第203話「猫の国にて」


『セニカは馬鹿だニャー』


 世界が光り輝いている。


『セニカはどうしてそんなに色々知ってるニャ?』


 彼女は笑っている。


『ニャッて付けるの疲れたニャ……ハッ!?』


 いつも見る夢の誰かのように笑っている。


『ど、どうしてくれるニャ。もう癖が付いちゃったニャ!!』


 彼女は……いや、彼女達は笑っているべきだと。


『セニカはいつか遠いところに行っちゃいそう……でも、その時は連れていくニャ。だって―――』


 心の底から思うのだ。


『ニャーが好きなのはそんな風みたいな君なのにゃ♪』


 だから、護りたいと願った時、出来る事は1つしかなかった。


―――1つしか。


「     」


 歯車が狂っている。

 永劫の輪の中で深く深く深く。

 紅の輝きを目指して落ちていく。

 終わりなき終わったはずの世界を人々が形作っていく。

 例え、最後の灯に過ぎずとも。

 例え、全てが作り物でも。

 関係など無いのだ。

 それは最後から最初へと繋がる光景。


 “世界の終わり”から“滅んでしまった今”へと繋がる1フェルト秒以下の0に近しい瞬間。


「お前は誰だ」


 そんな最中、目の前には誰かがいる。

 自分よりも黒い何者かが。

 しかし、そいつは何も答えず。

 何かを差し出す。


 それは一振りの剣でも、一挺の銃でも、一本の筆でもなく。


 小さな小さな一本の[    ]だった。


 不意に思い出す。

 些細な雑学だ。

 ソレは生まれを暗示する。


『縁。あなたにコレを託すわ』

『縁。お前にコレを託そう』


『時間はあなたの味方よ』

『時間はお前の味方だ』


 輝く円環の輪の中で歯車が一つ回っている。

 その中心に立つ鋼。


 その[    ]は―――何処かで見た、ような気がした。


 バツンと切り替わった刹那、目が覚める。


「………」


 思わず額に手を当てた。


 頭痛に悩まされる趣味は無いが、また毒電波を受信していたらしい。


「あ、おきた~」


 上半身を起き上がらせれば、其処には何故か今にも顔がくっ付きそうなくらいアップなユニの顔があった。


「ちゅーしてー」

「どうやら、まだ夢の中らしい」


 猫耳尻尾幼女のおねだりに溜息を吐く。


「うちのおとうさんやおかあさんやおにいさんやおねえさんやしんせきのおじさんやおばさんがちゅーしてくれば、ばんじかいけつっていってた~」


 更に大きな溜息を重ねて。


 唇を蛸みたいに吸盤状にした生物の顔を片手で覆って引き剥がし、両手で寝台脇に降ろした後。


 天蓋付きの寝台から起き出して、前にもこんな事があったとカレーの国での事を想い起す。


 すぐ傍にある分厚い硝子製の観音開きの窓……というよりは扉を開けば、それなりに広く横長なバルコニーへと出た。


 後ろからはテテテッとユニが可愛らしい桜色の寝間着姿で付いてくる。


『ゴーガイイイイイイイイイイ!! ゴーガィイイイイイイイイイ!!! 月蝶の第四都市イスカンダリアのディバイン山脈付近で局地戦だぁああああ!!! 現地の村は火の海!! 超越者同士の死体の山!! 勝敗の行方はこの新聞!! 日刊月猫商に載ってるぞおおおおおおお!!! いらはいいらはい!! 明日の我が身を憂うなら!! 情報は高くても買いましょう!!』


 無駄に煽る叫びと号外のばら撒かれる音に胡乱な視線を空に向ける。


 すると、ヒラヒラ虚空を舞ってきた一枚の薄茶色い用紙が一枚。


 活版印刷と思われる形態で刷られた情報には古い昭和初期とか明治を思わせる字体でこう書かれていた。


【麒麟国!! 第四都市に迫る!! ~山脈側は全て蛮族領化か? 月蝶及び周辺諸国連合軍、第8師団総数3割を失う~】


 周囲は朝の喧騒を映して賑やかに。


 通りには黒煉瓦に黄金色にも見える黄色味掛かった猫耳な象形を入れた店々が立ち並ぶ。


 カラフルな色合いの屋根は様々な色彩があり、其々に其処を所有する者の耳や手や尻尾の色を模しているのだという。


 大きな通りは全てが中央の大規模な円形広場を中心に放射状の形で広がっており、凡そ10km程にも及ぶ大都市圏を形成している。


 この恒久界において最大の都市。


―――月猫連合国首都シュレディング。


 箱に入った猫の末路を想像してしまう悪趣味なネーミングはさて一体誰のものかと思いつつ、今日まであった出来事を思い出す。


 そう、それは三日程前。


 あのドラゴンに襲われてからの事だった。


 *


 結論から言えば、こちらの息が掛かったあらゆる人材や組織、根本的状況にはあまり変わりが無かった。


 だが、世界情勢で大きく変わった事が4つ。


 それが全て魔王関連だと言うのだから、あの怪奇な唯一神がこの世界へとインストールしたMODは極めて恣意的なものだろう。


 最初に耳へ入ってきた変化に関する内容は極めて単純。


 月猫、月兎、月亀、月蝶。


 主要四ヶ国が五か国となっており、月猫と月蝶の間に月竜げつりゅうと呼ばれる国家が出来ている、らしい。


 二つ目の変化は麒麟国。


 あの中二病か邪気眼なガスマスク姿のロート・フランコ率いる影域の大国がいつの間にか月蝶と国境を接する位置にという事になっていた。


(何でもありと唱えてみても、やっぱり理不尽だな……世界を思うがままに改変……物理法則じゃない云々……脅威過ぎるのは置いておいてもちゃぶ台返しは何処かで対応する方法を考えないとな……)


 完全な位置関係の無視は恐らくあちら側の改変の結果をギュレン側が修正し切れなかったせいで発生したと推測される。


 ただ、麒麟国と月蝶の前後の状況はまるで変わらず。


 月兎との軍事同盟に関する話にしても情報は残っており、ファストレッグが月猫と周辺国の連合軍に制圧された状況もそのままだった。


 三つ目に変わった事は魔王の公的な扱いについて。


 魔王の地位や能力が妙に詳しく情報として残されており、再構成前の世界とは違って、逸話や起こした事実や遺した能力その他諸々が詳細に記録されていた。


 更にそのお伽噺の存在であったはずの位が蛮族や高位の魔物にとって、最高位の尊重すべき相手という事とされたらしい。


 そのせいなのかどうか。


 魔王の位を継ぐ者は皇位、帝位の類を名乗るのが常識であり、名乗ったら一族を率いる長として親族を増やすべき、みたいな魔物側の理屈が存在したりもするとか。


「ユニ。そろそろ食事処の方へ行け。こっちは身支度だ」

「いーよー。じゃーいくー」


 ササッと猫らしい俊敏さでいつの間にか着替えたユニを宿泊施設併設のレストランへと護衛達と共に向かわせる。


 部屋の中で手を振った猫耳幼女が尻尾を揺ら揺ら待っている蜥蜴女と猫耳女のいるドアの外へと出て行った。


「さて、支度するか」


 顔を洗って、歯を磨いて、シャワーを浴びて……実際、今なら全部細胞単位で仕事をさせられるので必要ない朝のを終える。


 人間足らんとすれば、人間らしく。


 あまり人間としての生活様式を蔑ろにすると精神的にも良くないという事で行っている身支度を済ませ。


 着替えながら、鏡を見る。


 常に魔術で姿を変えてはいるが、結局常々魔王スタイルなのは変わらない。


 黒い肌のスマートスキンもそのままなので半ば人間止めているとしか思えない全裸姿だ。


 これが終わるのは何時になる事かと思いつつも、思考を今後の予定に向ける。


(オレ個人の事はいい。まずは魔王関連の情報の整理と状況の処理方法が先だな)


 魔王皇まおうこう


 ガルンが言っていた言葉に付いてはもう概ね把握している。

 それは魔王が自らの位と家を創出した後の名乗り名らしい。


 とやらには魔王を名乗る者が自ら興した皇位を自らの血筋から輩出するのが常識というルールが存在しており、これは今までのでも認められたもののようだ。


 つまり、過去に魔王と名乗る者がそれなりの数いて、それらの連中と人類種の間にはお約束のようなもの、法律や慣行や慣習が残っている。


 魔王を名乗った以上はその位に相応しい“家格”を維持する為にあらゆる政治的な努力と配慮が払われる。


 魔王と認められたならば、各国はその相手を新興ではあるが、影域に莫大な影響を及ぼす政治的な相手と見なす。


(そうして、そんな“常識”の延長において周囲の現実が変化してる。オレが知らない間にオレの周囲の状況をこう変えられると単に敵となるよりも頭が痛いな……)


 魔王応援隊はイコールで後々の後宮で親族を生む第二皇妃や第三皇妃の輩出機関兼魔王個人の所有するハーレムへと改変。


 月兎を落とした後の歴史では国の高位の家の娘は嫁ぎ先として魔王のハーレム入りが既成事実化しているようだ。


 記憶も書き換えられており、この世界の過去と呼べる情報ではこのもう女性関係お腹一杯なイシエ・ジー・セニカがをしていたとか。


 結局、月兎側では第一王妃の座をフラウに、お付きの二人と近衛三人が後宮入りしており、これを月兎側の現指導者層や行政トップ層が黙認。


 家族側からは魔王への貢ぎ物や生贄という認識が強いらしいが、皇家と近衛が完全敗北した手前、娘達に説得されて仕方なく容認という流れとなったとか。


 というか。


 是非、月兎の為にと生贄よろしく!!


 と、こちら側に近い現在の貴族階級の上層部。


 主にイナバ大公を筆頭にした連中は繋がりを保つ名目で推奨したようだ。


 そんな状況がドラゴンに襲われて数時間後に発覚した。


 それから現在の月猫との関係が明らかとなり、こちらでの過去の情報……歴史の流れとやらも確認出来た。


(何もかもが違ってない分、何処かに見落としがあると問題だな。詳細な分析はヒルコに任せてるとはいえ、オレも幾らかは自分で違和感を埋めないと)


 最終的にファストレッグを制圧されたのは変わらない。

 そこまでの大筋の流れも殆ど同じ。


 が、月猫に関しては最終的にはユニを娶る事を条件にして和平という形で決着させた事になっていた。


 政略結婚+魔王の優しい経済政策……月亀に持ち掛けた経済復興貿易案が流用された結果として、魔王軍と月猫連合軍は戦ってもいないのに停戦。


 現在進行形でガルンが外務担当者と実務で詰めの作業をしている。


 こちらの遺跡を一つ探索させろという要望も通ってはいたが、それより早く戦争終結が先だと月猫側は月蝶の戦争状況を見たらしく。


 かなり猛烈な前のめり状態で婚約発表へと進んでいるようだ。


(商人は情報が命。掌返しもお手の物……実際、感情よりも利害で釣れる筆頭だったんだな月猫は……もう少し感情的な面で渋った的な情報があるかと思えば、どうぞどうぞとか)


 二日後にはどうやら新聞に載るようだ。

 四日後には魔王との和平と平行して進められる事が公表。

 そして、一週間後には結納を終了させたい云々。


 あちらの条件は魔王からのファストレッグの開放と月猫に対する経済復興支援+周辺国へも同等の条件で金余りを克服する術を与え、対麒麟国同盟を締結する事。


 こちらの条件はファストレッグの指導者層に今までの人材を登用し、国内の遺跡を探索させ、月兎、月亀との不可侵条約を締結する事。


 これだけ見れば、魔王が一方的に譲歩しているように見えるのでケーマル側も折れたとの事。


(まぁ、本当に見かけ上というだけだが……)


 現在の月猫本国は危ない橋を渡っている綱渡り中の芸人に等しい。


 その最たる理由は……上層部が現在、二つの意見に割れている事実を持ってして証明される。


 一つ目の勢力は今回のファストレッグの制圧が結果論的に麒麟国の暴発を招く悪手に近かったと見て、直ちに麒麟と月蝶の戦争に注視・注力すべきという魔王軍との早期講和、早期戦争終結に動くハト派。


 彼らは重商主義国家らしく凡そ総数7割の意見を集約した商人にして現実主義者思考+魔王軍を甘く見て、こちらの実力をケーマルから報告され慌てて意見の軌道修正をした人々だ。


 それに対してもう一つの勢力は魔王軍断固早期降伏と月兎、月亀の取り込みを図り、いち早く立て直して月蝶が麒麟国を相手にしている間に迎撃態勢と超大国化を目指しているタカ派。


 ハト派が従来の保守派の中でも現状維持の現実主義に偏るなら、こちらは魔王軍を舐めてはいないという意味では現実主義だった。


 ただ、拡大主義が透けて見えプラスして重商主義の弊害。


 この場合は多少のリスクを喜々としてチャンスと受け取る強欲に裏打ちされた心情を持つ人々でもある。


 ギャンブラーと言ってもいいが、そのやり口が極めて洗練されてるので上に立ってワンマン経営していくタイプとしては優秀だろう。


(改変前にタカ派がいたかどうか……ヒルコもまだ情報収集中だったから、何とも言えないが、恐らくこっちはMODで出てきたと見るべきか)


 平時ならば、国の動力源として大いに活用されるはずの有り余った活力は現在、魔王打倒とその後に来る三国統合計画を見据えている云々。


 月猫を守る為に魔王へ和平か降伏を迫るという意味ではどっちもどっちな人々であるが、魔王としては前者の方が御し易い。


 だが、後者の人々は此処で強行な手段に打って出た。

 それが邪神竜の襲撃だったわけだ。


(ぶっちゃけ、あのレベルが増えても何とかなるが……野良よりヤバそうなのくらいは出てくるだろうな……魔術での直接干渉不能の怪獣退治……さすがにあの黒蛇やレールガン直撃でも動き回る黒鎧よりはマシだと思いたいが……)


 不穏な竜の出所は中央に増えた先進国の一つ。


 正式名称【月竜臣国げつりゅうしんこく】からだった。


 この国家はその名の通り、アニメや漫画ゲームにありがちな人型の巨大竜とか。竜のディティールを受け継ぐ人類種【鬼竜種ドラコル】が主な構成員である国家とされ、その力の大きさから管理からあぶれた者は悪性の存在、邪神竜とされているようだ。


 そういう連中が恐らく改変前よりも強化されているというだけでもうんざりなのだが、これからはソレが湧いて出る敵となるかもしれず。


 気に留めておく必要があるだろう。

(月猫の遺跡調査が終わったら、一旦どうにか内実を仕入れよう。それまでまた此処で面倒事だろうが……)


 魔王応援隊と一緒に月猫へと向かっていた魔王一行様が襲われた。


 というで世界が再構築されたのは……恐らくそういう状況でゲームをクリアしろ的なホットスタートをあのギュレギュレ言ってる怪神に強要されているからだ。


 愉しめというのだから、しばらく世界の裏側方面の話……麒麟国との争いは月蝶と神様連中が受け持つだろう事は想像に難くない。


 自分がアレと同類とは死んでも認めるつもりも無いが、少なくともああいう手合いが一番嫌うのは己のルールを乱される事だ。


 己からゲームを降りるという事が何よりも嫌いな類の人間は過去のネットならば腐る程にいた。


 そういう連中の大半はサイコパスの片鱗があったりもする。


 賭け事のリスクに気付いても、負けが込んで来ても、途中で辞められないというのは脳器質的な問題が関わっている事が多い。


 それが丸々当て嵌ると考えるのは危険だが、少なからずそういう傾向が会話からは見て取れた。


 何せ文明が気に入らないからと十五回滅ぼすくらいなのだ。


 その偏執的な行為から見ても、しばらくは麒麟国を任せておいていい。


 ヤバいのVSやばいの。


 という状況が続く限りはこっちに火の粉が飛んでくるのも後回しになる可能性が極めて高い。


 それまでにこの状況を解決し、手札を揃えて嫁の確保に動ければ上々。


 多少時間が実質的に巻き戻ったなら、その部分で嫁全員の探索と奪取の確度を上げるというのは理に適っている。


(あっちは一応、能力も技術をそれなりに持った上での神様気取り……敵が財団の遺産に手を付けていても、早々簡単にやられはしないだろうしな)


 こうして後顧の憂いを一旦棚上げした魔王一行は月猫へとやってきたわけである。


 馬車を飛ばして二日で到着し、現地のホテルへと宿泊したのが昨夜。


 そうして夜が明けて今日。


 月猫一行は一旦自分の仕事場や家に戻り、ユニも護衛と共に本家へ。


 フラウ達は国賓待遇で迎賓館宿泊と相成った。


 何故に渦中の魔王当人だけが一般宿泊施設を貸し切りにしているのかと言えば、月猫ハト派から公的な受け入れ態勢は現在取れないと連絡を受けたからだ。


 ケーマルが言うにはあちらの勢力の大半はそのタカ派の動きを抑えるのに手一杯で公共系の施設は全てアウト。


 私系な場所を使わせたかったが、襲われる可能性大。


 ならば、いっそ、まったく関係ない場所にやるしかないという事らしい。


 その意見集約までに物凄く冷や汗を掻いていたとか。

 魔王への襲撃が自国のタカ派の行為である事は自明。

 こちらのご機嫌取りやらを考えていたのも水の泡。


 普通に考えれば、停戦中で和平に来る軍の将校級を襲撃とか戦争継続待ったなし。


 絶望感マシマシだったようだ。


(ハト派がグダグダ過ぎるのは……まぁ、仕方ない。連中は積極的な和平の理由はあっても、確固とした理念や信念というよりは、場当たり的な対処をさせられてるだけだからな。それに比べてタカ派は率直で合理的な解決方法を取った。一枚上手と今のところ考えて間違いないか)


 ハト派は噂の危険人物である魔王を前にして破滅の足音にガクブル。


 それをある程度ケーマルに注文を付けつつも許容したので、あちら側に貸しを作った体で有利な関係を築けた事だけが唯一こちらにとっては嬉しい誤算か。


(あいつらが来てからが本番か)


 いきなりの歴史改変で余儀なくされた月猫との政略結婚騒動の折衝役として色々と月兎や月亀には増援を頼んでいる。


 その内にこのチャンスを十分に生かせる人材がやってくるだろう。

 こっちは遺跡調査用の情報を纏めるのに忙しい。


 大量の新規歴史情報を脳裏に魔術で読み込んで精神的に疲れたからこそ、睡眠など取っていたわけで、此処までやって来た応援には悪いが魔王の代理人として昼夜無きブラック結婚式の成立に尽力を上げて貰おう。


(実際、結婚するかどうかは置いておいても、その前に月猫の新しい内情に手を突っ込まないと……仕事は続くよ何処までも……ふぅ)


 着替え終わりにフラウ達に同行させたガルンへ軽く今日の話し合いの打ち合わせ予定情報を魔術で送っておく。


 そうして、いつものスタイルで廊下へ出た。


「……誰もいないと微妙にホラーだな」


 一般宿泊施設とはいえ、貸し切ったのは貴族御用達の場所だ。

 周囲の調度品は一級で赤い絨毯もフカフカしている。

 そんな通路はシンと静まり返っており、誰も歩いていない。


 ラウンジ付近にあるテラス席完備なレストランにはもう関係者が集まっており。


 窓から外が見える席へ向かえば、フラウ、ヤクシャ、シィラ、近衛三人娘、護衛の蜥蜴女と猫耳女、いつものエコーズの面々が其々に話し込んでいる。


 ガルンだけはさっきの通信で仕事を十件単位また追加したので本人も増える方も来ていない。


 一番見晴らしの良い窓際の席にはユニがいて。

 こちらを見るとおいでおいでと手招きしていた。


(正念場はまだ先だろうに……もうお腹一杯とかどうすっか……)


 一番大事な情報をとりあえずひっそりと脳裏で振り返る。


―――どうやら魔王は後宮に入る予定の女性陣には………、らしい。


「閣下」


 フラウの瞳は少しだけ以前よりも目に見えて艶やかで。


「―――おはよう」


 何とかそう返すので精一杯だった。


 他の人々にしてもリヤ以外のエコーズの少女達は妙に手櫛で髪を気にしている(エオナ以外)。


 こちらをジッと見ている近衛三人娘はオズオズと上目遣いでヤクシャやシィラの何処か居たたまれないようなソワソワした姿は微妙な心情が透けて見えるようだ。


『………』


 エオナがジト目不可避な視線を送って来たところで顔を一度だけ片手で強く撫でる。


 これなら悪夢に迷い込んだ方が楽かもしれず。


 レストランの四方に護衛よろしく立っている神様連中に頭を下げられつつ朝食にエントリーとなった。


 ウチのお嫁様方への言い訳は限りなく説得力0に違いない。


 それが現実になるよう戦い続けるというのだから、自分も随分因果な星の下に生まれてきたものだともう半笑いである。


 ハーレム√なんてエロゲ以外ではロクな結末にはならないだろう。


 限りなく広い心で背中を一突きされる事だけは覚悟しておこうと、ユニのいる席へと向かいながら静かに決意するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る