第175話「代償の行方」

『セニカ様。敵陣の布陣を確認致しました。レッドアイと他地方の境界域にある山林と沼地の多い地帯です。皇女の軍は其処で停止。陣地の構築を行っているらしく次々に【巨人タイタンズ】の姿を確認しております。映像をどうぞ』


 サカマツの部下の一人。


 諜報部隊に裂いた男達の内の何人かが皇女軍の動向を掴んでいたが、終に到達した。


 数時間前から連絡は受け取っていたので幕屋の内部にはウィンズ、サカマツ、アウルを筆頭に現在地方の運営に当たる関係者が集められていた。


 通信の魔術【ミー・トゥー・ユー】が、予め本人達の魔術を掛けた宝玉によって、映像を虚空に投影している。


 かなり高精度なホログラムは宝玉から直接出ているが、最初に魔術を掛けた時、内部にそういった機器を直接的に生成していると推測出来た。


 恐らくは網膜に映し出された映像を電波で飛ばしてシステム経由で目的の端末に届ける的な事が為されている。


 こういった無線通信の魔術には他にも音声のみの【ゴシップ】や特定の相手の網膜に直接映像を送る【以心伝心】とやらがあるらしい。


「おお?! あれはまさしく皇家の使いし、最大級の【巨人タイタンズ】!!?」


「数はひい、ふう、みい、す、少なくとも二十以上いるぞ!?」


「中身が寄せ集めでも、あのクラスが数十となると恐らく戦力としては5万規模……ウィンズ閣下あれはさすがに手こずりますぞ」


 どよめきも仕方がないだろうか。

 男は大きなものに畏敬を抱く生き物だ。

 巨大ロボ然り。

 巨大建造物然り。


 少なくとも15m以上の個体が多数いる時点で顔が強張るのも無理は無い。


 幕屋の中。


 出された珈琲もどきに誰も口を付けないので一人頂く。


 悪抜きやら焙煎やら暇を見付けては料理人達に基礎スキルとマズイ食材の生かし方を適当に叩き込んでいる成果はあるらしく。


 それもまた普通のものとは違ったが、かなり近い味わいのある苦みに仕上がっていた。


「冷めるぞ。適当に飲め。せっかく出したんだから」


 映像に目を奪われていた三十代から五十代までの男達が次々に慌てた様子で出されたカップから珈琲もどきを口に含み、僅かに小首を傾げた後、そのまま静かに嗜み始めた。


 現在も円卓のど真ん中の水晶はホログラムを吐き出し続けている。


 その映像中には苦労しながらも馬車で持ってきた陣地構築用の幕屋の資材を四苦八苦しながら設営する兵達の姿があった。


「肉の巨人か。同時操作数は現在確認出来る限り数十体ってところだが、皇女様の本気はアレ以上なのかどうか。彼女達に聞いてみようか。出番だぞ」


 連れて来ていた背後で直立不動となったお世話係りの三人。


 彼女達の姿に何やら集まっていた連中からは不憫な視線がビシビシ突き刺さっていた。


 あの歳で可哀想にという言葉が透けて見える。


 結局、噂を料理人達に訂正したらしいのだが、あまり効果は無かったらしい。


 年頃の少女達が一緒に寝泊りとか。

 この世界では手を出していないなんて信じてもらえないのだとか。


「ウ、ウチらが知る限り、皇女殿下が操れるタイタンズの数は30程でした……」


 リーダーであるルアルが男達の前に出て報告し、下がる。


「じゃあ、ウチの秘書にも聞いてみようか」


 ガルン・アニス。


 何やら視線を避ける為、物陰に隠れるのが癖になっているらしい元神官にして復讐者な彼女が幕屋の柱の影からそっと顔を半分出してこちらに羊皮紙を手渡してくる。


「ああ、資料にしたのか。ええと……城内で確認された限りは使える頭数は体積に比例すると。ふむ……最大制御数は4000? 小型のものから大きくすると制御が難しくなって数が減少し、最大規模の化け物達は最大で30前後。それに足して数百の小型種を制御可能と。随分詳しいな」


「……皇女殿下は魔術指南をしていた男から口止めされてた。あ、映像の中にもいる。あの肩にマテリアルの塊付けてる人」


 ガルンが指差した映像の先。


 巨人達の下で兵達の土木作業に対し、陣頭指揮を取る男が写っていた。


 確かにその肩には魔術の触媒に使われるものと同じ耀きの大きな球が鎧にくっ付いている。


 如何にもファンタジックな魔術師ルックだった。


「名前は?」


「皇家の人に付く腹心は専門の諜報機関に守られてて、情報が少ない。城内でもそれは同じ。だから、あの男の名前を知ってるのは皇女殿下の御傍付きの侍女や護衛騎士くらい」


「了解だ。全員、下がっていいぞ」


 こちらの言葉に緊張を解いたルアルが少し息を吐いて、仲間達から「大丈夫だった?」とか「ルアル。御疲れ様」と背中を誘われつつ退場。


 ガルンもいつの間にか柱の影から消えていた。


 人事を任せて仕事ぶりを確認して分かったのだが、秀才は基本的に面倒な事には近付きたがらない性格で逃げ足の速さだけは褒められたものであるらしい。


 雑用を押し付けようとする度に逃げられるので今では諦めているのだが、致し方ない。


 しっかりとした仕事ぶりで能力が発揮されている内は雑用は自分でしてもいいだろう。


「さて、今回から反乱軍には実戦となるが、基本的には練兵してた連中が自分の仕事をしてれば、勝てる程度の話だ。被害は最小限。あちらを降伏させる作戦は前々から練ってる。あっちの出方次第で修正を加えるだろうが、今見た通り、陣地を念入りに構築してるって事は持久戦覚悟だ。こっちとしては敵が拡散したり、分かれたりしないだけ楽だな。あの化け物の戦力は基本的には相手しない」


 こちらの声にざわざわと周囲が顔を見合わせる。


「反乱軍の最大の敵は自分の仕事を瀬戸際でもこなす胆力と精神力が己にあるかどうか。そして、死への恐怖だ。恐怖してもいいが、身動き取れずに戦場で動けなくなったら終わりだからな。オレがウィンズの反乱軍に求めるのは死に直面しようとも自らの任務を遣り遂げるだけの心理的な強さだと思ってくれ」


 無茶な要求をされるのかと眉を曇らせるものが多数。


「オレはこの軍を連戦させても1割すら損耗させるつもりはない。そんな顔しなくても大半は生きて帰れるから、安心しろ。死者の名簿に乗りたくないなら、しっかりと訓練して、その上でオレの戦略に付いてくる事だ」


 珈琲モドキを全て喉に流し込む。


「作戦の練り直しと修正は相手側の陣地が構築されたら早期に行う。また、その後の行軍予定は既に決まってるから、各自は配った資料を頭に入れたら燃やしておいてくれ。無論、無能な皇家に送ってもいいが、その場合は兵隊が無駄に死ぬ可能性を考慮に入れてな。伝達事項は以上だ。次に召集する時は皇女軍の攻略直前になるだろう。解散」


 周知徹底をしておく事は伝えた。


 本当の意味で伝わっているかは妖しいが、少なくとも今自分が反乱軍を裏切っても部下が死ぬだけだと理解する程度の頭は誰にもあるだろう。


 部隊の隊長達はこちらに一応は頭を下げてからゾロゾロと幕屋を後にした。


 残ったのはウィンズとサカマツ。

 そして、アウルのみだった。


「我々の意見を訊く気は無い、か」


 ウィンズの声に苦笑が零れた。


「自分より戦略と戦術の幅が小さい連中から聞く事はもう既に終えてる。この世界での戦場の常識だの兵隊の常識だの将校の常識だの細かい部分だけだ」


「そして、あの巨人と戦わずに皇女軍を制すると大言壮語するからには策があるのだろうな?」


「そりゃな。恐らく、皇女軍がやってるのは塹壕地帯の構築だろう」


「塹壕? 塹壕とは横穴を延ばして軍の安全な通路を確保するアレですか?」


 アウルがどうやら知っていたらしく首を傾げる。


「この世界での塹壕ってのはどういう代物なんだ?」


「アレはあくまで前線で魔術から身を守ったり、安全に後方へと退避する為のもののはず。遠征軍が作ったからと言って、補給の乏しい状況下では維持し続けられるのか……」


 どうやら軍集団を纏める神官と言っても戦術論や戦略論はやはり世代的に遅れているらしい。


「そうか。その程度の認識なのか」

「それはどういう事だ?」


 サカマツが軍人らしく相手の分析を欠かさない眼光でこちらに目を細める。


「塹壕っつーのは基本的に持久戦用だ。そして、塹壕の突破は歩兵では困難を極める。魔術で吹き飛ばしてもいいが、厚い塹壕の壁が何重にも張り巡らされてると罠や迷路状の通路で足止めされた場所に大威力の攻撃を投射されて、こちらの損耗は大きくなる。補給の薄い敵地で塹壕戦なんぞをやろうと思うのはどうかと思うが、魔術有りなら十分に機能はするだろう」


 実際、魔術で何でも解決している当人にしてみれば、魔術と現代戦術の組み合わせはぶっちゃけ反則の類だ。


「土木作業はあの化け物達に一任。そして、その地帯に潜んでこちらを圧迫。敵が仕掛けてくれば儲けもの。後退しながらの攻撃で一方的な消耗を強いる事が出来る。まぁ、お前らの戦術論よりは皇女殿下、もしくはその腹心てのはマシなもんを持ってるって事だ。巨人があの場所に陣取ったら、近付くのも一苦労。その上、手前の沼地で化け物達の襲撃を受けたら、それこそ大変だろう。足を取られている間に何が飛んできてもおかしくない」


「「「………」」」


「これからも自分達より強い敵を相手にする事を想定しておくのがいいぞ。そういう連中の無力化は骨だ。反乱軍にも山賊団にも馬車馬のように働いてもらうだろうが、戦闘そのものは少ないとはいえ、確実に発生する。その時、訓練が役に立つはずだ」


「……練兵内容にケチを付けるつもりはないが、殆どの者が軽装備。その上、攻撃よりも立ち回りに関する訓練ばかりをしている。それはどうしてだ? 自分より格上の相手に攻撃の術が無くてはジリ貧ではないのか?」


 サカマツの瞳は真剣だ。


 しかし、それに対する答えが返って来る事も分かっているような節があった。


「お前らに与えた装備は基本的に相手の無力化。脅して、怖がらせて、霍乱して、その上で常に移動しながらの戦いを想定してる。これはオレの戦略方針から来るものだが、それ以上に今後の装備更新も見越してのものだ」


「装備更新?」


「ああ、月兎皇国を奪取した後を見据えてと言えば、分かり易いか」


「―――今から、月亀を落とす算段か?」

「祖国に今から帰るなら、訊かなくてもいいが、どうする?」

「……いいだろう。聞いてやる」

「そりゃ、良かった。じゃあ、こいつを見てもらおうか」


 床に置いておいたケースを取り出して、卓上で開き。内部のものを取って、円卓の中央に滑らせる。


 それを見た三人の顔色が変わった。


「コレはッ?! 新式の銃か!?」


「ああ、他にも補給部隊に各地に色々と用意させてる。全てが全てこの世界の常識とは違う戦術と戦略に必要な代物だ」


 サカマツの驚き様が最も大きいだろう。

 逆にアウルとウィンズは物珍しそうな顔となる。


「これがどう関係あると?」


 神官は基本的に魔術と近接戦闘術オンリーなので、やはり武器の更新、戦術や戦略のパラダイムというものに明るくないらしい。


「説明して貰おうか」


 ウィンズにしても、突撃という……現代戦なら確実に有り得ないだろう戦法を得意としているようなのでピンと来ないらしい。


 円卓の中央。


 置かれたのはこちらが用意した新式の鉄と固い木材を削り出して作ったライフルだ。


 特に銃身を切り詰めた近接用のアサルトライフル。

 この時代にはオーバーテクノロジーな代物である。

 ただ、この世界の冶金技術なら造れる程度の水準。

 相棒に複数種類用意して貰った戦略物資の内の一つだった。


 現在、月亀軍の主力装備は木製の銃ではあるが、恐らく銃弾の開発が終わっている。


 現地の情報を集める限り、それはほぼ間違いないだろう。


 だからこそ、弾込めの必要の無い銃と一目で見て取ったサカマツの反応は顕著だった。


 その手がすぐに銃を確認して、プルプルと震え始める。


「何だ?! この銃は……我が軍の機密の塊ではないか!? それにこの短さ?! 取り回し易さを重視しているのか?! 銃身内部の仕掛け、精度も申し分無いッ。これは―――まさか、銃弾の装弾機構?! そういう事か……ッ」


 自分で確認したサカマツはこちらを物凄く渋い顔で見詰める。


「ああ、いや、悪いが、これはあくまで基本装備にするだけだ。まぁ、そもそもオレの目的の為に軍がコレを使うとしても、数回程度だろう。月兎攻略まで使用する事も無いだろうしな」


「どういう意味だ? これ程のものがあるならば、月兎の首都攻略すら容易いだろう? 高位の術者でなければ、近付かれれば即死。狭く壁が多数ある市街地での戦闘となれば、もはや敵無し。違うか?」


「馬鹿言うな。死人が増えるだろ。これを月兎で撃つのは恐らくオレ一人だぞ」


「………これ程のものを用意しておきながら? 数の問題か?」


「オレがお前らを養ってる方法を知ってて、言う必要も無いだろう。数ならそれこそ月兎の国民総数分用意出来るさ。だが、オレは暴力が嫌いだ。話し合いで解決するなら、それがいいと思う人間でもある。こいつは月亀軍相手の正面作戦用。それも用途的には見せて威嚇する為の代物だ」


「―――これを威嚇用だと? 月兎が今も戦場で死人を積み上げているのはコレよりも数世代は劣るだろう銃の猛威からなんだぞ?」


「「?!」」


 そこでようやくアウルとウィンズも事の重大さに気付いたらしい。


「魔術のある正面からの戦争じゃ、突撃してくる歩兵に対する防御でしか役に立たない。こいつの射程は短いからな。それとオレが月兎と月亀の軍を封殺したら、こんなの使う必要も無くなるだろう。ま、使われない兵器なんてのは幾らでもある。これもその内の一つだ」


「………これさえあれば、次の作戦でも死人すら出ないかもしれん。それを分かっていての発言か?」


 その言葉にウィンズがこちらを見た。


「……人間は苦労して手に入れた平和じゃなけりゃ、簡単に投げ出す。人は尊いから平和を求めるんじゃない。平和の為に払った犠牲を無駄にしない為に尊いものにしようと努力するんだ。軍に被害が出ないのは理想的な出来事だ。だが、簡単に勝てると思われても困る。そもそもこれはお前達の戦争だ。オレの戦争でもあるが、オレはお前らの戦争を乗っ取る代わりに其々の勝利をやると約束したに過ぎない。こいつで勝ち取れる平和なんてのは長続きしないと断言しよう」


「まるで見てきたような事を言う」


 ウィンズに肩を竦める。


 現代に至るまでどれだけ兵器と戦術のパラダイムが世界で人を殺してきたか。


 そんなのは正しく平和な国でゲームとなるくらいにはありふれた情報に過ぎない。


「この兵器が出回れば、次なる戦乱が確実にやってくる。長い平和が欲しいなら、兵器に頼るな。人を殺し過ぎる力は魔術よりも汎用性が無い割りに政治的にも軍事的にも激毒の類だ」


「それは……」


 サカマツがさすがに分かっていてか声を途絶えさせる。


「犠牲を出したくないなら、それはお前らが自らの限界以上の努力と行動で勝ち取れ。それが出来るだけの現状をオレは与えてやったはずだぞ?」


「「「………」」」


「尽きぬ物資、無制限の補給を可能とする後方戦略の要所を確保、莫大な人的資源と労働力。それらを賄うだけの資金と膨大な施設群。そして、それに裏打ちされた反乱軍の支援組織。彼らが使う新技術や働く場所の整備された労働環境。効率化された組織集団とそれらが有機的に機能して運営される大都市圏てのが今此処にあるものの半分だ」


 その言葉に呆然としてはいないものの。


 自分達が受け取ってきたものの正体を知った三人は何とも言えぬ複雑な表情となっていた。


「戦争で死ぬのは誰かの隣人で友人で恋人で家族で……そして、愛する人かもしれない。でも、だからこそ、出た犠牲は決して無駄にしてはならないとお前らは政治や軍事で平和を勝ち取る力にしなきゃならない。それが出来ない奴に上に立って欲しくはないな。犠牲を出したくないのなら、それはお前らの働き次第だ」


 と言いながらも、自分も犠牲は最小限にしたいという本音はある。


 あらゆる障害と為り得るリスクの低減はこの世界に来てから最も力を注いだ部分だ。


「これはお前らが殺す相手の被害にも言える。無駄な犠牲を積み上げた後、お前らはその相手の何倍もの重荷を背負っていかなきゃならなくなる。その重さは平時にも政治や軍事を戦乱に引き込み、混乱に陥れ、膨張していくだろう。戦後を見据えて今から思考し、行動出来ないなら……お前らの国に平和も未来も来やしない」


 長話で喉が渇いて、傍らのカップから冷めた珈琲もどきを口にする。


「どうしてですか?」


 アウルがこちらにそう呟く。


「?」


「イシエ・ジー・セニカ。貴方がどうしてそこまで我々の事を考えてくれるのか。それがオレには分からない」


 その瞳は真っ直ぐだった。


「それがオレにとって、最も負担が少なく。その上で今後生きていく上でこの世界が障害に為り難い道だと思ったからだ」


「つまり、自分の為だと?」


「あまり口にしたくはないが、オレは“世界を相手にしても戦える”だろう。だが、そんなのをオレは望まないし、そんな状況に陥りたくも無い。誰かに恨まれたりするのも出来れば避けたい」


「今更ですね」


 アウルの言葉は最もではあった。


「オレに対してこの世界が牙を剥くなら、オレは世界を滅ぼすしかなくなる。それが“出来てしまう”以上、オレには大人しく殺されてやる理由も無い。なら、自分の幸せの為に世界をある程度は平和にしてやろうって気持ちになるのは変な事か?」


「「「―――」」」


 呆気に取られた三人が絶句していた。


「オレはお前らの言う“世界を滅ぼせる魔王”かもしれないが、平和を望む人間で……自分の為に戦う単なる個人て事だ」


 喋り過ぎた気もしたが、仕方ない。


 ちょっと強く言っておかないとこっそり銃を使用しようとしたりする可能性も棄て切れない。


 ならば、こうして少し自分の事を語るのも有効ではあるだろう。


 円卓の上の銃を回収してケースに収め。

 そのまま天幕の外へと向かう。


「二日後までに軍の出撃準備を終えておけ。こちらから打って出る。現場には警戒態勢を敷かせて、反乱軍の六割を動員する。これは決定事項だ。何か話があるなら、街の事務所に来い」


 そのまま陣地の外に向けて歩き出せば、ヒョコヒョコとガルンがこちらの横に合流する。


「行ったんじゃなかったのか?」

「………ガルンは増える」


 その言葉と同時に同じ顔の相手が左に紅の燐光を纏って現われた。


「ああ、そうだったな。で? 仕事の進捗は?」

「それは―――」


 陣地の出入り口には三人娘が立っていて、一体何を話してきたのだろうという顔で待っていた。


【……世を滅ぼす魔王か。あるいは世に語られる救い主か】


【若年と侮る事は無かったが……奴は我々よりも随分とだったようだな】


【ウィンズ卿、サカマツ氏……あなた方は彼をどう評価しますか?】


【不思議な男よ。魔王のように傲岸不遜でありながら、言う事は大賢者の如く清廉という事もある】


【確かにあの男の言う通りだろう。あの兵器さえあれば、反乱軍も山賊団も犠牲を減らせるだろうが……戦後にどうなるのかと尋ねられれば、奴の言う通りだろう】


【逆にアウル殿は神官としてあやつをどう思うのだ? 率直に聞きたい】


【……偽り無く彼は神の敵でしょう。国家の敵、国民の敵、そして、この世界の敵かもしれない。だが―――】


【だが?】


【彼は少なくとも狂人の類ではあっても、人の心が分かる人間だとオレには思える】


【だとしても、神からの託宣を受ける神官にとってはやがてぶつかる相手だろう? どんな神殿も奴を見逃すとは思えない】


【それはそうでしょうが、この街に来てから神の声が一度も聞こえてこない。それもまた事実。魔王の力による妨害なのか。あるいはもはや神敵の協力者として我々が神より見限られたのか……どちらだとしても、結果的には彼に対する評価は未だ途上と言うべきでしょうか】


【神官達が大人しいのはそれが理由か。ワシの耳にも託宣が聞こえなくなったという話は届いていたが……合同神殿の者達の意見は?】


【今はまだ何とも……ただ、自分達が救えなかった者を反乱軍。いえ、魔王軍が救うところを見て、思うところはあるようです。それは必ずしも敵意だけではない、とだけ言っておきましょう】


【今はまだ答えも霧の中か。ワシは陣地の隊長達と二日後の事を詰めてくる。貴殿らは?】


【こちらは諜報部隊からの情報の総括がある】


【こちらは残りの神官達の説得が残っていて。二日後までには恐らく終わるでしょう】


【そうか。反乱軍の首魁に山賊団の頭目に神殿の矛。何故我らが集う事になったのかは運命さだめのみぞ知る、というところだろうが、此処からは一塊の力として人々に尽くしたいとワシは思う。よろしく頼もう】


【もはや一蓮托生の身だ。対外的な大将がそう人前で頭を下げるな。甲羅割りの老体】


【我々の下に魔王が来たのか。それとも魔王の下に我々が集ったのか。どちらだとしても、もう彼の示す道を往くしかない。共に生き残りましょう】


【うむ】

【ああ】


 どうやらそろそろ曇り空になるらしい。


 夕暮れ時に出た雲の隙間から指す陽光に照らされながら歩けば、湿った土の匂いがした。


 陣地外の門横には馬車が待機している。


「ガルン。行軍先に先行させたあいつらからの連絡はあったか?」


「それは大丈夫。不平不満タラタラで『こんな装備全員に持たせて歩くなんてオカシイ』ってさっきロングの人から詳細な道程の連絡がゼイゼイしながらあった。書き起こした資料はこっち」


「ああ、あいつら半分くらい後衛だもんな……まぁ、あの装備で女の子が魔術無しで歩いたら、そりゃそう愚痴りたくもなるか」


 渡された羊皮紙にはアウルのお抱え探訪者達に行わせた行軍予定経路の周辺探索結果が全て書き込まれていた。


 予想外のアクシデントを出来る限り排除する為に軍を動かす前に事前調査させていたのだ。


 先手先手でこのように予定を確かな未来にする為の伏線を張っておくのは欠かせない作業だ。


 魔術無しでのイカダによる川下りに連続した移動と休憩場所までの安全確保。


 何処かに無理が出た場合の予めの予防策を次々に書き込んでガルンに書類を渡す。


「明日までに完了させておけ。皇女殿下の軍に動きがあったら、逐一入れさせろ。こっちはまた街の規模拡大で明日の八時まで仕事だからな」


 ガルンが馬車の前で立ち止まって頭を下げると陣地の方へと戻っていく。


 三人娘が仕事の話に口を挟むでもなく。

 何故か。

 こっちをじ~~っと見ていた。


「何だ?」

「この数日見とるけど、一体いつ寝てるん?」


「寝てない。精神的に疲れたら、その場で少し休んでるだろ。それ以外は働きっぱなしだ」


「魔王って凄いんやね」

「褒め言葉として受け取っておく」


 ルアルの横では何やらソミュアとリリエがヒソヒソと話している。


「(セニカさんて働きものなのかな?)」

「(ソミュア。騙されちゃダメ。魔王は魔王だよ)」


 とりあえず、馬車に乗り込む。


 一人で行った方が速いのだが、個室で移動しながらでなければ、防諜上あまり書きたくない書類とやらもある。


 メインディッシュ前の皇女軍との一戦を思えば、まだまだやらなければならない事はあった。


 増え続ける事務仕事の半分以上を相棒に投げていてこれなのだから、今頃あちらはもう考える機械と化しているだろう。


 並行しての仕込みは三割以上終了したとの事だったが、何処で何があるか分からない。


 気を引き締めようと僅かに思い直して、馬車の中にあった白紙の書類へとペンを奔らせる事とした。

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