何かと戦って死にそうな顔で『善人になんて成れない!!』と騒いでいるとか。
まぁ……取り敢えず、そんなの全部まとめて本当に全てどうでもいい、と……彼女は思えてしまうのだ。
何処か、達観した自分を感じているのだ。
もしも、あの悪の結社首領ならば、少しは世間に興味を持てと言うのかもしれないが、彼女はそんなのに何ら興味の無い一般的な女子高生だ。
魔術が暴露されて昨今。
今では地球上の87%の人々が魔法使いはいる……もしくはそれに類する何かがいると理解しているし、先進国では魔術師と公言し始めた人々も多い。
もう隠さなければならない秘密なんて存在しないし、『私、魔術師なんだ』『へ~そうなんだ~』で済まされる時代になっている。
今更、全うな生き方がしたいなんて思っても、そもそもその全うな生き方とは何か彼女にはこれっぽっちも思い付かない。
遣りたい事なんて無い。
今を大事にして、友達を笑い合える時間さえあればいい。
表向きの仕事はそもそもする必要が無い。
家系で持っている資産一式を専門家に運用してもらっているので不労所得は家を維持していく以上に在り、潤沢だ。
経済的に困っているわけでもない。
生きていく為に恵まれ過ぎている身の上で唯一、困った事は彼女が自分の躰を全て自在に操作出来るようになった事であって、健康問題すら存在しない。
深く繋がりたいと思う人は少なく。
だからと言って、誰かを助ける為の職や趣味を持とうと思うようなお人よしでもなく。
魔術という生き方が単なるニートの戯言になってしまった現状、あの未だに帰って来ない誰かさんの言っていた事が少しだけ身に染みるのだ。
いつもいつも、馬鹿馬鹿しい力を持っている癖に自分は何ら凄くないと。
ホントに凄い奴らは持たざるままに努力して先を目指す奴らだと。
恵まれたオレなんて単なるヲタニートのダメ人間と然して変わらないと。
そう、自嘲ですらない真実そう思っているだろう瞳で語っていた相手の事を思い出すのだ。
彼女は自分もまたそういう身になって、初めて何かに向かって努力する友人達の姿が眩いものだと……魔術という単語の上にふんぞり返っていた頃よりも思えるようになった。
「丸っきり呪いじゃない……」
星降る夜。
ファースト・クリエイターズの地球周辺デブリの大掃除を実家の天窓の先にある屋根上で見上げながら。
彼女は数年の記憶を思い返していた。
南米沖決戦から一月後。
帰って来た自分が起きた時の事を彼女は明確に覚えている。
そうだ。
別の世界。
自分と少年の数年にも及ぶ日々。
交際と婚約。
そして、出産前に結婚する予定だった。
全部が全部、昨日のことのように思い出せれば、何もかも……そう、お隣さんの少年と今からでも交流を深めたならば、そうなる可能性はとても高そうに思えた。
なのに、そうは出来ない。
彼女にとって、それは幸せと言い切るには躊躇するような選択肢で。
「同じだけど。同じじゃない。アンタじゃ……ないのよ。馬鹿」
彼女は知っている。
別の時間の出来事だとしても……赤裸々な程に知っている。
彼が、あの男が、どういう人間で、どういう性格で、どういう性癖で、どういう事に喜び、どういう事に悲しむのか。
全部が全部、嘘だと言う程に違うわけでもないだろう。
全てが全て別の時間の話だと言ってしまえるような話でもないはずだ。
子供が出来たと知った時、不安よりも喜びが勝った。
その時に覚えた感情を彼女はハッキリと覚えている。
それが幻だと言われたとしても、覚えているのだ。
「早く戦争になーれ」
不謹慎にそう言ってみて。
そうなれば、きっとあいつも戻ってくるんじゃないかと。
本当は……もう未来に帰ってしまったのではないか、なんて……心の何処かで思っている癖に……それでも諦められない自分を……彼女は笑うしかなかった。
ピロリンと彼女が今も付けている猫耳ヘッドフォンに着信。
目の前にはファースト・クリエイターズ全員の行動予定が並んでいた。
明日、いや……もう今日の昼から始めるらしい。
敵役達の準備はもはや終了しているそうで。
人類の手に余るオブジェクト。
そして、最後の致命的なシナリオの全てを潰す為、行動が開始される。
それが終われば、悪の秘密結社の仕事は終了。
戦争の行く末はもう分かり切っている為、干渉せずに見守る。
それが計画として彼女にもまた伝えられている。
『おひいさま~もうお眠りなさいませ~』
下から小さな声が響いてくる。
それに溜息を一つ。
そっと、窓から梯子で下に降りて、すぐ傍の寝室へと引っ込む。
明日、世界に再び波乱が巻き起こるだろう。
それに自分も参加するか否か。
決めてなどいないのに。
寝台の枕元に置かれた布の包み。
あのナイフだけはそのまま。
ゆっくりと身体は横たえられた。
初めての夜。
眠れないかと思っていたのに眠れてしまった自分。
傍らにあった温もりを今も感じているような気がして。
彼女は静かに床へと就く。
―――不機嫌になりそうなくらい、本当に初めてなのかと疑うくらい、甘く優しかった男の事を思い浮かべながら………。
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