第167話「空腹の朝に」
銃が一般的ではない世界における魔術の扱いに付いて。
1.最強の遠距離攻撃手段。
2.最強の広範囲攻撃手段。
3.万能で便利な極めて汎用性の高い支援手段。
これが現状での魔術と呼ばれるコードの認識だ。
どうやら魔術を道具に込めて使う魔術具という道具もあるのだが、それも一定パターンで刻まれた呪文や刻印が人間に認識された時点でコードの発動条件を満たしている。
つまりはシステムが魔術の使用を認識するからこそ運用可能な代物だろう。
SF×魔法は言う程マイナーではない。
少なくとも日本界隈においては。
だから、単純に考えるのなら、魔術師や魔術具が無い部隊が軍事行動では圧倒的に不利となるのは道理だ。
その上、もしも相手が長距離行軍の末、先行した魔術師の軍団が敗れたと知らされながらも進んでくるとなれば、それはもはや死体の山が動いているのと代わらない。
まぁ、知らされているのは部隊長クラスくらいだろうが、それだって結構な人数だ。
徴兵された兵農混合軍の上に士気が低い相手。
地方に入った時点で警戒を怠らなかったとしても、何もかもがダメ過ぎる。
魔術が使える軍と使えない軍の差は天地。
それが分かっていて尚やってくるという時点で敵の行く末は決まったも同然であった。
(と言っても、軍は軍だからな……)
野蛮極まりない感じに使者が殺されて戻ってくるのも個人的な精神衛生上の理由から遠慮願いたい、という事で……一人ノコノコと降伏勧告を出しにウィンズの使者という体で境界の山間部。
峠の下り坂から少し下当りに陣取った山賊討伐軍に御手紙を届けたわけである。
が、取り次いだ山賊よりゲッソリしてる皮製の旅装に農具を担いだ兵隊?達の先にいた相手は忌々しそうな顔でこちらを睨んでいた。
「降伏せよ。ウィンズ卿はそう言うのだな?」
漆塗りっぽい黒い床几の上で痩せぎすで神経質そうなウサ耳オヤジが一人。
周囲には二十人弱の部隊長らしき人物達が難しい顔か、渋い表情となっていた。
陣を張る為の白幕が幾つも張られた最中。
ウサ耳が鎧と共に描き込まれたファンシーにも見える徽章が全員の襟元に付けられていた。
半分程が鎧姿で半分程が布製の白に緑の軍装だ。
「私は使者ですのでお答えしかねます」
「チッ……あの老骨がッ!! この皇国の一大事にッ!! 反逆者を前にして打って出られないとは何たる失態だッ!!」
男達の半数はその自分達の師団を統括する上司の声に同意し。
もう半数は「いや、あんな強行軍させた上に百戦錬磨のウィンズ卿へ突撃しようとか……この上司無能過ぎる」という顔でげんなりしていた。
「料理人共も所詮は聖職者かッ。軍の事は軍に任せておけばいいというのに……神殿の横槍さえなければ、手柄は全て我々のものだったものを……戦死者の数だけ神殿に金が下りるかと思うと腸が煮えくり返るわ!!」
『その通り!!』という同意の声は先程よりも少ない。
が、神殿の話になって微妙に口を噤む連中が増えた。
どうやら、この無能な痩せぎすウサ耳オヤジが未だ理解していない魔術師数千人損耗という現実が現場指揮官である隊長達には理解出来ているらしい。
「文を認める用意があるならば、お待ち致しますが?」
一応、そういう事にしておく。
結果は変わらないし、この程度の相手に死人一人出す理由も無い。
とりあえず聞いてみたのだが、不愉快そうな顔の痩せぎすは無駄に勲章多目な軍装姿でドカッと立ち上がり、血走った目でこちらを見た。
「高々使者が無礼であるぞッ!?」
口角泡を飛ばす様相である。
ついでに細いレイピアのような剣が引き抜かれた。
周囲で切り捨て御免を止めようとする者は半数。
だが、このピキピキとキテル無能上司をこれ以上刺激して現場の兵達を無駄死にさせたくないとの思いからか。
止める者は最終的には止めようとした手を止めていた。
「何も無いのなら、それが答えとなるでしょうし、ウィンズ卿はこの地から貴軍を一掃する事でしょう」
「ナニィいいいいい!!?」
「強行軍させた兵で突撃しようとか片腹痛いと言っています。ついでに無能極まると統率者とそれに追従する部隊長が半数。残りは兵を労わる心があって、現実に出来る事と出来ない事の区別が付くだけマシでしょうが……上官に反抗するような気概も無い腰抜けばかり」
「―――ッッ?!!」
激怒した痩せぎすの耳が怒髪天。
ついでにレイピアが胸に突き出されて何も無いように見える虚空で途中から折れる。
「?!!」
「魔術師数千人を屠ったウィンズ卿の軍精鋭を相手に疲弊した農民を掻き集めただけの烏合の衆で勝てる見込みは無い。である以上、降伏をお勧めします」
「貴様!? 何者だ!!?」
さすがに部隊長達がこちらを警戒して得物を抜く。
「このまま返してくれるなら、痛い目を見る前に負ける事が出来ますけど?」
「―――術師かッ!!? 出合え!! 出合え!! この男を切り捨てろッ!!」
どうやら魔術具らしき剣。
要は一般的に魔剣と呼ばれるものが隊長達の腰から引き抜かれる。
それに合わせて周囲からザラザラと師団長の子飼いか。
農民には見えない騎士鎧の親衛隊らしき男達が次々やってくる。
だが、それはいい。
そんなのは別に構わない。
別に全滅させればいいだけなので重要な事ではない。
しかし……幕が落ちた場所の外。
数百m先に手械に繋がれた女達がボロ屑のように糞尿の垂れ流された馬の横で家畜同然に空ろな瞳で数十人見えてしまってはさすがに大きな溜息を吐かざるを得なかった。
奴隷というやつなのは分かっている。
まぁ、従軍しているので普通に兵隊の性欲処理に使われたのだろう事も理解出来る。
今更善人面をするような性格では無いし、人権0ファンタジーに怒るのも今更なように思われる。
なのだが……女達は空ろながらも怯えた様子で蹴られ、殴られ、小突かれ……単なるモノとして“間引き”されていた。
装甲みたいな耳元からして月亀の女だろう。
その光景を見たならば、サカマツ辺りは極めてよろしくない精神状態へ陥るに違いない。
それが軍の兵糧を少しでも節約する為の光景だとしても、中々にして腐っている。
事前に用意していた出来れば使わずに済めばと思った指輪型の魔術具を指を弾く動作で刹那、起動する。
込められた魔術の名は―――。
【ソース・アウト】
パチュンと間引き中の兵達の頭が一斉に弾ける。
発生する事象は単純だ。
網膜に投影されるマーカーを視線で指定し、任意の空間に極度の運動エネルギーを無作為に発生させる。
つまり、その空間内の物質はミキサーに掛けられたのと大差の無い状態となる。
真球状の魔術の発生領域から“ソース”が弾け散って、一瞬の沈黙の後。
兵達が恐ろしい事態に悲鳴を上げ、その場から後ずさっていく。
「なッ!?」
その光景に気付いた男達の一部がそちらとこちらを振り返って、危険と判断したか。
すぐに斬り掛かって来る。
だが、周囲の43人の帯剣は魔剣だろうが何だろうが全て根元からポロリと刃が両断されて落ちた。
『―――なッッ?!!』
チラリと痩せぎすに視線を向ける。
「ひッ?! な、何をした貴様ぁあああああああああ!!?」
どうやら保身よりも怒りを優先したらしい。
まだ、目の前の男が今の状況を生み出したとは理解出来ていないくらいには理知足りぬ頭でひねり出した回答は最悪な代物だろう。
何やらブツブツと詠唱が響いた。
それと同時に周囲10m程が燐光によって覆われ、内部に形成されていく巨大な運動エネルギーを有した風の槍が数百本、目に見える形で顕現した。
「殺してやるぞおおお!!?」
呆れる以前の問題だ。
そのまま歩いて相手の下へと向かう。
距離は8m。
周囲では無差別攻撃に気付いて後へと退避する部隊長と無能を守ろうとするシンパに別れていた。
が、それも指を弾くまでだ。
無能の鼻と舌が局所的な運動エネルギーの発生で程好くミックスされて絶叫すらさせずに無力化した。
そいつを守ろうとした連中に付いては両手の指が全てが同じ状態。
「あ、あがぁあああああああああ?!!!?」
『うぁあああ゛あ゛あ゛ああ゛あぁあぁ!!?』
次々に倒れ伏していく男達を前に無能の前まで行けば、こちらを見上げてくる顔は極めて畏れに支配されている。
だが、それで容赦してやれる程、こちらも非人間的ではない。
華を愛するのが人間なら、華を踏み躙るのも人間だ。
そして、先に華を踏み付けにしていた相手に対して、そうしたからと心が痛む程、良識的でも道徳的でも無いのはこの世界で活動してきて今更な話だろう。
姿を変える魔術を短く呪文で切って、触手を人間が見える太さにまで強靭にし、周辺連中に見えるよう串刺し。
高く掲げながら12人程を円形に並べて女達の前まで歩く事にした。
『ア゛アああああ゛あアあァあぁあぁああ゛ぁ゛あ――ー』
人間、串刺しになったところで易くは死ねない。
太い血管を避けて、内臓の隙間を縫うようにして貫く程度の事は朝飯前。
1000㎏以上の重量が足に掛かっていたが、まったく重さは感じなかった。
どうやらクォヴァディスは十分に機能しているらしい。
「だ、誰がだ、だずげ―――」
喋れる男達の舌を串刺しにした触手から枝分かれさせた細い鋸状のもので切り取って、ペイッと地面に投げ捨てる。
「だ、団長をす、救―――」
余計な事を言おうとした串刺し中の喉を貫いて気道から触手を侵入させ、やはりペイッと切り取った声帯を口から吐き出させる。
ついでに全員の指を一歩毎に見上げる誰もに見えるよう切り取って、あちこちに飛ばす。
弓矢を射掛けようとした兵の目は触手に開いた無数の視線で確認済み。
瞳のみを【ソース・アウト】で消し飛ばす。
『あぎゃぁあああああああああああああああ!!!?』
剣を向ける全ての兵隊に対しては両手の指。
触手が次々に兵達の間を駆け抜け、縫い止めながら広がり、瞳を生やす肉の樹と敵意を示すモノをオブジェに変えていく。
20歩程すると400m圏内にもはや敵意を示す相手はいなくなっていた。
辛うじて無事なのはこちらを攻撃する意図を見せず。
また、武器を手に向けようとしていなかった者だけだ。
それもまた自分の腹を貫く瞳付きの触手に刺されてはいたが、血は止まっているので問題は無い。
呻き声しか出なくなった無能と取り巻きを最低限の治癒を傷口に施して、その辺に投げ捨てる。
もはや背後から伸びた触手は網状となって中核となる陣を食い破っていた。
叫びと悲鳴の最中。
まだ、何が起こったかも分からず呆然としている月亀の女達の前に行けば、死んだ者以外は無事なようで軽い悲鳴が上がった。
「―――ッッッ?!!?」
ジョジョジョ~~と半数くらいが黄金水を漏らして、砕けた血肉と脳髄の海で震える。
遣り過ぎたかもしれないが、そこまで面倒は見切れない。
「お前らに二つ尋ねる。此処を出て故郷に帰りたいか? 帰るべき場所があるか?」
やはり、誰もが極度の恐怖に震えながら、動けない。
「まだ死にたくないと願うなら、此処から一番近くの街の神殿まで走れ。お前らを束縛するものはもはやお前ら自身以外に何も無い……行け!!」
腕を指し示した先。
坂道の先。
遥か遠方にある街へ続く道に最初の一人が飛び出し。
それに続いて何人も我先にと肉のオブジェの森を潜り抜け、必死の形相で駆けていく。
だが、最後の一人。
女達の中から立ち上がれない様子でプルプルと震えたまま手足に力が入らない様子の子がいた。
まだ、十二かそこらだろう。
一応、見えない触手で血肉以外の体内環境の回復を行っておいたのだが、動けない程に腰を抜かしてしまったらしい。
「立てないのか?」
「ッッ?!?」
ブンブンと首を振った顔は動け動けと脚に向いていた。
何度も手で叩いていたが、それでも一向に下半身は力を失ったまま。
このまま死ぬのかとガチガチ歯を鳴らして怖がられては狂気も醒めて。
とりあえず、そっとその月亀の少女を触手でひょいと座らせるようにして立たせ。
腕に抱く。
「走れないなら、これから来るウィンズの兵に回収してもらう。神殿に行けば、温かいメシと寝床が用意される。今、神殿は人不足だからな。しばらく食事にありつきたいなら、そこで働かせてくれと頼み込めばいい。オレやウィンズがそう言っていたと神官の偉い奴に言ってやれ」
「ッ―――ぁ」
「?」
「ぁ……ぁ……ッ」
「声が出ないなら別に出さなくていい。これから一斉攻撃で無力化が始る。しばらくはそこで座ってろ」
小汚い襤褸姿で泥と垢と埃と糞尿の臭いのする少女が声にならず。
涙だけポロポロ零して俯いた。
「さて、と。合図合図……ん?」
触手の目を細める。
すると、何やら他の部隊の上に白い耀く閃光が打ち上げられていた。
それと同時に中核以外の部隊の連中が次々に武器を落いて、両手を挙げていく様子が見られる。
「……降伏した?」
どうやら、こちらの状況を見た他部隊の隊長クラスが軒並み戦意喪失したらしい。
幾つかの触手の瞳の視力を上げれば、そこら中で顔を引き攣らせた部隊長らしき男達が小便を洩らしながらブルブルと震えて半泣きだった。
よくよく見れば、殆ど大半が鍬を持っている。
(隊長すら農民なのかよ……本当にこいつら戦争する気があったのか? せめて、指揮官くらいまともにしてやれと思う事すら、この世界じゃ無理な話だとしたら……まぁ、こっちとしては本当にありがたいが……何だかな……)
溜息一つ。
「我が声は大気に溶け」
【エアー・エフェクト】
空気の振動を広域に拡大する魔術を発動して、大声を張り上げる。
『ウィンズ卿に申し上げる!! 敵意ある全ての兵を無力化した!! 残るは敵意無き農民だけである!! これを持ってこの戦の終結とされたし!!』
それに返すように森林地帯の端に屯していた両軍が動き出した。
息を吐いて、全ての触手をこちらに引き抜いて、触手溜りへと変貌させる。
貫いた全員の止血は完了。
無能な師団長とシンパは前後不覚で気絶。
残る隊長格はこちらに視線を向けられた途端に震えを何とか押さえながら、武装解除し、周囲の呆然とへたり込む兵達に次々武装解除武装解除と叫び回り始めた。
このまま敵軍に少しでも反抗するような素振りを見せれば、どうなるか。
それを一番に心配しても行動は見所があるだろう。
背後のかなり大きくなった触手の融合した山に少女の席を設けて一端置いておく。
背中側から繋がっているのだが、それにしても動かすのは面倒なので辺りの観察に再び徹しようとすれば、部隊長だった内の一人が辛うじて漏らさず。
汗を浮かべただけで目の前へとやってきた。
まだ二十代前半くらいだろうか。
優男で青年と言っても通じそうな歳だ。
その瞳には畏れのみならず。
何処か固い意志が宿っているように見受けられた。
「何か用か?」
「………ぁ、あなたは一体、何処の賢者であらせられるか。黒衣の方よ」
「そんな上等なものじゃない。オレはただの人殺しで自分の為に戦うだけの愚者だ」
「いや、いやッ!! あなたは此処にいる誰もを殺す事が出来たはずだ!! だが、実際にはあの男達すら殺してはいない!! 殺したのは全て、月亀の女性達を殺そうとしていた者達だけだ……」
「だから、何なんだ? オレは賢者でもなけりゃ、まともな人間でもないぞ?」
「魔王……そうではありませんか?」
「そう言われてはいるが、それも正確じゃない」
「だが、あなたは確かに魔王だ。その肌、その瞳、その衣、その……人の身に余る力の顕現……全ては噂だと誰もが一笑に付した相手そのものだ!!」
「………」
「我が名は月兎皇国イナバ大公が長子!! クト・イズミ・イナバ!! 魔王よ!! あなたに賢者としてッ、誰も正せなかった人の業を糾し、彼女達を救った一人の人間としてッ、頼みたい事があるッッ!!」
「頼みたい事?」
「はいッ」
「……いいだろう。どうするかは話を聞いてからにしようか。イズミでいいか?」
「は、はいッ!!」
「じゃあ、イズミ。まずはそこらのビビッて腰抜かした連中を纏めて降伏させるの手伝ってくれ。もし早く終われば、その分の時間で話を聞こう」
「わ、分かりました!! 大賢者殿ッ!!」
「いや、だから―――」
『大丈夫かッ!! 動けるのならば早く武装解除するんだッ!! あの触手にもう一度襲われたいのか!!? さぁ、早くッッ!!?』
何やら物凄い言いたい事はあるのだが、張り切って武装解除というか脅して次々に武器防具を捨てさせていく青年は……表裏のある奴にはまだ見えなかった。
いや、そういうのに限って根は誠実だが、悪くなったりするパターンもあるにはある。
が、青年の後姿を見ていたら天然過ぎて考えるだけ無駄な気がした。
(そういや、結局ウィンズとサカマツの部隊に実戦経験積ませられなかったな……どーしよ……)
一番大切な事が未達成。
ちょっと大げさに反応してしまった事を反省しつつ、大きく溜息を吐いて空を見上げる。
小鳥が鳴き終える朝食時。
阿鼻叫喚の地獄絵図の最中。
グゥと身体の中心が鳴ったのは不謹慎なのかどうか。
とりあえず、血みどろでもやはりお腹は空くらしかった。
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