第234話「夢幻泡影」

 月周囲23万km圏内に存在する暗礁宙域と呼ぶに相応しいデブリ群は今のところ3243地帯。


 更に地球上から天海の階箸によって確認出来る絶対に相手がいないと断言可能な半径は11万km圏内となっている。


 地球月面間におけるデブリ群は月と地球の引力に惹かれながらラグランジュポイント辺りに溜まっているものが多数を占めるが、その合間に何かが潜んでいるというのは安易だろう。


 いつ天海の階箸からの観測が不意に相手を捉えるかもしれないのだ。


 そもそも委員会から姿を完全に暗まして数万年以上の時を生き抜くとすれば、資源やエネルギーを切り詰めても膨大な消費が発生するだろう。


 となれば、相手がいる場所はおのずと特定される。

 太陽から遠く無く。


 また、豊富な鉱物資源を採掘出来て、その上で月と地球を遠巻きに監視出来る場所。


 そんな場所を少なくとも3つくらいしか思い浮かばない自分は心底に凡人だろう。


 第一予測。

 火星もしくは火星宙域。


 よくあるパターン過ぎて手垢も付きまくったテラフォーミング候補地である。


 第二予測。

 地球から遠目のところにあるラグランジュポイントの何処か。


 この場合は相手のステルス能力が委員会に対しても通用するレベルである事が前提となる。


 星間レベルでの観測とはいえ、委員会は宙間スマートグリッド構想を半ば実現させていたのであるからして、危険と隣り合わせに数万年も隠れ潜んでいたとしたら、それだけで相手の鋼メンタルが予想出来てげっそりする事請け合いだ。


 第三予測。

 木星もしくは木星宙域。


 こちらも手垢は付いているが、木星資源はSFで言われる程度には現実身のある代物であり、資源化自体の技術は天海の階箸内でも宇宙開発の項目に存在していた。


 これを考えるなら、太陽から遠くてもやっていけそうではある。


「まぁ、ぶっちゃけ、どれが正解でも構わなくはあるしな」


 ズズズとお茶を啜る。


 目の前では魔術具である小さなコンロで薬缶にお湯が沸かされている。


 60kg消費されたカロリーは現在高濃度の液体型内服薬と超高カロリーな乾パン……ぶっちゃけ、口内の水を吸い尽す鉄並みに堅そうな雑穀オンリー物体で補給された。


 なので、お茶を啜るのは水分補給以外の理由としては単なる精神衛生保全だ。


 現在置は敵侵攻ルート上の第二補給地点。

 食事が終了したら、再度出撃。


 内部に侵入している敵先遣隊との楽しい追って追われての追い掛けっこになるだろう。


 しかし、その前に相手の消耗を誘う第一作戦が開始される。


「ヒルコ」


『観測機器の展開は既に月面から1000km地点で終了しておるぞよ』


「ご苦労。簡易に作らせてた衛星だが、こんな用途になるとは思ってなかったな……本来、通信衛星にする予定だったし」


『まぁ、臨機応変にちょこっと工作しただけじゃ。そもそも工作機械が魔術で作れるとは思ってなかったしのう。持ち込んだやつの数を一気に倍々で増やせたのも大きい。婿殿の機転のおかげじゃよ。この精度の機器ならば、敵軍への通信割り込みも短時間ならば、行えよう』


「発射台の構築は終わってるな?」


『無論じゃ……それにしても今更なんじゃが、婿殿も無茶苦茶な手を考えるのう』


「無茶だが、無謀じゃないつもりだ。それに相手がちゃんと迎撃してくれるよう発信機と光学観測が極めてし易い細工までしてるんだぞ? 世界滅ぼそうとした相手にとったら、涙が出るほど善良な敵だろうさ」


『違いない。違いないが、きっと善良とは何かを考えさせられるであろうよ』


「オレが次の襲撃を開始すると同時に録画を流せ。そこから先の出方次第で相手も自分達が一方的に殴れはしないと理解するだろう」


『了解じゃ』


「……さて、じゃあ行くか。最深部にいるのは?」


 黄昏色の小さな天幕。


 その下に写真立てみたいに置かれたディスプレイが周囲の地図を出す。


『其処から東に3km地点じゃな。マーカーは最初に婿殿が半壊させた先行偵察部隊のものじゃ……どうやら機体を乗り換えたらしいぞよ。一部の監視システムから音を拾ったが、破壊された機体は放棄して、一部壊れた機体は別機体へコックピット・ブロックを乗せ換えて対応しておる』


「じゃあ、リターン・マッチといこう」


『誘導路は任せておくが良い。後、あちらさんの反応はリアルタイムで送るが、射出後の目標変更のタイミングはかなり限られる。事前のプログラミングである程度は融通が利かせられるが、即応は出来んと思うてくれれば』


「了解した」


 薬缶からポットにお湯を注いで最後のお茶を入れる。


 コポコポと通常カップの4倍以上はあるだろうビアジョッキみたいなソレにアツアツのお茶を注いでから、片手にして天幕を出た。


 神剣が宙に浮いている。


 外側から見えぬよう展開されていた光学迷彩領域が解除され、外の通路へと向かう途中に手へ取って装備する。


 低重力下ではお茶も浮き上がりそうではあるが、カップを揺らさなければどうという事も無い。


 片手でクイクイと傾けて飲みつつ、区画の先に続く扉が横にスライドした瞬間だった。


 ダダダダダッという速射音と同時に弾丸が背後、左後方にある天幕を破壊して引き千切って吹き飛ばしていく。


 敵の待ち伏せ。

 というか、恐らく施設のシステムがハックされている。

 こちらの位置を情報量の流れから予測したのだろう。

 無論、其処にいるのは無人機ですらなく丸く白いドローンだ。

 ソレが3機。

 中央をどら焼きみたいに開いて、内部の銃口を晒している。


 当たりを付けた地点に多数ばら撒いておいて、反応が出たら、周囲から急行させたり、周辺を封鎖させたり、トラップとして自爆させたり、なんてのは考え付きそうな話だ。


「やれやれ系主人公は好きじゃないんだがな……」


 神剣で張った人一人分の防護用のフィールド上で次々と弾丸が蒸発するのを見ながら、前に跳躍して一閃。


 二機を融解させつつ破壊し、最後の一機のみ外装に接触した時点で神剣による電子支配を試みる。


 敵ドローンの内部構造がどんな代物だろうが、魔術コードが奔らせられるモノポール入りのデバイスを前にしては屈しないという選択肢が無い。


 ファイアフォールは障子戸より薄く。

 唯一開いていた通信先のシステムへと介入。


 すると、敵側が物理的な破壊でドローンを統制していたらしいハブを消したらしく


 一瞬で機体制御方式がスタンドアローンへと移行。


 メモリの大半も初期化されたので内部情報を復元して目ぼしい情報を漁ってみたが、分かって有用だったのは数分前の敵のいたと思われる位置だけだった。


 機体をこちらの制御下において後方へと出す。


 一本道な連絡通路を神剣による磁力による加速で進んでいくと途中の分岐点などで複数の待ち伏せがあった。


 銃撃だけではない。


 光学迷彩でこちらが通り過ぎるのを待って背後から自爆で相手を仕留めようとするステルス機雷化したドローンとか、かなり止めて欲しい類の攻撃方法である。


 敵の攻めは多彩だ。


 人間心理を付いた段階的で重層的で有機的ですらあるだろう罠の数々。


 通常の戦力であれば、一度爆発して破壊されたと思わせた敵機が内部から更に爆発して見舞う二撃目なんて避け切れまい。


 相手は機械の軍隊の長所と短所をよく理解している。


 スタンドアローンの機体を織り交ぜて編成していながら、まったくと言って良い程に連携を途切れさせない。


 ドローンによる相互のカバーリングから始まって、全機の高速突撃やら遅滞防御戦闘を行いながら多数の味方の退路を確保するやら……多彩な陣形で戦術でこちらの気を逸らしつつ、次々に全てが本命だろう致命の一撃を放ち続ける。


 レールガンの狙撃、生物を即死させるガス、有機物を融解させるバクテリア。


 検出されたのはうんざりするような人類兵器史の教科書みたいな有様であった。


 徹底的にドローンによる消耗と攪乱で相手を摩耗させるスタイルはゲリラ戦で苦労したのだろうという過去の蓄積が見て取れる。


 ドローンVSドローンが普通な世界において、此処まで対人装備が仕込まれているというのが異様なのだ。


 まぁ、その異様なまでの絶対人間殺すべしみたいなドローン群を前にして戦うのがチートの塊である自分だった事が相手の悲運だろう。


 扉を出る前にヘルメットは閉まっていたし、スーツも密封されていた。


 その上で危ない液体や気体状の成分、ヤバそうな物質は肉体から一定範囲の領域内部に入った瞬間に神剣がその分子組成を原子レベルまで分解して無力化する。


 神剣とこちらの検出能力、物質を完全にナノ単位で位置を特定するセンサー類と量子転写技術の合わせ技はABC兵器をものともしない。


「後ろの正面だあれ、と」


 神剣で薙ぎ払いながら、身を捻り、後ろから突撃してきた不可視のドローンが持つ警棒型の近接武装だろう中央から迫り出すブレード毎、敵機を真っ二つにする。


 合間合間に飛んでくる弾丸を避けつつ、小型機雷やら散布される液化爆薬やらを処理しながら進むのは苦行とは言わないまでもかなり煩わしい。


 鈍行になるのも致し方ないだろう。


 しかし、そんな殆ど全方位からに等しい矢継ぎ早の攻勢とて、ドローンの量には限りがあり、物資に限界がある以上、何処かで途切れる。


 そして、その途切れる瞬間にこそ敵側は出て来るだろう。


 先行偵察部隊が更に施設奥へ向かう為には付近をクリアリングしておかねばならないのだ。


 しかし、此処に邪魔者が一人。


 ついでにソレが大抵の部隊を壊滅させるというのだから、敵側からしたら、ワンチャン一発即死を狙ってから戦術的に後退するなり、現実的に逃げるなりするだろう事は戦術上避けては通れない。


 中規模のドックが複数個所存在する月面地下施設内。

 その宇宙船専用の塒付近に出た途端。

 上下左右後方以外からの全方位が煌きに没した。


 レールガン、レーザー、ビームらしきものも混じっているし、突撃してくる複数体のドローンは何やら核融合反応マシマシで激発。


 刹那にドカンと複数回の衝撃がドックの入り口付近をクレーターと化さしめ。


 その煤けて溶鉱炉みたいに融けた場所には容赦なき銃弾の追撃が掛かる。


 しかし、それにも限界が来た。


 30秒目を前にして明らかに火線の量が減り、光が途絶えていく。


 まぁ、それも偽装の類かもしれないが、相手が思っている以上に武器弾薬を消耗しているのは確定的。


 ドックの他の入り口付近で無人機越しに馬鹿デカいライフルだの重砲らしきものを構えたりしながら撃ちっ放しを実現していた部隊が無人機からの銃撃を開始させて後退していく。


 その周囲には複数のドローンが打ち捨てられており、内部から電力を吸い上げていたのが丸分かり……ケーブルが複数、設置型の重火器に繋がれており、これ以上の火力が出せなくなったのも理解出来た。


 まぁ、まだ自爆するかもしれないが、こちらはその可能性を潰さない程、優しくはない。


 相手火力の完全な無力化。

 既存の携行火器では太刀打ち出来ない防御力。


 そして、その防御力が小さな人体程度くらいの部位のみに働き、機動するという事実……どれもこれも敵側からしたら最悪だろう。


 こちらがゲリラ戦的に仕掛けようとしたら、それを封殺してくるのは当たり前。


 だが、突破する術がある以上、相手側にはそれ以上の打つ手が無い。


 物量が投じられていないのだ。


 それだけで相手側はこちらの対処能力を飽和させ、磨り潰すという最大にして最強の戦術が取れない。


 USA側は戦術を立てるのも上手いし、ドローンと無人機を上手く使って攻守を両立している。


 これは称賛に値するが、小手先の戦力逐次投入という戦力温存の愚を犯した。


 それではこちらの思うがままだろう。

 先行偵察部隊故の物資量の不足は遺憾ともし難い。

 先程の先遣隊も半数は行動不能。


 此処で一端退却して即座大軍で攻め入って来るならば、まだ勝機もあろう。


 しかし、それは相手側のドクトリン上叶わないとこちらはもう理解している。


 損害を畏れては絶対に倒せない敵というものに対してアメリカは今も弱いままだ。


 人命と物資の絶対量を保持していながら、それを惜しむ事で泥沼化する戦線とか正しくあの時代の戦争で経験した愚のはずだが、最先端兵器によってソレを克服したと上せていた彼らに今更、人命を総力戦で磨り潰せとは酷な話に違いない。


(どれだけ火力を集中しようが、攻撃方法と攻撃方向が限られる施設内じゃ防御を抜けないと分かった今……さて、どうするかな?)


 この時点で相手側に出来る事は正しく敵の遅滞や攪乱にのみ特化される。


 それも偵察が施設の最奥を目的として行われているとすれば、此処で部隊を分けるというのも選択肢としてはある。


 というか、正しく今まで銃撃を見舞っていた部隊が高速で無人機も含めて分散してあちこちに散らばっていくのが視界のマップ上では確認出来た。


 無論、こちら側のドローンが密集する場所が幾つも通路を封鎖しているわけで、戦力を分散しての突破は不可能。


 次々に敵機のマーカーが途切れたり、途中で立ち往生したりと身動きが取れなくなっていく。


 やがて、有人機が完全に施設の外部へ撤退していくのを確認したものの、敵側がコレで奥へ進むのを諦めたと考えるのは早計だろう。


 それを証明するように神剣で仕掛けていた複数のナノセンサー類が周辺施設内での異変をキャッチした。


 正確には誰もいないはずの、施設側のシステムでは感知されていない何者かが動いている事を圧力感知式の領域が教えてくれる。


 相手の手は恐らく無人機と有人機を囮にした生身での潜入だ。

 わざと施設側のシステムの電子的防護を緩めた。


 そこら辺はヒルコに任せ切りなので相手が気付いているのか分からないが、少なからず敵が生身で潜入する余地は作ってあったのだ。


 こちらがどうやっても倒せないとなれば、相手側に出来るのはこちらを迂回しての潜入しかない。


 それを事前に想定して、センサー類を神剣の方で設置したので相手にしてみれば、システムは完全に欺瞞しているのにどうして動きが分かった、という事になる。


 恐らくUSA側は人間サイズでも光学迷彩系の技術を使っているはずだが、そこに物体が存在するという事実は決して変えられない。


 圧力センサー類から始まって、区域内の空気の密度や量を計測するシステムまで構築しているので何かが物体として侵入すれば、それらの値に変化が出て絶対に分かるのである。


 どっかのギュレギュレ野郎のチートツールたる魔術無しには突破するのも不可能な不可視、不感知な“目”は確実に相手を捉えていた。


『彼方側からの動きがあったぞよ』


 ヒルコの声が潜入部隊を追う傍ら聞こえて来る。


「で、結果は?」


『虎の子の核を一方向に僅かだが多めに撃っておる』


「ビンゴ。じゃあ、その方向へダミーを少し重点的に撃ち続けてくれ」


『了解じゃ。それにしても……敵さんがカワイソウになってくるのう……んお? おお、婿殿の言っていた通り、複数方向で何らかの方法で弾頭が破壊されておるぞよ。堪え切れんかったようじゃ……まぁ、艦隊付近にECM+黒粉散布しとったから、連携は出来ないと思っとったが……敵の別艦隊が潜伏していると思わしき宙域を複数確認。続いて観測に入るぞよ』


「撃たせ続けろ。相手の物量は無限じゃない」


『こっちとて無限ではあるまい?』


「ああ、だが、生憎と一大供給源がある」


『まぁ、敵さんも思うまいよ。無限に空弾頭のミサイルが“魔術”で造れる、等とは……』


「全方位の宙域への小規模核攻撃……続いて、放送と同時に拠点がある可能性のある宙域に視認性を高めた空の小型ミサイルをビーコン付きで発射し続ける……こんな壮大な無駄に付き合ってくれる敵へ感謝しようじゃないか。連中が最後の最後に核で防御する宙域が連中の本拠地のある場所だ」


『……“あんな放送”で挑発されてはのう……』


「人間はどんなに合理性を突き詰めても、最後に感情で判断したりする生物だ。何も相手側の土俵で戦う事はない……オレ達はオレ達が勝てる場所で致命的に勝てばいいんだよ。それが相手より早ければ、尚良い」


『婿殿の仕事は増えるんじゃがなぁ』


「ソレくらいやるさ。一週間でも二週間でも一か月でも消耗戦をしてやろうじゃないか。オレが補給する以外の時間全てで相手を圧迫し続けて、敵の現状認識や状況判断に狂いが出れば、その時点でオレの勝ちだ」


『勝敗の定義を決めるは我にあり、と』


「あいつらが出来るオレへの最良の攻撃は……核を積んだ艦隊の全てによって月の全方位から艦隊の質量で守った核を炸裂させる自爆突撃だけだからな。神剣を全力で使っても月くらいの質量の物体を完全に飽和核から守れたりはしない。少なくとも半壊は覚悟しなきゃならない。それに気付けない時点で、それに気付いたとしても、それが可能な状況で決断出来ない時点で、成功させられるだけの物資が存在しない時点で、オレは勝利してるに等しい」


 こちらの声に何処か苦笑というか。

 否、溜息のような吐息が零された。


『……相手に自分の得意分野を押し付ける事が婿殿は本当に上手い。ワシでは考えつかんかった方法じゃ……』


「別にそれが自分の国に向いてるわけでもなし、いいだろ? それと想像力豊かと言ってくれ」


『だが、努々オブジェクトの反撃を忘れるなかれと忠告しておこうかや。まぁ、一番警戒しておるのは婿殿じゃろうが……』


「少なくとも、“何でもあり”と“卓袱台返し”以外はどうにかなる。というか、どうにかする……その為の準備だ。アシヤさんの施設を直接照準した方法と訳を生身連中から聞いて、次はあのワシントンの事を訊ねよう……連中が知ってればいいが……」


『ふむ。敵部隊は誘導と分かっているのかいないのか。順調に3層を通過中じゃ。直通の“えれべーたー”を発見したようじゃな……婿殿の言う通り、スイッチを入れられるように制御盤も生かしておいたが、良かったのかや?』


「人間はな。達成感と自分で出来るようにした事をそんなに疑わないんだ。疑ったとしても何処かで都合の良い方向に考えがちだ。相手がそうする理由を思いつかなけりゃな。次の部隊が突入してくる様子は?」


『今のところ降下中じゃった部隊が撤退中じゃ。どうやら立て直しと何が起こったのかを検証するようじゃな。行動不能になった輸送艦をワイヤーで吊るして引いておるぞ。時間は稼げたと思って良い』


「ふむ。じゃあ、その合間に尋問の時間だな。各国の状況は?」


『現在、32万人を月兎、月亀、月猫の首都傍に立てた要塞群に収容中。明日までに50万は動員出来るじゃろう。3日あれば、200万は固い』


「即応出来る部隊は?」


『編成済みで使えそうなのは3万人弱じゃ。無論、もう婿殿のプランに従って速成中……4日後なら手足くらいにはなるじゃろう』


 代り映えしない鈍色の通路を後退して、途中に隠し扉よろしく設置されている壁際のエレベーターの光学迷彩を解除。


 そのまま直通で生身の潜入部隊のいる区画の先へと先回りする。

 高速で下っていく筒は数分と待たずに目的地に辿り着くだろう。


 生身の連中用に創っていた“教育プログラム”を呼び出して、今までの戦闘の感触から手直しを瞳の動きだけで加えていく。


「よし……相手には何処かの鼠の国張りに涙あり感動ありのドキドキ一大スペクタクルを体験してもらおうか。相手のメンタル面がオレ達に近い事を祈ろう。ワンダーラーンドにご招待、だ」


 ニヤリと神剣の大半封印している機能を一部、起動する。

 あらゆる物質を透過して展開される半径数十kmもの光量子制御領域。


 如何なる波も支配下とするソレは人間の五感なんて欺瞞しまくり……月面下世界風に言い代えるなら、幻想を操る魔術具だ。


『また婿殿の犠牲者が増えそうじゃな……兵団の充足率は順調に上昇中。HQもようやく放送の効果か浮足立つ様子は無くなっておるぞよ。魔王様撤退の報は効いておるな』


 悪巧みと人は言うが、人間一番幸せなのは自分に優しい現実……という幻想を体感している時である。


 事実と真実と現実は其々に別扱いで切り分けておかないと大火傷する事も儘ある事。


 これから始まるのは正しくそんな夢幻にアメリカを誘う第一歩に違いなかった。

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