第183話「偶像達の就役」
(高速行軍をしつつのアイドルレッスンとか。我ながら無理難題押し付けた感はあるが、よくやってくれてる……後で労おう……)
会場に向けて歩き出して数分。
大々的な告知を街のアチコチで見掛けるアイドル達は数種類の公演ポスター内で躍動した様子を映し出されていた。
【
その出自は複雑だ。
全員を複製した脱出艇で前線に運んでいたので、魔王がどういうものかは彼女達も知っている。
その上でアイドル業をすると決めたのだから、全員思想的には反貴族や反月兎と言えるだろう。
途中で帰ってもいいよと契約時に言っていたのだが、報告では誰も降りる者は無かった。
魔王を怖がる者はいたらしいが、それでもこの国の貴族階級に復讐したいという者達の意思は固かったようだ。
(あの志望動機なら……まぁ、分からなくは無いが……)
悪辣な貴族に家と土地を奪われ困窮した美少女。
悪辣な商人と貴族に家族を人質に取られ、愛人にされていた美少女。
悪辣な貴族の家に仕えたばっかりに無体な行為を強要され、妊娠したらポイされて途方にくれて自殺しようとしていた美少女。
等々
どんだけ悪辣なんだよと呆れる程に地位と権威を傘に来た腐った連中は多かったらしく。
そういうのばかりが集まったらしい。
中には貴族だったが貴族によって奴隷に落とされた美少女だの、レッドアイ地方で助けた軍の奴隷とされていた月亀の美少女もいるとか。
正しく戦争と倫理観0ファンタジーの被害者の会みたいな有様なので、恐らく個人的な理由以外で出て行く人間は今後もいないだろう。
今の管轄は軍であるが、その内に行政へと組織を移管してプロパガンダ以外は自由にやってもらう事になるのは間違いなく。
平和になったら、次世代の月兎の国民的な
(とりあえず、本物を確認しないとな)
まだ実物を見ていなかったので、一応楽しみにしておく。
大通りに出て石畳の上を歩き続ける事10分弱。
制圧任務を続けている兵士達とそれを恐々としながらも遠巻きに出歩く首都の民間人達を幾らか見掛けた。
どうやら4日前の騒動では迷路の奥の街並みに隠れていた旅行者や国外からの商隊なども相応の数屯しているようだ。
「?」
歩き続けていくと。
途中、露天がズラリ並んでいる光景に出くわした。
通りには何やらもう商売の種にしたのか。
魔王グッズや魔王○○という名前の食い物が軒を連ねている。
商魂逞しいが、それは歓迎するところだ。
後で商標登録して、魔王に賛同し、反乱軍に資する限りは無料で使わせる事とする。
歩きながら関係者以外立ち入り禁止の大きな舞台裏の天幕まで続くルートに入ると。
途中で兵士達が数人歩哨に立っていた。
こちらの顔を見て、欠伸をしつつ、立ち話に戻ろうとし―――ギョッとした様子でビシッと最敬礼して汗をダラダラ流した30代や40代の男達の横を軽く会釈して通り抜ける。
「御疲れ様」
「ハッ!!」
軍の人間には街で見掛けても話し掛けないよう通達を出している関係で魔王様なんて口走る者はいない。
天幕の皮製の玄関を潜ると。
内部は複数のパーテーションのような壁で区切られており、次々に旋律に合わせたバックでダンスをする踊り子達とアイドルの卵達の葛藤のような声が聞こえてくる。
『何やってるのぉ!! 踊りながら歌うんだから、踊りでそんなに力んでちゃダメでしょ!! もう本番なのよ!! 何度か合わせてみたけど、もう時間無いんだから、基礎だけはしっかりとね!!』
『『『『『『『『『『『『『『『はいッ。先生!!』』』』』』』』』』』』』』』
『じゃ、5分休憩入れるから。その後はもう一回合わせて、本番まで休んでなさい。演出と音楽の先生方と打ち合わせしてくるから』
どうやらこの世界でも数本の指に入る踊り子とやらは真面目にアイドル達を教育しているらしい。
『ニャ゛~~~ッ?!! どういう事ニャ!? いつから
何処かで聞いた事のある猫語がヅガレダ~と言いたげな様子でグッタリした声を出していた。
『た、大変デス……』
『でも、とっても愉しいぞ♪』
『リヤは女の子ばっかりの中、よく頑張ってると思う。個人的に』
『アステ。それは言うな。せっかく、忘れようとしてたのに……うぅ』
『まぁまぁ、皆さん。これも御給金の為。御給金の為。疲れた時も笑顔、笑顔ですよ』
『と言いつつ、一番疲れてないのはエオナだったりするニャ……身体、もう本当に大丈夫みたいだニャ……良かった……』
『はい。ご飯も美味しいですし、日常的に疲れないみたいでそこは助かってると言っていいはず。というか、この身体になってからエーテルが持続的に供給されるようになって、大魔術発動させっ放しに出来るくらい強くなってますから……戦闘の方もかなり楽になるでしょうし、この仕事が終わったら彼に一度遺跡探索に行ってくる許可を貰いに行きましょう。今ならドラゴン10匹だってドンと来いです!!』
『そう言えば、あの魔王の事を軍の人に聞いたら、王城突入時10秒で近衛の最精鋭【
『その噂、ボクも聞いたぞ。近衛の精鋭3隊を素手と触手の力によって5分で壊滅させたって。スゴイ。魔王の人!!』
『エオナはこちらの言葉にすると神々の眷属になったみたいな感じだって大きい人も言ってたデス。本当に出来そう……』
『え? いや、さすがに今のは冗談ですけど……出来るんでしょうか? 後で聞いてみましょう。あの大きい人に。今日も定期健診に来てくれるはずですから』
『それにしても謳う人と踊る人と謳って踊る人の三種類になったデス』
『まぁ、人は向き不向きがありますから。それに赤ちゃんがいる人に無理な事はさせられませんよ』
『そう言えば、エオナって子供も出来るのかニャ?』
『ぶっ?! な、なんて事聞くんですか!? クルネ!!?』
『ニャ~~~♪』
『こ、ここ、これは重大で大切な問題デス!?』
『リヤ。耳に手!!』
『え、いや、何で―――はい』
『で、そこんところはどうなのニャ? ニャ?』
『う……大きい人はまだ何とも言えないが、内蔵は全部あるから、産もうと思えば、産めるかもしれないと言っていましたけど……身体はあの人の血肉を分けたものですから……』
『ぁ~~えっと、この話題お終い!! さ、クルネもオーレもフローネルも続きは今度だ』
『アステが言い出すとか。これは触らないのがいいニャ』
『デス』
『だな!!』
『……もう手を退けていいか?』
何やら触らぬ神に祟り無しの方向で退散するべきだと本能が判断。
そのまま踵を返そうとしたら、不意に別の方角の仕切りが開いて残りのメンバーらしき少女達がゾロゾロと出て来た。
『はい。皆さんよく頑張りました。歌の才能がある子ばかりで先生は嬉しいですよ。まぁ、謳うのがあんなに刺激的な歌詞なのはどうかと思いますが……魔王ってあんな趣味なのかしらね』
太っちょの50代の叔母さんがこちらに気付かず。
関係者だと思ったのか頭を下げてからソソクサと別の仕切りの方へと向かっていく。
しかし、レッドアイで集めただけあって、こちらの顔を知っている者はいたか。
『!?』
薄っすら汗を掻いていた少女が一人こちらに気付いて駆けて来る。
『ね~その人誰~見ない顔だけど~』
「ちょ、ちょっと知り合いの方です。お話してくるので、少し待っていて下さい!!」
『あ~や~し~~♪』
ケラケラと笑う少女。
ふふと微笑む少女。
口元を隠してクスリと笑みを零す少女。
全員が別々の属性を持っていそうな彼女達が次々にまた別の仕切りの方へと向かって消えていく。
「も、申し訳ありません。魔王様!! あの子達はお顔を知らない子ばかりですので。どうか、ご容赦を」
頭を90°下げた少女にゥッという感じに身体が引けた。
面と向かって魔王様と何の悪意も無く言われてしまうのは初めての事かもしれない。
「構わない。別に怒らないから、頭を上げろ」
「は、はい!!」
「……月兎の軍で会ったな。確か」
「はい……その切は何も言えず……感謝すらしていなかった事、此処に重ねてお詫びします」
再び少女が頭を下げる。
「それはもういい。感謝される覚えも怒る理由も無い。アレはオレがしたくてした事だ」
「はい……」
顔を上げた少女はそう。
あの無能な月兎の軍を率いていた者達を半殺しにした時に命を助けた月亀の女達。
此方の触手に載せた相手だった。
「神殿でこの仕事を引き受けたのか?」
「はい。御触れが出てからすぐに応募して……」
「そうか。今日はたぶん何処かで見物するだろう。練習の成果が上がってるといいな」
「は、はい!! 反乱軍と魔王様の為に頑張りますッ!!」
その言葉に思わず苦笑。
いや、苦い笑みが零れた。
「……その、どうかなさいましたか?」
「いや、その二つの事は忘れろ。お前はお前の為、生活の為……そして、自分が為したい事を為す為に歌え。オレは誰かにそういう行為をしてもらえる程、上等な人間じゃない」
思ってもみなかった言葉だったか。
名も知らぬ相手は目を一度大きく見開いて。
そして、僅かに微笑んだ。
「これは私のしたい事、ですから。祖国の軍も月兎の兵隊も道行きでこちらを見た誰一人として、神官すらも助けてはくれませんでした。でも、魔王様は違った。きっと返し切れない恩です……私がこれから何をする時も覚えていなければならない事があるとすれば、それは魔王様が助けてくれたあの瞬間……だから、これは私が決めた生き方なんです……」
溜息こそ零れなかったが、僅かに胸がシクシクと痛んだ。
「そうか。なら、好きにしたらいい。オレが他人の生き方をどうこう言う権利は無いからな……倒れない程度に頑張れよ?」
「は、はい!! きっと、楽しませてご覧にいれますッ!!」
頭を下げて、恥ずかしそうにダダッと仲間達の行った方角へと走り出した少女は再び途中で振り返り、頭を下げてから角の先へ消えていった。
「……オレには他人の人生ってのは重過ぎるな。やっぱり……向いてないか……」
自分の事は自分が一番よく分かっている。
どれだけ虚勢を張ろうが、合理主義を突き詰めようが、チート能力を頼ろうが、中身は所詮元は平凡なヲタニートなのだ。
どれだけ本人のデータから掛け離れ、変質したか知らないが……それでも根本的な精神性は変わらないというのが“天海の階箸”で自分に出会った時、よく分かった。
この己も本人の可能性の一つ。
だが、本人以上にはなれない。
その事が両手のオカルトな腕輪を付けていて分かるというのもオカシな話かもしれなかった。
どれだけ強くなろうとも心を平静に保つ処置が施されようとも、自分の精神性は変わらず。
その結果として子供の癇癪を肉体に無理強いしたとしても、クオヴァディスの強化には上限がある。
(恐らくエゴを肉体に反映させるコイツの限界はもう一つ在る……肉体が可能性以上の力を発揮出来ないように、精神もまた限界以上のエゴ、ミームを出力出来ない……オレの強さがオレの肉体ではなく。オレの精神上の限界に縛られてる……本来、オレの肉体は母さんのもの。委員会謹製なら遺伝子レベルどころか分子レベルで強化されてると見ていい。だが、実際には超人以上と言われても、通常の人間の限界を三段階、四段階振り切る程度しか恐らく強化されてない。限界を少しずつ挙げても無理が出ないどころか。まだ、余裕に感じるんだから……相当伸び代はあるはずなんだ。だが、あの“双極の櫃”で核を止めた時のような状態以上の事が出来るはずなのに、それ以上の事が出来るような肉体の強化までは持っていけない……)
ジッと黒い腕輪を見つめる。
(オレの心がオレの肉体に見合った我侭を出力出来なければ、しばらくは人間でいられそうだな。二律背反とか……まったく、神様に喧嘩を売ろうって時に……人間にしかなれない自分の事を呪うべき。喜ぶべきか……)
深遠を覗き込めば、こちらもまた覗き込まれているらしいが、生憎と覗き込んだ先にいるのはチートを振り回している程度のちっぽけな子供だ。
いや、もうソレそのものですらないだろうが、結局自分を変えられるのは自分しかいない。
そして、それこそが最も難しい事なのだと。
国家を変えるより難事なのだと。
そう、少女達と共に歩いた時間と記憶が教えてくれる。
「行くか……」
次なる目標に向けて、一時の娯楽を愉しんでみるのも一興。
余裕が無くなった自分がどうなるかくらいは自覚があるのだから、前よりは進歩したと思いたかった。
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