第254話「タイムトラベラー」
もしもの話をしよう。
それが不毛だ、と言うなら、大抵の人間にはこう返してやればいい。
お前には想像力の欠片も無いのか、と。
「どうぞ」
回らない寿司というやつはいつぶりか。
恐らくは最後に家族で日本に帰って来て、数日滞在した時に食べて以来だろう。
うにをいく。
いくらをいく。
ほたてを、えんがわを、まぐろを、たいを、いく。
生憎と寿司の作法とか知らない人間なのは勘弁願いたい。
そもそもおすすめでずらっと出て来たのを食べているだけなのだから。
もし、自分がもう一度食べたいものが食えるなら。
そう思った時に思い浮かんだのは育った外国の食事ではなく。
祖国の寿司、天麩羅、蕎麦であった。
醤油が恋しかったのも遠い昔の話に思えていたのだが、やっぱりそう簡単に人間の趣味嗜好は変わったりしないらしい。
高々醤油。
されど、醤油。
寿司に僅か付けたソレが『ああ、帰って来たんだな』という感慨を感じさせた。
(涙は出ないが、感動はするなやっぱ……)
久方ぶりの食事をカウンター席で終えた後。
濃い目のお茶を啜って、カウンターで支払いを済ませ。
外に出れば……まだ熱気には程遠いが、近年稀に見る暖冬の影響下。
春先の歓楽街は何処か汗ばむような熱気に包まれていた。
現在地、東京都内。
地下鉄から歩いて三分。
雑居ビルが立ち並ぶ一角から路地先を見渡せば、今更ながらに祖国の食事事情は恵まれているとシミジミ思う。
あちこちにある飲食店は何処も書き入れ時に人がそれなりに入っている様子。
何を喰っても、此処ならば大抵ハズレも少ないだろう。
全部込々合計200kg程の外套も今なら軽いで済ませられるように思えるのは何もこの場所がようやく戻って来た祖国、だからではない。
「さて、行くか」
理由は単純に全てが順調だからだ。
通路を歩き出せば、現在状況が網膜に投影された。
経産省が管轄する国内で稼働する全てのスパコンが
半分以上の処理能力はこちらの管理下。
全ワームの感染先は面白いようにいつでも接続出来るリンク環境下に入っていく……内部処理で外側からは容易に異常事態は表沙汰にならない。
保守管理者ですらこの状況を詳しくは把握出来ないだろう。
精々がシステムの不具合を疑うか。
データ処理が妙に重たい気がする、程度のはずだ。
また、国内の大手セキュリティー会社のシステムには“水”による物理的な浸食で乗っ取りを掛け、順調に回線とサーバーを掌握。
恐らく、今日中には現行で民間が所有する7割のスパコンをネット越しに接収出来るだろう。
(準備はまぁまぁ出来たか)
地下鉄駅構内の雑踏は昼時という事もあり、騒がしい。
だが、そのまま駅構内から人の視線が切れた時点で全天候量子ステルスで透明化。
ホーム下に降りて、そのまま数百mを歩く。
数分に一度の列車は現在、一駅前で運行システムのバグが偶然にも発見されたせいで立ち往生。
その合間にも勝手に増やしておいた偽装済みの新規線路へと侵入する。
都内の地下鉄には使われなくなった路線もあり。
光学迷彩を掛けた入口を潜れば、内部はまるで数十年前に廃棄されたような地下駅構内の風情である。
が、実際には二日前にねぐらとして確保した新造の秘密基地だ。
響きはチープだが、致し方ない。
何故かって、本当にそれっぽいとしか言えないからだ。
トンネル内の外壁はセメントではなく全てチタンで囲っており、カモフラージュはしているものの、その堅さは地震で膨大な圧力が掛かっても潰れはしないだろう。
構内に乗り入れてあるニューヨークの地下鉄路線を走っていそうな車両は今現在材質から構造から何から何まで解析中。
内部外壁に生やしたコンソール類の先で円筒形の簡易量子コンピューターがあの怪神の技術の内容を遅々とした速度で詳らかにしようとしている。
壁際のホームの先にはソファーが一つ。
大型のモニターに繋がっており、コンソールとは別口で外部からの番組を幾つもリアルタイムで受信していた。
主にニュース番組ばかりだ。
日本国内のみならず海外のものも多数。
全て同時翻訳で幾つもの声が構内には氾濫している。
「表向きは何もなかった、って風だな」
三日前。
ニューヨークの駅地下構内にトンネルの先から突如として出現した車両が止まったのは誰にも見咎められなかった。
理由は単純だ。
世界が、止まっていたからだ。
あのギュレギュレ神がやっていたように物質が原子レベルの制御で留められていたのだ。
全部止まっているのをこれ幸いにと何もかもが動き出す前に行動を開始した。
ニューヨーク郊外までレールを走りながら製造しつつ敷き詰め、後ろから回収して前に敷設して……という魔術コード無しでは無理だろう芸当で車両を進ませ脱出。
どうやら空気は流動出来るようだと確認後、適当に地面の土を魔術コードで変換。
大型のジャンボジェットを一分足らずで組み上げた。
ガワだけを日本でも使用するボーイングの適当な機種に変更。
内部に車両を入れ込んで即座に滑走路も無しにコードでホバリング状態から加速して離陸。
最後に量子ステルスを表面に張って太平洋上へと急ぎ逃げ出した。
それから10時間後、洋上でようやくこの世界が動き出すのを確認し、そのまま祖国に行き先を変更、この世界が始めて動くのを目にした。
アメリカからの脱出する十時間でこの世界が少なくとも自分のいた時代と殆ど同一である事はその時点で確認出来ていた。
自分の記憶という曖昧なものを除いた客観的な視点が欲しかった為、自分がもしも存在していれば証明にはなるかと確認……してみたら、本当にいたのには笑ってしまったのは何も気が触れたからではない。
あまりにもそのままで……ホッとしたのだ。
いや、本当に普通にいつものゲーマー生活を送っていた。
清々しい程に自分だった。
そうして、祖国の洋上に着水後、航空機の機体を自分の知ってる潜水艦へと再びコードで変換。
海底に沈めておいて、内部から取り出した車両は海水から適当に造った偽装大型タンカーのコンテナに詰めたまま量子ステルスで日本一周の旅へと出した。
東京都内へとその足で向かって地下鉄の線路内に基地を建設。
ついでに今もコンテナに積んだままのオリジナルをモールド・ドローでコピー。
解析を開始。
その上でこっちの存在を嗅ぎ付けそうな心当たりのある組織を遠巻きに監視しつつ、世界中の情報を収集。
何が起こっているのかをリアルタイムで確認しているわけだ。
いつ何があっても良いように準備する、というのは昔ならゲームでのスタイルであったが、チート機能を持っている現在は行動指針の一つだ。
魔王業のおかげ。
いや、何一つ本当に気など抜けないと知っているせいでついた癖のようなものに違いないだろう。
まずは国内国外で自分にとっての最悪のあらゆる状況を想定した。
それを解決に導く為に自分が使いたい手札を思考し、それを造るべく。
社会を動かす為の基幹インフラ系を掌中にする。
この時点でもう自分がテロリストよりヤバい奴なのは確定。
だが、止められるわけもない。
心底に驚いたと言えば、嘘になるが……真実、こんな風になるとは思っていなかった事が起こったのだ。
過去の事件、過去の世界、第三次世界大戦。
それも特定国家間ではなく。
世界VS秘密組織。
馬鹿げた話が本格的に動き出す寸前の時期に戻って来る、など。
これから半年と十数日後。
世界は見えざる戦争へと動き出す。
それは天海の階箸の詳細な情報にも記されていた事だ。
食糧危機、ドローン師団、財団すらも敵に回して圧倒的な優勢を誇り、核は何の痛痒ともならなかった委員会という組織。
世界各国の大混乱が終息するより先に何もかもが破滅した。
それ以降の歴史が人類にとって幸せだったかと言えば、厳然としてNOだ。
死者の数、倫理の崩壊、道徳の欠如。
人間が自らの数を誇ってきた事が裏目となり、その数にこそ押し潰される地獄の始まりは最初の百年で人口の激減を招いた。
死んだ者と生きた者の差など運くらいの話。
ならば、事態の大本となった技術の関係者である自分にはソレに干渉する資格くらいあるだろう。
何せ、滅んだ連中の遺産を使っている身なのだから。
元凶を止めるのに元凶が求めた最終兵器や最後の切り札を持ち出すチート魔王様再びというだけの話だ。
そもそもあのギュレ野郎も言っていた。
全て見て来い、と。
ならば、自分に出来るのは何がどうなっているのかを緻密に調べ上げて、隅から隅まで確認して、適当に解決する事だけだろう。
ついでに此処が何処で。
何故、過去なのかも調べなければならない。
(オレが目を閉じたあの日、あの日が全てのターニングポイントだ。あの日を境にして現実が変質した。その前段階の事件もそろそろ起き始める。此処で委員会の内実を全て丸裸に出来るかどうか。そして、その先にある核心を掴めるかどうかでオレも……この車両が本当に思ってる通りのものなら、この過去は……)
答えが脳裏へ浮かぶより先に複数設定していた情報監視網のアラート。
網膜投影された映像には自分が過去に視たり出会ったりしたものを見付けたら、あるいは指定した事象と思われるものを記録したら即座に知らせるよう設定してある。
何かが起こった場所はどうやら日本国内。
群馬県の山中辺り。
それもどうやら警察沙汰の事件らしい。
何でも変質者が出たとか。
「変質者?」
そんなの自分の設定にいたっけ?
と、内容を確認してみる。
そして、急いで現場に向かう事とした。
そう、いたではないか。
変質者ならば、あの世界にも……。
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