第265話「選定」


 仲間が二人増えて翌日。

 本日も騒がしい東京の地下。

 現在時刻8時32分。


 朝食も終わって一息付いた全員で地下のイグゼリオンがデンと背後に聳える倉庫内に入り、ブリーフィングとなっていた。


「じゃあ、第一回魔術系の人々との戦争会議を始めます」


『よろしくお願い(する)(します)(しようか)』


 部屋の中央にテーブルを置いて、買い込んで来たお茶菓子とペットボトルの飲料が複数置かれている。


 中央にはホログラムの投影機を適当に設置しており、囲む四人の前には各自のディスプレイが虚空へ投影されている。


「え~まず資料1ページ目をご覧下さい」


 パラっとディスプレイ上で情報が開示される。


「現在、魔術世界との戦争においてメインで使用される兵力の各地での量産施設整備が進んでいます。何か質問があればどうぞ」


 千音が手を上げる。


「はい。どうぞ千音氏」

「は、はい」


 ごっこ遊びみたいな状況にちょっと戸惑いを隠せない様子な常識人枠?が立ち上がる。


「その……エニシさん、でよろしいですか?」

「ああ、構わない」


「エニシさんにお聞きしたいのはこの兵力のメインになるとされる先兵レギオンの事なのですが、この書いてある情報は事実、なのですよね?」


「イエス」


「その、自己再生とか自己増殖とか情報共有による戦術最適化とか……こういうのは良いんですが、仕様書にその……兵隊に必要なさそうな項目が」


「具体的には?」

「環境汚染の除去とか」

「仕様だ」

「他にも人類規模での遺伝異常の正常化機能とか」

「仕様だ」


「他にも現在地球上に存在する薬物の一部、正確には麻薬の類への超強化耐性の付与とか、書いてあるのですけれど」


「仕様なんだが、何かおかしいか?」

「どうして必要なのかな、と」


 まぁ、普通に考えたら何だコレと言われるのは分かっていたので説明する事とする。


「単なるおまけだ」

「お、おまけ?」


「他にも飢餓耐性とか難病根治とかの項目もあるぞ。取り敢えず、まだまだ在るが、全部ひっくるめて文明の一時的崩壊の時に必要な項目として入れてる」


「あ、ああ、戦争での被害を減らす目的で?」


 千音が合点がいったという様子でポンと手を叩いた。


「そういう事だ。未来には遺伝子バンクが存在してた。人類の復興を夢見た先人達の遺産て奴だ。人類が遺伝改良型の人型躯体として人間としての生活を引き継いではいたが、それをまた人の身体に戻す日が来ると踏んだ連中がいたらしい。で、オレはその遺産を全部引き継いでる。コレはこれから戦争を起こす連中、委員会の一部意見でもあった。この先兵はそういう意味だと人間の品種改良を1代で終える為のシステムと言える」


「品種改良……」


「オブラートに包んでもしょうがないから言っておくが、どうしたって戦争じゃ人が死ぬ。ついでにオレと相手がやり過ぎる可能性もある。相手の規模がどれくらいになるか知らないが、この惑星が消し飛んだりしなくても、地表の人間が物凄い影響を受けたりしたら問題だ。で、この兵隊は人間の過酷な環境下での生存機能を飛躍的に上げる為の代物。環境に作用するのみならず、遺伝子にも影響を及ぼす。基本的には細菌の類をパンデミックでばら撒く遺伝改良システムが戦闘力を持ってるってもんだと思ってくれ」


「は、はぁ……地球規模とか、何だか大げさなのかどうか分からなくなってきました」


 眉を寄せた一般人的な感性を持つ相手からの意見は最もだ。


「気にするな。未来じゃ、人間の遺伝子そのものの変質率は98%以上。この遺伝改良で行われる改竄は精々が4%弱。将来、海で生きられたりする人間が出て来るかどうかくらいの差だ」


「あ、あはは……ハイ」


 スゴスゴと千音が引き下がる。


「ふぅむ。それにしても社会基盤下での集団行動を前提にしているのか? 兵隊の維持は全て地域のインフラを利用して行うとあるが……」


 老人の声に頷く。


「こいつらは基本的に自給自足だ。ぶっちゃけ、人類が最終的に持つだろう内燃機関としては最上位のシステムを積んでる。物質さえあれば、エネルギーは大抵無尽蔵。そもそもエネルギーの変換効率がそこらのSFにあるブラックホール使ったような代物よりも上だからな。効率的に言うと核融合炉なんぞ比じゃない。素粒子融合炉とかよりも高次だから、ん~恐らく先兵一体で大都市の電力くらい余裕で10年賄えるんじゃないか? 個体内部の質量のみに限れば……」


「外側から質量を取り入れたらどうなるのですか?」

「無限機関の完成だ。それ専用にカスタマイズすれば、の話だが」

「そ、それって地球の環境問題とか解決出来るんじゃ……」


「別にインフラなんぞ使わなくても空気さえあれば自立可動出来るんだが、それじゃ敵としてアレだから、電力とか水とか、実社会への細やかな収奪を攻撃として行う仕様にしてある。霞み食ってる仙人なんかと同列に思っとけばいい」


「あ、眩暈が……」


 常人枠は頭がオーバーヒート気味らしい。


「仙人とか、ウチの業界では伝説とか幻とか、いたら確実に狙われる枠の人材なのですが……」


「いるんだ。仙人」


「え、ええ、昔、ウチの祖父の知り合いの人が霞み食べて生きてるって言ってました……」


 そっとさり気無く。


 老人が片手で後ろに引っくり返りそうな千音の手先を支えている辺りが何とも言えずコメントに困った。


「話を戻すが、技術は全てを凌駕する。SFと伝奇ものの世界観の違いってだけだ。未来じゃ魔術扱いされてるのはオレが持ってる技術の方だし」


「何か更に魔術が滅びていると聞かされて、ウチの実家が心配になってきました」


「あ……悪い」

「え?」


「もし、そっちの家が魔術使う連中の拠点として公になってる感じの場所だった場合、砂になって崩壊してる可能性がある」


「ふぁ?! え、ええ!?」

「安心して欲しい。その場合は生活保護的な資金が出るから」

「ちょ、ちょっと見てみても?」

「あ、ああ、その場合は不幸な出来事として勘弁してくれ」

「で、では……ええと……」


 僅かに千音の瞳が薄い琥珀色に輝く。

 すると、何やらホッとしたように結構大きな胸が撫で下ろされた。


「だ、大丈夫だったみたいです。でも、知り合いの家が砂に……」


「そ、そうか。まぁ、生活拠点だったら、多めに見積もって資金が拠出されるから、そう悲観せずにな」


「は、はい」


「脱線したが、とりあえず本筋に戻すぞ。とにかくインフラの一部に攻撃する仕様だ。そうじゃなきゃ魔術師だって駆逐しようと躍起になってはくれないからな。医療関係や発電・送電関係の部分は対してはやらないようになってる。ただ、社会的な混乱で死人が出ない程度に情報インフラにも攻撃は行う設定にしてある。主に報道関係者が路頭に迷って諜報機関が涙目だが、こいつらの活動終了まで最低限の生活保証として魔術師達に対する援助と同じように金は振り込まれ続けるようにしてあるから、メシが食えなくて餓死するみたな事はないはずだ」


「そのさっきから気になっていたのですが、その資金は一体何処から? というか、その資金の振り込みをどうやって?」


 千音に肩を竦める。


「ちょっと銀行の決済システムを乗っ取ってある。後、資金そのものは非合法に市場へ参加して、合法的にレバレッジ数百倍で遊んだだけだ。こっちは予測用の未来技術の産物である演算システム持ってるんだ。儲けられない方がどうかしてる。倍々ゲームを数日続けてたが、さっきそろそろいいかと切り上げて各種の外貨に換金してきた。基本的に世界中の個人投資家と機関投資家、資産家連中の資産が何割か減った程度だろう」


「え、えっと、それって……」


 指を弾くと虚空に映像が浮かぶ。


 現在、世界中の市場で乱高下を繰り返す株価に付いて大きく報道されていた。


「如何程?」


「システムを使って強引に市場操縦したからな。とりあえず数十兆ある」


「ゴフォ!?」

「大丈夫かね?」

「い、いえ、お、お気遣いありがとうございます」


 思わず噴き出した千音が口元を紙ナプキンで拭いた。


「現金で引き出すと足が付くから大半電子マネーだがな。$やユーロにして現物にも幾らか変えて倉庫に放り込んだから、資金や物資は万全だ。便利な世の中になった反面、こういう事が出来るってのが情報化社会の弱みだよな。数字だけを動かしてれば、現実が付いてくるってのがまた脆弱だとマジで思う。人間の目が入ってない部分を通過させた物資の行先はマシンしか知らないし、そのマシンを操れるなら、内実がバレる可能性は短期的に0だ」


「あはは、あははは……うぅ、規模がよく分からなくなってきました。兆とか普通に使う単位じゃないと思います」


 ちょっと、勢いで参加したの間違ったかなと言わんばかりに千音が額を抑えた。


 犯罪の片棒担いでると知った人間の反応なんて大抵このようなものだろう。


「本題に入れ。それでこの地域毎の先兵の増産システムの中心、世界中にばら撒いた12体のコレはどういう役目を担う?」


 メットを脱いでいるベリヤーエフが訊ねて来る。


「兵器としての先兵はリミッター無しならそれこそ一体でも十分に世界を滅ぼせる代物だ。だが、適度に相手のやる気と根気を引き出して、クソゲーにならないよう倒されてくれなきゃ困る。つまり、魔術師連中には弱い設定だ。基本的にコアとなる部分を置いて、ソレが破壊されたら再生を止めて分解されたように見せ掛けつつ、この十二体のシステム中核、マスターサーバーの指揮下に入って再構成されるのを待つ。こいつ自身も先兵と同じ効果を持ってるが、何より重要な能力は個体の統括と再プログラミングだな。相手の強さに応じてやりがいのある、倒しがいのある敵を自動で構築してくれる。ま、誰も倒せない敵に絶望して欲しいわけじゃないって事だ」


「やられ役……相手の消耗と練度の向上を図る削り役か?」


 巨漢の前で巨大な一本の筋繊維を中核として形成される円筒形状のメタリック物体、システムの概略がザラザラと流れていく。


「そういう事だ。こいつの攻略が出来るような人材が出て来たら、その時点で委員会の実計画は破綻寸前だと思っていい。別にそういう連中が出なくても構わないが、かなり戦力としては頼りになるはずだ。委員会の情報は全部こっちにある。それを打破出来る技能や技術を魔術師個人単位から集団単位で教え込むのがこいつらの役目でもある」


 三人が呆れるくらいに大量の情報を前にして関心した様子となっていた。


「それで我々はどうすればいいのかね? 実力的にはこの兵隊と隊長機だけで十分に仕事をしてくれそうではあるが……」


「兵隊に出来ない仕事に決まってるだろ。総統閣下」

「分かってはいるが、顔を出して広告塔にでもなるのかね?」


「半分外れだ。現在、魔術世界とやらの大手結社、集団、組織はその本拠地を全て砂にされて重要物資、重要施設、物質として重要なあらゆる資産を失った。さて、非公的な連中にとって、自分のねぐらが無いというのは極めてヤヴァイ事態なわけだが、今日明日は凌げても明日以降の為にやらなきゃならない事は何だと思う?」


「メシのタネを得る事、かね?」


「正解。大小様々にある組織は一律にそうとは言えないだろうが、現物が無い以上困窮するところは多い。だが、此処で神による絶滅させるとの宣戦布告。ついでに先兵の登場だ……魔術は隠蔽されるもの? いやいや、隠蔽してたらじゃないか」


 先兵が量産されて稼働し、数体が都市部、それも魔術師と思しき困窮者達のいる地域へと向かっている情報がリアルタイムでマップと共に表示される。


 その化け物は蜘蛛型のロボと言った風情だが、大きさは2mと結構な代物だ。


「あ、ぁ~~~っ、そ、そういう事、ですか!?」


 千音が何だか世知辛い世の中の事実に気付いてしまったというような顔をした。


「人間はな。食わねど高楊枝、なんて言えないのが普通なんだ。 この先兵の進撃する映像は公的機関にも送られる。公僕は『化け物に人々が襲われているぞ!! 軍隊と警察に出動を要請だ!!』なんてやってるが間に合わない。そこで何故か魔術を使うが登場する。『あの化け物と戦っている!? な、何だってー(棒) あの人達は一体何者なんだー!?』という声が響く中、絶対隠蔽し切れない規模の公的機関の人々に魔術が御開陳される」


「ほうほう。無理やり正義の味方にするつもりか」


「無論、正義の味方に程遠い連中もいるだろうが、それを刈り出すのも大手が公的機関と連携していけば、協定案に組み込まれるだろう。というか、途中でちょっかい出すから絶対そうなる」


「魔術とやらを使う人々を無理やりに公僕へ、か。しかし、先程言っていたように生活資金はある程度出すのだろう?」


「この間仕入れた情報だと魔術には金が掛かるとの事だ。自分の生業をするのに生きていける以上の資金が必要なら、何処から調達する?」


「そこを国にやらせようというのか」


 老人に頷いた。


「そして、通常戦力に無双する化け物を倒すヒーロー像がある程度出来上がって来たところで、化け物を支配下に置く何者かが彼らの前に現れる。通常の軍隊じゃ完全に手も足も出ないどころか見えもしない相手だ。魔術師達すら『ああ、あれは何だ!? 化け物を従えている人間!? つ、強い!? 勝てない!? 誰か助けてくれー(棒)』と悲鳴を上げる、そういう部分にオレ達が必要とされるわけだ」


 3人の前に徹夜で組んだ専用装備の正式版の情報が開示される。


「こ、これは?」


 千音が驚いた顔でこちらを見ていた。


「日曜朝のヒーロー番組って見てた方か? アンタは」


「あ、いや、どうでしょう? 小さい頃は魔法少女ものばかりだったもので……でも、知ってます。ええと、これってってやつですよね?」


「正解。これからオレ達は悪の秘密組織の大幹部様に扮して、魔術使う連中の中でも人間殺して材料に使ってますとか、人間殺しながらじゃないと生きられませんとか、人間を密かに生贄にして力を得てます、とか。そういう人間に優しくない上に先兵を倒せてしまう連中を狩るお仕事をする」


「か、狩る?」


「最悪は殺害になるが、大半は魔術の使えない普通の犯罪者にしてそこらの警察署に証拠と一緒にぶち込む。世界的に魔術が認知されてるのに現行法じゃ裁けませんてのは不合理だし、そもそもソレを一般人が許すわけも無いだろ? そういう罪も一緒に世界規模で宣伝してやる事になるしな」


「「「………」」」


「ちなみに外見を変えるのは可だ」


「この胸の部分、開き過ぎです!? もうちょっと控えめにして下さい!!? それと物凄く動き難そうな服装なのですけど!?」


「ふぅむ。悪の大幹部……実に良い響きだ。偶には本当の悪党らしい恰好をしてみるのも中々楽しそうではある。武器は超大型の重火器を片腕で振り回すとか。そういうのが好みなのだが……」


「むぅぅ。黒は頂けない。ここはやはりピンク色でやるべきだろう」


「オーケーオーケー。全部まとめて変更するから、一人ずつにしてくれ」


 こうして、悪の大幹部に成っちゃうぞ大会と化したブリーフィングでは自身が扮する分かり易い悪役の容姿やらスタイルやら武装やら衣装やらが入念に詰められる事となった。


 その合間にも世界には暗雲のように化け物が表れ、生物災害として認定されつつ、世間的に魔術の認知は進んでいく。


 あらゆる国で人々はその化け物に立ち向かわざるを得ないを目にするだろう。


 そして、殆どの人々がその光景をネット上にアップし、または人々に語って聞かせ、一笑に付すには大き過ぎる体験を自らもまた味わう事となる。


 魔法はッ、本当にッッ、在ったんだよッッッ!!!


 な、何だってぇええッッッッ!!?


 というAAが掲示板には無数乱舞する事になって数日後。


 一つの小国が存在を認める声明を発表するのを皮切りに次々とまるで嘘のような“魔法使いさん助けて下さい”という救援コールが大真面目に報道の電波や紙面へと乗る事となる。


 化け物が貴重な資源を食い荒らすだとか。

 化け物が人々に伝染病を撒き散らしているとか。

 化け物が公的機関を狙っているだとか。


 無数の流言がその国家の電子空間上で頻発し、不安を増大させ、世論を誘導する者がいる事を殆どの先進国の諜報部門は気付いていたが、それに対し何か有効な手立てを講じる事など出来もしなかった。


 正しくその相手が化け物そのものだったからだ。


 如何なるハッキングに対しても逆攻勢を掛け、PCを焼き切られた諜報機関の機能不全は深刻で各国の情報隠蔽や工作の連携など出来ようはずも無く。


 本当に探らねばならない者の姿など、その目には映る事すら無かった。

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