第231話「真説~蒼宴~」


 踊り子は宵に靴を鳴らし。

 夕景を背に回って魅せるもの。

 そんな光景を思わせて。


 少年は銃弾の壁に中性子の雨、光の柱に毒の霧、無限のように襲い来る数々の死を前にしながら、傲慢に、大胆に、繊細に、利口に、重力すら感じさせない軌道を描き出しながら立ち回っていた。


 その顔には余所行き用の微笑が浮いている。

 遮る銃弾の壁を前にして神の劔を一閃。


 切り裂いた僅かな間隙に滑り込んだかと思えば、襲い来る超高出力の熱線、プラズマの咆哮を前にして半身で直撃を避けても見せる。


 虚空に描かれる軌跡は自在。

 反撃に崩れる強兵は花材。


 まるで生け花のように弾け散る機影は神の剣を前にして融解し、蒸発し、消滅し……だが、一人の死者すらも出さず。


 それを不信に思う事すら惜しいとUSAの機兵達は動く限りの四肢とバーニアを駆使し、少年の矮躯を押し潰さんと殺到する。


 レールガンも機関砲も重粒子線の類すら効かぬ相手を前にして戦意は衰えず。


 雄叫びを上げ。

 仲間毎撃て。

 そう言われたわけでもあるまいに。

 まるで嘗て祖先が食らった日本の万歳突撃を彷彿とさせて。


 我武者羅に命を賭した決死と無謀の特攻が死兵の恐ろしさを少年に教える。


 いつだとて、一番怖いのは訓練と規律の行き届いた兵站の尽きぬ軍隊と例え如何なる声にも耳を傾けない死を恐れぬ兵だろう。


 半壊した機体が殺到すれば、その背後から容赦なく銃火が諸共を狙ってやってくる。


 そんな馬鹿なと言うなかれ。


 一人で勝てぬ者ならば、百人でも千人でも犠牲の上に打ち倒す。


 少なからず、今現在少年が戦っているのはそのような部隊だった。


 彼らは後方の本隊ですらない。


 否、であるからこそ、その少数で大多数を相手に出来るだろう存在を自分達を使い潰しても倒す意義を見出したのだ。


 命の使いどころは此処だと決めたのだ。

 それはとても人間臭く。


 いや、むしろ理性の行き付く合理性と国家と彼らが帰属する部隊への献身という感情の発露に違いなかった。


(………)


 その“神風”を前にして吹かせた本人達はしかし……死ぬ事も出来ずに爆発寸前の半壊中の機体から放り出されては何処かに飛ばされている。


 神剣の行う接触式の分子振動による衝撃で機体を打ち砕き、そのまま内部の人間を弾き出す。


 そんな芸当をこなす少年の望んだ通り、気を失ってあちこちに漂っている。


 黒き魔王は押している。

 百以上の機影を前にして圧倒している。

 彼の背後には全身打撲で骨折と内蔵破裂の患者が多数。

 いや、だからこそ、少年は前に出ざるを得ない。


 自分の攻勢が途切れた瞬間、その間隙に抉り込まれる攻撃は後方に抜けて生身の人間を血の染みすら残さずに蒸発させるのだろうから。


 攪乱しながら、千切っては投げ、千切っては投げ。


 安全区域へ兵達を適当に付着させた金属片に磁力を流して弾き飛ばしながら、ランダム過ぎる回避軌道のGに内蔵を圧迫されながら、今日何回目かも忘れた長刀による加速中の残撃が敵機の五体を通り魔的に切り裂く。


 だが、その本来ならば、間隙にも成り得ぬ刹那の時間に滑り込んで来る敵が一人。否、一体。


 ジョージ・ワシントン。


 まるで絵画の中から出て来たような独立当時の軍服を模した衣装を着込むアンドロイド……そう呼ぶべきかどうか悩む存在が、背後の推進機関を吹かし、猛烈な炎を背後へ残像のように残しながら突撃していた。


 両腕には手首下から顔を出す重粒子線砲。


 ガンマ線が周囲にガンガン放射されており、少年が磁力やガスを周囲に生成しながら戦っていなければ、機体から放り出された敵兵は粒子でズタズタに細胞を引き裂かれて破壊され、蛋白質の汚泥になるか癌細胞の塊になっていただろう。


「ッ」


 僅かに視線が細められた瞬間には一人と一体の合間は2mを切っている。


 長刀で両断しようとするも、相手も相手でNVの特殊装甲を一瞬で両断する単分子ブレードなんてものを受ける気は無いと急旋回、急停止、逆加速を用いて変幻自在の軌道で少年の刃をすり抜ける。


 月と地球間の交信には片道凡そ5秒以上掛かる。


 それでも深雲のネットワーク・ターミナルである天海の階箸からの支援。


 この場合は敵方の状況予測については殆ど精度は落ちていない。


 NVならば、動きを10秒前からほぼ完全に数十秒先まで“見る”事が可能だ。


 しかしながら、目の前にいる者だけは例外。


 それというのも相手がオブジェクトの類だからだろうと今高速で刃と熱線とガスを交わし合う少年は理解していた。


(マズイ……この霧、オレを捉えようとしてくる……こっちのガスも押されてる……さすがに死人出さずには辛いか……というか、この出力―――)


 ゾッとする程にガスをプラズマ化、灼熱させて通り過ぎる粒子線が磁力で曲げられて尚、能力を制限された神剣の用意した領域をジリジリと押し込んでいた。


(宇宙戦艦並みってのはどういう事だ? そもそも人型の動力源がNVを凌駕してる時点でヤバいのは確定的だが、コレが大昔から存在してた……? 財団ってのはオブジェクトをあの上部構造とかいう連中並みに前から収集してたのか? 後、さっきの言動からして、本物がコレとか……オレの生きてた時代も知らないだけで十分漫画染みてたのかもな……)


 考えている暇にも猛攻は止まらず。


 3機のNVが捨て身で両手両腰、両胸部の火砲と小銃で弾幕を張りつつ前身。


 それを真正面から討ち捨てようとした神剣がしかし……不意打ち気味に下から急加速で近付いて来たワシントンの手によって手首を引き千切られ、宙に放り出されてしまう。


「グッ?!」


 その偉人の顔をした相手が放つガンマ線が至近でガスによってプラズマ化され、磁力によって曲げられる光景は正しく格闘漫画よろしく気とかオーラとか魔力的なものを纏った相手が競り合っているかのようだ。


 防御は万全とは言えずとも十全。

 そのはずだったが、激突の余波はスーツの表面を焦がす。

 無論、少年とてただ攻撃されてやったわけではない。


 腕を持っていかれる寸前に相手のバックパックは神剣の磁力制御と分子振動をモロに受けて半分以上融解、今まで自在に動いていた相手もさすがにあらぬ方向へと流され、急激な加速によって戦線を離脱していく。


 だが、それで相手側3機の銃撃の一部が真正面から肉体のあちこちに被弾した。


 運悪く両足をグチャグチャにされたのはまだいい。


 だが、相手側の中央の一機が少年に向けて放った弾丸の内の幾つかが猛烈な閃光で周囲を焼き尽くした。


 フラッシュ・グレネードというには威力の在り過ぎる可視光。


 神剣は今も少年の思うままに能力を運用しているが、能力制限下な上に後方に攻撃が抜けないよう少年を起点にして磁力とガスの生成に特化していた為、可視光への対処が遅れた。


 元々、瞳のコンタクトは一定以上の光が入らないよう遮光されているが、それでも光量の爆発的な発生の予兆を捉えられなかったせいで一瞬だけ更に遮断するのが遅延するという事態。


 視神経が焼き切れるような衝撃、瞬間的な失明は0.23秒で復元されたが、神経を伝った衝撃を受け取ってしまった脳は状態を元に戻すまで僅か時間が必要だった。


(ファーストコンタクトはこんなもんか……ダメだな……視界がまだ……こいつらの弾薬もそろそろ底を尽く頃合いだろうし、補給場所まで戻るか)


 少年の状況を察知した敵側が機と見たか。

 一斉掃射と弾幕を集中させてくる。


 磁力に曲げられた銃撃とプラズマがあらぬ方向へと弾けていくが、神剣を取りこぼした刹那に叩き込まれた脚への一撃は存外に重症らしく。


 少年を後退させるに至った。


(まだ継戦能力はあるが、引いておこう)


 膨大なガンマ線の防御に磁力制御能力を割いていた代償。

 リソースをワシントン側に集中していたのが仇となった格好。

 今後は能力を更に開放させる事を決め。


 ゆっくりと敵兵を背後にしないよう後方へと押し込まれつつ、完全に攻撃が周囲から半包囲で集中したのを機に高速飛翔で月面のまだ相手の見つけていない地面偽装したハッチの一つへ黒い影は飛び込む。


 予め退避用にカモフラージュ用の布を蜂型ドローンで掛けさせていた場所が戦闘区域には多数存在する。


 敵側の観測能力を限界まで削って人しか入れないレベルの場所だけを開けておいたので攻撃で潰す事は出来ても入って追撃は受けない。


 少なからず突入用のNVで周辺の安全が確認出来ない限り、USA側も人を機体から降ろす事は無いだろうという少年の予想は当たっていた。


 入口が猛烈な銃撃で崩壊させられたのを見ながら、別ルートから帰還させた神剣を途中から合流させて、時速120kmまで加速。


 周辺の進路上ハッチを開放しながら、自動で身体を運ばせつつ、空気のある区画へと戻ったところで傷口から先を覆っていた生体CNTの黒い被膜を解除して、四肢の再生が開始される。


「ふぅ……いつの間にか体重が60kgも減ってるって怖いな。アスリートも真っ青な運動量に消耗、と……」


 さすがに愚痴が出たのも致し方ないだろう。


 少年とて、あの状況下……肉体の再生をオートでやる程、命知らずではない。


 神剣に戦闘を半ば任せ気味にしていたとはいえ、それでも肉体の調整だけは自分の脳裏で計算して行わなければならなかったのだ。


 体重には失える限界があり、物理的な限界は神剣があっても存在する。


 魔術で自分の肉体を複製、みたいな事は出来る。


 だが、その技術開発者当人を敵に回す可能性が否定出来ない以上やれないのだ。


 神剣による魔術コードの直接起動も同じ理由で干渉され得る以上、安易に出来ず。


 となれば、許されるのは自分の肉体という資源を適切に管理して運用するという……どっかのアスリート的な行動のみ。


「足と腕、両方落されるとは思わなかったが、それ以上に……ワシントンはないだろ。ワシントンは……」


 メットが背後に格納されて、溜息がちな声が誰もいない通路に響いた。


 先行してきた部隊は叩いたものの。


 物資の補給やら何やらが終わったら、続けて制圧に向け、本隊で出張って来るだろう事は分かり切っている。


 相手が弾薬制限を省みず戦うとなれば、もう一押し以上の戦闘が必要になるのは確定的であって、数時間の休息は肉体の調整と敵オブジェクトへの対抗策を練る時間に使われる事となる。


 そう理解すればこそ、空気に髪を靡かせながら、少年は気の重い溜息を吐いた。


(オブジェクトへの対抗策は見直さないと計画が破綻し兼ねない。下の連中が真面目に戦闘出来るレベルまで消耗させるって当初の予定がこれで一段階狂った計算……せめて、本隊をどうにかしないと……)


 本当なら、戦闘計画的には後方の敵制圧部隊の本隊へ奇襲を仕掛けているはずだったのだ。


 それが思わぬところから邪魔されたのだから、作戦は完遂しているとは言えない。


(あの空飛ぶワシントンからの攻撃を凌ぎながら……イケルか? いや、考えるまでもなくやり遂げなきゃならん状況なわけではあるけども……)


 先行偵察部隊と敵月面降下部隊を半数以上叩いた感触からして、少年は思っていた以上に火力があって、げんなりする。


 本隊のNVは恐らくプラスして火力が数倍以上に強化されると見ていい。


 セオリー的にはNV携行レベルの戦術兵器、高火力の重砲やNVそのものが戦略兵器を兵装として身に着けている可能性が極めて高い。


 敵主力の目的が施設制圧に切り替わっているからこそ、狭い場所では使えないだろうが、月面地下の広大な空間でなら容赦なくぶっ放してくるのは想像が付いて然るべきだろう。


(ゲリラ戦はこの月面下施設内、NV相手なら現実的だが……あのオブジェクトやアレに類するものがドローンと一緒に吐き出されたら、現実的じゃない。泥仕合を演じるには……やっぱ、コレ使うしかないか……)


 スーツの胸元に意識される魔術具。


 今回、神剣の能力制限下でも相手の火器を破損、破壊する為に持って来た秘密兵器は何てことの無い魔術を一定領域内部に発生させる代物だ。


 初接触で使用感を確かめたのはいいが、それ以降は敵オブジェクトの手前、使うのを自重した少年の自制心は褒められていいだろう。


「長くなりそうだな」


 言葉にするは易し。


 それを長くする努力だけで精神が擦り減りそうだと思いつつ、黒き影は食料のある区画へと戻っていった。

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