第165話「戦う理由」

「お前らか。もうアウルからの依頼はこなしたのか?」


 こちらの声に僅かに驚くような顔をした語尾ニャー少女が咄嗟での自分の反応にしまったという顔で顔を逸らす。


 その様子にアチャーという顔をした鬼竜種ドラコルと名乗るフリフリ少女趣味に格闘タイプな角少女アステ・ランチョンが呆れた顔をした。


「クルネ……はぁ」

「ち、違うニャ!? ゆ、ゆーどーじんもんに引っ掛かったニャ!!?」


 猫少女クルネの必死の言い訳に後から全員でやってきたリーダーのエオナは「あはは……」と仲間の素直な心根に半笑いになる。


「ボク、クルネはそういうところがいいと思う!!」


「ニャ?!! 今、一番の天然さんにお前の天然さは素晴らしいとか褒められたニャ!!?」


 ボクっ子のフローネルがニコニコしつつ、その猫耳少女に後から抱き付くようにして、キャッキャと姦しく茶化して場の空気を和ませた。


「うふふ……ハッ?! ななな、ナンデモないデスよ?!」


 そんな二人に仄々した瞳を向けてから、こちらの視線に気付いて、汗を微妙に浮かべながら、その細長く尖った耳をピコピコさせたオーレ・ミルクが「今、熊に襲われてます?!!」とでも言いたげな鬼気迫る表情でビクついた。


 白ゴス衣装がプルプルしている。

 余程に畏れられているらしい。


「……実質的な最高司令官に等しいアンタがこんなところで油を売ってるなんて、随分と魔王ってのは暇なんだな?」


「リ、リヤ!?」


 アステがその言葉に思わず愚痴が出た前衛仲間のリヤの口を両手で塞いで、愛想笑いで誤魔化した。


「むぐ?! ムググウ!!?」


 負けん気の強そうな正当主人公系男子はそれがお気に召さないようで背後の相棒に抗議の声を上げたが、さすがに仲間達からハラハラした瞳を受けて、不満そうにしながらも大人しくなる。


「で、アウルはどうしてる? お前らを使って何をさせてるのか答えてくれるか? 勿論、答えなくてもいいが、その皺寄せは現在忙しそうな当人に向かうと言っておく」


「……分かりました。お話します」

「エオナ!?」


 リヤが声を荒げそうになるが、再び背後のアステに口をぺシャリと封じられる。


「そこの突っ掛って来るのが生き甲斐な敗北者君は黙っててくれ。お前のところのリーダーは言えない事なら誤魔化すだろうし、言える事ならそうするってだけだ。アウルに負担を掛けたくないし、当人との間にもそれなりに話し合いで言えるラインは決まってるだろうし、何一つ今の行動にはそっちを有利にする材料が無いぞ?」


「ッ―――」


 こちらの事は気に食わないままだろうが、さすがに正論を言われたと思ったのか。


 顔は苦々しかったが、少年の口は閉ざされた。

 それを見てから、こちらにリーダーたるパーカー少女が口を開く。


「遺跡の探索です」

「遺跡?」

「はい。この付近にはまだ旧い時代の遺跡が数多くありますから」

「……遺跡の種類は?」


 こちらの言葉に少女はまったく顔を揺らがせなかったが、心音が僅かに高くなるのは聞き逃さない。


「種類は?」


 もう一度訊ねると観念したかのように溜息と共に答えが返る。


「旧時代の神殿跡、です」

「神殿の司る神の名は?」

「……アスクレピオス様です」

「アスクレ……医学、薬学の神か」

「―――博識、なのですね」


 僅かに目を見開かれた。


「そうなのか?」

「小神の方々の中でもマイナーな方だと思いますが」


「まぁ、いい。とりあえず、神官連中を起こす遺跡の力とかは見付かったのか?」


「……いいえ」


 察しが良過ぎると言いたげにこちらへ返答が仕方なくという感じに返される。


「じゃあ、もう一つ質問だ。お前らは神と交信する為の祭壇、もしくはそこに続く経路や仕掛けを見たか?」


「……はい」


 さすがに成果を出すのは迷ったようだが、嘘を吐くのが致命的だとは分かっているようで僅かに頷きが返された。


「そうか。ちなみにそこまでは此処からどれだけ遠い?」

「馬車なら二時間程です」

「近いな。ちなみにもうアウルには報告したか?」

「ええ」

「アウルは其処に向かったか?」

「いいえ」

「じゃあ、依頼は終わったって認識でいいか?」

「はい」

「アウル専属で仕事を引き受けてるわけじゃないんだよな?」

「……それは」


 さすがに言い澱むのも無理は無かったが、時間が無い身の上なので先回りする。


「オレは別に神官を救って動けるようにするな、とは言わない。何故かって、そんな事したところでまた鎮圧すればいいだけだからだ。言っておくが、オレは少なくともオレの邪魔をしない限りにおいて、連中が何をしていようと問題にするつもりはない。だが、時々言ってるんだが、時間がこっちには無いんだ。だから、オレの予定を狂わせた分の帳尻を合わせるのにまた一々邪魔者を安らかに眠らせてやる事は無い、とだけは言っておく」


『―――ッ』


 久方ぶりに髪を掻き上げてみる。


 目付きの悪さは自覚しているが、それにしてもあっちは冷や汗が流れたらしい。


 オーレなどは「ヒギィ!?」と口に出さないだけで顔が蒼白になっているし、アステは顔を少し青褪めさせ、フローネルはプルプルしながら口を押さえ、クルネは「あ、これ死んだニャ」と言いたげに涙目となっていた。


 唯一、ふてぶてしく睨み返すリヤとふてぶてしく笑むエオナにしても額には汗が浮いていた。


「安心して下さい。彼は自分の信頼出来る部下を幾人か起こす為にその方法を模索しているだけですから。貴方の言うような事は少なくとも今はまだ起こり様もありませんよ」


「そうか。なら、安心して第二陣と第三陣を迎え撃てるな」

「え?」


「今さっき報告が届いてな。こっちに後続の師団の半数が料理人達を失ったにも関わらず到達するらしい。明朝だそうだ。それに続いて援軍として地方を歴訪してた皇女を組み込んだ討伐部隊が追加で投入されるらしいぞ」


「―――随分と情報がお早いようで」


「何の為に人手を集めてると思ってたんだ? こういう些細な情報がちゃんと正確に入って来たり、自分の手の回らないところを手当てする為だろうに」


「それはそうでしょうが……同国の兵や難民とはいえ同国人も混じる難民達と彼らを戦わせるおつもりですか?」


「戦わせるな。死人だって出るだろう。勿論、最低限度以下に損耗は抑えながらの戦争になるだろうが、悲惨な経験をする人間が出るのは確かだろう」


「それは人々に支持される者にこそ与えられる義務で権利でしょう」


 至極真面目に瞳に宿る色はこちらを非難していた。


「そうだな。だが、その義務と権利を持ってる連中がどいつもこいつも合理からは程遠く。ついでに感情だけに流されまくりで死人出しまくり。その上、無能でどうしようもなく腐ってる連中ばかりで、まともそうなのが殆どいないってのは何の冗談なんだ?」


「それを決めるのは少なくとも貴方では無いのでは?」


「ああ、決めるのは国民だろうが、諦めを許容したこの国の国民の大半は“そういうの”の言いなりだ。まともな軍人が前線を指揮しているわけでもなければ、英雄が奮戦しているわけでもなく、ちゃんとした政治家がより良い敗北条件を求めてる様子も見られない。今まで講和の機会も停戦の機会も幾度かあった。だが、その全てを蹴ったようにしか見えない連中がふんぞり返ってる国に未来なんぞ有るわけも無い。ついでにオレが今此処で無事に過ごしてる事が何よりも、この国の病んだ部分を如実に顕してる」


「……随分な言い様ですね」


「だって、そうだろ? 噂が広がってるのに魔王に対する地下組織の一つも立ち上げられてないんだぞ? 血気盛んな成人男性が殆ど戦場に取られてるって事実を抜きにしても、まだ暗殺程度しか街の上層部の連中は計画してなかった。オレが力を示したら、あっと言う間に沈静化してるしな」


「この国の人々は戦争を止める事をもう諦めていると?」


「そうだ。戦争を継続しようとしてる連中だってそうなんだろう。もはや戦争に取り憑かれてると言ってもいいんじゃないかと個人的には思える」


「取り憑かれている?」


「此処、普通なら行軍したって首都まで辿り着くのに数回は現地防衛隊と戦闘しなきゃならない遠隔地だぞ? 確かに補給用の鉱物物資産出地帯ではあるが、どう見ても破滅が迫ってて、物流を維持する人的資源すら枯渇しつつある現在、そんな規模の大きい鎮圧軍を派遣する理由は無い。他国の内政干渉を疑って派遣してるなら、後方を守ってる同盟諸国を信じてないって話にもなる。そんなポーズをこの時期に取る時点で戦後の味方が減るのは確かだろうな」


「………」

「一番簡単で尚且つ意味がある戦略的選択は此処の“放棄”だ」

「な?!」


 さすがに面食らった様子になるエオナが顔色を変えた。


「何を馬鹿な?!」


、自分達を打ち破った月亀王国がどうにかしてくれる相手なんだぞ? それに反乱軍ならば、戦後処理にも使えると月亀が重用する可能性もある。知らない他国人より裏切り者の現地人の方が幾分か占領後の扱いもマシとか考えないのか? 一応、魔王云々なんて胡散臭い話よりも現地の名君が本気になったという方が信憑性もあるしな」


「月亀がそうするなんて都合の良い事が本気で起きると思ってるんですか!?」


「ああ、それは同感だが、月亀の軍事的な意図や政治的な指導力、全体的な志向性はお前らよりもオレに近い。だから、時代遅れな月兎が負けてるのは何の違和感も無い。こちらとしては」


「―――ッ」


「そもそもだ。物資の生産力も武具防具兵器類を生み出す工業力も経済的な財政負担も限界なんだよこの国。過剰に戦線で“消費された”人間が元の数に戻るには極めて長い時間がいる。その間に不足する労働力はどうする? 戦後は各国からの移民や難民の楽園になるぞ? その時、何が起こるか、なんて何にも考えてないんだろうな。此処の上層部連中」


「まだ戦争中に戦後の事を考えるなんて!? 普通じゃありません!?」


「それが普通になるのが、この戦争なんじゃないのか?」

「そ、そんなの!?」


「信じられないか? だが、預言してもいいくらいにはオレにはこの後の歴史とやらが手に取るように分かるぞ? まぁ、オレが介入しなかったらっていうIFルートになる予定だが」


「預言者にでもなったつもりですか。魔王」


「……戦争は政治の一部だ。政治ってのは理論的であるべきだ。少なくとも、その過程と結果に最善を求めるならば、最高意思決定機関は感情論ではなく。国民の生存と生活の保証、民族的な文化や精神性、そういう面の保持や維持で政治を合理的に志向すべきだろ。それが重視されず、殆ど非現実的な勝利って結果に固執して重要な事実が見えなくなってる今の政治体制は少なくとも戦後に時代遅れ極まりないと断じられるだろうな」


「貴方は―――」


 こちらの言っている事が何となくは理解出来ているのか。


 リーダーとして今まで人の上に立ってきた少女は困惑というよりは何か別世界の怪物を目前に見るような瞳でこちらを凝視していた。


「この戦争の終末期における政治的な判断能力は問答無用で0点。続いて現地の兵隊を取り込もうって動きが感じられない時点で諜報能力や指揮統制能力に関しても0点。精々、評価出来るのは初動の対応速度だが、皇帝がいるんだ。それくらいの意思決定速度が無かったら0じゃ済まない。大局的な観点からの判断が出来てない時点でその早さに意味が殆ど無い。軍事戦略の破綻と政治の硬直化……末期の病人を診てる医者の気分だ」


 他の仲間達が汗を浮かべて小難しい理屈を並べるこちらにポカーンとしている反面。


 “分かってしまう”人間側なエオナは目の前の男が少なくとも自分達とは思考が根本的に違う存在だと理解してか。


 もはや、沈黙するしかないようだった。


「話は逸れたが、そっちはオレがどうにかしてやる。だから、お前らにはそんなオレの懸案に手を貸してもらいたい」


「依頼内容は?」


「お前らが見付けた遺跡の祭壇までオレを連れていけ。それまでの露払いや遺跡を攻略した経験の無いこちらの支援を要請する」


 仲間達の視線を背中に集める中。

 大きく息を吸って吐き。

 何とか立て直したらしい彼女が冷たい瞳でこちらを見つめた。


「報酬は?」

「お前らが何を望むかで変わる」


 信頼しているのだろう。

 さすがに口を挟む者は誰もいなかった。


「………アウル・フォウンタイン・フィッシュの腹心の部下数名を起こす事。それと」


「それと?」


 僅かに考え込んだ後、視線を上げたフード少女はこう言った。


「貴方の弱点で手を打ちましょう」

「弱点?」

「ええ、貴方の殺し方に付いて」

「……く」

「?」

「そんなのでいいのか? はは……随分と欲が無いんだな」


 苦笑するしかなかった。


「欲が無い? 自分の命の事でしょうに」


 眉を潜め。


 理解不能の相手を見やるリーダー少女はこいつは何を言っているのだろうという顔をしていた。


 さぁ、断らせてやる。

 断ったら、器の小ささをいびってやる。

 という目論みが外されただけならず。

 当惑する事になるとは思ってもいなかったのだろう。


「オレを殺したきゃ、物理的に消滅させて、二度と蘇らないように予備の肉体と情報。まぁ、オレの魂みたいなもんの入ってる“何か”とオレの現実で動く為に必要な肉体を完全に消し去ればいい」


「随分と……あっさりと言うのですね。冗談にしても笑えません。そもそも貴方が今言ったのは殺し方では―――ッ?!」


「ああ、そうだ。オレを復活させない方法だ。だが、冗談じゃないぞ?」


『?!』


 さすがにこの会話の内容は理解出来たか。

 背後の面々が顔色を変えた。


「オレの殺し方と言われても、すぐに復活するんじゃ、殺しても意味なんか無いだろ? 今の肉体を消滅させる方法が確立された上で、復活出来ないようにしなけりゃ、完全な死はオレに訪れない」


「本気で言っているのですか? それではまるで顕現した神や神に選ばれた超越者のようでは!!?」


 途中で気付いてしまったらしい。

 顔には更なる驚愕が浮かんでいた。

 肩を竦める。


「………どうやら、我々はとんでもない相手に喧嘩を売っているようです」


「過去系じゃないところを評価しよう。で、やるのか? やらないのか?」


「先程の話を了承すると?」


「ああ、腹心が数人働いてくれるようになれば、あの有能な真面目神官もやっと使い物になるだろうしな」


「エオナ……」


 リヤがまさかこの男の戯言を真に受けるのかという顔となったが、リーダーとして自分の目の前にある相手の分析に全力なのだろうパーカー少女はこちらを睨み付けるようにして目を細めてから、そっと頷いた。


「分かりました。案内しましょう」

「エオナ!!? こいつの今みたいな戯言を信じるのか!?」


「信じてはいませんが、アウルさんの部下が蘇れば、色々と負担も減るはずです。それは確かな事実でしょうから」


 さすが正論には反論しようもないのか。


 リヤがクッと顔を渋くしながらも、この卑怯者めという顔でこちらを睨んだ。


「さて、そろそろメシ時だ。食ったら行こうか」


 見れば、大量の椀が捌けて恍惚として気絶する兵隊の山が其処彼処に出来ていた。


 人が少なくなったのを見計らって、配給所の正面で七人分の朝食を大きなトレイで受け取って、広場の端にあるテーブルの上に置く。


 招き寄せて後。


 久方ぶりにまともな食事を付いて来たフォークとスプーンでやり始めれば、エオナ達も傍に来て、食って大丈夫なのかという顔をしつつもテーブルの端の椅子から積めて座り始めた。


 そして、全員が何やらオーレが両手を組んでお祈りっぽい言葉を呟いた後、不審そうにしながらも兵隊達が幸せそうな顔になっているのを見て、一応命は取られないかと恐る恐る食べ始める。


『―――ッ?!!』


 ガクンッと。


 一瞬にして崩れ落ちそうになった身体を立て直したのは以外にも天然と呼ばれていたフローネルとムードメーカー猫娘なクルネだった。


「な、ななな、なんニャー?!! こ、こんなの家でも食べた事無いニャ!? 美味過ぎるニャー?!!」


「ふあぁあぁぁぁ……♪ ボク、これ……好き、かも……美味しい」


 二人に続いて何とかプルプルしながらも立て直したのはオーレだ。


「う……クルネとフローネルに美味しいと言わせるなんて、御屋敷でも此処までのものを食べた事無かったわ……」


 緊張が解けて口調が流暢になったエルフ少女が驚愕に凝り固まって料理を見つめた。


「ぁ~~コレはエオナやアステやリヤには辛いかもニャー。みんな、食べ物に関しては生まれや環境のせいで雑だったからニャー」


 言われた三人は何やら幸せそうな顔でピクピクしながら、今もまだ気絶していた。


「取り合えず、食い終わったらお仲間を起こしてくれ。落ち着いたら出発だ」


 朝からファンタジーの醍醐味を体験しに行くのも一苦労らしかった。

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