第173話「黒きものの劇中歌」

『うわぁああああもーおしまいだぁああああー(棒)』


『きゃーやれれちゃうよーへいたいのおにーちゃーん(棒)』


『大丈夫さ!!? 何て言ったって、魔王様がいるからね(キラッ☆)』


『魔王様は凄い偉くて強くて難民のみんなを助けてくれる、とっても良いお人なのさ(キリッ)』


『そ、そーだったのかー(溜息)』

『そうだったんだねー(諦観)』


 道端で四人程の男女が荷車と小さな台の上の舞台で人形劇を行っていた。


 半分は神官。

 半分は兵隊。


 ちなみにどちらも兵隊や文官としての適性が無いので難民支援という名の極めて忙しいブラックな職場に派遣しているはずの連中だった。


 神官の方はこの間、眠りから起こした連中の一部なのだが、アウルが名前を間違えたせいで起こしてしまった言わば、“普通の神官”だ。


 そして、兵隊達は練兵場で落第した“戦いに向かない兵隊”である。


 神官のやる気の無さはしょうがないだろう。


 何故に街で難民の子供相手に人形劇なんてしているのかと思っているのは見れば明らかだ。


 此処は敵地。

 しかも、自分達は戦わずして負けた。


 ついでに起こされても魔王なんか大嫌い絶対協力しないもんと駄々っ子のように拒絶したわけで。


 殺されるか。

 もしくはまた眠らされるかと思っていたのは確定的。

 だが、実際にはそんな事をされず。


 現地の渋々従っている合同神殿からの頼みで魔王の難民キャンプと名前が付いた場所で数日限りの人形劇団の団員となっている。


 ああ、早く故郷や元の神殿に帰りたい、というのが本音だろう。


 片や……やる気満々の兵隊が“子供の面倒みろ”という雑い命令をどう解釈したのか。


 人形劇で魔王様万歳物語(仮)をやっている。

 何故か好かれている。


 料理人部隊を創設した辺りから、諸々兵隊の中に好意的な連中が増えてきているのは知っていたが、人形劇でアカラサマに悪い悪い皇帝や貴族達をやっつける魔王様冒険譚とかやられているのは知らなかった。


(いや、いいだけどな。持ち上げ過ぎだろ? 色々と)


『魔王様は悪いやつらをやっつける正義の味方なんだぁ!!』


『その上、悪の軍団や悪い探訪者を一杯一杯やっつけて仲間にしちゃう凄い人なんだぁ!!』


『わーすごいなー(子供を前に視線を逸らしつつ)』

『わーやばいなー(子供達に不憫そうな視線を向けつつ)』


『今日も悪い貴族の兵隊がやってきた!! 魔王様の魔王爆裂咆哮斬まおうばくれつほうこうざんが唸りを上げる!!』


『魔王様のグラン・エーテル・ハイ・ブレイザーが兵隊達を前から後まで百万人は薙ぎ倒したぞ!!』


 魔王様役を買って出たらしい神官が人形を糸で動かしつつ、木製の板で作ったエフェクトを動かしつつ、演出を入れる。


『でも、魔王様を倒そうと悪い神官達がやってきた。彼らを前に魔王様は倒れてしまうんだ!!』


『魔王様最大の危機!!』


 というところで不満タラタラだった魔王役の女性神官が人形を倒れたままにピキッと青筋を立てて……何やら独自ナレーションを入れ始める。


『魔王は倒されました!! 魔王は倒されました!! 神様と聖なる神官達が世の平和を勝ち取ったのです!!』


 台本に無い台詞に兵隊達がジロリと神官達を見やるが、元々インテリな彼らにとって、兵農混合時代の兵隊なんて、単なる野蛮な山賊と変わり無いのだろう。


 何処吹く風で視線を逸らした。


 だが、魔王人形を此処でそのままにしておくわけにもいかないと兵隊達が人形を操る指輪を女性神官から取り上げようとすると抵抗。


 そのまま揉み合いになろうとしたところで兵隊の手が思わず糸をブチッと切ってしまった。


 元々粗雑な糸だったのだから仕方ない。

 これでもう人形ごっこは終り。


 清々したと言いたげな女性神官に今度は兵隊達が青筋を立てた。


「はぁ……」


 あまりのは良くないのだが、しょうがないと人形をいつもの見えざる触手で縫い止めて立ち上がらせる。


 それに子供達が思わず驚くのに合わせ、口元の呟きを魔術で人形に送る。


『僕は魔王。この国に僕の大切なものを取り返す為にやってきた』


 エッ?!という神官と兵隊達の顔は勝手に動き出した人形に釘付けとなる。


『君達の事は知ってる。君達は御父さんや御母さんがいない子もいるよね』


 見ている数十人の子供達の中には思わずビクッと反応する者が数人。


『君達に僕は色々なモノを与えよう。食べ物。着る物。眠る場所。でも、僕にも君達に与えられないものがある。それは何か分かるかい?』


 ひょいと舞台を飛び出して子供達の一人の前に出た魔王人形が粗末な手をその最前列で見ていた男の子に向ける。


「……かぞく?」


『ああ、そうさ。僕は君達に家族は与えて上げられない。優しかった隣のおじさんやおばさん。あるいは優しくしてくれる近所のおにーちゃんおねーちゃん。これもやっぱり君達に僕は与えられない。分かるかい?」


「………」


『家族や死んでしまった大切な人達を懐かしく思って泣いちゃう子だっているだろう。でも、それは……君達だけの大切なものだ。僕が与えて上げられない君達だけの大切な想い出だ』


「ぼくたちだけの?」


『そうさ。君達は誰も同じじゃない。大切なものも一人一人違うだろう。だから、僕が与えてあげられるのはちっぽけなものさ。命が少ない子には命を。もう時間が無い子には時間を。お腹が空いた子には食事を。着るものが欲しい子には寒くない服を。でも、僕は君達の家族や友達、大好きな誰かには為れない……だから』


 人形を近くの建物と建物の上に通した触手から吊って虚空に浮かべる。


『君達は自分で大切なものを掴まなきゃならない。それを手伝う人を僕は用意しよう。それを出来る場所や物を用意しよう。大人達にこうして欲しいとお願いしてくれれば、それが本当に君達に必要だと思うなら、僕は全てを用意しよう。これは僕の願いの為の君達への贈物だ。だから、僕にありがとうを言う必要は無い。でも、もしも君達が感謝するとすれば、その時はその気持ちを誰かの役に立つ事で返して欲しい』


「やくだつ?」


『今、君達を何とか救おうとする大人達が答えの無い闇の中で必死にもがいている。君達は一人じゃない……そこのおにーさんとおねーさん達が君達の為に沢山の愉しい事を用意しようとしてるように……これが僕の君達へ送る言葉だ……勝ち取れ。その君の傍にいる誰かと共に。自分の大切なものを失わない為に。また得られるように。自分みたいに失くす子を出さない為に。それだけがこれから君達に課せられた義務……やらなきゃならない事さ」


 人形をそのまま建物の屋根から背後へと消して、高速で後手に回収。


 そのまま呆然としている子供達と神官と兵隊の荷台の横を通り過ぎ様に内部へと入れておく。


(綺麗事を並べてみたが……とりあえず、唖然としたまま関係に亀裂が入るのは防げたか? まぁ、演技力0に今更何を求めてもしょうがないしな……)


 溜息を吐きつつ、街中をブラリと流す。

 現在、通りには難民が溢れていた。

 一応、身形には誰もが気を使っている。


 サカマツ達に豊富な水で公衆衛生を徹底させ、それを広報もさせているので浮浪者のような身形のものはあまり見当たらない。


 現在落成した団地の入居率は93%。


 すぐにでも生活が始められる場所を用意したとあって、殆どの世帯を受け入れる事が出来た。


 少ない単身者世帯も数日以内には入居が完了。

 入居時の契約や諸々の法律。


 管理用のマニュアルが本格活用され始めた事も相俟って、混乱は少なかった。


 細かな問題は難民の中の元行政従事者達にやらせているのでほぼ解決するだろう。


 それなのに街中へと出向いたのは雰囲気を掴む為だ。

 小さなミスが計画に大きな亀裂を生む。


 失敗する余地があるなら、いつか失敗するのなら、失敗の余地を出来る限り減らすのは当たり前の話だろう。


 それは少なくとも難民や地元民の感情や現状にも気を配らなければならないという事だ。


 自分を殺しに来る程度ならば、大勢に影響は無い。


 だが、仲間割れやら厄介事が知らない内に大きくなっていると後手後手で手が回らなくなる可能性も棄て切れない。


 という事で1日に1回は街中を流す事にしているのだが、魔王様と声を掛けられた事は一回も無かった。


 それというのも、こちらに兵隊達は殆ど来ないし、必要最低限度以外の他者との接触はしていないからだ。


 大工だの神官だの物流の要である業者だのにしても、大抵は一番上との話し合いのみ。


 となれば、旅行者風の耳無しを気に掛ける者は皆無というわけである。


 また、魔王の情報に尾鰭が付き捲って、諸々の全体像を分かり難くしているというのもある。


 魔王は凄い力を持っていて、神官五千人を倒す化け物。

 魔王は凄い能力で戦神のように戦う英雄。

 魔王は凄い料理人で恐ろしい程に上手いメシを作る天才。

 魔王は凄い大工で一晩で街を作り上げる超人。

 魔王は凄い大金持ちで莫大な資金で軍を支えている。


 これだけ盛られていれば、人々の想像の中での魔王様はそれこそ神か悪魔か。


 普通にそこら辺をぶらぶらしているとは思われないわけである。


「じ~~~」

「?」


 その気が抜けそうな発音の方角に目を向ける。

 すると、其処には建物の隙間があった。

 路地裏というやつである。


 だが、問題なのはその中から二十代よりは若いくらいに見えるウサ耳女性が一人見える事だろうか。


 恐らくは年上。


 この世界でも珍しいに違いない淫ピ……桃色髪な上にベリーショート。


 ついでに目が半眼になっている。


 眉目秀麗という程ではないにしても、学校にいたらかなり気になるあの子くらいの容姿。


 問題はその姿だろう。


 少しだけ思い出したのは料理人を目指していた少女の事だ。


 正しく宗教関係ですと言わんばかりなのに妙に実用性よりもファンタジー的なプリースト技能でもありそうな……基調が白で薄緑色の複雑な文様とラインが入った衣装。


 確実に神官だろう。


「……何か用ですか?」

「ノウ……貴方はそのような話し方をしない」


 かなり観察されていたらしい。


「じゃあ、誰だお前?」

「イエス。やはり、善人の皮を被った魔王か」


「善人の皮は被ってるが、魔王なイシエ・ジー・セニカさんに何か用か? 神官」


「ノウ。魔王セニカ。ガルンにはガルン・アニスという名前がある」


「では、ガルン・アニス。お前、アウルが送ってきた文官適性有りの奴か? それとも皇族系との繋がりがある方か?」


「アウル様を呼び捨てにするなんて、これはノウと言わざるを得ない」


「……本当に慕われてるんだな。アイツ」

「当然。アウル様には恩がある」

「さよか。で、どっちなんだ?」

「どっちも」

「どっちも?」


「ガルンは歩く図書館。もしくは人間魔術具。文官になる為に生まれてきた秀才。または皇女様の友達と呼ばれてる」


「……つまり、文官であり、皇族と繋がりもある優秀人材だと」

「その通り」


「なら、今日からざっくりオレの下で働いてもらおうか。説得に応じたんだから、それでいいな?」


「ノウ」

「何? アウルの奴から話は聞いてないのか?」


「聞いた。ガルンは魔王セニカの筆頭文官兼皇族及び大貴族の内情を教える役を授かった」


「じゃあ、何でノウなんだよ」


 サササッと小さくなって出てきた(と言っても、やはりこちらより大きい)ガルンがペイッとメモらしいものを一枚差し出した。


 それを見やると様々な物品の名前が書き込まれている。


「用意して」

「用意したら働くのか?」

「イエス」


「はぁ、分かった。じゃあ、物資集積所まで行こう。そこで勝手にそのメモの中身を持って来い。もし無いものがあったら取り寄せる。全部無いと働かないとか言わないよな?」


「イエス。でも、ガルンはただで働かない」

「……メモの中身は仕事に必要なものなのか?」


「その通り。だから、魔王セニカは別途報酬を用意するべき」


「いいだろう。どれくらいの報酬を所望だ? お前が優秀ならオレに分かるよう説明してくれ」


 そこまで言うと。


 ガルンと名乗った彼女はこちらの袖を引いて路地裏へと誘った。


 それに付いて行くと街の裏手にある畑の一角へと出る。


「で、報酬ってのは何だ?」

「魔王セニカはこの世界の外の人だと聞いた」

「それが関係あるのか?」

「イエス。だから、そちらの用事が済んだら、一緒に連れて行って」

「……それが報酬になるのか?」

「そう。ガルンはこの世界の外側が見たい」


「別にいいが、一緒に来るとしたら色々と守ってもらう事や我慢してもらう事。それから身分証明やら生活保障やら諸々必要だな。後、オレが死んだ場合やオレが帰る場所までの道程で死ぬ覚悟とかも無いと話にならないんだが、いいか?」


「イエス。ガルンは転職希望だから、問題ない」


「……まぁ、詳しくは聞かないが、それでいいならオレに出来る限りはやろう。で、他にいないのか? お前の同僚」


「ガルン一人」


 さすがに溜息が出た。

 そんなに文官適性が無い連中ばかりなのだろうかと。


「アウルに後で急かさなきゃな……」

「ノウ。その必要は無い」

「?」


「他に文官は来ない。というか、邪魔。だから、全部アウル様に断ってもらった」


「ちょっと待て!? 今までどうして文官や貴族の内情が分かる奴が送られてこないのかと考えてたんだが、もしかしてお前が何か邪魔してたのか?」


「イエス。他は邪魔。仕事は一人でいい」


 さすがにこちらも瞳が細まる。


「お前一人で何人分の仕事が出来るんだ? 少なくとも数十人単位でオレは文官が欲しいんだぞ? それも人事に関してだから、かなり繊細な判断を要求される。お前それが一人でやれるのか?」


「「「「イエス。出来る」」」」


「?!」


 その声に畑の近くの雑木林を見る。


 すると、ガルンとそっくりの女達が次々に紅の燐光を纏いながらやってくる。


「それがお前の送られてきた理由か?」


「「「「「ガルン・アニスは一つの魔術しか使えない出来損ない」」」」」


 同時に響いた声は一糸乱れぬ統率。


 いや、そもそも同じ意思が複数の身体で一つの事をしていると言うべきか。


 そんな光景を確かに自分は知っている。


「「「「「けれど、ガルン・アニスは秀才で皇女様の友達で歩く図書館の異名を持っている」」」」」


「それがお前の力って事か」


「「「「「イエス。さすが魔王。驚かない?」」」」」


「驚いたが、便利そうだと思っただけだ」


「「「「「ちなみに本物はこっち。他は魔術で限定的に複製してる。一つの思考で複数の肉体を使うけれど、全部別々に他の事を考えられる。だから、魂は一つ、頭と身体は幾つでも。それがガルン」」」」」


 一人のガルンを指差した別々のガルンがすぐに硝子の虚像でも壊れるかのように儚く罅が入って燐光を残して消滅する。


「分かった。いいだろう。歓迎しようガルン・アニス。今からお前に部屋を一つ用意する。それと職場もな。必要なものはこれから倉庫から好きなだけ持っていけ。用意し終わったら、皇女殿下の話と貴族の内実を聞かせて貰おう」


「イエス」

「ちなみに超越者か?」


「第6階梯【思考破棄階梯ディスカーデッド】……でも、肉体は強化出来ない。出来るのはこの魔術だけ」


「意識するだけで魔術が発動可能ってやつか。何も喋らずに発動出来る奴と何が違うんだ?」


「第4階梯【詠唱破棄階梯サイレンス】は心の中で呪文を唱える」


「思考と反射の差か?」

「イエス」


「じゃあ、オレはまだまだって事だな。とりあえず、明日にはお前が仕事出来る状態を作っておく。ウィンズとサカマツにも会わせよう。職場でやる事も今日中に教える。必要な書類の類は全て揃えてあるから、よろしくな?」


 手を差し出すとジッとこちらが見詰められた。


「……何だ?」

「どうして」

「?」

「どうして魔王セニカはあの子達を殺さなかった?」

「あの子達?」

「……襲って来た彼女達」

「もしかして、近衛三人組の事か?」

「イエス」

「もしかして知り合いだったか?」

「ノウ。でも、皇女殿下から話は聞いていた」

「そうなのか……」


 アウルに任せているのだが、とりあえず自分の直衛として使うべきだろうかと僅かに脳裏で思考する。


「あの子達は貴方を傷付けられる可能性を持ってた。あの結界は完全に殺す仕様だった。それは貴方も気付いてた。でも、殺さなかった。もっと速く動けた。拳で頭部だって狙えた。なのにどうして?」


「見てたような口ぶりだな」

「……見てた」

「という事はずっと観察されてたのか」

「気分を悪くした?」


「いいや、別に。ちなみに殺さなかったのは殺しても面倒だったからだ」


「殺しても?」


「人間誰に恨まれるか分からないからな。そして、逆に誰に好かれてるかも分からない。どんな相手だって家族や友人、恋人、親しい奴がいるかもしれない。そういう見知らぬ誰かから狙われるリスクは極力減らしておきたかったんだ。出来る限り、人死には出さないっていう、この方針は毎度言ってるんだがな。これが中々大変なんだ」


「神官を殺さなかったのはそのせい?」

「ああ、そうだ」

「自分の脅威になるかもしれないのに?」


「今のオレの脅威になるのはこの世界で言う神様連中だけだ。不敬か?」


「……ガルンは神官。けど、神様は嫌い」

「ほう? どうしてだ?」


「化け物達が崇める邪神て呼ばれてる神様達の方が人間味あるから」


「人間味。人間味と来たか。じゃあ、お前らに語り掛ける神様は人間とは異なるのか?」


「そう。神官は反射的に神様の声に従っちゃう習性みたいなのがある。けど、人の世界の神様は大抵無機質にあーしろこーしろって言うのがお決まり」


「……お前もその神官の一人なんだろ?」


「ガルンが仕える法の神テミス神は基本的にああしろこーしろとしか言わない。それをやらなくても神官に罰は下らない。でも、テミス神の法を守らなかった者は常に何処かで捕まって極刑を受けてきた」


「それが嫌になったと?」


「違う。テミス神の託宣は妥当性が高い。でも、人間の感情や社会的な機微を考慮に入れない」


「ふむ。具体的には?」


「人を殺したら死刑。それが例え誰かや自分の命を守る為であっても。それも誰もがテミス神の法に裁かれるわけじゃない。託宣があった人物のみをテミス神の法が裁くから」


「……つまり、人の法ではなく。神の法で勝手に死刑宣告される連中とかがいると」


「そう。他にも人の世の神は何処かズレた性格が多い。大口ノ真神は戦の狼神。でも、軍集団の守護神ではあっても、戦士個人を守護する神じゃない。だから、その神官は個人単位じゃ力を少しも発揮出来ない。神が与えるのは個人ではなく“集団”に対する守護や加護だから」


「ふむ。融通が利かないのか」


「そう。こっちの願い事を聞いてくれる時もあるけど、それは確実にこちらに何かをさせる時でもある」


「で、そういう現状に嫌気が差したわけか?」


「……人の世の神々は恐らく私達を盤上の駒くらいにしか思ってない。個人じゃなくて数字の上の単位くらい……それが秀才の出した答え」


 こちらを見る瞳が何やら危うい光を湛えている気がした。


「アウル様が言ってた。魔王セニカは神様を殴る為にやってきたって」


「間違いない」

「……神様を殴ってくれるってホント?」

「それがオレに関係していて、敵対するなら、可能性は高いな」

「じゃあ、しばらくは真面目に協力する」

「殴りたい奴でもいるのか?」


「ガルンのお母さんは今回の戦争で反戦派だった。そして、テミス神から極刑宣告を受けて、首都の刑場で殺された。皇家のお城守だったのに」


 その言葉を吐き出す顔には深い失望のようなものがあった。


 のっぺりとした表情の内側にどれだけの熱量が溜め込まれているのか。


 それは憎悪というよりは激怒しそうな感情を固い仮面で閉じ込めているようにも見える。


「事情は分かった。考慮しよう。それとお前の言うテミス神とやらを殴る確率は恐らく他の神様よりは高いとだけ言っておこう。オレ自体が大犯罪者みたいなものだ。もしかしたら、さっそく極刑宣告とやらを何処かの神殿に発してるかもしれないしな」


「………」


「復讐者と神様嫌いは大歓迎だ。オレが連中を“全滅させる可能性”はそう高く無いが、こっちにも色々とあいつらと敵対する理由はある。もしお前が望んでオレの傍で働き続けるなら、連中を殴り飛ばす場面くらいは見るだろう」


「その言葉、覚えておく」


「だが、確率の問題だ。後で話が違うとか言いながら重要なところで抜けるのは無しだぞ? あくまでオレはお前を文官として招くだけで、こっちの方針に口出しは無用だ。情報と意見具申以外はお断り。契約はお前の為に神様を殴る、じゃないからな」


「……見掛けに寄らず、しっかりしてる」


 プイッとガルンの顔が横に逸らされた。

 チッと舌打ちしそうであったが、渋々という感じで頷きが返る。


「じゃあ、さっそく仕事場に向かう間で色々聞こうか。皇女殿下の話とか。首都のお城の話とか、な」


「分かった……」


 そっと目を伏せて、ガルンが片膝を付いて、その長いウサ耳を垂れる。


「それとオレに礼は不要だ。後、雇い主ではあるが、上下関係は必要な時以外意識しなくていい」


「……魔王はもっと偉そうなものだと思ってた」


「此処にいるのは御伽噺の魔王じゃない。誰かがそう言い始めただけの男だ」


「じゃあ、セニカって呼でいい?」

「構わない。さっさと立て。女を畏まらせる趣味は無い。行くぞ」


 歩き出せば、背後からは少し慌てて付いてくる足音。


「………子供に対しても容赦ない事言うの見てた。甘やかすでも宥めるでも怒るでもない。でも、命や時間すら与えて、セニカがあの子達から吊り合う対価を返して貰えるとは到底思えない」


 どうやらガッチリと恥ずかしい場面を見られていたらしい。


「綺麗事を並べただけだ。それと対価は既に頂いてる」

「え……」


「オレが作った流れの中ではあの子達も立派な切り札だ。戦える事や直接的な利益だけが戦略の全てじゃない。どんなか弱い存在も誰かにとっては大きな存在という事が十分に有り得る。オレの手の届く場所であの子達が存在している。それがそのままオレの利になるんだ。だから、容赦なくあいつらの存在を使ってオレは事態を動かすだろう。オレが提供する薬で得た時間や命の対価は安くない」


「子供を使うなんて最低と評価するべきか。それとも誰も救えなかったはずの子達を救った聖人と崇めるべきか。ガルンも迷う」


 その素直にそう思っているのだろう声は何処か難しい感情を孕んで。


 しかし、それ以上の疑問を呈する事は無かった。

 とりあえずの文官GET。


 遅々としたようにも見えるが、確実に事態の流れは加速していく。


 それを自分の思うがままに引き寄せる手探りの道程。


 僅か脳裏にチラつく顔を打ち消して、感傷を退ける。


 そんなものを感じている暇が無いのは誰よりも自分が一番良く分かっていた。

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