第274話「戦争序曲」
水戦争。
という言葉を聞いた者がいるならば、その人物は恐らくそういう時代になったとしてもある程度はその現状に納得して生を終えられるに違いない。
各国でも近代語の資源戦争というものは認知されて久しいが、特に人間の生存に必要な最大の物質、水の供給が滞るという事態を超長期的に見て理解する者は世界中でもそう多くないのが現実だろう。
言葉にするなら簡単だ。
やがて、世界中で水不足が起こり、その水資源を求めての戦争が始まる、というのが人類滅亡シナリオ、その序曲の一つである。
そんな事あるわけない、と言えないのが資源不足の地球での現実。
今でさえ、飲料として清潔な水資源を得られる国はとても少ない。
日本の大抵何処にも行き届いた上下水道は少なからずステータスと言える。
水の無駄遣いと非難されそうな入浴文化が発達出来る程に恵まれているわけだ。
普通、外国で食事する時、水はペットボトルの未開封品を買うのが常識。
それですら都市圏以外では中々手に入らない。
ゴミ問題。
水質環境汚染。
工業化と環境の調和なんてのはぶっちゃけ、その工業化を終えた国々のお綺麗なお題目であって、現在工業化に邁進する国家からしてみれば、正しくお前らが言うなと先進国を殴りたくなる話だ。
今後、数世紀を待たずに人類が陥る水資源問題は最終的に幾つかの線で解決、もしくは未解決のまま、戦争へと突入する理由となる。
1.水資源の濾過、再利用技術の高度な発展による資源問題解消。
2.水資源の枯渇による飲料、工業用の水資源貿易の大規模な拡大と各国の格差拡大。
3.水資源の汚染の激化による1の頓挫と2の誘発。
4.水資源が国家管理化での戦略物資となり、あらゆる関連技術と特許の独占が2、3の事態をより悪化。
まぁ、どう考えても人類の弱点こそ水である。
ついでに水どころか食料の大半も水資源に依存して作られるものであり、22世紀以降は正しく食料と水を取り合う世紀になると言える。
先進国は莫大な予算を用いて技術開発、資源確保に努めるだろうが、工業化や先進国化を果たせなかった国々は悲惨を極めるのが目に見えて分かるはずだ。
これらが人類の増加に起因して激化すると説くのが委員会のお決まりな悲観論である。
全部が正しいとは言わないが、大抵外れない預言の類。
今日、冷蔵庫に水が1lしか入ってないのに明日4lは消費出来ない。
そう彼ら委員会は言っているだけなのだ。
ならば、残りの3lを何とか工面するのが人間だろうが、何処からか持って来たソレについて、人々は分け合うという選択肢を多くが持たない。
国家間における物資の融通なんてのは大抵、搾取の常套句であって、善意とは利害による発言力の拡大と同義である。
水や食料と引き換えに何をその相手から得るのか。
これから来る時代にはその持たざる者から何を引き出すのか、という現実に起こる悲劇の気配が漂う。
もしかしたら、水と食料の為に戦争の兵隊になれと言われるかもしれないし、自分達の勢力として手先になれと要求されるかもしれない。
もしくは傘下として労働力を搾取されるかもしれないし、人的資源として今の現代で起こっているよりも更に酷い低賃金重労働、殆ど奴隷制に近しいシステムが名前を変えて復活するかもしれない。
まぁ、ロクな事にならないよね。
というのが本来は識者とやらが適当に憂うべき内容である。
だが、残念な事に今現在その来るべき日に向けて努力する国家規模勢力など存在しないし、地球規模の環境保護を訴えるのは環境テロリストくらいなものだ。
なので、大真面目に大気圏外核戦争が終了後。
記たるべき世紀末に向けて全人類規模サヴァイヴな訓練を行う事とした。
内容はこうである。
―――チキチキ、地球が危ない!?
―――化け物達を撃破せよ!!
―――魔術師、総員出撃!!
―――今、彼らの勇気が試される!!!
「全世界の貯水池とダムと上水道に怪しいお薬混ぜ混ぜしましょうねぇ~」
「―――」
一般人枠女性が一人。
ドン引きな様子で劇画チックに固まっていた。
各国政府への警告は混入終了後100時間以上経ってから、つい先程行われたが、この計画は1週間以上前から準備していたものを今現在教えただけの事であり、もう全人類の73%程が何らかの摂取方法でこちらの細工した水を体内に取り込んだ後だ。
世界各地の地下水脈には最初期の頃から神の水が混入済み。
ついでに諸々増殖もしてあった。
なので、今更に何か危険物を混ぜるというよりは神の水そのものに特定の物質を生成させていたというのが正しい。
「という冗談は置いておいて」
ホッとした様子の千音が埼玉県の上空で胸を撫で下ろす。
「そろそろ効果が顕れるはずだから、そうしたら後はよろしくな。オレはこれから第二次国会襲撃だ」
「え!? あの!? 止めたんじゃ!!?」
「いや、冗談言ってみただけだ。地球上の国家の主要都市、大都市、更に上水道が整備された場所、地下水や雨水に頼る大半の場所は汚染済みだしな」
「ど、どうなるのですか?」
そろそろ昼も過ぎ。
惨事のオヤツ時。
まだ夕方になるのが早い雪解けの季節。
セピア色の陽光の下。
微妙な熱波に襲われた市街地の街並みは僅かに茹ったような陽炎にも似て。
「魔術師の戦力化が行われていない。もしくはこれから起こる先兵大進撃イベントで落第点を取った国には国家上層部にしか通達していない恐ろしい効果が発動する!!!」
ゴクリと千音が唾を呑み込む。
こちらが歩いていく虚空の先には空飛ぶ簡易宿泊所が真下に全天候量子ステルスで存在を欺瞞しつつ、係留されている。
アトゥーネ・フォートを適当に居住可能にして軽量化しただけの姉妹機なのだが、一人で住まうには大き過ぎる場所かもしれない。
「主に人の長寿命化とか老化の遅延とか遺伝子異常を全部元に戻して、脳機能も死ぬまで正常に維持出来て、骨密度や筋力も普通に歩いて暮らせるくらいになる挙句に大抵は老衰でしか死ねなくなる!!」
その上に立てば、ホログラムで今まで横にいた千音がズコーッと全身でリアクションを取ってくれていた。
「そ、それの何処が恐ろしい事なのですか!?」
「ああ、いや、政府には恐ろしい事になるとしか言ってないから、あっちは詳しいところを知らないけどな。どうだ? 恐ろしいだろう?」
「ぅ……何か後ろで良からぬ事を企んでいる気配がします?!」
現在、地球規模の活動中。
ユーラシアには巨漢を。
欧州には老人を。
北米南米には千音を割り当て。
こちらはアジアを担当地域としている。
計画発動まで残り三十分。
やる事は教えているが、何が起きるのかは魔術師を警戒する意味でも自分の心の中だけに留めてあったのでようやく開示する事とした。
「まぁ、分かり易く言うとだ。健康寿命が日本以上になった各国は残念ながら、人口激増……地球の人口爆発が今世紀中だと確定する」
「?!」
「一般人として人口が増える事がどれだけ恐ろしい出来事か。理解出来たりするか? アトゥーネさんは?」
「そ、それは……」
「言っておくが、平均寿命が延びる=人口が爆増する=食料と水の奪い合いが加速するの図式が普通の一般常識だ」
「一般常識じゃありません?!」
「いやいや、一般常識だとも。これから必ずそうなる。そして、それをどうにかしようと思えば、人口を恣意的に政策で減らすか、戦争で減らすか。もしくは資源を自らの手で自給自足、確保しなきゃならなくなる。姥捨て山が世界中に出来るか。もしくは老人というだけで監獄に行くか殺されなきゃならなくなるディストピアの建設が捗るのは確実だな」
「そ、それって……良い事をしたはずなのに結果は地獄って事ですか?」
「良い事だったのかは置いておくが、根本的な問題は今の地球総人口を均質な生活水準で賄う事は不可能って事だ。お隣の大国を見れば、それは一目瞭然だろう。人口は経済に置いて最大の武器であり、同時に欠点でもある。だから、工業化後は機械化や省力化が勧められるが、それが今度は工業化された国では人から職を奪う。自給自足出来る個人なんてのはこの地球上の工業化を果たした国家では幻想の類だ。食物の種だってタダじゃない。最後にものを言うのは生き残る為に必要な自前の知識と技術とそれを行い得る人材と資本があるかどうかだ」
「そ、そんなの……無い国の方が……」
千音がそう現実を口にする。
「無論、そんなのが中小国に全部揃ってるわけがない。大国ですら国内人口を養うのに内需が無い国は壊滅的な被害を受けるだろう。が、先進国で口減らしなんて許されるわけもなく。何処も水資源と食料資源の奪い合いになる。人口の大きさがそのまま自分の国を押し潰す大国が大半だが、同時にそれは先進国を見れば分かる通り、少子高齢化してる国では相対的に影響が軽減される。少なくともソレ自体はもう経験された出来事に過ぎない。ただ、これからはそれが何処の国でも永続的にやってくる、というだけだ」
「そんな大問題、どうするつもりなのですか?」
「さて、人口が肥大する国家は技術で食物の生産量と水の確保を行わなけりゃ何れ破綻する。では、問題です。破綻しそうな国が国内に無限に水と食料が湧く場所を持っていたらどうなる?」
「え、それは……勿論、使うんじゃ……」
「いいや、使うじゃない……使わざるを得ない、の間違いだ」
「その、どういう?」
「さっき、各国にオレは一言付け加えておいた。『もし先兵を倒せたならば、猶予をやろう』と」
「猶予?」
「具体的には先兵を倒した地域でのチート機能付きな土地が解放される」
「チート機能?」
「環境汚染の浄化と土壌改良、更に水質改善……要は中小国に満遍なく出来る期間限定の肥沃な土地の発生だ。先兵が一定期間毎に復活して強くなるけどな」
「つまり、敵を倒せば、食料や水が一杯取れる場所が使い放題、ですか?」
「ああ、食料一杯、水も一杯。だが、それを十全に使おうとすれば、技術が必要だ。それは何処から持って来るか? 此処で先進国や核を持ってたような国にはそういう場所が殆ど無いという差を地球規模で設けておく。すると、先進国や大国はどうすると思う?」
「それって侵略とか誘発するんじゃ……」
「ああ、間違ってないが、国連が看過するか? ついでに世界の警察だってそういうのに容赦しないだろう。結局、貧しい国家が自前で売れるものが増えたってだけだ。先進国の貿易赤字は拡大するだろう。だが、それは同時に地球規模での再分配を行うって事だ。まぁ、第三世界や中東みたいに荒れた国程にそういう場所は多いが、同時に使わざるを得なかった人々はオレの影響下に入らざるを得なくもなる」
「影響下? 何か細工を?」
「人倫に悖る行為は激減どころか壊滅するだろうな。魔術師相手に使ってたアレの改変版薬剤……一般人や通常犯罪者向けにしたものを生成するお水しかそこから出ない仕様だ。無論、それで育った作物の水分にもそのお薬の効果が出る。先進国と比べても相対的に人倫が低い国家は多いが、そういうとこで大抵の犯罪者と犯罪が絶滅する」
「あ、あ、あのお薬ですか!!?」
「アレより性質が悪いぞ?」
「自分で言わないで下さい!?」
ベシッとツッコミが頭部に入る。
無論、すり抜けたが。
「呑むまで単なる水。飲んで体内で吸収される途中も水。脳内に入った瞬間にお薬に早変わり。ちなみにこの技術を人類が見破れるようになるのは10万年後だ。3万年くらいしたら、何か怪しい反応が起こってる、くらいは分かるかもしれんけど」
「―――つまり、悪い事をしたら、忘れられなくなって苦しむ。今現在、悪い事してる連中が飲んだら死ぬまで懺悔日和と」
「それなりに複雑な条件を付けた。犯罪の重さによって色々と症状も多種多様だ。基本的にはゲリラや反政府活動、汚職、自民族優位での不平等な政治、戦争犯罪行為、通常の犯罪や宗教原理主義的な活動、犯罪隠蔽や自由や民主主義、異民族、異なる宗教への弾圧、平等や人権を傘に来た明らかな法律違反や原理主義的なヤバい思想の他民族への改宗、強制……まぁ、色々地球上で起こってる問題の大半でソレを他人にやろうって奴が激減するだろう。無論、そいつらが例え毎日死ぬより辛い気分で懺悔してでもソレをやりたいって言うなら止められる程の強制力はないが生憎と続けてやろうとしても、人類には耐えるのが不可能な強度になった時点でストップが入るな」
「殆ど洗脳じゃないですか!?」
「洗脳は立派な戦術だぞ? 後、ステマは単なる企業活動だが、洗脳の類だ。どこぞの独裁一党国家や宗教原理主義国家、グローバリストがやってるのを何故オレがやっちゃいけない?」
「でも、それって思想の強制じゃないですか……」
一般的な意見はとても正しい。
「いいや、強制しないさ。オレの薬剤はあくまで反省を促すだけで行動を直接制限したりはしない。ちょっと誘導はするがな。そもそも何処の国も思想は誘導されてるもんだ。宗教然り、国家然り。第二次大戦から戦勝国がやってたのと大抵同じだ。それに技術が加わったってだけの事。世論工作、軍事関連の広告なんてそれと分からないよう各国が普通にやってる。今の日本にある民主主義と選挙、平等、価値観、それだって絶対じゃない。システム的に優れてはいても本当に正しいのかと疑問符はいつだって付く可能性がある」
「それは……そうかもしれませんけど」
「独裁国家でも幸せそうな国なんて幾らでもあったし、今も存在する。逆に民主主義や共和制の国が衆愚政治や決められない政治の先で腐ってるなんてのも歴史の授業をする必要もなく現在進行形だ。システム的な欠陥を持つ共産主義、行き過ぎれば大抵破滅する社会主義ですら、この日本じゃまだ生き残ってるし、上手く行えた部分もある。マルクスが天国で自分の求めた楽園を地球上に探したら極東くらいにしか無いと嘆く、なんてジョークもあるくらいにな」
「……その、思想的な事はともかく。それは個人でしなきゃならない事ですか?」
千音が真面目な瞳でこちらを見つめる。
「オレは思想家になるつもりもないし、画期的な事なんてのも出来ない。だから、誰もが夢見て誰もが望んで誰もが単に不可能だからやれなかったってだけの事をしようと思ったわけだ。残念ながら、オレの手にそれを出来るだけのチートが山程あるからな」
「不可能じゃなくなったからって、それをするのは……」
迷いのある顔に肩を竦める。
「人類はパブロフの犬なんかじゃないって言い張るのは勝手だ。だが、オレがやりたいのは……そうだな。日本人の古典的な物事の考え方を遺伝レベルで誘導する事にある」
「古典的な考え方?」
「お天道様が見てる。そういうやつだ」
「それって……」
「それが緩やーかに人類社会全体で誘導される。だが、別にそんなのは何処の国でもある事だろ? 悪い子にしてるとお化けが来るぞとか。それと変わらない。もっと具体的に権威や宗教に跪けなんてのも珍しくはない。何かを喰うなとか。あれあれをこれこれしろとか。宗教だって、その当時なら発生した地域で最新の知識や知見を元にした教義だったはずだ。だが、それが現代に沿ってるか? 原理主義者はそういうのをまったく意に介さないからな。俺はそういうのを是正する事にした。地動説、天動説、進化論、こういうのと同系統の問題が未だ大量に存在してる。宗教の戒律も同じだ。現実を見ない原理主義者を合理的に理知的に考えて、原理主義と現実は別だと理解するよう仕向ける。そういう人類規模で共有され得る知見、基準がちょっと日本人。いや、オレ基準になるわけだ」
「物凄く宗教系の人が怒りそうですね……」
「ははは、怒るどころか泣いて謝って来るぞ。主に自分達が迷惑を掛けた連中へな。既存の縛りのキツイ宗教や明らかに当事国の法律を守らない原理主義系宗教、更にカルト系宗教に新興宗教、全部が全部、合理性の無い文化的でもない教義が一気に廃れる。ま、全ての宗教に完全世俗化が起きるって事だ」
「あ、怒るどころか絶望するんですね分かります」
「平たく言えば、人様に迷惑を掛けるなって縛りが人類規模で誘導されて、スタンダードになる。ついでにその国の法律や世俗の慣習が守れない奴、その国の人間や文化に敬意を払えない奴は子供だろうと大人だろうと自分の国へ自分の足で帰る事にもなる。なぁに、心配ない。祖国は貧しいが食べていけるだけの犯罪0なワンダーランドだ。何を国連機関から勧告される必要も無く死にはしないし、元気に毎日他人を害さなきゃ普通に生きてもいける。これで移民、難民問題も解決だ」
「……エニシさんが異常なのか。私の意見が間違ってるのか。それともこの世界の方が間違ってるのか。分からなくなって来ました……というか、迷惑を掛けまくっているような?」
「そこは目を瞑るべきだろ。そいつらはオレみたいにチートを持ってるわけじゃないんだから」
「ぅ……言い包められてる気が……」
「ちなみに他者への理不尽な理由による憎悪や自分に非がある事での憎悪なんかも人格矯正の一環で微妙に引っ掛かる。無礼な事して、ぶっ叩かれたのに反省もせずに不貞腐れてんじゃねぇって理由でも懺悔モードに入ったりもする。悪と善みたいな二元論基準じゃないんだ。自己反省して他者と協調して生活するか。あるいは善意の第三者としてひっそり周りへ感謝して暮らすかって感じの生活してりゃ、誘導も発生しない」
「うぅ、今からエニシさんを倒した方がいいような気がしてきました……」
「まぁ、そう言うな。洗脳にしてもオレは良心の基礎値を上げる程度の事しかしてない。基本的に中身は犯罪抑止が目的だ。他国への間接侵略や経済的な圧迫、不均衡な貿易みたいな分かり難いものも含めて、自分の思い通りにしようと相手へ致命的な事物や情勢悪化を強制するな、ってのが骨子になってる」
「それって今、エニシさんがやってる事ですよね? 自己矛盾全開ですね……」
「矛盾はしてないさ。悪化はさせないからな。これは他者にとっては悪化だって言うなら、話は別だが……これはあくまで本当に単なる懐古から来るオレのお節介でしかない。オレ個人に大義名分があるわけでもない。こう出来て、こうしたくて、こうなって欲しくないから、こうする……その程度の事だ」
「ツッコミ切れませんよ? さすがに私でも……」
「ツッコミ不要だ。結果として人類規模でウィンウィンの関係を築いて自分と相手を尊重しなけりゃ、あらゆる出来事は人口の増大以外、規模の拡大にストップが掛かるようになる。今現在、地球上の富豪層と残りの何十億で富の不均衡が生じてるし、今後も加速する予定だったが、それ自体が限りなく是正される方に傾く。これだけ聞いたら、国連機関が小躍りしそうだろ? 資本家や富裕層や富豪層の皆さんには何処に住んでも人並みな治安で暮らせる事と引き換えに割りを喰ってもらうってだけだ」
「ぅ……貧者を味方に付け出しました。この人……」
「貧しい国は貧富の格差が縮小して、治安が回復、それを率いる政治家の不正行為が限りなく減る。それでまともにメシが食える人間が増える。富める国や先進国は他国と協調しなければ、それ以上の影響力を行使出来ず、そういう国へ富を還流させる仕組みを造らなければ、没落する一方……実に社会主義者や共産主義者に崇められる事をしてるかと思うんだがなぁ……」
「独裁者も真っ青ですね……」
「独裁者は独裁者である故に公正明大を地で行かなけりゃ破滅するし、今までの罪も告白しなきゃ死ぬまで苦しむ事になる。中央集権化を進める思想集団や宗教集団ですら、オレ基準で自分達の悪事をバラして謝罪行脚や組織改革が出来なけりゃ潰れるから、相対的に力が落ちて中東やアフリカの原理主義系の組織はそれが国家規模だろうとテロ組織だろうと次々に勢力弱体化。どうだ? オレのやってる事は人類悪だと思うか?」
「ぅう……悪魔ってこういう風に人に話し掛けるんじゃないでしょうか?」
苦笑してしまう。
正しく、その通りだろう。
「何億回かシミュレートしたが、内なる神の声ってのを利用するのが一番人類にとって穏やかな変わり方だったんだよ」
「人間の良心を強化するのが一番だと?」
「ああ、分かってくれてとてもウレシイ。ちなみにストレスはマッハだと思われるだろうが、ソレすら許容範囲内に治まるよう脳内環境が構築される。それに欺瞞的な優しさみたいなのはほぼ強制されない」
「知ってます。強制じゃなくて矯正、ナンデスヨネ?」
「それを強制というレベルでさせられるのは大抵人間何とも思ってなくて幾らでも人を殺せるサイコパスとか、全部お前らが悪いとか言う自己中、オレ以外全部ゴミとか言うナルシスト、神の為なら皆死ぬのが当たり前とか言うカルト、人に迷惑を掛けておいて悪びれない下種とか、そういう諸々偏った人物や犯罪者に限られる」
「あの……何か、今こっちが洗脳されてません?」
思わずツボに入った。
「ごほ……オレはオレのディストピア計画を分かり易く伝えているつもりなんだが、コレを洗脳って言うのか……いや、どうだろう?」
「言っちゃったこの人?!!」
「でも、悲惨な人生を送る人間が激減するって考えたら、許容出来ると思わないか? 常識的に考えてヤバい連中が悪事を働かなくなる。他者に自分を強制しなくなるってだけでも随分と社会は変わると思うぞ?」
「ぅ、悪人と犯罪者の境界はエニシさん基準ですよね?」
「無論だ」
「何処まで手を突っ込む気なんですか?」
「自分で産んでおいて子供を虐待死させる母親とか、家庭を省みず娯楽に溺れて浮気借金酒博打みたいな悪徳役満の父親。宗教や戒律などのせいで我が子を殺そうとしたり、自由を奪ったり、人生を強制しようとする両親。そういう家庭に恵まれない子供も絶滅するくらいまでツッコむ気だ。屑親、毒親って言われるような連中すら子供を社会不適合になるくらい歪ませたり、途中で死なせたり、不幸に出来なくなる」
「何が不幸かはエニシさん基準なのですよね。私、シッテマス」
「ああ、勿論だとも。幼少期からの環境がオレの設定した下限以下にならなければ、その内に善意マシマシな人類の遺伝的好循環が発生するともシミュレートでは出た。それはオレが用意した環境による淘汰の先にあるもの……個人的にそんな悪くない未来だと思うが……」
「心理資質的に優れた人類への進化、だと?」
「良心的な人格を生み出しやすい脳器質を持つ個体に偏って、社会的に遺伝子が残り易くなるってだけだ。そういう良好な家庭環境で育ったポジティブ系な人間が子孫を残していく事で戦争より文化や学術の面で貢献出来る人種が増加して、もしかしたら世界政府くらい出来るかもしれないぞ? 絶滅するよりはいいんじゃないか?」
「エニシさん……やっぱり、あなた悪魔です」
もう顔面の百面相を終了させた悪の女幹部は疲弊したように呟く。
「正直だな。だが、人類の良心アップ!! 犯罪率激減!! 救われないはずの子供達が救われる!! ついでに人類規模で民度も上昇!! イイねを百億回押された挙句に首を吊られる行為だと思うからオレは反省はしても途中で已めたりはしない!!」
「もし、ヤバクね? が、在ったら、一京回押されたとしても何ら驚きませんよ?」
「善意で舗装された血塗れの道をちゃんと掃除しながら征くのがオレの流儀だ」
大きな溜息が吐かれた。
「……今までの話を聞いた人達がいたら、貧しい国の人は大抵一般人なら落ちますよ? 先進国側でも何処かしら肯定してくれそうな人なら一杯いるはずです。それと同じくらい大半を敵に回しそうですけど」
「千音さんは?」
「ぜ、絶対、悪魔の囁きに屈したりしません!! 私はちょっと人類の未来を救う為に戦っているだけであって、人類にお節介を焼きたいわけじゃありませんから!!」
「……亜東千音はいつまでもそのままでいてくれ。オレにとってもその方がいい。イエスマンだけで周囲を固めてると途中でオレが間違った時に修正するのが大変だからな」
「って言いながら、何か今から変える気無いですよね?」
「ああ、まったく。残念ながら」
「ダメじゃないですか!?」
「この計画の内心での呼び方は『世界に蔓延るシリアスさんをぶっ殺してコミカルさんが世界を牛耳る計画』!!! と言う」
「人類皆お人よし計画って聞こえますけど……戦争映画な世界をコメディ路線にする気ですね……」
「いいじゃないか。好きだぞオレ。ラブコメ限定だけどな」
オチが付いたところで時間となった。
今までの話を聞いていたはずの男二人は何も言わず。
ただ、網膜に短い文でこう皮肉を送って来た。
―――悪魔より悪魔らしい善人め。
―――若者達の未来に幸多からん事を……。
「さ、これで背景の話はお終いだ。此処から先は人類に絶対勝てない敵がいる事を、どうやっても敵わない何かがいる事を、教育しよう。駄賃は人の生み出す悪徳と不和を生み出す全て……悪の大幹部の降臨だ!!!」
世界中にパイプオルガンと輪唱される幼い声音が響く。
禍々しく。
中二的で。
荘厳で。
遠大で。
ただ、全てを闇の底に沈めるような暗さを伴って。
世界で未だ戦う魔術師達が空を見上げ。
世界で未だ戦う政治家達の一部が空を見上げ。
知るだろう。
要塞を破壊したところで何一つ事態は解決していなかったのだという事を。
ようやく本命が世に出現したのだという事実を。
一部の者にのみに視認出来る、姿を顕したソレは果たしてその国家の首都の中心。
爆破された場所の上空から、まるで階段を降りるように歩み。
虚空で立ち止まり。
聞こえ、見える者達の前で黙示録の四騎士の如く叫ぶだろう。
―――滅びよ人類。
首都警戒中の魔術師を伴う戦術ユニット。
その全てが世界中でその出現地点へ急行する最中。
アトゥーネ・フォート×4による掃射爆撃が。
行政中枢たる議事堂や議会から人を追い出すように。
避難していく者達が畏怖を前に絶望し、希望を求めるように。
開始された。
―――我らはファースト・クリエイターズ。
暗黒に包まれたかのような、緩やかな破滅の足音を聴く者は怯え。
ロンドン、モスクワ、ワシントン、東京。
人を生かす為に人が最も輝ける舞台を……そんな茶番が一発の轟音と無限の如く湧き出す化け物達の侵攻によって開始された。
―――愚かなる者に裁きを下す最期の使者也。
「さぁ、抗ってみせろ。でなけりゃ死ね……
こうして、世界は暗黒に包まれた。
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