第87話「墓場への道程」

 話し合いの場というものを持って二時間半。


 昼時を前にして、事態を解決する為の切り札を失ったカルダモン家の当主は次善策であるクランの秘密裏の出国へと舵を切りつつ、対策案を一人で練りたいと関係者間の討論を切り上げ、自室へと戻っていった。


 それを機に解散した当事者達は三々五々疲れた頭を癒しながら持ち場へ。


 結局、確認された事実は以下の四つ。


 皇帝の氷室は遺跡において情報を入れておく為の金庫のようなものであった事。


 それらに関連する遺跡が月や別の何処かに存在している事。


 持ち出そうとした情報は現在、別の媒体に移されており、それを見付けるには子端末と呼ばれる機械の一種を探し出さねばならない事。


 最後に遺跡のあった洞窟は完全に大規模崩落で埋まっており、一帯の地盤が沈下した事で掘り返すには数年以上の月日が必要な事。


 これだけ悪条件が揃えば、平和裏に事態を収拾するのは不可能に近かった。


 その意見だけは誰もが一致している。


 壊した当人としてクランに謝ろうとしたのだが、それは途中で止められた。


 どちらにしても現地の軍が動くまでに壊さねばならなかったのだから、と。


 それに襲撃してきた【妖精円卓ブラウニー・バンド】の構成員を一人確実に行動不能にした。


 死んでいるとしか思えない状況なものの、実際に死に際を確認していないので行方不明という事で報告する事となったわけだが、宮殿に単独乗り込んでくるような常識外れの敵が一人減った事にファーンは安堵している様子でクラン様の傷の仇を取ってくれてありがとうと労われた。


 色々と言わない事、報告しない事、多々あったが……それを半ば知りつつ話を進めてくれた周辺には感謝しかない。


 本当はもっと何か知っているはずのこちらを質問攻めにしてもおかしくはない状況なのだ。


 だから、せめて。


 命の掛かった状況でも自分の意を汲んでくれた全員に恩を返す意味でも、重要な事はこいつから聞き出さねばとアザカを会議室になった船首のラウンジで呼び止めたのは当然だった。


 相手は肩を竦めて。

 前来た時と同じく。


 壁一面を海中へと変えながら、周辺から人払いをして座り。


 その対面にこちらもようやく落ち着いた感のある心地で腰を下ろした。


「で、実際どういう事をあの遺跡で?」

「分かってるなら、単刀直入に訊ねるぞ」


 いつの間にか鮫が悠々と泳ぐ世界を背景に瞳を細める。


「教団は……に第2ストレージ“神の氷室”を使う気だったのか?」


「答えはNOです。あの円卓連中から何を聞いたのかは想像が付きます。ですが、根本的に彼らと僕らの間には意見と互いの内実に対する調査に大きな隔たりが存在する」


「お前らの方が調査能力は優れていると?」


「無論ですよ。円卓は我々と同じく旧世界者プリカッサーの集まりではありますが、その組織化された時期は極めて遅く。この数千年中だと予測されます」


「極めて遅くで数千年とか。どれくらい前からやってるんだよ。教団は……」


 呆れた視線に秘密ですと想定内の答えが返る。


旧世界者プリカッサーが連帯するのは極めて稀なのです。何故ならば、彼ら個人個人は単独で傷害事故以外の外的要因ではほぼほぼ死にません。肉体の寿命ですら未だ老衰で死んだという確定情報は何処にも無いですし……」


「不老って事か?」

「まぁ、それに近しいくらいで考えて頂ければ」


 肩を竦めるアザカは己の火傷跡をなぞりながら、ニコリとした。


「本題に入るが、教団は人類を抹殺する気か?」


「そうですね……誤解と認識の違い。それと手段に対しては言及しておきましょう」


「案外サラッと話すんだな」


「まぁ、あの忌々しい変態共を一人行動不能にしてくれたお礼と考えて下さい。これでも彼らには色々と因縁がありまして、実はこの火傷も彼らの一人に襲撃された時、負ったものなんですよ」


「………」


 アザカがテーブル上をコツコツと軽く叩いてホログラフっぽいキーボードを浮かび上がらせ、その数字を高速でタイプした。


 すると、一瞬にして周辺の明かりが落ちて、再び仄赤い光で立ち上がる。


「セキュリティーモードです。ご心配なく。これで現在外と中は完全に遮断されました」


「そこまでしなきゃいけないって事か?」


「さすがにコレを使っただけでも幹部会で絞られそうなんですよ。これを教えたら、後はツッコまないで頂けると幸いです」


「分かった」

「ありがたい。ではでは」


 アザカが立ち上がり、自分の後ろの壁の横まで移動する。


「情報コード#3233DRTEBSを参照」


 音声認識が働いたのか。

 その言葉に従って、壁内部の映像が一瞬で海とは別のものとなった。


「ッ」


 その光景に驚いたとは言うまい。


 戦車が地鳴りを上げて奔り、航空機の群れが絨毯のように夜を裂きながら空の彼方へと消えていく。


 誘導弾ミサイルの驟雨。

 降り落ちる焼夷弾の劫火。

 無限にも思える迫撃砲の霰。

 無限と湧き出す装甲車と戦車の集団突撃。

 その後ろに随伴して人間には有り得ない速度で走る巨体。

 正しく飛行船を襲った男と同じような肉体の機械化装甲歩兵。

 それは戦場だ。

 空から落ちてくる何か。

 周囲が爆風と爆炎でごちゃ混ぜになって尚。


 気化弾頭の効果範囲圏内にいなかった機甲戦力と歩兵戦力はすぐに移動を開始する。


「私は大戦期末期に生まれました。これが私の世界。いや、全てだったと言っていい。私は自分の生まれた国の名前を知りません。何故なら、人工的に造られた試験管ベイビーという奴だったからです」


 まるで故郷の風景を見るかのように懐かしそうな顔をして、アザカが映像を見やる。


「そもそも何と戦っていたのか。知る立場にはありませんでしたからね。実際、どんな権益や利益や生存理由を祖国が掛けていたのか。知る由もない。ただ、これの後。我々教団は生まれたらしい」


「らしい?」

「その当時、立ち会ったわけではないので」

「………」


「この世界は教団が技術革新を起こす事で保たれてきた世界です。また、食糧供給における画一的な収量を見込めるようになったのも教団ありきであり、人口統制はほぼ世界規模かと思います」


「教団の世界。箱庭とでも言いたいのか?」


「それは半分正解です。我々がいなければ、人類が此処まであの大戦の終了から復興する事も無かったでしょう。遺跡は当時の技術の産物。まぁ、詳しい事は分かりません。使い方と技術的な部分は理解出来ますが、その作成、使用の意図とかが知れるわけではありませんから。そういった事に詳しい人間が教団の私より上のクラスにはいるでしょうが、それはそちらに縁があったら聞いてください」


「………」


「で、現在の教団が最も危惧している卑近な問題は人口増加問題です」


 映像が移り変わり、大陸。

 そう大陸全土の地図が出た。


「?!」


 初めてそれを目にした。

 少なくとも共和国にすら大陸全土の地図は無かった。

 世界地図と呼ばれるものは無かったのだ。

 大陸は一つの陸地だった。


 東側と西側の中央には広大な砂漠や荒野や山岳が軒を連ねている。


 西側には陸地がまるで意図的にそうしたような丸い穴の開いたチーズの如き海岸線が多数。


 それと平原や河川や湖が極めて多い。


 ゾッとしたのは海岸線がリアス式どころの騒ぎでは無いからだ。


 本能的に感じた人工物のような円が本当に人工的に作られたと思ってしまったのは何も考え過ぎではあるまい。


 少なくとも地図の前に見せられた情景は……戦争とは地図すら変えてしまうものなのだから。


「現在の人口をグラフで東、中央、西で年代順に出しますね」


 地図の上にグラフの起点が三本立った。


 それが十年単位で時間経過と共に右肩上がりのまま伸びている事は誰の目にも明らかだろう。


「一定の生産性と社会的な規格が整えば、人口は安定して増加します。食糧供給自体は未だ各国の取り組みが功を奏しており、許容圏内ですが……水はそうもいきません。各国の生活用水の推定量は後百年もせずに大陸の水源を干上がらせてしまう。これが食糧生産を直撃すれば、飢餓の時代がやってくるでしょう。昔なら天変地異やら疫病やら、そういう理屈を付けて教団が減らしたかもしれませんが、近代以降の国家は教団だけでは手に余る知識と力を手に入れ始めた」


「共和国みたいにか?」

「無論、勿論、その通り」

「なら、遺跡の力で減らせばいいって?」


「ああ、それは違います。遺跡の力でも減らせないんですよ」


「?」


「我々教団の規模も時を経るに従って大きくなってきました。だから、教団のほぼ99%近くが各国から教団に選抜された人員なんです。遺跡の力をそれなりに理解する人々が大陸の現在の人間だとして、遺跡をそういう事に使ったら、分かりますよね?」


「そうだろうな」


「教団が大きくなってきたのは主に表立って綺麗事を決して諦めず続けてきたから。なのに、それを自分で覆したら、反旗を翻されても文句は言えません。今の教団の状態は極めて良好です。それを維持する為、人材を管理する観点からも、遺跡の力で人口削減なんて悪の秘密結社みたいな事は不可能なんです」


「納得した……」


 確かにアザカの言う事は最もだ。


 人間の良心というのは人を最たる不幸に叩き落す可能性を秘めている。


 嘗て、核を初めて使った国で計画に加担した研究者が巨大な力を祖国だけが持っているべきではないと東側へ情報を流し……それが東西冷戦へと続く核戦争の脅威を生み出したように……人は罪過にとても敏感なのだ。


 もう付いていけないと教団から心が離れ、人材が他国に技術を流出させれば、それだけで人類が消滅するかもしれない脅威に曝される可能性もあるだろう。


「円卓の連中はそこを勘違いしている。まぁ、削減方法として合理的だから、それを使うだろうというのが彼らの考えなのでしょうが、実際の政治はそこまで単純でもない」


「じゃあ、どうやって削減する気だ?」


「見てきませんでしたか? 彼方のせいで随分と我が教団の計画には狂いが生じていると上が嘆いていましたよ?」


「ッッ?! ああ、そういうことか。自分達で減らしてもらおうって腹か」


「ええ」


 アザカの背後の壁に戦争という二文字が浮かび上がった。


(口減らしの為の生存闘争……オルガン・ビーンズの思想に近い……それが全世界規模……円卓の連中が怒りたくなるのも分かる……)


「我々はただ政治をしているだけ。それで戦争が起きてしまうのは各国家の利害です。我々の責任ではありません」


「人口を削減して問題を先送りすると」


「先送りし続けたツケがいつか来るとも思っていません。そもそも人類が戦うのは遺伝子に刻まれるレベルの生存本能であり、それ自体は社会的な成熟を迎えれば、何処でも異なる共同体間で起こり得る事態でしかない」


「先送り先送り……借金を利子が付く前に借り替えてるみたいだな。まるで」


「ははは、奇妙だが納得出来る例えですね」

「国策に介入して人口抑制策でも打ち出させたらどうだ?」


「それはもうやりましたよ。ええ、大陸南部で工作している私が言うんだから、間違いありません」


「………」


「性道徳、性教育、初婚年齢の下限設定、晩婚化推進策、人口抑制策の実施。ですが、この寿命の短い世界において我々が言う理性的な政策が功を奏しているとは到底思えませんね。強制的に国家へやらせても、国民の反発を買って破綻してしまうだけ。仮に上手くいっても、永くは続かない。それに人口問題は人々が切実にどうにかしたいと思っている根本的な社会問題です。大国のように力を付けたいと望む大人は多い。だが、それよりも単純に……自分の子供が健康に育って欲しいと願わない親はいないんですよ」


「まぁ、そうだろうな」


 この夢世界における病気や貧困や戦争と並ぶ問題と言えば、どんな問題よりもまず先に食物耐性の無さによる子供の低い寿命なのだ。


 共和国や公国。


 今まで出会ってきた国々は糖質や脂質、蛋白質を取れるだけの食物を主食としていける耐性を持っていたが、他の国は必ずしもそうではない。


「完全な管理社会とやらにすればいいという意見が教団内に無いわけではなかったりもします。それを押さえているのは我々のような戦争誘導派です」


「つまり、教団のそういう事をやってる連中を叩いたら、今度は教団そのものが世界を敵に回して戦争を始める、と」


「それでも我々の目標。人類の生存や幸福に対して貢献自体は果たせますから」


 アザカが指を弾くと室内が元の海中のものへと戻る。


「“神の氷室”は教団が旧い時期に諸々の理由から手放してしまった施設です。それを帝国初代皇帝が接収し、後の帝位に付く者達も周辺国を併呑しながら秘密裏に再開発していた。我々にしてみれば、返してくれというのが本音でしたが、それも……もう叶わない。だが、それでいい……我らが管理する遺跡にはそれこそアレと同じようなものが幾つもありますが、アレはもっと直接的に人類を左右してしまう。帝国がバジル家の暴走を止められなかった事で教団内で色々と動きもありましたが、彼方のおかげでそれも治まりました。まぁ、今度は彼方に更なる興味を持った方々がいるようですがね」


「そうか……はぁ、いいさ。別に……もう慣れた」


「ご愁傷様ですと言うべきか。ありがとうと自己犠牲に感謝するべきか」


「そう思うなら、此処は見守った方がいいとか適当な理由でも付けて先送り工作でもしといてくれ」


「ははは、そうしましょう。もし何かありそうならご一報差し上げますよ」


 ガコンと大仰な機械音がして、通路に出て行く扉が開いた。


 これで話す事は無いらしい。


 本来なら更に諸々を聞き出したいところだったが、相手はもう何を話す気も無いのだろう。


 僅かに硬くなった背筋を解すような仕草をして、お帰りはあちらとヒラヒラ手を振られる。


 だが、最後に訊ねてみようとダメ元で軽く声を上げる。


「そうだ。一つだけ聞き忘れた事がある」

「何でしょうか?」


「クランでも開かなかったセキュリティーが氷室にあったんだが、オレにはそれが開けられた。理由として考えられる原因って何だと思う? やっぱり、旧世界者プリカッサーに近いからなのか?」


「どうでしょうか? 我々と同じだからと言って、そういうセキュリティーが突破出来るというのは考え難いですが……最初から登録されていたというのが一番無難で自然な回答では?」


「まぁ、順当に考えたらそうか……」


 当たり前の事を言われる。

 しかし、そんな登録をした記憶はない。

 そもそも、名前を正確に言われた時点で胡散臭過ぎる事は明白。


 何かしら自分に関連があるとするなら、それは旧世界者関係だと思ったのだが、そっち系の誰もがセキュリティーを開けられるわけでもないのでは、という推測は当たっていたらしい。


「彼方がどうして使は知りませんが……旧世界者プリカッサー本人の基礎コードは基本的に肉体依存。あの施設は彼方と同タイプの身体が動かした事のあるものだったのかもしれませんね」


(ッ?!)


 アザカの声に一瞬、身が固くなった。

 しかし、それは見られていない。


 もう本人は船首のコントロール室へ行こうと背中をこちらに向けていたからだ。


(重要な情報が此処で出るのか?! プリカッサーは身体を移動出来る? 精神の移し変え……枝の技術……肉体依存のコード……なら、オレの身体と同じものを……昔にも誰かが?)


 遺跡で発掘された身。

 過去、自分の身体が何をしていたのかも分かりはしない。

 本当に今の身体が現実での自分の身体なのか確証なんて何も無いのだ。


 今の今まで気にしていなかったが、NINJIN城砦はその後も共和国軍によって発掘が続けられているらしく、その報は時折フラムが口にする事からも進捗はある。


(全ては原点に立ち返る、か……今度、確認しに行かないとな……)


 何かを決め付けるにはまだ早い。


 だが、その答えは案外近くに転がっていそうだと内心のメモに書き留めておく。


「では、私はこれで。カルダモン家の御当主が妙案を考え付いたら、また」


 こちらもまた扉から出て僅かに息を吐いた。


(調べる事は山済みだ……だが、この世界が大昔にSF紛いの大戦争で滅びる寸前だった事は裏付けが取れた……後はこれが現実とどう関わってくるのか……どうして、オレと……が大量に出回ってるのか……そして、此処が一体何処なのか……それを知るだけだ)


「此処にいましたか」

「ッ、ファーンか?」


 後ろを振り向けば、返ったはずのファーンが何故か一人で歩いてきていた。


「どうしたんだ? 考えがもう纏まったのか?」


「はい。クラン様とお話をしていて……妙案とは言えませんが、具体策が閃きました」


「早いな……」

「カシゲェニシ様。いえ、カシゲ・エニシ殿と呼ぶべきでしょうか」

「何だ? そんな改まって……」

「彼方にクラン様と結婚して頂きたい」


―――クラン・サマト・ケッコン・シテ・イタダキタイ。


「は?」


 ファーンが物凄く真面目に両肩を掴んで、こちらを見据えた。


「全員に声は掛けました。後は教団を巻き込めるかどうかだけです」

「え、いや、今の話の続―――」


『エエエエエェェエニィィィイイイイィシィイィィイイィィイイイイイッッッ!?!?』


 遠くからドドドドッと走ってくる何か。

 響いてくる怨嗟の声。

 それをグッタリとした気分で聞きながら、少しだけ思う。

 ああ、今誰でもいいからオレを気絶させてくれ、と。


「宣伝戦になります。後はこの諜鬼ぼうきと畏れられた当方にお任せを」

「だから、説め―――」


 バキィィィィッと超高速で突っ込んできた何か。


 要は羅刹と化したフラムの爪先から放たれたライダー的なキックが、昔なら絶対肋骨が折れているだろう衝撃を胸に叩き込みつつ、こちらを吹き飛ばした。


 あ、これは生き地獄タイムだな、と。

 間延びした時間感覚の中、悟る。


 意識は明瞭。

 気絶も出来ず。


 鈍痛に支配されながら、涙目な乙女の叫びだけが耳をつんざいた。


「私というものがありながら、どうしてお前は私より若い奴ばかりとそういう関係になるんだッッ!?!! 次は撃つからな!! 絶対、撃つからな!!?」


 世の中には怒らせてはいけない人種が3つ存在する。


 一つ、年頃の恋人。

 二つ、歳若い軍人。

 三つ、告白した相手。


 そのどれにも当て嵌まるだろう乙女を前に宙を舞いながら、思う。


 クランとそんなに自分は親しかっただろうか?


「あぁ!? カシゲェニシ殿!? 大丈夫だろうか!?」


 しかし、それも無用の心配か。


 反対側の通路から丁度やってきたクランがテテテッと愛らしく駆け寄ってくるとズザアアアアッと床を滑って自分の方へ向かってくる身体を受け止めてくれた。


「きゃ、ん……良かった」


 少し体勢を崩しはしたが、屈んで受け止めた正真正銘のお姫様(何処かの天然聖女様は除外する)がニコリとする。


「その……ファーンからは聞いたか?」

「ぁ、う……」


 恥ずかしげに少しだけ髪を弄って。

 皇女殿下ははにかんだ様子でそっとこちらの手に触れた。


「恋人が沢山いるのに悪いと思っている……でも、私は……」


 笑みが、人を安心させるような、心底ホッとするような温かい笑みが、零される。


「嫌ではないから、安心して欲しい」


「?!?!!?」


 フラムの気配はきっと誰にも分かるはずなのだが、今はそこまで気が回らないのか。


 いつも元気が取り得の明るい向日葵のような少女は今、儚げな鈴蘭を思わせて。


「ファーンの話がもしも上手くいったら……その時は……歳は行っているが……私をその……偽者の伴侶でもいいから……よろしく頼む……」


 恥ずかしげに最後は消え入りそうな声で呟いた。


「ッッッ?!!」


 更にフラムの何とも言えない気配が強くなる中。

 クランの後ろからやってきた侍従達が「まぁ!?」と。

 こちらの様子に黄色い悲鳴を上げつつ。


 ニヨニヨと噂好きな女の性を発揮した様子で生暖かい瞳を向けてくる。


「エニシ殿はもはやそういう宿命さだめの下に生まれてきたのかもしれぬなぁ」


 そうして、最後に何処からか聞こえてくる幼女の声だけが……何故か全てを説明出来てしまいそうな説得力を持っていたのだった。


『当方、尽力致します!! クラン様』


 ハーレム、チート、異世界と来れば。


 大抵、誰か一人の相手とくっ付いて終了とか。


 何も決まらないまま。


 延々と日常が続く僕達の未来はこれからだENDが主流の中。


 どうやらカシゲ・エニシは普通に結婚(たぶん、その後に式がラッシュ……もしくは単純にエロゲー的解決で全員と一括ブライダル&ハネムーン)しなければならないらしかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る