第141話「日曜朝七時より」
「正しく沼男、か」
「どっちが本物か。見比べてみるか?」
バイクを降りた己自身に言われて、苦笑も零せなかった。
「生憎と今はこの体だからな。止めておく」
どう見ても、何度見ても、どれだけ取り繕おうと。
襲撃者達の一人はカシゲ・エニシその人。
仲間達を危険に曝したのが人格的には同一人物の体と経験が別なだけの本人。
という、ややこしい状況。
周囲の排気音が静まっているが、動き出そうと思えば、すぐさまにこちらとの戦闘行動が可能だろう。
それもご丁寧に銃器で全身を照準されているに違いない。
不用意な動きを見せれば、チートな触手とて唯では済むまい。
「それで訊ねたい。お前らは一体、何を目的にオレ達を狙った?」
「単純だ。オレ達の目的はお前を確保する事。いや、正確にはお前の体の中に入っているはずの人って言うべきか」
「……母さんがこの世界の元凶である事は?」
「知ってる」
「そうか……だが、残念な事に中身は自分だぞ?」
「その肉体を必要としているのは今も変わらない」
「二つ聞きたい」
「………」
「あいつらに手を出してたり、しないよな?」
その問いにようやく相手の顔が崩れた。
苦笑されて、頬を掻く。
自分相手にこんな事を確認しなきゃならないとは、という何とも罰の悪い話なのは互いに共通しているらしい。
「オレはお前程、ハーレムが楽しめなかったし、愉しむ余裕も無かった」
「そりゃ良かった」
安堵したと言っていいのかどうか。
「もう一つは?」
「オレ達はこれからこの“天海の階箸”を手に入れなきゃならない。協力出来ないか?」
未だ聳える巨大な塔を前に相手へ向き合う。
「………条件による」
「この遺跡には特定の国家の影響力を及ぼさせない。【統合】の深刻なエネルギー問題改善の為に電力供給網をあいつらに使わせたい。この遺跡の攻撃オプションと眠ってる遺物で特定の遺跡を蒸発させたい。後、出来ればこの遺跡を使って……この空に本当の青さを取り戻してやりたい」
僅かな沈黙。
そして、互いの瞳にある色を見れば、大抵の事は分かり合えるような気がした。
「一つ目の条件は呑める。二つ目の条件は【統合】がどういう組織なのかの詳細な情報を得て判断しなきゃ何とも言えない。故に保留だ。三つ目の条件は……その遺跡は何を指しているのか尋ねていいか?」
「財団と呼ばれる組織の遺跡だそうだ」
「そうか。そこまで知ってるのか……こちらにとって、あの遺跡は何ら価値無いものだ。別にそれを消滅させるのに問題は無い。故に可とする。そして、最後の話だが、この遺跡にはそういう力が眠っているのか?」
「そうだ。オレが手に入れた情報にはこの遺跡には現在の人類が使う肉体“神の屍”の中枢システムが関連してるらしい。それにアクセス出来るなら、空の色くらいは何とかしてやれればと思ってる」
「だが、本来の色を取り戻せば、空はフィルムだらけだ」
「それだって何とかなるんじゃないのか? オレ達はこの世界を創った女神様とやらの息子らしいしな」
「……敢えて聞くぞ。お前自体はこちらに捕まる気があるか?」
「分かってるだろ。それは理由と状況次第だ」
溜息一つ。
だが、それはそうだろうという納得が相手の顔には浮かんでいた。
「オレは……いや、オレ達は【日本帝国連合及びアメリカ単邦国主導諸国共同体】……自身の事を呼ぶ時はJAと名乗ってる」
「ジャパン&アメリカってか?」
「そんなもんだ。オレ達の目標は現在幅を利かせてる空飛ぶ麺類教団のこの世界からの排除。そして、その後に全ての人類国家を統一して、世界を再興する事だ」
「……なぁ、本気で言ってるか?」
「無論。このままじゃ、遠くない未来にこの世界は滅ぶだろう。それをどうにかしたいなら、人類統一政体の発足は必須条件だ。同時にこの星を食い潰すより先に宇宙へ出る為の技術進歩や技術革新の原動力として多大な資本と資源の集中も必要とされる。オレが目覚めてからそれなりに長いが、これが最適解だと思って此処までやってきた。今更、後には引けないだけの積み重ねもある」
「それを日本とアメリカを中核とした昔の生き残り主導でやる、と」
「そういう事になる。資本も資産も無いが、技術と意思で生き抜いてきた共同体だ。あらゆる既存技術体系の保全も行われてる。空飛ぶ麺類教団さえ潰せば、政治的な駆け引きのみで世界を統一するのも十分に可能なだけの力はあるとオレは見てる」
「だが、そもそも空飛ぶ麺類教団は現在本部瓦解中だろ? そして、連中の9割以上はただの周辺諸国の一般人を知識層や技術者層の構成員としてるだけだ。もう実質、
「……そうか。そこまで知ってるわけじゃないのか」
「どういう意味だ?」
「空飛ぶ麺類教団の中枢人員はまだ生きてる可能性が極めて高い」
「何?」
「……何処かでな。そして、待ってるんだ。歴史の転換点が動き出すのを……あいつらは自分の体のスペアくらいなら世界中に置いてある。出てこないのは単純に今の世界の状況を見極めてるからに過ぎないはずだ……」
「面倒な話だ……」
「ああ、そうだろ?」
「今の話を聞いた時点でのオレの判断はこうだ。捕まってる暇もないくらいに忙しいから、協力ならしてやる。ただし、こっちの条件が呑めればな」
「それはお前がオレ達と対等な場合だけ通じる論理だろ?」
「逆に聞くが、そうじゃないと思ってたのか?」
「……確かにその体は脅威だ。だが、それはこちらも同じだと考えないのは浅はかだな。自分に言うのも何だが」
よく見れば、数人の同じ黒い外套を纏った男達が数人周囲を取り囲んでいた。
その体はよく見れば、先程自分が付けた傷や跡が衣服に残っている。
「あの高さから落ちてもう回復してきたのか?! どうなってるんだ? そっちの兵隊……」
「お前にも引けを取らないって事だ。そして、この肉体が量産出来る態勢が既に整ってる。勝てるか? 対当か? オレの手札を見て、自分が譲歩するべき、という考えは湧かないか?」
「じゃあ、そこの兵隊は何か? 幾らでも作れる不死身の兵隊って事か?」
「ああ、そうだ。一つの思考で意思統率された端末みたいなものだ。肉体は幾らでも作れるし、記憶そのものは別のところに保管されてる。で、ある以上この肉体を倒す事に意味なんて無い。どんなに欠けようが人員としては損失していないも同じだからだ」
「強気に出てくれてありがとう。後、説明フラグまで立ててくれるお優しさに涙が溢れんばかりだ」
「さすがにそれは強がりじゃないか?」
「そうだったら、良かったんだけどな。でも、対等以上の自分だって示さないと2Pキャラを名乗るのも気が引けるだろ?」
早くも出番が来てしまった黒い腕輪を見やる。
自分の可能性以上を求めなければ、問題ないという話はしたが、それにしてもその限界が何処までなのかは試してみなければ分からない。
しかし、それでも……相手のA(エース)を前にしてジョーカーを切らないというのも失礼な話だ。
それが自分の別の可能性の一つだとしても、今此処にいる自分の選択もまた押し通したいものの一つである事に変わりはない。
故に。
「一日、遅かったな。お前に切り札があるようにこちらにも切り札はある。対等かどうか勝負してみようじゃないか。もしお前がオレを対等だと認めたなら、戦闘を止めてやる。話し合いはまたその後でいいな?」
「過剰な自信とは言わないが、肉体的な力に差がほぼ無い相手を前にして僅かばかりのチートでどうにかなるのか? 完璧に統率された特殊部隊と戦って勝てると?」
あちらはどうやらやる気らしく。
仮面を付けたまま周囲の人員が戦闘態勢に入った。
「生憎と僅かばかりのチートにまたバフも掛かる事になったんだ。あいつらが持って来てくれた装備もあるし、一度能力を確めるもいいだろうさ」
フラムが本国から持ってきたあの半貌を隠す麦と米の穂が刻印された面を懐から取り出す。
「中二病は黒歴史じゃないか?」
「それお前が言うなよ」
語る事が尽きた途端。
左手から突き進んできた腕狙いの弾丸。
たぶんは対戦車ライフル相当の一撃を手の甲が弾く。
その刹那は実に痛快だった。
一瞬にして変質した手の甲が黒く硬質化。
恐らくだが、カーボンナノチューブを集積して硬化させた代物だろう。
それを反応速度が常人を遥かに上回る状態で的確な位置に当てて弾いたのだ。
それでもまったく肉体が小揺るぎもしなかったのはもう“ミーム”とやらを強化した影響が肉体を更に強固な代物へと変えていっている最中だからなのだろう。
「―――その手は……」
「言ってなかったが、今日から日曜朝の特撮ヒーローやる事にしたんだ。大丈夫だ。安心してくれ。物理限界以上の力は出せない。その物理限界が何処なのかオレは知らないがな」
次々に弾丸が男達の合間を縫うようにして飛来する。
それが見える。
そして、予測通りの位置に予測通りの速度でこちらが手を、足を、膝を、爪先を、硬質化させて置くだけで次々に逸れては地面やあらぬ方向へと飛んでいく。
「ヒーローにはなれないと思ってた自分がまさかそんな状態になってるとはな……」
「どうだろうな。どちらかと言うとSFよりも今はオカルト漬けだッ!!」
刹那の踏み込みの先でブレードで相手の首を飛ばし、次々に正確無比に迫る対物ライフル弾を避けつつ、弾きつつ、火花が散る最中、刃で切ってすら見せる。
仮面を付けて相手を睨み付ければ、戦いは開始。
どちらが音を上げるのが先か。
「「ッ」」
それはやってみなければ、分からなかった。
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