第127話「旭と灰」
見えざる軍隊。
大戦期ならば、主力にして敵となっただけで、最悪の相手。
前回の一件で大量投入されていた人型兵器類だけではなく。
全天候型量子ステルスと呼ばれる技術は【統合】の軍事力の隅々にまで行き渡っているようだ。
共和国首都への空挺による突入作戦。
その時には移動距離と重量の関係から持っていく事が不可能だったらしい近未来的にも見える鳥を模したような翼を持つ戦闘ヘリから、快速を旨としていそうな砲塔付きの装甲車まで。
多種多様な軍の一翼を担う戦闘機械が基地には集結していた。
防衛用の装備が大半らしいものの。
それにしても高射砲やら自走砲やらの類がズラリと並んでいる様子は圧巻だ。
ハッキリ言うが確実に相手とすれば、大陸の大半の軍に対してオーバーキル確実だろう。
車両で横を通り過ぎる間にも軍の将兵らしき男達が最敬礼で己が操る機体の前で出迎える。
そんな道を潜り抜けた先。
大型倉庫の前でリムジンは止まった。
普通の男の子だったカシゲ・エニシ的な感想を言えば、ちょっと心躍るところだろう。
それが本当に人間を吹っ飛ばしたり、吹っ飛ばされたりする命の取り合いをするモノなのだと実感さえしなかったならば、かなり喜べたに違いない。
しかし、共和国の一件で敵に回した時の感情は今も胸に残っている。
怖くはない……怖くはないが……手放しでロボが好きだったあの頃のように無邪気な感じにワクワクする事も出来なかった。
格好良いなんて言葉では括れない。
それは確かに人間が持ち得る暴力の切っ先。
尖鋭に位置するモノだ。
電子戦では負け。
連携は通信量の劇的な低下によって、事前の綿密な作戦が無ければ成り立たず。
相手に発見されれば、ほぼ即死。
そんな環境だからこそ……何よりも隠密性と敵陣地の走破性、生存性の高い兵器が必要とされた。
その為の量子ステルスだ。
大規模戦線に投入されたNVは正しく人的被害の最小化と投入資源に比して高い戦果を上げる極めて優れた兵器だったらしい。
随伴の械化歩兵を伴った一個中隊規模が敵陣地に潜入すれば、相手の一個師団を霍乱。
投入から幾許かの時代なら、連隊規模の戦力すら相打ち以上の状況まで持っていける事も珍しくなかったとか。
センサー類を掻い潜って、破壊工作の限りを尽くした事でようやく国家共同体側は圧倒されていた戦線を巻き返す事が出来るようになったという話を聞けば、あのヤバイ二人組みの片割れ。
ガス室少女バナナがどれだけ反委員会側の人類に貢献したか分かろうというものだ。
(あいつが言っていたモドキという言葉……)
アレが現在系の人類を……人類として認め切れていなかったからこその言葉だったのだろう事すら、今の自分には分かる。
だが、戦乱で擦り切れた彼らにしても人類消滅級の事態には協力してくれたのだ。
それこそ、今の人類が認め切れずとも人であると心の底では分かっている故の共闘だったのだろう。
当時、彼らのような人々が何とか戦っていられたのは殆どの
あの“双極の櫃”内部の情報を信じるならば、委員会内部の変質や強固な特権階級としての固定化が進んだ挙句、殲滅を決断したようだが……それにしても最後の最後の決断だった事を思えば、彼らにとって外の自分達への反逆者達は……神たる己の手の中で少し派手に暴れただけの存在に過ぎなかったのかもしれない
結局、あれほどの力を持ってしても、委員会のメンバーは最後の最後まで力を持った傲慢な“人間”として……迷うし、悩むし、驕りもする存在としてしか決断出来なかったのだ。
今も残る大戦期の兵器達は正しく時代を潜り抜けた者達の意思と力と歴史を帯びた……ただ“格好良い”で括られていい代物では無くなっていた。
「エミ。こちらです」
「あ、ああ」
感慨に囚われていたのも刹那。
見える限りの兵器群を置き去りにして倉庫横の扉から内部へと入る。
こういう倉庫は今も昔も変わらず。
やはり、コストは掛けられないのか。
倉庫自体は僅かに錆びれた様子で真新しいモスグリーンのペイントで旧さを誤魔化されていた。
手押しの扉がゆっくりと軋む事なく開き。
内部への通路へと入り込むと背後でバタンと閉じられる。
歩く事十数秒。
通路の先の扉を開いて内部へと入れば、其処が地下に僅か窪んだ格納庫だと分かる。
降りる階段の半ばからは踊り場となっており、下へと扇状に広く続いていた。
目の前にデンと現われたのは……大型のコンテナを乗せたトレーラー……いや、それにしては車両下に
操縦席というものは見えず。
コンテナ前の普通なら運転席がある場所には全面装甲張りで一切継ぎ目が無い曲面を持った鈍色の先端があるばかり。
0系の新幹線から窓を取って、キャタピラを付けて色を塗り変えたら、こんな感じなのかもしれない。
「これは?」
「お出掛け用の車両です」
「車両?」
戦車も車両には違いないが、どうして態々、走破性は勝るが速度の遅いキャタピラ式にしたのかが理解出来ない。
大陸の交通事情は実際悪いが、道が整備されていないわけではないのだ。
列車並みの大きさでコンテナ二つ分くらいの長さを持つ乗り物がキュラキュラと動く様を想像して首を傾げる。
燃料や動力源は一体、何なのだろうかと。
「昔は戦争中の指揮車両だったそうです。外部環境の悪化後は気密性を上げて移動式のシェルターとして使われたとか」
「動力は何処から得てるんだ?」
「あ、はい。今も登録が残っているようで衛星からのマイクロ波の受信が可能と聞いています。モーター駆動で1回の充電に1時間。200km程を時速30km程で走行可能だと技術部からは……」
アンジュの話に思わず目が胡乱になる。
何だかこう……戦中に作られた欠陥兵器みたいなものを見た気分だったのだ。
「量子ステルスは積んでるのか?」
「はい。止まってサイドスカートを下げれば、相手からは完全に見えなくなります。これは充電で動けない状況の時に使うものらしいです。走行出来る電力が無くても、連続120時間の空調とステルスの動作は確約されているとか」
「なぁ、さっきから“らしい”とか“そうです”とか……一度でも乗った事あるか?」
「あ、はい。今日が初めてで……エミにも乗車してもらって乗り心地を確めたいと」
やはり、運用実績0かと顔が微かに引き攣る。
「つべこべ言わず乗りなさいよ。アンタに拒否権なんて無いんだから」
クシャナが自分が一番とばかり車両後部に向かった。
内側へと沈み込むようにして横へスライドした入り口。
そこまで続くタラップを昇りつつ、こちらにジトッとした瞳を寄越す。
「分かった。じゃあ、乗せてもらおうか。で、誰が運転するんだ?」
「あ、はい。それは―――」
アンジュが答えるよりも先に「アンジュ様」とクシャナの横からモスグリーンの軍服姿の男が顔を出した。
「全システム問題ありません。ご乗車を」
「あんたは……」
「また、会ったな。女神様」
ユースケ・ベイ・カロッゾとか言ったか。
上層の治安部隊の隊長みたいな事をしていると自称していたはずの男はどうやら今日から運転手になったらしい。
「何してるんだ? 仕事は?」
「ああ、首になった。この横のお嬢さんのせい……いや、オレの不徳だがな。それでも言い訳だけはさせて貰おう。アンジュ様に菓子を届けると言って、トップが許可も取らずに事後承諾的に仲間を引き連れてやってきて、侵入したって言わないだろ?」
さすがにクシャナの方を見た。
「………」
「な、何よ!? もしも、私が襲撃者が化けた姿だったらどうなってたと思うの!?」
「はぁぁ……何かアンジュがお前をどう見てるのか分かった気がする」
「な、失礼な!? 私はこれでも頭脳労働専門なの!! そういう血筋だし、考えるのがお仕事なの!! なのに、私のやる事を屁理屈とか何とか言う連中が多過ぎるのよ!?」
クシャナが慌てて自己弁護した挙句。
ちょっと、自分で言ってても苦しいと分かっているのか額に汗を浮かべる。
「ユースケ。内部の案内をお願いします」
「了解です!!」
敬礼した憐れな被害者はそれでもアンジュの下で働けるならと快活な笑みでササッと内部へ引っ込んでいく。
全員で乗り込めば。
其処は確かに戦闘指揮車両と呼んでおかしくないだけの電子戦用の装備があるようだった。
複数のカメラ映像と各種のセンサー類からの情報。
ついでにリンクした各兵器群の情報も全てリアルタイムで受信しているようだ。
複数のフカフカそうな座席の前にはモニターが細かくアームで天井から幾つも出ていた。
飛行機で言うファーストクラスの椅子と操作用の多種類のデバイスが一体化したようなものだろうか。
背後でプシュンと与圧して扉が閉まり。
内部の座席に着けば、ヘッドセッドと一繋がりになった複数のディスプレイが座席側から迫り出してきて、オペレート用らしい各種の情報が纏められたデスクトップが正面モニターに展開される。
『今、皆様がお座りになられているのが、兵器群とのオンライン状態のデバイスそのものです。外の情報は即座に解析され、皆様のモニターに投影されます。また、視線を常に走査しているのでどんなに揺れてもモニター内の映像とモニターそのものが連動して視界を確保します。モニターと各コンソールボードはオフにすれば、収納されて消え、リクライニングでそのまま寝台としてもお使い頂けます。しばらくは聖典観賞などでゆっくりとお楽しみ下さい。本日の目的地は【統合】外延部から70km先にある外部からの物資集積所です。約四時間の旅となります』
「ありがとう。ユースケ」
アンジュの声に何やら照れたような咳払いが聞こえ。
発進が告げられる。
それと同時にキュラキュラと車体が動き出した。
正面モニターには車体の行く手が見えた。
何やら緑色のランプがシャッターの左右で点滅し、左右へ大扉が開いていく。
その先には先程の兵器群がしっかりと全員搭乗済みで待っていた。
「アンジュ様。全リンクをオープンに致します」
「はい。では、十秒後に」
リンク先の兵器群の内部で声を待っているのだろう【統合】の兵士達の緊張が伝わってくるようだった。
「……皆さん。我らが雄々しき戦士の方々……本日はどうかよろしくお願い致します」
最初の一声でチャンネル先からは僅かに息を呑むような気配が感じられた。
「皆さんの中にも知っている方がいらっしゃるでしょう。本日の外部への出動は我ら【統合】の苦難を打破する為、私を含めて宗派トップの数人と先日より我らが都市に滞在する女神。カシゲ・エミ様を大遺跡“天海の階箸”へと送る為のデモンストレーションです。やがて来る破滅に立ち向かうのはあなた達の献身無しには成り立たないでしょう。どうか、我々を連れていって下さい。あなた達の紡ぐ未来へ」
その言葉が途切れ。
ユースケの車両発進の声が響いたと同時。
驚いたのも無理は無い。
「?!!」
自分達の周囲の景色が下がっている。
いや、自分達のいる基地が直接リフトアップしているのだと気付いた。
周辺数百mの区画毎持ち上げられているというだけでも信じられないような話だ。
天井に視線を向けると。
モニターが連動し、外部カメラの映像を映し出す。
天井が次々に開き分厚い隔壁のミルフィーユが割れていく。
こちらがその場所を通過すると同時に閉じられているのか。
重い金属の噛み合う音が連続した。
一区画が自走式のエレベーターみたいなものなのかもしれない。
それだけでも大した技術力なのは間違いないし、それを未だに動作させている統合の技術が極めて高いのも実感出来た。
それにしても規模と桁が違う。
SFはSFでも実感が出来る範疇と言うべきか。
ゴゴォンと最後の一層が開かれた途端。
世界には―――蒼い空が広がった。
「……どうやら、オレはこの世界が普通にしか見えない方みたいだな」
こちらの声に真横の席へ付いていたアンジュが少しだけ複雑そうな笑みを浮かべる。
それは同じ現実を共有出来ない事への僅かな悲哀。
そして、その方がいいのだろうという安堵や相手への思いやり。
きっと、そんなものが交じり合っていた。
「外界への露出確認。事前行動計画通り。先発隊の偵察が終わった後、移動を開始します。十五分程お待ちを」
「分かりました」
アンジュが頷いたのと同時。
完全に基地が外部へと迫り出して停止した。
「……荒野?」
思わず声が漏れたのも仕方ない。
左右前後を振り向いて確認しても、其処にあるのは荒れ果てたサバンナのような陸地だけだった。
前方の遠くを確認しようと目を細めると。
それだけでモニターが目一杯にズームされ、地平線の付近まで見えるようになる。
しかし、あるのは岩と地面と雑草や低木ばかり。
「詳しくは教えられませんが、自然に降り積もったものが、そのまま偽装になっているんです」
「ったく。今日も外はシケてるわね。こんな灰色の世界が現実だなんて、一度でいいから本当の太陽ってやつを拝んでみたいもんだわ」
アンジュとクシャナが其々に口にした言葉に「やはり」との感想を持ったのは裏付けられたからだ。
そう、きっと全ての【統合】の人員は今も地獄のような世界を前にして暮らしているのだと。
大空の蒼さの美しさを知らず。
大海の地平に沈む夕日の胸に迫る感慨を知らず。
山岳より出でる朝日の幽玄を知らず。
それらをきっと
あのリフレッシュ用の森林や竹林のような所でしか実感した事はない。
それがどれだけ人間として与えられて然るべきものの喪失である事か。
「一つ聞いていいか?」
「何ですか? エミ」
「何よ?」
隣と後で首を傾げただろう二人に問い掛ける。
「もし世界が聖典みたいに美しかったら、見てみたいか?」
「そりゃ、あんなのだったら見てみたい気はするけど。それっていつの事になるのかしらね」
クシャナが肩を竦める。
「どうして、そんな事を?」
「いや、もったいないと思っただけだ」
「もったいない?」
アンジュに頷く。
「どんな世界でも生きている限り、受け入れるのが道理ってもんなんだろうが、やっぱ……人間、本物志向なところはあるからな……オレにとっての“普通”くらいは共有したいなぁ、と」
「「……」」
「今よりもっと善くと願うのは罪じゃない。それが高じ過ぎて戦争とかになるのは頂けないが、それでも進むのを止めるってのも無理な話だろ?」
二人が何やらこちらを見ているのが分かった。
「あんまり期待しないで待ってればいい。オレに出来る範囲くらいで頑張ろう」
「……何か生意気」
クシャナが後からそんな風に溜息を吐いた。
アンジュは何も言わず。
少しだけ笑みを浮かべて、コクリと頷くに留める。
十五分後。
車両の出発と共にNV達の上げる土埃が舞い上がり、明け方の日差しを遮っていく。
鮮やかに色付くモノ全てがニセモノなのだとは到底思えない事が善かったのか悪かったのか。
それは今生き。
これからを変える者達だけが出せる答えに違いなかった。
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