第163話「脅迫」

 神殿と言っても、街の規模によってはその大きさに限りがある。

 勿論のように大きな力を持つ神とやらは大きな神殿を持ち。

 小さな力を持つ神の神殿は小さな一軒家や祠くらいの事もある。


 如かして、現在ファストレッグの最も大きな神殿は地域の全ての神殿の統括を担う荘厳な代物であり、二階建てだが、敷地面積はかなりの規模を誇る。


 と、言うのも合同神殿だからだ。

 所謂、神の合祀というやつである。

 最も割合が大きいのは大口ノ真神と呼ばれる戦神たる狼神。


 そして、それに続くのはカノープスと呼ばれる道を示す神やら、アーシラトと呼ばれる神々の女王やら、シューと呼ばれる天候の神やら、全部で十柱程が神殿の祭殿たる中庭では円状列柱となって彫り込まれている。


 そんな場所に五千人。


 無論、廊下の端から端までズラリと並べられ、同業の神官達に面倒を見られている姿は限りなく野戦病院と言ったところだろうか。


 まぁ、野外に放って置かれるよりはマシだろう。


 代謝は極めて低く抑えて食事も排泄もほぼ限りなく要らないレベルにしてあるので今は百人程の神官達でも何とか世話が行えている。


 そんな場所にこんな神官達の惨状を出現させた当人がやってくれば、それはそれは畏れられるやら、極めて顔を引き攣らせられるやら、明らかなる敵意を向けられるのも当然だろう。


 勿論、無視して進むわけだが、こちらの背後にいる六人の探訪者は針の筵状態なのか。


 かなり、もう申し訳なさそうというか。

 向けられる敵意に緊張した面持ちで付いて来ていた。

 昏睡者だらけの通路を抜けた先。


 神官達が忙しく立ち働く礼拝堂の端にある小扉を潜った先の小さな部屋にその人物はいた。


 傍に付いていた白いフード付きの衣装を着る女性神官が物凄い形相でこちらを見てから、涙を浮かべて通路の奥へと消えていく。


 言い含めた通り。

 六人は扉を開けたまま外に待機。

 そして、内部と通路を隔てるように呪文を唱える。


「戸に口を立てよ。ならば、覗いて行かれるか?」


【オール・マナー】


 声、姿のどちらか。

 もしくは両方を指定した領域で遮断もしくは変化させる魔術だ。

 それが終わった後。

 寝た切りながらも瞳だけは開けられるようにした男。

 アウルの唇を指でなぞる。


 ポ連兵の時は薬を使ったが、神経を侵食しているこちらの触手へのアポトーシス命令を出す物質は生身でも生成可能だ。


 すぐに手が動き、ゆっくりと身体が起こされた。

 率いていた神官は無力化されて全滅。

 ついでに自分もまたその仲間入り。

 これで数日、起きていたか寝ていたか。

 僅かに無精髭も生えた男の視線は悔恨の色も浮かばず。

 しかし、それにしては厳しく細められていた。


「……勧誘しに来たぞ。答えはまだ聞かずにおこう」

「イシエ・ジー・セニカ。何のつもりだ」

「何のつもりと言われてもな。それは何に対して吐かれた言葉だ?」

「部屋の外にいる子達の事だ」


「オレを此処の街の連中に頼まれて殺しに来たから返り討ちにして、話を聞いたらお前の知り合いだって事で連れてきた」


「このような姿を曝すとは……生涯の恥じか」


「お前ら神官に恥なんて概念があるなら、せめてまともな政治をこの国の上層部にさせれば良かったのにな」


「止せ。貴様にこの国の政治を語る資格は無い」


「資格は無くても口は出せるんだよ。生憎とその第一号になってもらった件には感謝してる。今、オレがこうして無事なのは明らかにお前らを無力化したからだ。だから、街の連中も神殿の連中もオレに表立って手を出そうとはしてない」


「―――我が身の不覚か」


「オレはお前に取引を持ち掛けたりはしない。無駄な事はしない主義だ。だから、脅迫しようと思ってる」


「………何が望みだ?」


 食い付きは良いらしい。


 ついでに脅迫内容だって分かっているくらいには頭脳も明晰だろう。


「ウィンズの配下に付いて神官や神殿の説得と並行して部隊を率いる将になってくれ」


「断ると言えば?」


「其処の外でお前を心配してる可愛い女の子が五人、慕ってる男の子が一人。どうにかなるかもしれないな」


「どうにか、とは?」


「昏睡させてもいいし、心臓が止まってもいい。だが、オレはそんな仕掛けを本当にしてるのかどうかなんてお前に言うつもりは無いし、協力を強制もしない」


「脅迫するのに強制しない? 言っている事が無茶苦茶だな」


「そうか? オレはお前に協力をして欲しくて脅迫するが、その仕事内容に付いては強制しない。別にそこらで遊んでてもいいぞ? お前の名前を借りるだけだからな。名義貸しってやつだ」


「何だと?」


「お前がオレに協力するなら、オレはお前の名前を使って色々な事を勧めさせてもらう。それに対する邪魔さえしなければ、後は山奥に引き篭もっててもいいし、街で静かに暮らすも良しだ。起きてる以上、何か取引したと思われるのは明白で誤魔化しても疑惑は深まるだけだしな」


「……このアウル・フォウンタイン・フィッシュの名前程度で何が出来る」


 苦笑するしかなかった。

 調べはとっくの昔に付いている。


「結構な有名人じゃないか。反戦を唱えて、神殿の上層部はお前を庇おうとしたが皇家から睨まれて左遷。今回は料理人達を何とか一人でも生き延びさせる為、わざわざ戦死者の家族から罵られる役目を拝命。お前の名前に付いてくるものはお前が思ってるよりも大きいんじゃないか?」


「ッ……」


「勿論、お前の名前で人を集めたり、お前の名前で人が死んだりしても気にするな。オレは名前を貸してもらうだけだからな。お前自体に強引に何かさせようなんてオレは思わない。その頑固そうな性格と経歴見れば、今から身内の神殿襲ってくれ、なんて言っても無駄なのは分かってるからな」


「我が名前で悪を為すと言うのか?」


「悪ってのは法律違反か? それとも倫理や道徳に反した行いか? あるいはお前が神殿や神様とやらの為に後にいる純粋無垢そうな少年少女を見捨てるかどうかを天秤に掛けてる事か?」


「―――ッ」


「オレは脅迫はするが強制はしない。その意味が分かる聡明なアウルさんにはやはり聡明で責任ある行動を行ってもらいたいな」


 こちらの王手はどうやらそれなりに効いたらしく。

 深く、深く深く溜息が、俯いた顔で吐かれた。


「………卑怯だとは言うまい。勝者が命よりも尊いものを奪おうとするならば、それを惨いとは思っても……否定はすまい……オレはまだ生きているのだから……」


「よく分かってるじゃないか。お前は自分の名前の為に死んでいく連中を放ってはおけないし、そうするつもりもない。神様とやらに懺悔はしても、他人の為に神を否定しようとするオレを止められない以上、それを傍で見るしかない。蚊帳の外に置かれるよりも、血に塗れた戦場で自分に出来る事を選ぶ……これは最初から分かり切った正解を引き出す為の脅迫だ」


「いいだろう。だが、覚えておけ……魔王よ……正義が為されず、人が理を解せず、愚かにして惨いものだろうとも……それでもやはり神官は人を導く為にこそ戦うのだ。其々の方法で」


「了解した。ならば、お前の戦いとやらを見せてもらおう。ああ、反乱軍の中に反乱軍とか作る以外なら、大抵は何やってもいいぞ。自分に課された仕事を投げ出さない限りな」


 細マッチョの肉体はまったく衰えた様子も無く。

 立ち上がる様子にフラ付きも無かった。


「という事で外で感動のご対面が待ってるらしいから行ってやれ。オレはやる事がある。具体的な仕事が欲しいなら街の外にある幾つかの陣地に行ってウィンズと会え。後は勝手にやってくれていいぞ」


 背中を向けて通路に歩き出す。


 呪文で隔てた戸を潜れば、心配そうな顔をした六人の探訪者……ではなく。


 限りなく不審と敵意と怒りの感情に満ちた顔が見えた。

 それに僅か細マッチョが驚く気配がする。


「……表情を変えて、声を流していたのか……」


「今のが嘘かどうか。そんなのは自分で調べれば分かる事だ。分からなかったとしても、オレがこう言ったという事実は残る。脅迫のネタにされた皆さんには是非真実を教えておこうと思ってな」


「食えない男だ……自らに敵意を向けさせてどんな利がある?」


 未だこちらを警戒した瞳で見る六人に肩を竦める。


「まぁ、何が真実かなんて自分で探せばいい話だ。オレの目的は達成したし、後から不信感を買うよりは此処でネタバラシしておいた方が健全だろ? 任務達成ご苦労様。依頼は完了。報酬はその男と一緒に陣地にでも行って受け取ってくれ。来れば渡すように言ってある。じゃあな」


 神殿内を歩いていくと忌避した視線は集まるものの。


 すぐに後方の通路にいる目覚めたアウルの姿に次々と神官が集まってくる。


 これでしばらくは神殿側も大人しくしてくれるだろうかと淡い期待をしつつ、外へと出た。


【アウル……】

【君達か。どうやら迷惑を掛けたようだな】

【いえ、それよりも身体の具合は?】

【ああ、悪くない。少し鈍ったかもしれないが】

【貴方程の手慣れが負けるなんて……奴は一体……】


【あ、あいつが此処にいる料理人達を全員倒したって本当? ボク、今でも信じられない】


【ああ、本当だとも……何をされたのかまるで分からず……こうして無様に寝た切りにされてた身からすれば、あの男の強さは少なくとも軍を相手にして勝つに足る】


【―――こ、怖いデス】


【アンタ、本当に負けたのか? 何か卑怯な手を使われたんじゃないのか?】


【リヤ。悪いが実力差は自分が一番よく分かっている。あの男は前衛部隊を障壁だけで数十m先から薙ぎ倒して吹き飛ばし、森を一瞬で焼き払い、あらゆる魔術を相手のみ広範囲で無効化し、その上こちらの視線で追えるギリギリの速度で真正面から神官の突撃を無力化して後続の陣中まで突破した……ハッキリ言って、あれならアマルティア級をダース単位で相手にしていた方が楽だ】


【最高位の竜族ドラクル集団より強いのかニャ?! 高位超越者だって殆ど無理ニャ?!】


【魔王……そう呼んでいましたが、それ程に強いと?】


【リーダーの君にも分かり易く言えば、戦力的には恐らく我が国の二個軍団相当と見るべきだ】


【に―――】

【それってどれくらいニャ?】


【……1万人で約1師団編成の月兎皇国は現在、最前線に四個軍団配備しています。一個軍団は15師団編成ですから、単純計算で30師団……三十万の兵隊と魔術師を相手に真正面から戦えるという事です】


【【【【【―――】】】】】


【君達には悪いと思っている……巻き込んでしまったようだ】


【いえ、自分達で受けると決めた依頼を完遂しただけですから】


【先程もあの男が言っていたが、どんな依頼を?】


【彼からの依頼は特定の場所でただ無言で立っている事。そして、それが達成されたなら、超高額の依頼料が支払われる……そういう事になっていました。まさか、貴方の傍でこうして黙っている事になるとは思いませんでしたが……】


【ボクらにこの仕事は神官百人分って、あいつ言ってた】


【あ、あなたを起こすのは最低限、自分達の手伝いをさせられるならとも言ってたデス】


【神官百人分、か……高いと自嘲すべきか迷うな】

【アンタあれで良かったのかよ?!】


【リヤ!? さっきの話は私達が口を突っ込んでいいものじゃないッ】


【でも!? オレ達のせいで!?】


【いや、いいんだ。だが、これだけは言わせてくれ、リヤ。一度とてあの男はこの神殿に寝かせられている者達を出汁にはしなかった。だから、私は協力する事にしたんだ】


【代わりにこっちを出汁にしたニャ……】

【酷いデス!!】


【でも、たぶんあの脅迫はハッタリです。それだけは分かりました。私にも】


【ああ、エオナの言うと通りだと思う。もし本当に材料として使う気なら、一人か二人料理人達みたいにして此処へ転がしておけばばいいだろうし……】


【一応、調べた方がいいだろうが、君達の意見に同意だ。あの男は少なくともさっきのように可能性を仄めかす以上の事はして来なかっただろう】


【どうしてそう思うんだよ? アンタはあいつにそうなるように何かされたんだろ?】


【あの男はこちらの思考を読み切っていた。そして、私が可能性を捨て切れない以上、乗って来ると分かっていた……今も99%無いとは思いながらも、残りの1%が捨て切れずにいる。神官としてこの甘さは致命的だな……】


【しょうがないニャ。いつでも規格外とかそういうのは何処にでもいるニャ……】


【それで本当に協力するつもりですか? こちらの心配するところではないかもしれませんが、神殿はきっとそれを許しは……】


【ああ、そうだろうな。だが、言い訳は立つ。此処で眠る神官達の事に付いて言及しなかったのは、暗に必要ない限りはそのままにしておくという意思表示だろう。強迫されたも同然だ。少なくともあの男の下から去る事が出来たら、神殿で裁きを受けるさ】


【―――そんなのってあるかよ!!? アンタはただ脅迫されただけだ!! それもオレ達のせいでッ!!】


【リヤ。君達の責任は確かにあるが、それは微々たるものだ。本当にあの男が私を使おういうのなら、君達以外の手を用意してきただろう。それもハッタリなど使わずにな……そちらの方が余程に酷い条件だった可能性すらある。それを思えば、私は恵まれている】


【くッ……】


【とりあえずは捕縛予定だったウィンズ卿に会ってみようと思う。彼を捕まえろと言われていたこちらが言うのも何だが、あの方は本当の意味での戦人でこの国に必要な政治家だ……この戦争の後にこそ意味を持つ人材と言える。そんな彼が此処までの事をするのだ……ただ、国の上層部の腐敗に耐え切れなくなったというだけではないはずだ】


【ウィンズ・オニオン辺境伯……彼は名君と風の噂に聞きますが……】


【今回の山賊討伐の命は皇家からの直接的な圧迫に神殿上層部が屈した結果だ。ハッキリと言えば、政治判断で戦争に邪魔な彼を捕縛すれば、終わるはずだった……だが、話を聞くに元々彼は反乱軍を立ち上げた時から勝つ気など無い筈なんだ】


【勝つ気がない?】


【ああ、反乱軍とは言っても、現地軍の九割近くは彼のシンパでまともな戦闘は起こっていなかった。敵味方に重傷者無しの小競り合いが数日に一回有るか無いか程度。この戦争で負けた後、戦後を見据えて、敢えて反乱という体を取っていたように見受けられる。それが数日前にほぼ全ての砦を陥落させた。今までの動きとはまるで違う。これはたぶんあの男が関係あると見ていい】


【つまり、あの男イシエ・ジー・セニカが何かしらの情報を持って接触し、ウィンズ卿が本気で反乱軍として立たなければならなくなったと?】


【そういう事だ。全ては調べてみなければ分からないが……せっかく誘われたんだ。反乱軍の内情を訊きに行くのもいいだろう。それで君達はこれからどうする?】


【私達は一応、無言を貫き通してしまいました……途中でリヤを止めたのは話し合いに介入したら、あの男が私達の非礼を出汁に何を貴方に追加要求するか分からなかったからですけど】


【ワタシ、今回の依頼料受け取りたくないデス……】

【ボクも……】


【た、蓄えは十分にあるんだから、いいんじゃないかな!! 私はそう思う。ね? リヤ】


【ああ、あの胸糞悪い野郎からこれ以上金なんて受け取りたくねぇ!! いや、今からでも最初に受け取ったのは突っ返してもいいとオレは思う】


【あ、いや、それはアタシちょっとどうかと思うニャ……一応、貴重なマテリアルのトリプルGが二枚だし】


【君達は何も悪い事などしていない。ただ、探訪者としての依頼を受けただけだろう。だから、迷わず全ての依頼料を受け取っておく事を勧める】


【いいんですか?】


【私はこれから此処で自分に出来る事をするつもりだ。もし、あの男が民に罪を働こうとするなら、止めなければならない立場でもある。だから、君達は私や私が助けるかもしれない人間を間接的に救ったとも言える。遠慮する事は無いさ】


【アウル。アンタこれから本当に……】


【だが、何分今は一人だ。少し手勢が欲しい。一つ私からの依頼を受けてみないか? 依頼料はどうなるかまだ分からないが、あの男が私を使おうというのなら、それなりの活動用の資金くらい出すだろう。それをそのまま君達の依頼料に当てて、幾つかやって欲しい事がある】


【……皆、いい?】

【ワ、ワタシは賛成デス!!】

【アタシはエオナの意見に従うニャ】

【ボク、みんながいいならいいと思う】


【皆もそのつもりみたいだし、個人的にはいつかあの男にリベンジしたいから、私も賛成しておくよ】


【オレは……】

【リヤ。私の事で感情的になる事は無い……】


【オレは悔しい……アンタがあんな奴に負けるなんて悔しいんだッ!! だから、アンタよりも強くなって、あの野郎をぶっ飛ばせるくらいに強くなりたいッ!! その為にはまず依頼を受けて経験を積まなきゃならないと思う……賛成だ】


【話は決まったようだ。では、あの男の言っていた陣地に向かおう】


 ザックリと命を狙われた午後。


 即席の練兵場に帰るとまるで幽霊でも見たかのような顔の街の上層部の連中がいた。


 兵達に何やら熱心に説いていた彼らにはまだあの報が届いていなかったらしい。


 笑顔でプレッシャーを加えつつ、ヤレヤレとまた増えた仕事に内心で溜息を吐き。


 とりあえず、ウサ耳オヤジ共の心を圧し折る事に決めたのだった。

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