第94話「逆下の城」

 ごはん公国首都白粥しろかゆ


 その奥の奥。


 山岳を背景にして広がった都市の中でも橋梁が切り立った断崖を複数結ぶ場所に政庁があるというのは不思議な感じがした。


 そもそも土砂崩れしないのかという心配は無いのだろうかと。

 スイッチバック式の九十九折つづらおり線路を上に昇る列車。


 蒸気機関製らしきソレが乗り物であるというだけで一応は公国の技術事情も見えてくるのだが、それにしても他国からの来客を殆ど乗せた事が無いと百合音から説明されていれば、講和に向けた公国上層部の考えというものが目に見えてくる。


 着物姿がさすがに多くなった都市部から政庁までの道程は文明がより旧くなったような、木造建築にしても古そうな印象の建物ばかりが目に付く。


 大きな鬼瓦が屋根に聳える武家屋敷の街を潜り抜け、列車で揺られて40分。


 山間の中腹に其処はあった。


『王城前~~王城前~~お降りの際は足元と忘れ物にご注意下さ~い』


 アスファルト製の駅に降り立てば、ソレはすぐ目の前に現れる。


 下の駅からは角度の関係で見えなかったもの。


 朱塗りの鳥居。


 それも巨大過ぎる30mはあろうかという代物だ。


 明らかにソレは日本が誇る神社の門に相当する部分だ。


 其処から続く石畳の階段の左右にはズラリと各省庁の出先機関らしき場所が見える。


 役所で言うところの部署みたいなものらしい。


 二階建てで白塗りの木造庁舎が途切れる事なく山間を埋めていたのは遠目にも分かったのだが、それにしても迷路のように込み入っているに違いない路地には人がごった返していた。


「王城って言う割りには城が見えないな」


 素直な感想である。

 石畳の階段の先は見上げれば山頂付近にまで続いている。

 しかし、城というものはまるで見えない。

 神社ならば、社があるかとも思ったのだが、それもだ。


「まぁまぁ、とりあえず行くでござるよ」


 上を見上げた少女達の中でも特にフラム以外は皆一様に汗を浮かべている。


 緊張しているから、というのではない。


 単純に数百段で済まなそうな階段を見て、待っていようかという誘惑に駆られたからだろう。


 ちなみに駅前から見て分かる程度の領域には左右に飲食店らしき茶屋や土産物屋が犇めき合っており、まるで観光地のような盛況さを見せている。


「茶屋で待っててもいいぞ。ぶっちゃけ、下見だからな。結局、会議まで一日余ったから事前に迷わないよう道を教えてもらうだけだし」


「A24!! じゃあ、お土産買いに行っていい?!」

「好きなだけ買って来い。持って帰れる量にしろよ」


 パシフィカが「いいの!?」と目をキラキラさせて、クランがこちらは任せておいて欲しいと傍に寄って頷いた。


 どうやら一人で行かせるのは愚策と分かっているらしい。


 この数日で距離が縮まったので、聖女様の事が分かり始めたのだろう。


「フラムはどうする?」


「フン。此処は真面目に道を覚えさせてもらおうか。いつ此処を攻め落とすか分かったものではないからな」


 チラリと百合音を見る。


「問題ないでござるよ」

「では、時間を決めようか」

「じゃあ、一時間後でいいか?」

「ああ、分かった」


 フラムが頷くと同時にいつものEEスタイルでズカズカと着物の人込みの中を歩いていった。


「大丈夫だろうな……」

「まぁ、フラム殿の事。最初から分かっているであろう」

「何をだ?」


 百合音が苦笑する。


「こんな“表層”を見ても、何も分からないという事が、でござるよ」


「そうか……」


 残りのサナリとベラリオーネを見やると。


 二人は断固付いていくという顔をしていたが、百合音がササッと二人の間に移動すると其々の耳元にゴニョゴニョと何やら耳打ちする。


 それに二人ともが顔を赤くし、青くし、オロオロした後。


「こ、此処からは二人でどうぞ。途中で待たせてしまっては問題になるでしょうから!! あ、後でまた合流しましょう!!」


「そ、そうですわね!? わ、わたくし達はこれからちょっとお土産を買いに……カシゲェニシ!! 百合音さんのような小さな子に何かしたら、ダメですわよ!!? いいですね!?」


 何やら言い訳っぽくオドオドと言葉を並べてからズザアアアアアッと勢い良く人混みの中へ紛れていった。


「何て言ったんだ?」

「乙女の秘密でござる♪」

「さよか……悪い予感しかしねぇ……」


 リュティーさんは旅籠で荷物番と料理番と留守番という三番をこなしている為、結局は百合音と二人となった。


「……行くか」

「うむ」


 二人でとりあえず地道に階段を上がっていく事とする。

 十段百段まで来ても息は切れなかった。


 静かに歩き続けるというだけでも山というのは空気が平地よりも薄いせいで難事だ。


 しかし、それに順応してしまっている身体に今はありがたいと思う事にする。


 山登りなんて一回もした事無いのだが、運動不足なヲタクに苦行後何かを聞けるような体力が残っているとは思えない。


「あ、エニシ殿」

「?」

「此処からは乗り物に乗っていくでござるよ」

「乗り物?」

「うむ」


 たぶん、200段程昇った頃。

 百合音がそう言うと左の小道の方へと手招きする。

 付いていくと妙に人気が無い。

 いや、一人もいないと言うべきか。

 小道に入るまではそれなりの人混みの最中だったのだ。


 これはおかしいと感じる前に百合音が何やら人が一人入れるくらいだろう石製の祠の前で振り返る。


「さ、一緒に入るでござるよ」

「一緒にって……?」


 祠の前まで行くと百合音が木製の扉を開いて内部へと身を滑り込ませる。


 それに続いて内部へ入ると。

 其処は長方形状の室内となっていた。


 扉が百合音の手によって閉じられ、内部には陽光が薄暗く差すだけとなる。


「これからどうするんだ?」

「こうするのでござる♪」


 百合音が木製の何もなさそうな壁を肘で軽く突いた。


 すると、ガゴンと大きな音と共に天井に電灯らしき明かりが付く。


 そして、一瞬だけフワッと身体が浮き上がるような感覚と共に何か金属が擦れるような音がして、外からの光が見えなくなった。


「エレベーターだったのか……」

「えれべ?」

「こっちの話だ。気にするな」


「ふぅむ。エニシ殿を驚かせられるかと思ったのだが、どうやらまだまだ修行が足りないようでござる」


 妙に悔しそうな顔をされて、苦笑が零れた。


「十分凄いと思うぞ。というか、共和国にも無いんじゃないのか?」


「いや、共和国も技術自体は手に入れていよう。たぶんはあのクウボとか言う空飛ぶアレを乗せた船の接収後にな」


「そうか。それにしても、公国って共和国よりも技術遅れてるんじゃなかったか?」


「ああ、それは本当でござるよ。コレは元々が教団の代物であったらしい。今は教団を離れて隠居した我が国の一部の技術者が維持してくれているだけで……」


「そうなのか?」


「我が国の工業力は基本的に伝統工芸向き。共和国より先んじておる冶金工学と一部鍛冶達の創意工夫。教団からの技術供与で何とか共和国と戦っているに過ぎぬ」


「それにしても、共和国に無い技術や乗り物は持ってるんだよな」

「それは秘密でござる」


 口元に人差し指を当てる百合音が誤魔化した。


「って、長いな? 何処まで下がるんだ」

「我が国の城まででござるよ♪ ほれ、そろそろ付くぞ」


 何m下に来たのか。

 速度も分からぬ為に検討も付かない。


 しかし、それにしても数十mでは聞かない深度だろう事は何となく察しが付いた。


 たぶんは、此処もまた遺跡と言うべき場所なのだろう事も。

 チーンと現実と変わらぬ音をさせてエレベーターが停止する。

 百合音が扉を開くと。

 其処にはどう見ても鋼の通路で“えの壱”と書かれていた。


「明らかに遺跡、だよな?」


「うむ。今日はエニシ殿を呼んでくるよう主上に言われているのでな。特別でござるよ」


「シュジョウ?」


 通路に降り立つと百合音が手を差し出してくる。

 それを取って床に降り立つと一人手に後ろの扉が閉まった。


 通路の左右の果てには曲がり角が見えるだけだったが、それにしても長いものである事が分かった。


 所々に扉らしきものがあるのは見えたが、その巨大さだけは確かなものだろう。


「さて、往こうか」


 手を繋がれたまま。

 誘われて歩き出す。

 道程は長く。


 途中で“うの参”“おの壱”等々の表記がある部屋の横を次々と通り過ぎた。


 そうして歩く事十分弱。

 曲りくねった明るい電灯が照らす通路の先。

 大きな木製の扉の前に辿り着く。

 異様というべきだろう。


 その大きさもさる事ながら、数百kgはありそうな分厚い黄色掛かった錠前やかんぬき


 扉そのものに規則正しく張られた達筆過ぎて何と書かれているかも分からない白い札の群れ。


 何かが封印されてます(ノシッ)と但し書きされたに等しい情景なのだ。


「開錠!! 開錠!! 羅丈百合音が戻った!!」


 そう隣で声が上がり、勝手に錠前が外れた(少なくとも、そうとしか思えない)。


 閂が目の前でゆっくりと抜けて宙を浮いて門の横に立て掛けられる。


「―――な?!」


 さすがに驚かざるを得ない。

 だが、それを可能にするかもしれない単語には心当たりがあった。


「光学迷彩……」


 誰かがいるのだ。

 足音も無く。

 質量も感じさせず。


 フィクションで言う光学迷彩が妙に輪郭を浮き出させるのとは違って、完璧に風景の中で溶け込んでいるに違いなかった。


(確か……アメリカの方で研究成果が出てたとは知ってるが、此処まで見えないもんなのか?)


「フフ、先程の借りは返したでござるよ(ニヤリ)」

「そもそも借りてないがな」


 扉が左右に開かれ、内部が露となる。

 其処は少なくともまるで聖堂のように広く。

 天井、壁一面に荘厳な風景が映し出されている。

 透明感のある奥行き。

 騙し絵のような本物と見紛うばかりの世界。

 それは一面の黄昏時の海辺。


 そのまま走り出せば、波打ち際まで行けてしまうのではないかと錯覚出来る程の代物だった。


 何処か幽玄で。


 しかし、暗さよりもまだ明るさが勝る逢禍時おうまがどきは確かに芸術と言っていい。


 その中心で砂の上にシルク製なのだろうか。

 滑らかな白い敷物を敷いて。


 寝そべったまま複数の枕に埋もれるようにしてこちらを見ていた瞳がキロリと瞬いた。


「………おお、百合音か。ご苦労であったな」


 ザッとその場で百合音が片膝を付いて頭を下げる。


「羅丈百合音。只今戻りました。主上」

「よいよい。面を上げよ」


 伸びをして立ち上がったシュジョウとやらが、少女みたいな声で告げ、砂浜をトテトテ歩いて、こちらにやってくる。


「済まんな。今は生憎と皆、明日の会議の為に出払っておって、持て成す者がなぁ……今は春守ハルモリしかおらん」


「いえ、滅相もありません。持て成しを受けるような身では」

「で、そちの横にいるのが?」

「はい。我が伴侶……カシゲ・エニシ殿でございます」


 二人の遣り取りに色々と混乱しては……いない。


 いないが、それにしても……この夢世界の基本はなんちゃってSFではなかったかと確認せざるを得なかった。


「なぁ、一ついいか?」


 横の百合音が何でも聞いてくれと言わんばかりに頷く。


「今日一番驚いたんだが……お前、普通に喋れるのな」


「?!!」


 何やら劇画チックに主上とやらが固まる。


「エ、エニシ殿? そ、それよりもほら!! いろいろとあるでござろう!! いろいろと!!」


 何やら必死になった百合音がそう言うものの。


「ああ、いや、うん。まぁ、そういう事もあるかなぁと。別に驚いてないわけじゃないだ。でも、ほら……“喋る猫”って物語的にはありがち、だろ?」


「?!!!?」


 更に劇画チックで固まる主上。


 その黒い毛皮の主が正気を取り戻すまでたっぷり一分。


 最初の声は「ワシのアイデンテテーが粉々なのじゃあぁあぁあぁぁぁぁぁッッッ!!!?」という。


 どうにも人の上に立っているとは思えない悲哀に満ちた絶叫だった。

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