間章「真説~神のみぞ知る~」
―――首相官邸地下シェルター内第二会議室。
非常招集を受け、すぐに党本部から詰めていた者達が駆け付けた会議室ではファースト・クリエイターズ対策本部がキャリア官僚達と現場の生き字引のごった煮状態でてんやわんやしていた。
『か、核で滅んだんじゃないのか!?』
『い、いえ、米国からも報告があった通り、あの空の爆沈シーンはかなり怪しいとの話はそもそも―――』
『ええい!? この忙しい時に!!? 通信機器とPCをありったけ集めろ!!?』
『国内大手のスパコンを貸してもらえ!! 民間のサーバーはまだ2割しか稼働してないんだぞ!?』
『クソ!? 直接攻め込んで来た!? ネット班!! 動画サイトのアップ状況は!!?』
『い、いえ、未だ新動画は上がっていません!!』
『戒厳令を出すよう総理に進言を!!』
『各国との連絡付きました!! ロシア、イギリス、アメリカで同様の事件が起こっているとの事です!?』
『避難状況はぁ!!』
『自衛隊は何やってんの!!?』
『ぼ、防衛省に運び込んだ十式を急行させていると!! それと未だに議事堂周辺の空に怪しい物体は一切関知出来ず!! また、目視出来ていないと!!』
『チッ、魔術師帯同の自衛隊の部隊は!!?』
『現在、銀座、渋谷などから応援が来ると連絡が!!』
『皇居は!? 皇居の護りはどうなってんだよ!?』
巨大な鳴動が施設全体を揺さぶり、一瞬の沈黙が喧々諤々罵倒合戦しているような騒がしい会議室内を僅かに支配した。
『―――じょ、状況は!! 被害は!!?』
『ち、地上で応戦していた魔術師4名を伴ったSP32名が意識不明昏睡!! げ、現在陸自の隊員43名が応射中!! 現場との通信は途絶!! ぜ、全滅した可能性が!?』
『大臣各位の現在地は!? 野党の方は!!?』
『現在、首都近郊から離脱している途中だと警察の方から連絡が!?』
『総理、此処も危ないかもしれません!! 防衛省もしくは―――』
『あの音楽何なんだよ!? どうして此処でも聞こえるの!!?』
『恐ろしい事? 今以上に恐ろしい事って何だよクソ!?』
『君ぃ!? 外の様子を見て来る人員を増やしたまえ!! 外と繋がらなくなったら、此処は陸の孤島どころか、地下の独房なんだぞ!?』
『警察はどうしたの!? あっちにも魔術師いるでしょ!? それと市ヶ谷の戦力は全部こっちに回して!! 避難誘導は警察に任せていいから!!』
『せ、戦車13両の展開が確認されました!! く、空中の敵影は目視出来ず。しかし、帯同する魔術師の目視による観測で狙いを付けるとの話です!!』
『た、助かったのか!?』
『そんなわけないでしょう!! 今から拠点を移します!! 総理以下総員で此処を離れる準備を!! あちらにファースト・クリエイターズとやらの意識が向いている今しか脱出のチャンスはありません!!』
対処に当たっていた全員が次々に必要なPCなどを持ったまま、出口の方へと並び始める。
閣僚は最優先。
現場の指揮に当たっていた警護を連れての脱出。
地下から続く通路を抜けて、専用の避難路を徒歩で早歩き。
その合間にもズンズンという上からの振動が随時、その場を歩く者達を不安にさせていた。
現場と言っても大半は各省庁から出向してきた役人だ。
戦闘の心得なんぞある者は少数。
警護の大半が襲撃時に迎撃に出てしまい。
実際に戦闘が出来るのは数十人中十人を割る。
避難通路から近場の脱出用の出口へ辿り着くまで通路の強度が持つかどうかだけでも生き埋めの四文字が彼らの脳裏を過る。
紅い非常灯の下。
息を殺して速足の彼らは冷たいコンクリートの通路の先にも後ろにもまだ悲鳴が聞こえていない事に安堵しながら、その崩れた背広姿で革靴やスニーカーを鳴らし続けた。
距離にして数百m以上。
何とか入口に辿り着き。
出口付近をクリアリングしていく防衛省からの出向組が外の状況を確認し、全員が入口へと向かう。
外は……正しく地獄かという有様だった。
首相官邸と霞が関全域からは派手な爆発音と閃光、黒煙が濛々と上がっている。
「チクショウ!? 此処は日本だぞ!!?」
誰かの叫びも空しく。
更に爆発音に加えて何か金属音のようなものがガシュガシュと速足に近付いてくる音を察知し、多くの者達が身を強張らせた。
当たり前だろう。
蒐集された情報は常時、共有されている。
敵の先兵。
そうだ。
生物災害と呼ばれる2m程の鋼のような何かで出来た蜘蛛の化け物。
ソレの足音はコンクリートを削りながら独特の異音を奏でる。
路上では投げ出された車両が乗り捨てられており。
主要道路のあちこちから聞こえる音の連続が大臣以下全ての者達に絶望の未来を暗示するかのようであった。
「大臣の方々はこちらへ!! 迂回します!!」
誘導された役人達が音から遠ざかるように今まで自分達のいた場所へと向かう巨体を無数に見た。
「いつから日本は怪獣映画の撮影をこんな首都のど真ん中で許可するようになったんですかね。ははは」
もはや笑うしかない。
その笑えない冗談に誰かが反応するよりも早く。
人の流れは化け物達をやり過ごす建物の中へと続いた。
戦車砲の轟音が連続する最中も音楽は響き続けている。
何処までも悪夢のような光景が、暮れ始めた首都に襲撃という事実を知らしめ、終わりなく世界に小さな灯を意識させるだろう。
アレを倒せるのは魔術師のみ。
そう、日陰にいた者達の登板は早くも迫っている。
国会が機能せずとも、現場において横断的に各省庁から集められ、組織された対策本部の意見は殆ど一致する。
―――魔術師による高度な戦術・戦略を可能とする部隊の創設。
「遅過ぎる……ッ」
誰かが呟く。
声は避難者達の群れの中、消えていく。
だが、その声が奇蹟を呼んだのかどうか。
噴煙と炎に輝く永田町や霞が関近辺で季節にはまだ早いだろう春雷が落ちた。
それも幾本も。
「ひ?!」
思わず。
男女問わずにビクリと足を止めた彼らは……空の上、あの横たわる黒の三角錐が僅かに傾ぐのを目撃するだろう。
それと同時に晴れ上がっていたはずの世界が見る間に厚い雲で覆われ、雨が降り出すのも。
そして、戦車砲の音が聞こえなくなったのと時を同じくして、その黒い敵の確認済み飛行物体の爆撃音が止んだのを。
誰かが言った。
「彼らが来た。来て、くれたのか?」
大臣クラスの呟きに現場の者達が僅かに顔を向けて訝しげに見つめ。
「現在、最優先で編成させていた国内最高峰の術者達です。予算は機密費の全て……装備も自衛隊から超法規的な特例として貸与しました」
全てを知っていたらしき本部の中核人物達が何とか基地局が復帰しているスマホやケータイからのメールを確認し、その希望と呼んでいいのかどうか。
未だ判断し兼ねるだろう者達の働きへ期待せずにはいられない様子となった。
「総理!! 在日米軍からの連絡です!! 三沢からはいつでもテルミット搭載済みの爆撃機を上げられるよう準備が出来たと」
「F-2と残ったF-35を総動員、更にF-22も3機気前よく貸して下さるそうです」
「………自国の首都を爆撃……歴史に残るでしょうね……」
大臣の中から呟きが零される。
「だが、効くかどうか。空自のSAM-3もダメだった。もうGPSも使えない……戦車砲が効かない相手を前にして……」
「ですから、彼らがいるのでしょう? 色々と問題は多いようですが、公安の調査でも倫理や道徳に欠ける行いはそう多く無かった」
「だが、それはあちらの論理だ。明確に人を殺した者もいる」
「ですが、人間ではないものを殺していると推測されてもいたではありませんか」
「此処でその議論は止したまえ。我々は今、あの場にいる誰かに期待するだけだ」
「総理、如何しますか?」
一時的に退避していたビルのエントランス内で瞳が一人に注がれる。
「……この場は彼らに賭けてみましょう。もし彼らがダメだったなら、その時は……周辺からの避難はもう完了している場合に限り……承認します」
「分かりました。今、陸自の別動隊が車両で急行中です。今しばらくのご辛抱を」
「リストをご覧になりますか?」
「現場で命を賭けている人々がいる。それが誰であれ知っておくべきでしょう。お願いします」
「はい。こちらになります」
手渡された回覧板程の端末内に顔写真とプロフィールが載ったリストが次々に出て来てはスクロールされていく。
「……未成年もいるようですね」
「はい。ですが、その術者の分野において比類無き力を持つと目される者に年齢は関係ありません。彼らは一様にあちらの世界では有名人。もしくは知る者なら誰でも推薦するだろう人材である事は確実です」
「関係法規の見直しと法案の詳細を今後詰める時はそこも大いに議論の対象とするべきでしょう……」
「ぁあ!? また雷が落ちたぞ!?」
「な、何だ地震!? な!!? 地面が浮き上がってる!!?」
その声に殆どの者が外に惨状へ視線を向ける。
其処では確かに隆起した地面がまるで重力を失ったかのように地面から離れていく現実離れした光景が繰り広げられていた。
まるで一塊の岩塊。
無数のライフラインの管や水道管が引き千切られながら、中身を零して空に連れ去られていく。
「官邸近辺が完全に浮き上がってるぞ!? あれも術者の力なのか!!? あ、あんなの超能力じゃないか!?」
今の今まで魔術というものを技術という点で捉え、理解しようとしていた人々にとってみれば、もはや漫画やアニメの世界が現実へ迫り出したに等しい状況。
「宇宙人に魔法使い。どうなってるんだ……此処は日本じゃないのか!!?」
腰を抜かしそうな気の弱い者はもう事態に付いて行けず。
ペタンと尻餅を付く者もあった。
「皆さん。落ち着いて下さい!! 彼らは味方です!! 相手の意識があちらに向いている内に此処を早めに退去せねばなりません。どうか、冷静に!!」
ざわつくエントランス内。
しかし、外の雨にも負けない音色が、ガソリン車のエンジン音と急停車によるゴムを引き裂いたような悲鳴が、誰もに大きな安堵を齎した。
「皆さん。どうやら来たようです!! 一人ずつ慌てずに車両の荷台へ乗車して下さい!! 騒がず、走らず!! お願いします!!」
未だ雷鳴が響いている。
雨は降り続いている。
空飛ぶ岩塊は浮きっぱなしだ。
「化け物を倒せたなら猶予をやる、か……猶予とは何の猶予なんだろうな……絶滅か。それとも……」
疑問を口にする誰かもまた陸自に荷台へ乗せられて、その場を後にしていく。
だが、それでも彼らは確かに未だ希望を捨てていなかった。
何故ならば、その瞳に未だ戦う意志が消え去った様子は無かったのだから。
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